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日精協誌第20巻・第2号2001年2月
21世紀の精神科病床のあり方 当院のあゆみから考える 要約
横川弘明 山形 上山病院院長
・精神科病院のスタッフ確保が困難であるのは今に始まったことではない。むしろ,
昭和30年代は今よりそれがひどかったという。問われたのは,スタッフ確保,育成シス
テム作りと魅力ある病院作りの二点である。当院では早くから奨学資金制度を導入し
,無資格者の看護学校への就学援助,医師や婦長が看護学校の講師を引き受け,さらに
病院を実習の場として提供した。看護学生のアルバイト先としても利用してもらっ
た。
・病院が良質の医療サービスが提供できなければ,国民が医療費の負担増をもはや納
得しないと私は分析している。他科の最新高額医療機器に精神科で相当するのは,良
質な多数のスタッフではないのか?ところが,スタッフ数で精神科は他科に負けてい
る。良質の医療サービスを提供し続けないと,国民は医療費増加に賛成しないだろ
う。その前提がマンパワーの充実であるというのが,私の持論である。それにしても,
第二次臨調以降,開放的医療やサービスの充実のために,マンパワーを増やした病院が
軒並み財務面で綱渡りを強いられてきたのは,腹立たしい限りである。
・当県の平均在院日数は,281日で全国平均の441日より大幅に少なく,政令指定都市を
除けば,日本で一番短い。山形県支部の努力の影響が以上のデータに如実に現れてい
ると思っている。当支部はだいぶ前から,相互の交流が盛んで,20年以上前から,院長
の定例会議をもっている。事務長,総婦長レベルでも行っており,毎年10月に開く国際
障害者年に開始した「心のフェスティバル」を支部の事業として20年も続けている。
ピアレビューも行っており,風通しをよくして共に医療内容の向上を図る努力をして
いる。そのあらわれとして山形県の看護配置は,最低が4:1となっているのだと思われ
る。
・1床あたり6.4m2と,旧病棟より50%広くなっている。これは予想外のよい効果をもた
らした。旧規準の急性期病棟から,新病棟の急性期治療病棟に転棟した患者たちの病
状ががらっと変わった。一言で表現すると病棟内雰囲気が落ち着いたのである。それ
までは,患者の病的過程による症状と思われた興奮が,実は病棟の狭さに由来する患者
間の相互作用により修飾されたものであったことが判明した。急性期病棟でありなが
ら,喧騒さが消え,静かな雰囲気の病棟に生まれ変わった。これなら,神経症,うつ病の
入院も楽に受け入れられる。1人当たりの延べ床面積も25m2を超えている。癒しの場
作りに病棟の広さが関係することが確認できた。様々な機会に出てくる<6.4m2>が,こ
れからの病院作りの最低限になるのには納得がいく。一部屋の定員が最大でも4人と
いうのもうなずける。2床室よりも個室のほうが利用しやすい。個室は8m2以上が望ま
しい。
・私の知っている精神科病院で,1床あたり8m2の病院改築を予定している。敷地と財
務面で問題なければ,私は大賛成である。私が国に強く望むことは,近代化資金制度を
今後とも継続してほしいことである。
・平成12年4月より,当院はそれまでの460床から426床に定床を削減した。これが可能
になったのは,社会資源をうまく利用しながらリハビリテーション活動を展開したか
らである。
・各病院,各病棟の特徴を出すことが求められるが,当院は今後ともデパート方式で,
精神科はすべてやる,病棟は機能分化を図り効率的に運営したいと考えている。
日精協誌第20巻・第2号2001年2月
21世紀の精神科病床のあり方 当院のあゆみから考える
横川弘明山形 上山病院院長
Key Words
人員配置,病床機能分化,設備構造基準,開放運動,進代化資金
はじめに
情報委員会広報部門より原稿依頼の話が舞い込んだのがちょうど忙しい時間帯だっ
たせいもあり,深く考えもせず,気軽にそれを引き受けたのが反省のはじまりである。
正式な文章を見て,はじめて事の重大さに気づいた。このテーマは今医療法がらみの
ホットで,私のごとき毎日の臨床に忙殺されている片田舎の病院長が取り扱うには荷
が重過ぎる。十分な確認もしないで安請け合いをする自分の性格がつくづく恨めしい
