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全国精労協の政策委員が神奈川県秦野市の精神保健ミニコミ誌「クレリィエール」No.124 に投稿したものを転載します。ミニコミ誌の性格から、編集部の要請で「特別立法」などの政治的な課題にはあまり触れられていません。
医療現場が求める精神医療政策 有我 譲慶 精神科看護師
全国精労協 政策委員
私の職業は看護士です。大阪府の北部、大阪市と京都市の間にある高槻市の民間精神病院で勤務しています。この度、編集の方から精神医療現場で働いている立場の意見を聞きたいと頼まれました。あまりこういう誌面に投稿したことはないので戸惑いは隠せませんが、しばらくおつきあいお願いします。
1.教育に期待する役割
<日本で一番ポピュラーな病気>
皆さんは、日本の病院の全科で、一番ベッドの数が多いのは何科だと思いますか。(医療や保健の専門家の方には常識の話で恐縮です)
1999年10月の患者調査の状況(厚生労働省)によると、全科の入院者の合計1,482,000人のうち、「循環器疾患」が317,000人、「悪性新生物」つまり「がん」は169,000人ですが、「精神疾患」はなんと333,000人でトップです。ポピュラーと思われる「呼吸器疾患」や「消化器系疾患」は7〜8万人。疾患別でみると、「脳血管疾患」が217,000人でトップですが、「精神分裂病と妄想性障害」は213,000人で2番目です。3番目は先ほどあげた「がん」です。いつもこの数字を見るたびに私うなってしまいます。
ここで数字を上げた理由は2つあります。1つ目は、精神病は最もポピュラーな病気の一つであること。ところが、多くの市民には精神病や精神科の病院事情についてはあまり知られていないのはなぜでしょうか。
2つ目は、いくら慢性化しやすい病気だと言っても、日本の病院のベッドの22%を占めるというのは多すぎやしないかということです。そのうち3〜5分の1は、病院内では症状は安定しているけれど、退院して地域で生活する受け皿がない社会的入院といわれます。これもどうしてなのでしょうか。
<学校教育と精神保健教育>
私の息子が高校に入学したとき、エイズと覚せい剤についての啓発パンフレット2冊をもらって帰ってきました。それぞれ、疾患についての正しい知識と、疾患を持った人への理解を求め、更には援助のためのボランティアまで呼びかけるものでした。なるほど、青年期の問題にこうして正しい知識が啓発されるのだ、なかなか良くできていると感心しました。文部省が外注して、「財団法人:日本学校保健会」が制作したものです。
精神病はその多くが青年期に発病します。発病率0.8〜1%であることを考えれば、2〜3クラスに一人が発病することになります。しかし、残念ながら精神病についての啓発パンフレットはありませんでした。精神病の発病の頃は変調がおこり、周囲との違和感にさいなまれているでしょう。しかし当人は自分の中で一体何がが起きつつあるのか理解できず、どこに相談してよいのか多くの場合は知りません。また友人や家族にとってもどう理解し、接すればいいのか分からず、関係はこじれやすく孤立していきます。保健所に相談窓口があるとか、地域生活支援センターがあることも知りません。
<精神科の否定的なイメージ>
阪神大震災の後ぐらいから、PTSDが一般的な関心事となってきました。摂食障害、リストカット、そしてメンタルヘルスや「癒し」が一つのキーワードとなってきて、心療内科や精神神経科クリニックの門をくぐる層は広がってきました。しかし、精神病院はどうでしょうか。毎年患者さんへの人権侵害事件や不正請求などが新たに発覚し、不祥事件は後を絶ちません。地域で生活しながらの通院はともかく、入院には隔離や拘束などの強制治療など、精神医療のイメージは暗いものが多く、精神病院はまだまだ敷居が高いのが実情です。その否定的なイメージの強い疾患に、まさか自分や家族がなるとは思ってもみなかったことでしょう。疾患を受け入れることは難しくなります。生活環境でのサポートが貧弱であるために、症状が軽いうちに精神医療と出会う機会は多くありません。どうしていいか分からないうち、事態は深刻化して本人、家族とも追いつめられます。学校や職場にも居場所を失い、家族は対立しにっちもさっちも行かなくなって、ようやく親族や知人のアドバイスを受け、保健所や役所などに相談したり、時には警察の保護を受け医療機関にかかることが多くなります。また、精神科の救急は24時間の対応には至っていません。
