日本医師会編 国民医療年鑑 春秋社
少子高齢社会の医療と社会保障
平成11年度版 2000年11月10日発行
精神保健福祉法の一部改正について
西島英利(日本医師会常任理事)はじめに
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律等の一部を改正する法律による改正が行
われ,平成11年6月4日に公布されました.
今回の改正の趣旨は,最近の精神医療および精神障害者の福祉をめぐる状況を踏ま
え,精神障害者の人権に配慮しつつその適正な医療および保護を確保し,および精神障
害者の社会復帰の一層の推進を図るため,医療保護入院の対象者を明確にし,精神保健
指定医の職務を適正なものとし,精神医療審査会の機能を強化するとともに,緊急に
入院が必要となる精神障害者の移送に関する制度を整備するほか,精神障害者居宅介
護等事業などを創設し,在宅の精神障害者に対する福祉事業を市町村を中心として推
進する体制を整備する等の措置を講じたものです.この改正法律の主な内容について,
以下,説明いたします.一.精神障害者の人権に配慮した適正な医療の確保
まず,精神医療審査会の審査機能を強化するため,その委員数の規制を撤廃しまし
た.
改正前は「委員の数は5人以上15人以内とする」となっていたのですが,この人数で
は対応できない都市もあり,実状に合わせて20人以内としたわけです.さらに関係者に
対する報告徴収権限を付与しました.これは審査をするに当たって必要があると認め
たとき,「関係者の意見を聴くことができる」となっていたのを,「関係者に対して報
告等を求め,又は出頭を命じて審問をすること等ができるものとする」と権限が強化
され,厳しくなりました.
また,精神保健指定医については,その診療録記載義務の拡充や職務停止処分の創設
等の見直しをしました.指定医は医療保護入院の判定行動等を行ったときは,その氏名
その他を遅滞なく診療録に記載しなければならないことになりました.当然のことと
いえば当然ですが,最近の事故のなかで記載漏れが散見され,義務化されたものです.
さらに,某国立病院の事故において,関係の指定医の指定取り消しがなされました.
現行法では責任の軽重にかかわらず指定取り消ししかなく,その決定はなかなかしづ
らかったのですが,今回,期間を定めて職務停止処分ができるようになり,指導的な意
味も含めて指定医の質の向上に大きな意味をもつことになります.
また,入院中の患者の処遇に問題があるときに病院管理者に報告し,改善に向けて努
力する職務が加わりました.さらに,医療保護入院の対象者としては,この入院が本人
の意思によらない強制入院であることに鑑み,その対象者が精神障害のため本人の同
意に基づいた入院が行われる状態にないと判定された者であることが要件の1つとし
て追加されました.また仮入院制度はほとんど対象例がなく,今回廃止されることにな
りました.二、.緊急に入院が必要となる精神障害者に係る移送の法定化
1.移送制度ができた経緯
これは,緊急に入院が必要であるにもかかわらず,精神障害のため本人の同意に基づ
いた入院を行う状態にないと精神保健指定医が判定した精神障害者を,都道府県知事
が応急入院指定病院に移送する制度です.なぜこのような制度ができたのか,経緯につ
いてお話しします.
入院治療が必要と保護関係者が判断しても,本人が納得せず,病院に行くことを拒否
し,さらに病院からの往診も得られない場合があります.その際,警備保障会社などに
病院への移送を依頼し,会社の職員が精神障害者をむりやり車に押し込めて病院に連
れていった例が散見されます.また,家族の老齢化などにより,家族が精神障害者を病
院に連れていくエネルギーも低下している例もみられ,患者保護の観点から今回法制
化されたものです.
都道府県知事があらかじめ指定している指定医を自宅等に派遣し,診察の結果,直ち
に入院させなければその患者の医療および保護を図るうえで著しく支障があって,そ
の精神障害のため本人の入院の同意が得られない場合には,保護者の同意があれば,都
道府県知事が応急入院を行うために指定した病院に,指定した車等により,医療保護入
院をさせるために移送できることにしたものです.
この移送制度は強制的な入院のため人権問題に発展しかねず,移送のための事前調
査等の手続きを適切に行うことが重要となります.この手続きについて詳細をお話し
します.2.移送についての手続き
まず,行政の設置する受付窓口に保護者等が相談に行きます.相談を受け付けると,
事前調査を行うために都道府県知事はすみやかに保健婦などの職員を現地に派遣する
ことになります.また,派遣する場合,事前に保護者等に連絡します.派遣された職員は
指定医の診察の必要性を判断するための事前調査として患音の状況を把握するととも
に,できる限り保護者または扶養義務者および主治医と連絡を取り,それまでの治療状
況等を把握します.この主治匪というのは,必ずしも精神病院の精神科医と限らない場
合もあります.精神科医以外の主治医がいる場合もあるわけです.そのうえで指定医の
診察および移送が必要であると,都道府知事が判断した時点から移送手続きが始まり
ます.