と思う。とはいうものの,いつまでも弱音を吐いているわけにはいかない。そこで,私
は当院の目指してきたものを総括し,その延長上に,今後の展望を語ろうと思う。ここ
では主に人員基準と設備構造基準,病床機能分化等を中心に論じてみたい。
当院の歩み
私は,本誌19巻第4号で,当院の情報発信の歴史を総括する中で,当院の沿革にふれて
きた。今回は,それをよりコンパクトにして再掲したい。沿革の中に,当院の目指した
方向が明示されているし,今でもそれが概ね正しいと考えている。
昭和31年10月 当院設立(大正11年にできた精神科病院の分院として)
完全看護,完全給食認可
昭和33年10月 基準看護3類認可
昭和34年10月 第1回病院祭(以後定例化)
昭和36年 4月 第1回院内看護研究会(以後定例化)
昭和37年 4月 作業療法専従者,レクリエーション療法専従者,ケースワーカー配置
昭和38年 9月 開放病棟設置
昭和39年 入院患者会,退院者クラブ発足
昭和40年 病院家族会発足
昭和48年10月 閉鎖病棟の開放が始まる
昭和49年 基準看護2類認可,常勤心理療法士配置
昭和50年 福祉村発足
昭和51年 共同住居開設
三者協議会発足
昭和53年 基準看護1類認可
昭和56〜57年 第1次病棟整備完了
作業療法認可
基準看護特1類認可
昭和58年 4月 共同作業所開設
昭和60年 職親会発足
昭和61年 7月 訪問看護認可
平成 7年 適時適温給食認可
精神科デイケア認可
平成 8年 5月 新看護体系(3:1A10:1)
一部院外処方開始
平成 9年 4月 第2次病棟整備完了
平成 9年 6月 老人性痴呆疾患療養病棟認可
平成 9年 8月 DI室設置,薬剤情報提供業務開始
平成 9年11月 精神科急性期治療病棟(A)認可
平成10年10月 グループホーム発足
平成11年10月 居宅支援事業所認可
平成12年 4月 訪問看護ステーション認可
老人性痴呆疾患デイケア認可
精神療養病棟(A)認可
平成12年12月 応急指定病院認可
平成14年 4月 地域生活支援センター設立予定(法人として)
当院は何を目指したのか
前節から,一部推測が可能なように,当院は地方の民間病院として,創設時から比較
的多数のスタッフを雇用し,生活療法の充実を図った。日本病院地域精神医学会の前
身,精神病院懇談会設立にも参加し,院内の治療活動を活発に行ってきた。昭和38年に
は,開放病棟も設置した。患者会の設立,家族会の発足は,全国に先駆けており,ユー
ザーの声を医療に反映させる志向を持っていた。
しかし,昭和40年代後半から,生活療法批判,精神科病院の閉鎖性への批判が内部か
ら起こり,画一性から個別性へ,閉鎖から開放へ,院内から地域への流れが始まった。
開放的環境下で医療を行えば,当然閉鎖時より多くのスタッフが必要になるし,一人一
人の患者に焦点を当てた看護をすれば,これもまた多くのスタッフを必要とすること
になる。さらに,リハビリテーション活動を活発にするには,医者と看護者だけでは担
いきれず,CP,PSW,OTR,その他,コメディカルスタッフが関わらざるを得ない。他方,昭
和31年に建てられた病棟は,収容主義を反映して,圧迫感があり,アメニティも貧困で
あり,改築を迫られていた。
精神科病院のスタッフ確保が困難であるのは今に始まったことではない。むしろ,
昭和30年代は今よりそれがひどかったという。問われたのは,スタッフ確保,育成シス
テム作りと魅力ある病院作りの二点である。当院では早くから奨学資金制度を導入し
,無資格者の看護学校への就学援助,医師や婦長が看護学校の講師を引き受け,さらに
病院を実習の場として提供した。看護学生のアルバイト先としても利用してもらっ
た。院内看護研究発表会には毎年,看護学校の教員にも参加していただいた。看護学
校の教員や看護学生に病院の生の姿を見てもらうのが病院スタッフにはよい刺激にな
るし,看護婦確保にもつながった。看護婦不足のためにあちこちで看護婦の引き抜き
で苦労した時期に,当院も同様の体験をしている。当院の目指した医療は多くの人手
を必要とするので,なんとしても他病院との競争に打ち勝たなければならなかった。
そのためには,労働条件の改善と魅力ある病院作りに努力した。だが,第2次臨調路線
