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イタリア・トリエステのノルチョ医師の講演会メモ


「地域精神科医療の充実と司法精神医学」

主催:イタリアの精神科医療を知る会
                           自由人権協会京都


2002年11月24日京都ぱるるプラザにて



以下は公式のものではなく、あくまで光愛病院統一労働組合の有我の講演メモです。

日弁連の勧めで、急きょ一週間前に企画されたらしいのですが、短期の宣伝にかかわらず、とても好評で何と主催者ビックリの80人が集ったようです。

当日、記録用ビデオが撮られていました。ひょっとしたら、参加できなかった人も見られるかも。後日のお楽しみです。

トリエステから来たノチョルノさんのお話はじつに充実したものでした。

日本の貧弱な精神医療で四苦八苦している私は、精神医療の基本的な視点を再確認することができました。
それはシンプルなもので、15〜6年前にトリエステやバンクーバー、イギリスのマインドのは無しを聞いた頃と少しも変わらないものでした。

基本は人は地域で生活するもの。
自分らしく生きることが尊重される環境で、医療、看護と福祉サービスが提供されるべきこと。
隔離拘束を減らす事ができるのは、充分なマンパワーでしかない事。
そしてインフォームドコンセントを前提とした適切な薬物療法と、当事者の自己決定。

会の後、ノチョルノさんらとの懇親会に参加できるなんて、とんでもない光栄!

激しい興奮状態や切迫した自殺企図、自傷行為のある人を、隔離拘束なしにどうやって看護できているのか尋ねました。

スタッフが充分に居ることが必要である。一人の重症者に2〜3人必要なときがある。トリエステの入院環境は看護スタッフ16人にベッド数8、常に埋まっているのは30%程度。日本とは逆の看護者:患者=2:1〜3:1なんですよね。
薬物依存のある人格障害の患者さんの、切迫した自傷行為をとどめるのに、ノルチョ医師と看護師が二人で2時間ぐらい抱きかかえるようにしたこともあったそうです。そして、薬物療法。けれどクスリは多すぎると別の拘束(化学的拘束)になるので、少量でとのこと。

興奮状態や自傷の患者を少ない人数で、隔離や拘束なしに見ることはムリであると。逆に聞かれました。どのくらいの規模の病棟で、診療圏と人員配置はどうなっているのかと。

急性期の患者を50床の大規模で見ることは、スタッフが多くてもそもそもムリがあるといわれてしまった。
そりゃそうです。
でも、これでも私の勤務する急性期治療病棟は、精神科特例の倍以上の看護師がいるんです。患者:看護師=2.5:1なんですよね。イタリアとは逆だけど。これでも重症の患者が多くて、できるだけ隔離拘束は最小限にとどめようとしていても、充分なことはできているとはいえない。

やっぱり、精神科特例は精神障害者への差別で、隔離拘束の乱用の温床です。
この廃止がまず必要。
急性期には今以上の人員体制の充実が必要。
そして地域生活を支える体制を充実すること。
日本の精神科医療保健がタコツボであることに、
こちらが同じように現場しか見ないで息切れしていてはいけませんね。

日本の医療スタッフは元々少ない配置だけれど、その中でも、医師が3分の1、看護師が2分の1でいいという、精神科特例は、精神病者への差別である。私は、労働組合の立場から、撤廃を要求して厚生労働省と交渉をしていると伝えました。

そして逆行する法案は廃案に!

前置きが長くてごめんなさい。これはあくまで、講演会メモなのでお許しを。

トリエステ Trieste(地図の右上7番)は、イタリアの北東部、ベネチア海に面した人口25万の風光明美な港湾都市です。スベロニアと国境を接し大陸とバルカン半島をつなぐ交通の要所として、政治的・文化的重要性の高い地域です。

主催者よりの資料:トリエステの地域精神科医療について



講演:ブルーノ・ノルチョ医師  

(イタリアトリエステ精神保健センター副所長)

(最初の部分は聞けていないので、前略)

バザーリアの改革

フランスのモデル、地域の中での治療、地域の患者さんを見ていくというモデルである。
病院の中だけでなくコミュニティーの中で見ていく。
診療と地域という二つのモデルを、トリエステの精神科医バザーリアは更に発展させた。
バザーリアはドイツの現象学にも造詣が深い哲学者でもあった
病気の前に人間であることに中心に置く。
バザーリアの思想を端的に表すスローガンとしてカッコつきの「病気」という表現がある。