診察はあらかじめ都道府県知事に指定された精神保健指定医が自宅等に赴き,医療
保護入院の必要性を判断し,入院が必要と判断した場合には,実際に搬送する以前に必
要事項を患者に告知し,それから搬送することになります.このときの車両等は都道府
県知事が用意することになっています.
移送により応急入院指定病院に入院となりますが,入院後,応急入院指定病院におけ
る指定医による診察の結果,医療保護入院,あるいは応急入院の病状にないと判断され
た場合は退院手続きを取ることになります.この場合,入院する病院に到着後,本人が
納得し,指定医も任意入院で治療が可能と判断した場合は,入院形態が任意入院に変更
になる可能性もあります.
また,移送の際の行動制限についても政省令に盛り込まれました.その行動制限は指
定医の判断の下に,やむをえない限りにおいて身体的拘束をすることができます.身体
的拘束とは.衣類または綿入り帯等を使用して,患者を傷つけないように一時的に患者
の身体を拘束し,興奮するなどの運動を抑制する行動の制限をいいます.また,薬物等
を使用しての興奮の鎮静に関しては,医師の治療行為の1つであり,行動の制限には当
たりません.3.応急入院指定病院の指定基準
ところで,移送を行う先の病院は都道府県知事が指定する応急入院指定病院となっ
ています.この病院の指定基準が今回,一部変更になりました.これは移送制度によっ
て,一部この制度の利用が予想され,またできるだけ患者の居住地に近いところが患者
や保護者等の利便性からも必要であり,できるだけ多くの精神病院が施設基準を取り,
この制度に参加してもらうのが目的です.そのために質を下げる基準にはなっていま
せん.
具体的な基準について説明をすると,まず移送制度による入院の際に,指定医1名,看
護婦与3名が診療応需できる体制にあれば認められることになっています.これは現実
的に必要なときに体制が取れればよいことになっており,指定医,看護婦等を含めてオ
ンコールでもよいことになっています.
次に,あらかじめ定められた日に,応急入院者のために1床以上を確保できれば認め
られることになっています.これは入院が必要なときには確実に入院できるよう担保
するものです.「あらかじめ」とは地域によっては輪番制でないと体制が整備できな
いこともあるからです.
3番目にはCT,脳波計,酸素吸入装置,吸引装置,基本的な血液検査を行うことができ
る設備等により,必要な検査がすみやかに行える体制にあることとなっています.これ
は,以前はこれらの設備を必置していることとなっていました.改正前の法律では応急
入院指定病院は応急入院のための病院であるので,そもそも応急入院は意識障害等が
想定された入院であり,前述の設備が必要でした.しかし,今回の医療保護入院に関し
ては必ずしも必要ではなく,近隣の病院との密な連携のもとで,その施設が利用できる
場合はそれでも可としたものです.
さらに指定医2名以上が常勤であること,看護婦等は患者4人に1名以上配置している
こと,医療法の人員配置基準を満たすこととしています.三.保護者に関する事項
保護者について,その自傷他害防止監督義務が削除されました.さらに,任意入院者
および通院医療を継続して受けている精神障害者の保護者については,治療を受けさ
せる等の義務の対象から除外することになりました.
これは,そもそも任意入院は自らの意志で医療を受けているのであり,もし医療の継
続が困難な場合は他の入院形態に変更するべきであるからです.また,患者本人に対す
る責任を今後明確にしていくことが患者自身の自立のためにも必要と考えたからです
.さらに保護者の高齢化も今回の改正の理由の1つになっています.また今回,成年後見
制度が改正され,後見人および保佐人が従来に加えて保護者になることになりました.四、成年後見制度について
この制度は介護保険制度の施行と密接な関係があり,特に高齢者の財産管理や権利
擁護を目的に改正されました.
今後,さらに痴呆性高齢者が増加することが予想されます.したがって,@精神上の
障害によって判断能力が著しく不十分な患者を対象とした保佐制度と,A精神上の障
害によって常に判断能力を欠く患者を対象とした後見制度に加え,今回,B精神上の障
害によって判断能力が不十分な,保佐,後見制度よりも軽い状態の補助制度が新設され
ました.
特にこの制度の,上述した3類型の決定に重要な役割を果たすのが医師の診断書や鑑
定書ですから,ぜひ先生方のご理解をお願いいたします.
なお,従来の鑑定書は,詳細で高度な判断が要求され,熟練した精神科医でないと記
載が困難でした.しかし,今回補助制度が新設されたことで痴呆性高齢者の申請が増加
することが予想され,鑑定書よりも簡便な診断書が補助制度に採用されることになり
ました.
特に軽度の痴呆は内科や外科の先生方が診ておられることが多く,今後記載に当
たって参考にしていただくため,最高裁判所事務総局家庭局が作成した『新しい成年
後見制度における診断書作成の手引き』『新しい成年後見制度における鑑定書作成の
手引』を日本医師会が整理編集し直し,『日本医師会雑誌』平成12年3月15日号(第123
巻第6号)の付録『新しい成年後見制度における診断書・鑑定書作成の手引き』として
先生方にお届けしていますので,ご一読いただければと思います.