下で多額の資本を注ぎ込んで,開放医療にふさわしい病棟作りをし,多数のスタッフを
雇用したため,当院はしばらくの間,財務的には大変厳しい状況に陥った。精神科病院
は経営が好調であるとの評判が立ったことがあるらしいが当院にはまったく縁がない
話で,院長,事務局長は経営指標をにらんでは,銀行からどう融資を引き出すか,悩む毎
日であった。地域住民のニーズに応えられるサービスを提供すれば,いつかは財務的
には好転するはずだからと,敢えて楽観的に思い込んで進まざるを得なかった。その
ためには,地域住民に病院をよく理解していただくことから始まった。地域住民ばか
りでなく職員の家族も気軽に病院に出入りするチャンスをたくさん作った。その最大
の機会は,毎年秋に開かれる病院祭である。それは昨年で42回になるが,人口3万8千人
の市民のうち,毎年千名くらいが参加してくれるおかげで,地域と病院の間にあったバ
リアが,今では確実に小さくなっているのが実感できる。
平成8年に当院は新看護体系3:1A10:1を選択し,認可されたが,これは地域のニーズ
に応えた医療を展開するための必要最小限であると分析している。これでも労働密度
が高く,職員に無理をかけているかなと思われることがしばしばある。現在入院者410
名に対し,職員数は310名おり,財務的には医業収入対人件費率が68%を超える厳しさの
中にある。資金繰りが何とかついているから,息がつけるというのが実感である。
しかし,当院がとる新看護体系3:1A10:1は,山形県の中で特別なものではない。日
本精神病院協会山形県支部に加盟する全ての病院は4:1以上をクリアしている。全加
盟病院とも良質の医療を提供するためには,より多くの良質なスタッフが必要である
という,ごく当たり前の事実を共通して受け入れ,どんなに辛くても,現状は維持した
いと考えている。病院が良質の医療サービスが提供できなければ,国民が医療費の負
担増をもはや納得しないと私は分析している。他科の最新高額医療機器に精神科で相
当するのは,良質な多数のスタッフではないのか?ところが,スタッフ数で精神科は他
科に負けている。
少し古いデータではあるが,わが国の精神保健福祉平成10年度版によると,平成9年6
月30日現在で,山形県の精神病床数は万対26,在院患者は万対24で,全国平均の29,27よ
りいずれも少ない。当県の平均在院日数は,281日で全国平均の441日より大幅に少な
く,政令指定都市を除けば,日本で一番短い。山形県支部の努力の影響が以上のデータ
に如実に現れていると思っている。
当支部はだいぶ前から,相互の交流が盛んで,20年以上前から,院長の定例会議を
もっている。事務長,総婦長レベルでも行っており,毎年10月に開く国際障害者年に開
始した「心のフェスティバル」を支部の事業として20年も続けている。ピアレビュー
も行っており,風通しをよくして共に医療内容の向上を図る努力をしている。そのあ
らわれとして山形県の看護配置は,最低が4:1となっているのだと思われる。
さて,上山市の老齢人口はすでに24%を超えており,痴呆性老人問題が避けては通れ
ないテーマとなっている。もちろん,当院はそれに積極的に対応していくが,現在の看
護人員で十分とは思えない。他方,入院患者の高齢化に伴う身体合併症の増加,急性期
治療病棟導入による多忙をみるにつけ,将来とも,医師が48対1で十分であると言い切
るだけの自信を私は持ってない。
繰り返しになるが今後,良質の医療サービスを提供し続けないと,国民は医療費増加
に賛成しないだろう。その前提がマンパワーの充実であるというのが,私の持論であ
る。それにしても,第二次臨調以降,開放的医療やサービスの充実のために,マンパ
ワーを増やした病院が軒並み財務面で綱渡りを強いられてきたのは,腹立たしい限り
である。
6.4ショック
当院は,昭和56〜57年にかけて,第1次病棟整備をして4箇病棟約300病床を新築し
た。開放運動を通じて鮮明になったのは,鍵と鉄格子に代表される隔離優先の構造で
は,これからの医療を展開する場として適さず,機能的にも不足だらけであったこと
だ。何よりも患者のプライバシーが大切にされず,自尊心が傷つけられ,アメニティの
面では貧困そのものであった。