人間との関係構築が重要である、人間的関係を構築することが大切であるという考え方。

残念ながら現在は診断という名の元に、長期にわたって地域から切り離されているという実情がある。

まず、バザーリアが改革をはじめた当時の精神医療の実情は
・1960年以前 閉鎖的精神病院、閉鎖病棟 今世紀始めにできた法律に準拠して、社会防衛のために隔離するという考え方。

・10万人以上の患者さんが拘束や電気ショックなど、劣悪な環境にあった。

・バザーリアのアプローチの特徴
(1) 精神病院は治療の場としては適切でない
(2) 従来の精神医療法では本当の意味でのリハビリテーションは提供できない
・1971年 脱施設化に向かう

トリエステの病院には当時1182人が入院。そのうち90%が強制入院であった。
改革はシンプルなものであった

まず、自分の周りに若い精神科医を集めた。
当時私も若い一人であった。若い人の中に変革の意欲が強かった
医者の場合だけでなく看護師でも若い看護士が積極的についていった。

まず最初に彼が狙ったのは患者さんへの自分たちの態度を改めることであった。
態度を変えることの一つとして、パーソナルヒストリーを大切にすることをした。
・・・のグループ分け

こうした活動の中で何人かを退院させることができた。
まずは家族が受け入れるられる患者さんであった。

単に家族の元に帰すだけで良いのか? 

患者さんの家族へのサポート体制が必要でそれができ上がっていた。

患者さんのパーソナルヒストリー再構築は医師ボランティア等の、協力にもとづいて行われた、入院10年以上の入院者もいた。

家族との関係を構築する、近づけるという活動がリハビリとともに行われた。

まず、自分の身支度をさせる 自分が人間として存在する事をのために、鏡に自分の姿を見せることもやった。

精神病院の外の姿を見せる事もした。

患者さんだけでなく家族へも不安を取り除くために、情報提供をし、訪問できるようになる働きかけもした。

あるいは共同住宅に退院する人については、その住人に集まってもらい その人の問題を説明して安心してもらうこともした。

「ゲスト」の概念 
「ゲスト」とは精神病院入院はいらないが、受け入れ先のない人のことをいう。
退院が進んで、病棟が空いてきた。そのいくつかを改造して アパートにして ゲストに住んでもらった。
完全に自由な場にした

共同作業所は敷地内に作られた。

世界中で入院患者への作業は行われているが、一般的に金銭的報酬を受けない。
協同組合組織にして、金銭的報酬を行なう。

もう一つの重要な活動は、一般市民に病院を解放すること。病院の外から一般市民に来てもらうようにした

この改革を組織的に見ると、5つのセクターに分けられた それが各地域に対応した。

5年間の活動で 847人の入院中の患者さんは 132人に減った。

その緊急事態への体制は整備された 。
緊急入院への体制を作った。そのために強制入院も減った。

司法精神病への送還を減らすために、刑務所へのコンサルタントも行なった。

1971年から活動始めた  精神衛生センター

1987年バサーリアの名を冠した精神衛生法、バザーリア法ができた。
トリエステの精神病院は閉鎖された。

この法律の面白さは
「公衆への危険性」と言う概念をなくした
「危険」でなく「ニーズ」の概念で対応しようとした

治療をないがしろにするのではなく、責任を持つことでもある。

重要なのは精神科医の責任である。
チームの中で決定権を持つのは精神科医である。

任意であることを大切にした。強制治療処遇にあたっても最善の努力を尽くしていくこと。

「自由とは何か」

二つの観点から見る
(1) 非常に重要な障害がある場合 どのような治療が必要であるか
(2) 非常に重要な精神障害を持った人にコミュニティーが・・・

重要なかぎは治療者である。
治療者が 患者さんと社会の仲介者となること。

精神的苦悩を持つ人の自由を考える中で、社会的コンセプトの中でとらえる必要がある。

まず確信しているのは、人間的な交歓の場でないとできない。

地域精神医療サービスの中でどんなソルーションを提供するのか。
全ての治療者に対して、社会全体が持っている人にアクセスを補償する事が大切。

脱施設化の意味は 機械的ではない。
ベッドや診療の場所を移すというだけではない。

文化、政治、法制的配慮、行政の環境的配慮、だけでなくある種の哲学でもある。

我々の成果に対して 国家倫理委員会の発言にあるように、・・・・うまくバランスをとるということ
つまり、正義、福祉、施設、自立のバランスをとることが重要。

精神医療にかぎらず 国立バイオエティック・・・ 
自由が獲得できるようにすることが、我々の義務と考えている。

<トリエステの活動の全体像を伝える>

地域精神医療 2002年までの活動は以上の哲学にもとづいている。
事業部精神医療課の仕事。

トリエステの精神医療のデータを示す(グラフ提示)