また,痴呆の診断,記載は難しいとの意見が多くありましたが,『日本医師会雑誌』
平成10年10月1日号(第120巻・第7号)の付録として,『痴呆性疾患診断ガイドブック』
を送付していますので併せてご一読いただければと思います.五、任意入院者の開放処遇について
今回の改正作業の議論のなかで,任意入院者の半数以上が閉鎖処遇を受けているこ
とが問題視されました.これは,「閉鎖処遇」と,「実際は開放処遇をしていると病院
関係者は認識しているが,施設構造上,閉鎖病棟を使用せざるをえない状況」との区別
が明確でないため,混乱を起こしたと考えています.
そこで,公衆衛生審議会精神保健福祉部会のもとに専門委員会を設置し,開放処遇の
制限基準について検討しました.その結果,任意入院の場合は当然ですが,基本的に開
放的な環境で処遇されるものとしました.
ただ,先ほど述べたように施設構造上,閉鎖病棟への入院もありうるので,開放処遇
とは,「通常の生活時間帯に病棟および病院の出入りを患者本人の求めに応じ自由に
できる処遇をいう」としました.「患者本人の求めに応じ」としたのは,病院としては
患者の動きを管理しなければいけないし,そっと外に出て自殺しようとすることも十
分に考えられるため,その予防も含めてそうしました.
「生活時間帯」とはそれぞれの病院が考えることですが,1つの基準としてマンパ
ワーが十分な日勤時間帯を考えています.また,任意入院であっても,その病状によっ
ては閉鎖処遇もありうるとしました.これは病状の変化によって入院形態をコロコロ
変えるのは患者と医師の信頼関係に大きな影響を及ぼすと考えたからです.このこと
に関しては入院時に,場合によっては閉鎖処遇もありうることを患者に告知しておく
ことが重要です.六、精神障害者の福祉対策
医療以外では,精神障害者の保健福祉施策の充実に関することがいくつかあります.
在宅の精神障害者の相談,助言等を行う精神障害者地域生活支援センターを社会復帰
施設として法定化するとともに,精神障害者居宅生活支援事業として精神障害者居宅
介護等事業および精神障害者短期入所事業を創設し,在宅の精神障害者に対する福祉
施策の拡充を図ることになりました.このほかにもいくつかありますが,ここでは省き
ます.七、今後の課題
今回の法改正で,さまざまな課題を積み残しました.このことについては法改正の衆
議院での参考人意見陳述で話しましたので,以下,少し触れたいと思います.1.精神障害者の定義
現行法において,精神障害者は精神疾患を有する者と定義されており,その例示とし
て精神分裂症,中毒性精神病,知的障害,精神病質があげられています.
今回,中毒性精神病が「精神作用物質による急性中毒またはその依存症」に改めら
れたことは評価できますが,ストレス社会でのうつ病,自殺の増加,高齢社会での精神
症状を有する痴呆性高齢者の増加など,時代の変化に対応すべく,例示の方法について
見直す必要があると考えます.2.長期入院の問題
長期入院者が必ずしも社会的入院とは限りません.最近の新入院者の残留率は入院
後1か月で76%,3か月で47%,6か月で30.2%,1年で19.8%,1年6か月で15.6%です.在院期間
別重症度でみると,5年以上は中等度以上の医療必要群が多く,これらの入院者の対策
が重要であると考えます.3.任意入院における閉鎖病棟の問題
基本的には開放的な処遇がなされるよう積極的に努カすべきですが,入院を必要と
するほどの患音は病状不安定であったり,また,一部重度の患者の入所のため,建築構
造上,開放的処遇ではありますが,閉鎖病棟に入所している場合もあります.今後,開放
処遇を推進するためにも,病床の機能分化が必要であり,少病床でも運営できるよう,
財政面も含めた環境整備の支援策を検討する必要があると考えます.4.重大な犯罪を繰り返す精神障害者について
これらの精神障害者はまれではありますが,民間病院では対応困難であり,公的病院
の責任であることを明確にし,患者のQOLの面からもそのための施設設備,職員配置
を早急に検討する必要があると思います.5.公的病院と民間病院の機能分化の明確化
公的病院の機能を明確にし,民間病院では対応が困難である粗暴な行動が顕著な患
者を受け入れるなど,後方支援体制の整備が必要と考えます.6.社会復帰対策の推進
都道府県,市町村の努力規定を義務規定にすることも重要です.努力規定ではつくら
なくてもいいわけですから,社会復帰対策が進まないと思います.7.精伸障害者に対する偏見について
法3条で国民の義務として精神障害者等に対する理解を深めることが昭和62年の改
正で加えられましたが,精神障害者がトラブルを起こすと,精神病院入院歴・通院歴が
マスコミにより報道され,偏見を増長していると思われますので,マスコミも含めた検
討が必要と考えます.おわりに
これらのことを今後5年間かけて解決していくことが精神病院に対する偏見をなく
すことにもつながると思います.もちろんその前提として,おのおのの精神病院が情報
公開に努め,開かれた精神病院として地域から認められる努力をすることがいちばん
重要なことと思います.
(日本医師会常任理事)医療法関連目次
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