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トリエステの地域精神科医療について
「自由こそ治療だ」 (F.バザーリア)
精神科医療に関心のある人ならば、なんらかのかたちで、トリエステについて聞いたことがあると思います。
トリエステは、イタリアの北東部、ベネチア海に面した人口25万の風光明美な港湾都市です。大陸とバルカン半島をつなぐ交通の要所として、政治的・文化的重要性を保ってきました。この都市で行われた、精神科病院の廃止という壮大な試みと、その後の地域精神科医療の推進の運動は、現在まで、地域精神科医療を目指す者にとっての里程標となっているのです。
はじめてトリエステのことを知った人のために、簡単にトリエステの精神科医療の歴史を紹介します。
日本では、高度経済成長の名のもとに、精神科病院が次々とつくられ、精神障害者の隔離と長期の収容が進んでいた1950〜60年代に、世界ではそれとは逆に、大規模な精神科病院とそこへの長期入院の弊害と人権侵害が知られ、地域精神科医療への転換がおこりつつありました。その中でも、トリエステの運動はそのビジョンの大きさからも、抜きんでたものでした。
イタリアでも、大精神病院の改革と病床減が目指されてきましたが、これまでの伝統的精神科医療体制のなかでは、改革は遅々として進んでいませんでした。F.バザーリアを中心とした革新的な精神科医たちは、その現状を打破するために、
という独自の目標をたて、当時の革新的政治勢力を結集してとり組みました.その結果、具体的に上記の目標を達するための法律として、1978年にバザーリア法と呼ばれる法律180号の制定に成功し、トリエステ精神病院が閉鎖されたのです。
これによって、精神病院は患者さん(「ゲスト」と呼ばれる)と市民のための様々な施設に生まれ変わりました。それまでの入院患者さんは、街の中の寮、アパート、そして家庭で暮らすようになり、病気が悪くなれば、地域の精神保健センターで拘束のない治療を受けます。
現在、4つの地域センターが配置され、それぞれが約6万人の市民の精神科医療を担当しています。センターは、医療、相談、娯楽などをかね、地域住民もそこを利用し、またボランティアをしています。緊急入院のためのベッドも各8つはあり、多くの急性期状態をケアしています。
さらに社会復帰については、協同組合運動があり、そこでは障害者と市民が協同して仕事に従事し、レストランやホテルの経営や農業など広く産業に携わっています。
もちろん、改革までの道のりは平坦ではなく、法律制定後も様々な批判があります。中でも資金、補助金の不足こそして大学精神医学の無関心などが影響するスタッフの不足は大きなもので、批判の的になる現実を生じるもとになっています。法律180号はつねに修正・改悪を迫られているといいます。
しかし、それにもかかわらず、現在でもトリエステの地域精神科医療は機能し、精神障害者はあらゆる場面でスタッフや市民と同等にミーティングに参加し、街で生活していることは、多くの見学者が報告するところです。本日の講演では、このような地域精神科医療の実践の一端に触れていただきたいと思います。
11月24日イタリア・トリエステのノルチョ医師の講演会メモ
「地域精神科医療の充実と司法精神医学」
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