コスト上の数字に注目してほしい。
精神医療のコストは精神病院があったときの約半分になっている。

精神衛生部門の事業部は州の法にもとづいている。
目的は精神障害の予防と診療と治療とリハビリテーション。

あらゆる偏見や差別を取り除くこととしている

また、精神障害を患った人だけでなく、社会的弱者のへのプロモーション活動が役割でもある。

精神衛生センターは4ヶ所24時間体制で活動している。

24時間活動する精神衛生センター以外にも、大病院の中にも小さな精神科はある。

街の各市に作業所デイケア、協同組合組織 などがある

センターの活動(図表)
・夜間診療
・デイケア
・訪問診療・看護
・心理社会的相談窓口
・リハビリ
・危機介入

仕事を捜す、余暇の楽しみかたへの援助もある。

センターはこれらの活動ではなく教育情報提供の場所としての役割がある。

患者さんは任意でアプローチを行なう。
患者さんがのぞまなければ、我々がすすめる必要はない。

患者さんとセンターの関係は、形式張らないものになっている。

患者さんの危機に対して素早く対応できる

プログラム:精神保健事業部の活動 リハビリ 緊急活動

ユーザーに対する教育活動 家族への情報教育の提供、ホームドクターとの関係構築
自殺防止の活動 一人暮らしの高齢者への援助 文学講座 文化的活動 
センターは地区の一般病棟 医療状況と公光に関係を取っている
社会福祉部門とも提携している

社会福祉では 高齢者の問題が大きな課題となっている。
市民の30%が高齢者である。
トリエステでの大きな問題は、大家族制がなくなり 一人暮らしの高齢者がふえていることが問題である。

家族があれば、養護施設に送らなくても良いような支援体制
市が中心になって高齢者サービス 補助金・家族への財政的援助

家族が居ない場合の老人が住めるようにケアワーカー派遣のサービス

ケアワーカーが買い物などにつきそう
ケアワーカーはホームドクターとの連携を取っている
ケアワーカーは市の担当機関へニーズに対応して報告する任がある

<ユーザーの権利憲章>
・精神保健事業部の上部組織の医療サービス機関が作っている
(1) 精神障害に苦しみ無比とが常に市民権を保証する アクセルする権利
(2) 自由に発言する権利
(3) 倫理的宗教的権利を行使する権利
(4) 自分の性を選択する権利
(5) 誰とでも通信する権利
(6) 自分の能力を開発するために支援を受ける権利
(7) 治療特に、薬物治療を受ける前にその情報をうける権利
(8) 身体的拘束を受けない権利
(9) 自分と同じ性のケースワーカーを受ける権利
(10) 少数者への権利 人種・宗教・言語を尊重される権利
   文化的仲介者を利用する権利

(休憩)


<質疑 討議>

Tさん:地域NPO法人で当事者・看護者・市民と活動している。
トリエステの入院者が1000人以上が132人に減った。専門職がどのくらい居たのか?
病院で働いていた者が、地域で働けたのか?

ノルチョ:看護師は 最初精神科で500人全てが参加した。
大きな変革で全ての看護師が賛成したわけではない。
地域医療の看護師として仕事をしていった。しかし、病院の中で守られないことへの戸惑いがあった。当初はやる気のある人から始めた。
段階的に戸惑いと恐怖が克服された時点で地域に移った。

一つの孤立したものではなく、医師、看護師等のカテゴリーにこだわらなかった。

非常に役立ったのは看護師の経験、知識、文化であった。一般市民の理解を得るうえでも力になった。

ある意味では、看護師も拘束された仕事が外にでて自立性が出てきた。
医師の反応 若い医師 前向きに対応しようとした。

当時は年代的に若い人たちが市民の運動が盛んであった時期である。

我々も社会変革に貢献するチャンスでもあった。
画期的な取り組みとして評判になった。そのため海外からも多くのボランティア参加した。

我々医師、看護師も難しく考える。そんなときボランティアの方がうまく対応できたことがある。

改革には時間がかかる、忍耐と時間、情熱が必要である。

一般的に精神医療とは関係のない人たちの活動が重要であった。
病院を開放化、地域開放した。そこでは多くの画家、音楽家、詩人など芸術家の協力が変革のプロセスに大きく貢献した。

1984年のプロジェクト。病院閉鎖後の帆船の修復プログラムもあった。
専門のヨットマン。リハビリプログラムでは若年の患者、薬物依存症者が携わった。その後クルージングを楽しんだ。日本もイタリアに似て海に囲まれているので面白いかもしれないですよ。事故はなかった。

Tさん:当事者の力、エンパワーはどうであったのか?