新病棟は1床あたり4.3m2でしかなかったが,急性期病棟からも鉄格子が撤去され,圧
迫感のない病棟,生活の場としても,古いそれと比べれば,ずいぶん改良された。生活
療法の画一的管理から,一人一人の患者の個性に焦点を当てた〈百人に百様の対応>を
する治療活動を,新しい病棟の中で展開すれば,より治療効果が向上するものと期待し
た。
新築と同時に,当院は特1看護基準を取得した。開放をすれば,人手がかかるのは当
たり前で,きめ細かい看護をするためにもより多くの看護者が要った。その後,ごく当
たり前の事実,質の向上には量的保障が不可欠であるということが改めて確認でき
た。
一方,残された170床の3箇の病棟は老朽化が進行し,ひいき目に見ても治療の場とは
言えなくなっていた。昭和57年の第1次病棟整備に引き続いて,第2次整備を予定して
いたが,第2次臨調下の医療経済では,それはとても無理な状態が続いたのであせっ
た。幸いにも,医療施設近代化施設整備事業(近代化資金制度)を利用でき,平成8年に
残された病棟や管理棟,検査棟建設に着工できた。この制度がなかったら,病棟整備は
永遠に不可能で,当院は野垂れ死にするしかなかったであろう。その資金利用条件で,
当院に利があったのは幸いであった。
平成9年3月にそれは完成し,新病棟部門は精神科急性期治療病棟,老人性痴呆疾患療
養病棟,合併症治療病棟になった。新病棟が,アメニティの面で旧病棟より優れていた
のは当然であったが,1床あたり6.4m2と,旧病棟より50%広くなっている。これは予想
外のよい効果をもたらした。旧規準の急性期病棟から,新病棟の急性期治療病棟に転
棟した患者たちの病状ががらっと変わった。一言で表現すると病棟内雰囲気が落ち着
いたのである。それまでは,患者の病的過程による症状と思われた興奮が,実は病棟の
狭さに由来する患者間の相互作用により修飾されたものであったことが判明した。急
性期病棟でありながら,喧騒さが消え,静かな雰囲気の病棟に生まれ変わった。これな
ら,神経症,うつ病の入院も楽に受け入れられる。1人当たりの延べ床面積も25m2を超
えている。癒しの場作りに病棟の広さが関係することが確認できた。様々な機会に出
てくる<6.4m2>が,これからの病院作りの最低限になるのには納得がいく。一部屋の定
員が最大でも4人というのもうなずける。2床室よりも個室のほうが利用しやすい。個
室は8m2以上が望ましい。
本誌第16巻第12号で,21世紀の精神科病院の建築を特集している。その中に河口豊
(国立医療・病院管理研究所施設計画研究部部長)の論文が載っている。氏は「そこで
患者が入院生活を送っている以上,人間が生活する環境が保障されなければならな
い。日常生活に破綻をきたした患者が自ら日常生活の再構築を目指して入院生活を送
るのに,生活環境として必要な空間が提供されている必要がある」,「人間は過密な状
態から自然にそれを緩和する方向に向かい行動する」,「医療上支障のない範囲内で
できるだけ一般社会生活を保障することが,一般病院を含めて求められている。この
ことが入院生活と一般社会生活との落差を縮め,それによって入院のしやすさ,あるい
は特別な社会生活訓練なしにでも退院を可能にすることができる」,「病棟の集団の
大きさ,過密さは問題ないか,病棟内における患者同士,患者と職員間のいさかいは施
設環境が原因となっている場合が少なくないと言われている」,「面積や天井の高さ
を含めた空間量が増すといさかいは減少する」,「精神科に必要な空間なしに精神病
院は成り立たない」等々,実に的を射た指摘をしている。
私の知っている精神科病院で,1床あたり8m2の病院改築を予定している。敷地と財
務面で問題なければ,私は大賛成である。私が国に強く望むことは,近代化資金制度を
今後とも継続してほしいことである。
病棟の機能分化について
病棟の機能分化は当院の目指す医療との関係で論じたい。
当院は人口3万8千人の上山市内にある。北隣に256,000人の山形市がある。そこに
当院を除いて約750床の精神科ベッドがある。
平成12年4月より,当院はそれまでの460床から426床に定床を削減した。これが可能
になったのは,社会資源をうまく利用しながらリハビリテーション活動を展開したか
らである。