かなり重症になってから強制入院になることが多く、病状からの被害感、孤立感だけでなく、こうした精神科医療との出会いは本人の傷を深めることが多く、治療や看護を受け入れにくくさせます。<高校生の一日ナース体験>
私の勤務先の病院に、夏休みを利用した「一日ナース体験」の高校生が来ました。目的はあくまで看護婦体験で、精神病院を紹介されるとは彼女らは思っていなかったようです。病院を案内した主任看護婦から聞いたのですが、高校生がこう言ったそうです。「患者さんが歩いている!」と驚く高校生。主任看護婦がどうしてそう思ったのと尋ねると「精神科の患者さんは紐でベッドや壁にくくりつけられていると思っていた」と答えたそうです。ああ、埼玉の朝倉病院の報道が、精神病院を知らない学生に、なんと強烈な印象を与えたのでしょうか。その後、彼女らは患者さんの熱を計ったり、薬を飲むのを援助し、散歩のおつきあいなど少し看護婦らしいことをして、帰るときには将来の希望を目を輝かせながら語っていました。
<臨床実習に来た看護学生たち>
私は今年、閉鎖病棟で看護学生の臨床実習を4グループ受け持ちました。初めのオリエンテーションの時には「精神科の患者さんに接するのは初めてなのでどうコミュニケーションを取っていいのか不安がある」と多くの看護学生は言っていました。実習最終のカンファレンスになると、実習に来るまで半数以上の学生は、不安だけでなく精神科の「患者さんは怖い」とのイメージを持っていたといいました。池田小学校事件の後ではあるのですが、ほとんどの学生がそう言うのに私は驚きました。そして実習で指導する側としても手ごたえを感じ、自信をつけたと思われる学生ほどそういう感想を言います。ということは、正直に言い出せなかった学生も多いのでしょう。
准看学校の実習は短く2週間ですが、病棟に入って患者さんらと接します。コミュニケーション技術についてのビデオ学習やカンファレンスなどでフォローを受けながら、実際に患者さんの生活援助をし、話に耳を傾けます。指導を受けながら検温や保清への援助、作業療法への付添をして一緒にカラオケをしたり、散歩や手芸をします。また地域にでて援護寮での暮らしぶりに触れ、地域生活支援センターも見学します。実習で患者さんの繊細な優しさに触れ、疾病からの生活しづらさを理解するようになると、ほとんどの学生が自分のイメージが間違っていたことに気づいたと言いました。「もっと市民は精神科疾患の理解が必要で、精神科の患者さんらと接する機会を増やしたり社会生活を送りやすく受け入れられる場面は増やされるべきだ」と言う学生も何人かいました。<教育に期待する役割>
この「間違ったイメージ」を持っていたのは、最近高校や大学を卒業したばかりの青年です。まして看護者になろうとしている学生です。このイメージは社会の精神障害者への偏見の反映でしょう。そして、わずか2週間延べ五日間の実習で変わるこの偏見に、中学高校の教育は充分働きかけられているとは思えません。今の教育システムはむしろ精神病を一般的な疾患として理解と援助を教えることなく、異端として排除を強める役割の一端を担っているかもしれません。
自分や友人が発病するかもしれない時期だからこそ、青年期での啓発は大きな意味を持つと思います。青少年の精神保健には文部省は実に大きな責任を持っていると言ってよいでしょう。学生だけでなく、教師の方々も一日ナースを体験してもらいたいところです。読者の中に教育関係の方もいると思いますが、生徒達の問題、また自分自身の問題として考えてもらえないでしょうか。今の教育現場は難しい問題を多く抱え、ストレスの高い職場と指摘されています。教師が精神疾患で傷病休暇を取ることが多くなっているとの新聞記事をみたことがあります。どちらも先生と呼ばれる職業ですが、教師と精神科医は他の職業より自殺が多いと聞いたことがあります。