当事者は変革によろこんで受け入れた。
10年以上の入院者、50代の患者さんとぶどうの収穫をした。医師、看護師、ボランティアの参加で10年後自分の畑で収穫した。改革以前はチューターがいた。家族ではなく弁護士が当たることが多かった。自分のぶどう畑の権利も回復した。市民権を回復した、その喜びを体験した。

弁護士:1978年バザーリア法 以前とその後の犯罪が増減はどうであったのか

ノルチョ:1978年で精神病院が廃止された。犯罪が増えたというような否定的な情報はない。しかし、反対の政党やメディアは反対のことをいっているところもある。
今は科学的研究でも、精神障害者の犯罪確率は正常の人より低いことが証明されている。
我々の経験で考えると司法精神病院への送還のケースである。
地域精神保健サービスで、今まで見逃されていた小さな犯罪が予防できた。
トリエステの刑務所ととの協力関係で刑務所に収監されていた人への治療もできた。
収監の結果としてのストレスに対応できるようになった。

軽度の犯罪では刑務所に収監する以外の対応ができた。
刑務所へ行かなくとも精神保健ネットワークによって、収監されなくても良いというような、裁判所の判断も引きだした。

司法精神病院、精神障害者と犯罪のかかわりについてはいろいろな論議がある。
民間精神病院(?公立か?)が閉鎖後も5つの司法精神病院が機能している。それは大きな矛盾である。
それに変わるものを提案する勇気がなかったからこれが残っている。
イタリア全土で司法精神病院で収監されているのは約1000人 900〜1200人で経緯している。

イタリア全土で地域精神医療のサービスを受けている人の数からすれば非常に少数である。

トリエステから司法新病院へ送られた人はゼロである。

どうして可能になったのか? もし精神病の患者が犯罪をおこしたとき、直ぐ弁護士と連絡します。
手続きとして精神鑑定任を任命する。その患者を診ていた医師を鑑定人として推薦する。軽犯罪だけでなく、重大犯罪でも同様です。地域で殺人を犯した人もいる。
このイタリアが抱えている矛盾は大きく分けて二角方向がある。あまり大きくない事業コミュニティーを作る方向。もう一つは刑務所に収監された人に我々の医療を施すこと。

犯罪的行為を犯した人は、たの・・・・?と同じように処遇されるべき。
犯罪にあたって、精神障害が影響していたら、減刑はあたり前である。

その鑑定があれば、裁判官も判定に当たり情状酌量となる。ただし、精神医療サービスに橋渡しする。

H医師:27年病院 1年前にクリニック開業した。隣に支援センター、援護寮がある。
日本では85%が私立精神病院。イタリアの改革はとん挫したという話を聞いた。
多少の病院が復活しているとも。悪意のある宣伝かもしれないが。
10〜15年前ピレラ医師が来た。地域により、あり方が違うと聞いたがどうなのか?

ノルチョ:ピレラさんは元気であす。バザーリアの右腕であった。イタリア各地で地域医療の取り組みは盛ん。地域精神医療を作り上げている。昇進している。
トリノで活躍している。
イタリア全体のレベルで 2年前に最後の精神病院が廃止された。
代わる地域精神医療体制ができている。地域によりバラつきはある。イタリアはほとんどが公立だが民間病院もある。民間の精神医療機関は軽症の人たちを扱う担当である。

民間の病院も公的なコントロールを受けている。
今のイタリアの首相が民営の病院を増やす政策を採らないように願っている。

日本は民間が多い。公的なものに比べて民間が劣っているというわけではない。医療のレベルは民間でも可能。

民間経営では利益重視が変調しないという倫理的問題がかかわってくる。

H医師:司法精神病院 1000人規模であるので大きな規模ではないが、必要性はどう考えているのか?
日本ではそれを作ろうとする法律が提出されている。

ノルチョ:改革法への反改革法案もある、議会にとおっていないが提出されている。
これに対して、国内外で反対している。つまり、ほとんどの精神科医と市民は反対の意を表明している。
その法案のどこに懸念を抱いているか? 精神病院機関に警察・警備の増大 精神医療体制の民営化を企図している法案である。

どうしてこの話を出したかというと、イタリアの反改革法は日本の法案と通うものがあると思う。
例外的に起きてしまった精神障害者の犯罪にメディアが異常に反応しているということである。

イタリアで一年で、3〜4件の非常に奇妙な、家庭内の殺人など事件がありました。一部のメディアは精神保健体制の不備せいであると喧伝している。
しかし、4件の犯罪の容疑者は精神病の既往はありませんでした。弟を殺した人も精神障害者ではないとの判定がでています。

反改革法を推進する人はこれらの事件を持ちだす。しかし犯罪と精神障害の関連性はな事が明らかになっています。

法改正より、地域内の精神医療体制を充実することで減らすことができるのではないか

反改革的なことが進むと、密告国家、警察国家となるのではないかとの危惧がある。

公立総合病院の心理士:初期のバザーリアの中心とした パーソナリティーヒストリーの再構築の取り組みの基本的ありようはどうなのか?