これからは定床426床を維持するつもりであるが,それはかなり困難であると覚悟し
ている。これだけのベッドを持って,対象疾患をあるものに絞って特化した医療をす
るわけにはいかず,むしろ,あれもこれも,精神科医療ならば,総花的に展開しなければ
ならないと考えている。診療報酬改定で200床以上の病院外来診療が不利になったの
は非常な痛手であるが,それでもこの定床を維持するために外来利用者を増やす努力
を余儀なくされている。
その努力の第一が,地域社会に当院のサービス内容をお知らせする情報発信であ
る。インターネット上でのホームページ作成,定期的情報紙の発行,講演会活動,市民
懇談会の定例化,医師会活動への参加等である。地域社会と病院間にあるバリアを撤
去する努力も続けている。福祉村活動への参加,病院祭への市民参加,上山市救急医療
(輪番制)への参加等で市民に病院を見学してもらう機会を増やす活動を続けることで
,当院への偏見や予断が少なくなればと期待している。
地域社会のニーズの分析はとくに大切と考えている。当院の開院当時は,親病院で
増えた慢性精神分裂病者や,山形県内に施設が不足していた重度精神発達遅滞者を収
容することが一義的であった。しかし,開放運動の過程で,それらの患者は地域社会や
施設に退院していった。昭和50年代に入って,地域の要望に応えてそれまであまり力
を入れてこなかったアルコール依存者やその他の薬物依存,思春期の精神障害,老年期
精神障害へと間口を広げるようにした。とくに上山市では老齢人口が24%を超えてい
るので,痴呆性老人の医療が行政の大きなテーマとなっている。当院は行政当局と密
接に連携をとりながら,情勢の変化に対応してさまざまなサービスを用意できるよう
になった。
以下,当院の医療サービスの内容を明確にするために,具体的外来機能から説明を加
えたい。当院は月〜金曜日に,一般外来を午前中,午後に専門外来を行っている。専門
外来は予約制にして,毎日以下のように行っている。
月 抑うつ外来
火 児童・思春期外来
育児不安・被害者外来
水 不眠外来
アルコール外来
木 老人・物忘れ外来
更年期外来
金 外国人の心の外来
心身症・ストレス外来
そのほか普段会社で働いている人々のために,毎日曜日に外来を開いている。往診
もしている。デイケアは精神(大規模)が月〜金,痴呆老人(2単位)が月〜土で行ってい
る。訪問看護ステーション,居宅介護支援事業所は介護保険絡みで経営している。グ
ループホームや授産施設を関連団体が開いている。市内の職親も病院の方針を理解し
てくれ,協力的である。民間アパート経営者や養護老人ホームが退院者を積極的に受
け入れてくれる関係もできてきた。退院者クラブが県内の患者会活動の核になるべく
成長しており,AAも活動している。
以上説明した外来機能との関連で,当院の機能別病棟構成は以下のようになってい
る。
第一病棟(定床55)老人性痴呆疾患療養病棟(医療保険)
第二病棟(定床60)精神科急性期治療病棟
第三病棟(定床60)合併症病棟
第五病棟(定床60)慢性分裂病・合併症病棟
第六病棟(定床59)慢性分裂病病棟
第七病棟(定床60)精神療養病棟
第八病棟(定床72)慢性分裂病病棟
以上のように機能的に分けた理由は治療看護の方針を明確にするためである。患者
層が渾然一体となっていると力が分散してしまい,治療効果が上がらないという体験
から学んでいる。第二病棟には分裂病の他に,神経症やうつ病,その他老人性疾患も一
部混じっているが,これはこの病棟の性格が症状とタイムスパンで決定される特性を
もっているからである。当院は今後ともデパート方式で,精神科はすべてやる,病棟は
機能分化を図り効率的に運営したいと考えている。
おわりに
地域住民のニーズに応えて経営していくためには,入院患者の高齢化も相まって,今
の3:1A10:1の基準は下げられない。今後ともスタッフ確保に努力したい。これから
の病院はより優れたアメニティが求められるだろう。病棟改築には近代化資金がよい
財源である。各病院,各病棟の特徴を出すことが求められるが,当院はデパート型,す
なわち何でもありで経営したい。
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