来年の実習受け入れの時には、もとの精神障害者と精神科へのイメージがどんなもので何が影響しているか、実習後、その変化はあったのか、考え方が変わったとしたらどんな体験を通じてなのか、簡単なアンケートをしてみたいと思っています。<健康な人達に今の精神病棟は耐えられるだろうか>
精神科看護をしていると、不穏な状態の患者さんに対応することはあります。ストレスの強い体験にであったり、薬を飲まなくなっているなど、何かのきっかけで、幻聴や被害妄想が強くなると、不安と焦りがつのって不穏な状態になることがあります。全世界が敵に回ってしまったかのように感じて脅えているいることもあります。追いつめられた心境で孤立した人は、緊張して、怒りっぽくなります。これは健康な人でも同じです。いつ爆発するか分からない状態の患者への対応には、看護者も緊張します。そんな時には患者さんへの刺激をできるだけ少なくする工夫をしながら、患者さんが困っていることに理解しようとつとめます。対決でなく、理解者として横に並ぶ姿勢で接し、緊張をほぐすようつとめます。苦痛や緊張をやわらげる薬を飲んだり、注射を受けること勧めます。それでもダメなら、スタッフの応援をたのみ、安全に保護し、刺激遮断のため隔離室を利用したり、興奮が静まるまで拘束するなどして、鎮静に働きかけます。(もちろん医師の指示を受けながら)
ところで安定している患者さんは、「健康な人」よりずっと我慢強いと感じることがあります。環境の変化に柔軟に対応する力が弱くなっているため、葛藤に直面することを避ける傾向があります。そのために文句をあまり言わず我慢しているように見えるのでしょう。今の日本の精神病院は他科に比べて劣悪な医師・看護のマンパワー、施設環境、そして行動やプライバシーの制限が多く、単調で受け身となりやすい入院生活となっています。これは人が自分らしく快適に過ごせる良い環境とは言いがたいものがあります。健康な人の多くは、精神病院に入院したら、耐えられないのではないでしょうか。耐える生活を続けることは、病気の回復によくないのは精神疾患でも変わりありません、
2.精神科特例が医療現場にもたらしているもの
<精神科に対する差別と偏見は何が支えているのだろうか>
「社会に支配的な精神障害者への差別意識」と言ってしまえば、ではどうしたらいいのかという話は難しくなります。精神医療現場の人間としては、国の精神医療、保健福祉政策がそれを強力に支えていると私は感じています。エイズに対する偏見は、国と製薬会社が血液製剤への責任を認めて謝罪したのをきっかけに、社会のHIV感染症に対する見方は大きく転換しました。ハンセン氏病はその最たるものです。国の隔離、断種政策が、国民の偏見を拡大再生産させ、差別のどん底にハンセン病患者を追いやり、人生を奪ってきました。これらは国による人権侵害です。
固い話になってきましたが、もう少しです。日本の精神医療は、隔離拘束の歴史でありました。そして諸外国に比べて異様な長期入院と、日本の入院ベッドの2割も占める入院者数。病状が安定してからの退院先がない、地域社会で生活するための社会資源が乏しい。それで退院できない「社会的入院」が3分の1〜5分の1もいる。今なお、国の精神医療政策が、33万人の精神科入院者には低い医療しか提供せず、2百数十万人の精神障害者と家族が差別に苦しんでいる。こんな大規模な人権侵害がいまだ、存在することは驚くべきことではないでしょうか。1984年の宇都宮病院事件後も精神保健福祉法になっても後を絶たない人権侵害と不祥事件。不正請求と、虐待。これらの温床は何でしょうか。
その一番の問題は何度もクレリエールで語られてきた「精神科特例」です。精神科特例では、御存知のように、医師は他科の3分の1(患者48人に医師1人)看護婦は半分(患者6人に一人)でも病院として認められます。なぜ、精神科だけ特別なのですか。それで構わないとする根拠は何なのでしょうか。数字だけ挙げてもどんな事態かよく分からないでしょう。精神科特例がもたらしている、病院現場の実態の一端を紹介します。<精神科特例の実態>