病院の外に連れ出す取り掛かりとして始めた。どこの精神病でも見られるものでしょう。
疾病別に分けられ閉鎖病棟に収容されていた。ほとんどの人が家族から忘れられた存在であった。

全員が制服で、私物は 認められていなかった。イタリアではナイフとフォークで食事するが、患者は手で食べさせられていた。

それほど重篤でないという患者さんにはレクリエーションがあったが、かえって悪化させるようなものであった。

そういう状況では、誰でも健康な人でも病気がひどくなるだろうと言うところであった。
我々は医師、心理士、看護師は治療者か、単なる看守か問い治す必要があった。職業に従事しているならば、自分たちの人格も(? )問い治す??

 状態に合わせて対応した。場所によっては裸のままのところもあった。
まず、自分たちの服を着せるところから始めた、それが非常に重要なリハビリであった。
看護師が話始め、自分たちの服を着て、自分たちのものを持つこと、
何人かで、一緒に食事すること。
女性を美容院に連れていった。
グループで買い物をすすめた。
患者さん自身が外へ出ることに恐怖感を持っていたのでとても大変だった。

外にでたときに、クライシスが起きることもあった。

社会の人も、その人らを見慣れるという効果もあった。
精神科の人たちの散歩コースで次第に名前も覚えられ、地域の人との交流が進んだ。
家族への働きかでが非常に重要であった。

家族へのサポートが大切。一日数時間家族と一緒に過ごすなど。
それらを積み重ねる中で家族に戻ること可能になった。社会復帰が
いわゆる作業療法は行なわなかった。
ムダだと思ったからだ。
病院内の作業療法は現実への見せかけであったから。
仕事は社会的コンテキストの中で行なわれるべきで報酬も受けるべきである。
患者さんは共同作業所、協同組合の中で成果としての報酬を受けて、目に見えるほど変わっていきました。
プロジェクトと、病いんの外に出たいという意欲があって初めて可能だった。

ノルチョ:多くの精神障害の場合。特に統合失調症で個人的経験が中断されるということがある。外からの刺激がなくなり、疾病ごとに分類されると、治療、回復への意欲がないとカタトニーとなることがある、カタトニーは個人史の中断でもある。
固まったときに徐々に働きかけていけば、個人的なストーリーが再開するかと思う。

個人史に注目して働きかけた。
生物学的、心理学的要因、社会学的要因を統合することがあるのではないか。

これは精神分析医がいしているのと同じことかもしれません。精神分析の人は重篤な人は扱っていません。また金のない人も。仕事のない人、社会的な課題を抱えている人は対象になっていないですが。

Hさん:患者さんの権利の条項を読んで。身体拘束をされない権利。どう考えているのか。又、守られているのか?

ノルチョ:イタリア全土でその権利が守られているわけではない。
この権利憲章はイタリア全土ではなく、トリエステのものである。そしてそれを守ろうとしている。

しかし、精神科で拘束されている人は非常に少ない。

まとめ(高木医師)

トリエステの経験に日本は学ぼうとしてきた。 しかし、20年日本は少しもかわっていないという指摘もある。
しかし、生活支援センター、診療所、いろいろな点がある。しかしまだ面にならない。一つの地域が精神障害者を支えることが必要。

ノルチョ:
(1) 改革の成功には全ての民主的な感覚を持ったものが取り組むことが必要。
(2) もう一つは、日本の新法のように国が何かしようとしているときには市民が集まって反対していくことが問われる。
(3) WHOも閉鎖病棟の廃止を唱えている。閉鎖病棟の害は科学的に証明されている。
新しい改革の力にしていく。
(4) コスト的に閉鎖精神病棟より、地域精神医療保健の方がコストがかかるというのは間違っている。
(5) ケアワーカー、ソーシャルワーカーなどが様々人たちと地域的な支援のネットワークを作り上げていく

世界的に見ても、国の権力を変えていくことは難しい。ただ反グローバリズムの運動でもみられたように、国際的なレベルでの(連携・連帯)で対応していこう。

通訳:小池さん的確な翻訳ありがとう


「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等

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心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)


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