日本の精神医療は今だ差別的な精神科特例の枠に閉じこめられています。 医療を提供する最低条件が保障されていません。 看護のマンパワーは他科と同じレベルの患者:看護=3:1以上の病院も徐々に増えてきましたが一部に過ぎません。 しかし、それでも医師は他科の3分の1しかいません。 それ以上配置しても病院側の大きな持ちだしになってしまうので、経営的問題から困難です。 看護者から見ても、事例の検討やカンファレンス、臨床での研究、 教育にはとても不十分で、そのことも手伝い、精神医療の標準化はとても遅れています。 (看護もそうなんですが)
これでは医療、看護を提供するのに充分なマンパワーが足りません。不祥事件を起こしている病院の看護配置はほとんどが認可の最低レベルです。医療スタッフの不足は必要以上の隔離・拘束という結果をもたらしています。そこからくる閉鎖性はおびただしい人権侵害と、 不正請求の温床となっています。
<重症なのか、司法との関係性なのか>
重大な犯罪を起こしたが精神障害のために不起訴になった人を「専門治療施設」で治療しようという法案が与党で検討されています。「精神障害者の再犯予防のたの特別立法」を作ることは、精神医療が治安のために利用され、隔離拘束を強めることにつながらないでしょうか。
重症や「治療抵抗性」といわれる事が、医療側の問題、制度上の矛盾を棚において語られて いるのが 日本の精神医療の現状です。 人手不足で精神科医療の標準化が遅れている日本で、どんな基準で「重症」とされるのか 客観的な基準は明らかではありません。 その根本問題を放っておいて、刑事事件を起こして措置入院となったことが、「重症」とイコールなのでしょうか。
確かに薬物療法の効果があまりなく閉鎖処遇も、開放的に処遇しても、衝動性のコントロールが難しく、攻撃性が自分や他人に向かってしまうケースや、その爆発が予測しづらい、難しいケー スもあります。 しかし、治療や看護の見立てや援助は果たして適切だったのかと見直されないといけないと思います。また 本人にとって安心できる治療環境を提供できていたのか、プライドを尊重でき、 その人らしく過ごせるように医療サービス、リハビリが提供できていたか、 家族関係や職場地域との調整へのケースワークはどうだったのかと問い返せば、充分手を尽くしたとはなかなか言えません。病院を変わってうそのように落ち着くこともあります。
それだからこそ医師はもちろん、重症者には患者:看護者=1:2ぐらいの 人員配置が 本当に必要だと思っています。 しかし、精神科の重症の基準は、重大な犯罪を起こしたかどうかとは別です。基準や観点が違う精神医療を司法の道具に利用するようにしか聞こえないのです。<精神科特例は過剰な隔離・拘束と放置をもたらす>
ある民間病院のケースワーカーがこぼしていました。 自分の病院で8年間保護室から出されなかった措置入院の人がいた。 (患者さんの放火で家族が亡くなったケースだったと思います) やっと最近保護室から出てもらったが、これは病院の大きな責任だ。 本当に申し訳ないことだが、必要だと分かっていながら、ケース検討を尽くす余裕もない人員のまま、放置に近い状況になってしまった。しかしこれは、国の責任でもあると。
その病院はかつて看護比率は患者:看護者=4〜5:1だったと思います。(最近3.5:1に引き上げられました) 仮に60床病棟で5:1なら12人の看護者でみることになります。 準夜、深夜の夜勤に各二人づつ配置。残り8人ですが公休や有休で12人のうち、 約3分の1が休みで3〜4人減ります。 4〜5人で日中の患者さんをみるには、機能として、 リーダー、処置、男子一般病室、女子一般病室に各一人、 それに一番重症な患者さんは保護室で隔離されていたり、 観察室で抑制されているかもしれません。他に合併症をもつ寝たきりの人がいるかもしれません。
この人達を4人で看護しようとすると、もう最初からパンクしています。 単に管理だけをするわけではないので、患者さんの訴えに耳を傾けます。食事や入浴の介助、移動や更衣への援助などのほかにも、同伴の散歩や買物の代理行為、 レクリエーションや家族との話し合い、 各種会議、他科の受診援助などもあります。 これらはどうしたら良いのでしょう。患者さんの同伴外出などの機会は減らされます。 最低限その日にやり遂げる必要があるものが優先されると、後回しになるものが出てきま す。 隔離や拘束は本来一番人手をかけるべき重症な患者さんです。 ところが、隔離・拘束されている間は、人手をかけなくとも済んでしまうところでもあります。 隔離・拘束が医療的には放置となり、ストレスが本人をさいなみます。それが 看護者への攻撃性となると、隔離・拘束は更に長期化するかもしれません。 また一人前の人間として尊重されないがゆえに、絶望が支配したり、自尊心やその人らしさが失われて子供の様に退行していくこともあります。 こうした隔離・拘束は適切な医療的必要性によるものではないので、 当然精神保健福祉法の基準に反しています。
しかし、適切な医療を提供するためのマンパワーが不足すると、 管理が先行、横行して過剰な隔離・拘束と放置を生み出します。 つまり、医療法上の特例は、人権侵害の温床と言えます。 それを分かっていて政策とすること自体、精神障害者と精神医療への差別に他なりません 。
現在は一つの病棟は50床(ベッド)を越えないとの厚生労働省の指導なので、 5:1では有資格看護者10人、すると日勤で平均4人。3:1で17人で日勤で8人。 これでも、保護室や観察室の人達への援助や、合併症、全面介助に近い人がいると、日中以外の勤務に人手を増やす必要があり、他の重症で長期入院の人達が、その人らしく過ごすための手厚いケアや リハビリプログラムへの援助、退院へ向けた外出や家族地域との調整、 グループホームや援護寮への退院への取り組みに充分手が回らないのが現状です。退院の受け皿がなかなか見つからないと、入院が長期化する人が出てきます。 そこで失われるものは、生活能力と希望、そしてかけがえのない人生ではないでしょうか。3.精神科急性期治療病棟の経験から
<年間350人が目まぐるしく入退院する病棟>
私の勤務している光愛病院は、大阪市と京都市の丁度中間にある高槻市にあります。単科の精神病院で250名ほどの患者さんが入院しています。私は2001年の春まで精神科急性期治療病棟で勤務していました。
急性期治療病棟は初発の人や、急性症状が再燃して入院したての患者さんばかりの病棟です。慢性期の病棟の平均年齢は60歳代ですが、急性期病棟は30歳代ぐらいの若い層です。女性の入院者のうち、半数以上が10〜20代の時もあります。茶髪、ピアスのおねーちゃん(関西ではそう呼びます)ばかりの時もありました。分裂病の初発の高校生、うつ病で自殺未遂の人、境界性人格障害のリストカッター、薬物依存のヤンキーの女性らが男性患者さんらとホールで談笑しています。
他の病棟は患者:看護婦=3:1ですが、ここの看護基準は2.5:1看護で、医師は2名配置しています。99年に急性期治療病棟(A)の認可を受けましたが、この病棟だけで、年間350人以上が入院し、7〜8割が3ヶ月以内で自宅に退院します。ほとんど毎日患者さんが入退院しているわけです。他の病棟は月に数人のペースでしたから、これは長年精神科につとめている私にもカルチャーショックでした。昨年の、警察や検察経由の措置入院は17名あり、その中には覚せい剤など薬物中毒の錯乱状態の人達もいました。
<急性期病棟の治療とプログラム>
急性症状に対しては集中的な薬物治療をおこない、早期の鎮静化をはかります。代表的な抗精神病薬のハロペリドールの点滴が中心です。睡眠の確保はとても重要ですが、意識レベルが下がり本来の病像が分かりにくくなること、呼吸抑制などの副作用が起きやすいことなどの理由で、関東のような睡眠剤のロヒプノールの点滴はしていません。同時に、安全の確保と刺激からの遮断のために、隔離や身体拘束もよく使われます。しかし、改築前の保護室は2つしかなかったため、使用期間は平均2.5日でした。代わりに5つの個室を活用しましたが、拘束が27%の患者さんに行われました。
激しい症状の人も、2週間前後で落ち着いてきます。急性症状をこえると、休息を保障し回復を見守ります。良い睡眠と休息がその後の順調な回復を助けます。このころ観察室や個室から、2〜4人の相部屋に移ります。回復期にはリハビリの作業療法、ゆったりとした散歩などをすすめます。精神分裂病や躁うつ病の患者さんには、退院を準備するための心理教育プログラムに参加してもらいます。
1回目は精神疾患について説明して各人の症状や前兆、その時の対処法について話し合います。2回目は薬効と副作用を説明し、各個人の処方内容も説明します。退院後服薬を中断するとほとんどの人が再発するので、自分で納得して服薬してもらうことが大切になります。3回目は自分の生活のリズムを振り返ってもらい、対人関係の取り方のコツなど生活上の対処法について話し合います。
<家族への働きかけが肝心>
本人の入院で一息ついた家族に対して、しばらくしてから、心理教育に参加してもらいます。退院後の生活の一番の支え役は何と言っても家族になります。患者さんだけでなく、家族教室に参加してもらったケースの再発率はぐっと低くなります。家族には入院に至るまでの苦労話に耳を傾け、ねぎらいます。患者さんへのプログラムと同じように、精神病と薬物療法についての説明し正しい服薬の重要性を認識してもらいます。家族に知ってもらうもう一つ大事なことがあります。日野氏らの調査では、患者さんに対して、家族が感情的な対応をしていた場合の再入院率は、約2倍です。患者さんの病状は、一進一退でも決して焦らないこと、熱心にいって聞かせても患者さんは思うように対応できない事を伝え、患者さんに家族が振り回されず、過干渉にもならず、家族としての生活ペースを大事にしながらつきあうコツについて話し合います。
<薬物依存症への治療>
薬物乱用問題は,近年,深刻な社会問題として認識されるようになってきました。覚せい剤などが手に入りやすく身近になっています。薬物乱用者の裾野は拡大し、一般の市民や若年者が増えてきています。薬物依存症への治療は期待が大きくなっていますが、専門治療はまだまだこれからというところです。薬物依存症専門病棟は、国立で1か所、アルコール依存症と併用のものを加えても2か所、公立で3か所、民間をいれても10か所にも満たないと言われています。薬物依存症治療のための治療プログラムをもつ病院もごく限られています。アルコール依存症治療に比べて、薬物依存症治療のニーズに応えるだけの専門治療が提供できていないというのが現状です。大阪の民間病院で薬物依存の治療プログラムをおこなっているところは当院ぐらいしかありません。覚醒剤の使用所持は違法なので、警察絡みになることも多く、敬遠されがちです。光愛病院では、急性期治療病棟の中で10人までの枠で薬物依存の治療を受け入れています。
薬物依存症の治療な第一は解毒治療で、幻覚妄想やせん妄の精神病状態を治療したり、離脱症状を管理します。しかしそれだけでは不十分です。心理教育や集団精神療法をすすめたり、自助グループにつなげていく作業など、回復にむけてのさまざまな援助が必要になってきます。
<薬物依存リハビリプログラムと自助グループへの橋渡し>
精神病状態をともなう依存性薬物を断つ離脱期は2週間ぐらいで終えます、その後、焦燥感が強くなる渇望期に入りますが、治療意志を確認して任意入院へと切り替え、治療契約書を取り交わします。治療プログラムへの参加、ケンカはしない、薬物を持ち込まないなど病棟ルールを守ることの約束です。薬物依存症の多くは、仕事や家庭環境破綻してしまっていることが多く、ケースワーカーが生活立て直しのための支援をおこないます。また、薬物依存の害について情報提供の学習や、体験を語りあうミーティング、ストレスを発散させ、体調を調えるスポーツなどのプログラムに平日午後参加してもらいます。そして、薬物依存症治療で一番重要なのは、自助集団への橋渡しです。代表的なのはDARC(ダルク=薬物依存リハビリセンターの略)やNAです。アルーコール治療の断酒会やAAにあたるもので、当事者自身で自主的に運営されています。入院中からNAの当事者が病棟を訪問し、地域でのミーティングや活動への参加を呼びかけています。参加を希望する患者さんには、ダルクなどの施設に同伴して訪問しつないでいきます。
4.長期入院はどうすれば解消していけるのか
<地域生活への援助と急性期治療で在院日数が半減>
厚生省は95年に精神科救急医療システム整備事業を打ちだしました。当院は長期在院や、新規入院の減少など、病院機能の低下が指摘されていました。93年に基準看護5:1から4:1(看護補助含む)に引き上げ、徐々に有資格看護婦で3:1に引き上げていきました。98年より病棟機能の分化がすすめられ、CNS(精神科専門看護婦)の援助を受けながら、入院受け入れ閉鎖病棟の急性期治療病棟化をすすめていきました。またリハビリ部門ではOT(作業療法)やデイケアのプログラムを少しづつ拡充していきました。
同時に98年から、駅前にグループホームが3箇所開設され、ケースワーカーの増員や訪問看護をはじめ、単身生活者の地域生活のための援助や長期入院の退院が促進されていきました。この病院内の取り組みと、地域医療福祉への取り組みは病院の治療構造の大きな変化をもたらしました。
97年度に当院の平均在院日数は、490日であったのが、98年度には342日、2000年度には206日までと半分以下に短くなりました。
(OECDの資料によると日本の精神科平均在院日数は約330日厚生労働省資料では約400日、欧米の平均は100日以下、多くは50日を割っている。参考:精神医療を良くする会ホームページ)
<援護寮に入院20年の人達が退院>
今年4月に高槻市街地に援護寮と地域生活支援センターが開設されました。当院からは10名近くが退院しましたが、その大半が10〜20年の長期入院の「大物」といっていい人達でした。その半数は10〜20年の長期入院者でした。援護寮は病院内では症状も安定しているのに、家族などの援助が期待できない、しかしまだ単身生活は難しい人の訓練施設です。今年は更に在院日数は短くなると予測されます。しかし、社会的入院といわれる院内寛解の人達が退院していく分、病院に入院しているのは重症な人達が多くなっています。3:1と精神科特例以上で、他科並の看護人員配置は確保されていますが、それで入院者に充分な看護サービスが提供されているかといえば、残念ながらそれでも人手が足りないというのが実情です。看護以外の部門も慢性的な人手不足です。とりわけ医師は、立ち上げたばかりの老人痴呆治療病棟含め、日常の診療業務に追われています。新人の医師が就職しても、ベテラン医師が指導していく充分なゆとりも、研究の時間も足りないという状況です。もしも、医師が他科並の3倍いれば、もっともっと診察を受けることができ、ケース検討がされ、患者さんは早く良くなっていくでしょう。苦痛ははるかに軽減される事は間違いありません。入院期間もぐっと短縮できる事を、私は自信ををもって断言できます。<求められる精神医療政策とは>
私の勤務する単科精神病院のこの変化からはなにが読み取れるでしょうか。
精神科特例ではなく、医療法で定められている病院としてのあたり前の配置で精神科急性期治療病棟などでプログラム含めて機能を充実させて、リハビリの体制を整え、退院への支援体制を整えること。単身者であっても、地域生活支援センター・援護寮・協同作業所・福祉工場など地域生活を助ける適切な施設と支援体制があれば、精神疾患でも長期の入院は解消していけるということです。
精神科特例を撤廃し、精神医療を底上げすること、地域精神医療保健と福祉に対してもっと予算をさいて、バックアップ体制をつくり地域医療や福祉部門の雇用を創出する。
地域の精神関連の計画を立てても、何をどうしていいか分からない、また精神障害関連への取り組みに熱心ではない自治体が多く、地域生活支援センターは目標の半分にも達していないのが実情です。
精神科特例が撤廃され他科と同じ医師の配置基準が適応されれば、入院者の症状による苦痛は大きく緩和され、退院促進は飛躍的にすすめられるでしょう。医療スタッフの不足が不祥事の温床であることを考えれば、それは不適切な隔離拘束や放置などの虐待と人権侵害をなくしていくことに貢献するでしょう。
<安心してかかれる精神医療と地域生活を支える精神保健福祉の充実>
そして精神分裂病の好発年齢の中学・高校の教育機関で、精神疾患への正しい知識と、みじかなものができる支援について、啓発が行われていけば、本人が早く異状に気づいて適切な医療保健機関などに相談でき、重症化する前に入院しなくても医療を受けることができると私は考えています。また、どうしても入院や救急医療が必要なときに、24時間相談できる機関と精神科の救急体制が整備される必要があると思います。こうしたことが結果的に、地域で孤立し、症状が重くなり、追いつめられたようにして起きる不幸な事件の発生を防ぐことにもつながるのだと思います。精神障害者を危険視して隔離拘束を強める政策は人権侵害につながり、差別をあおります。またそれは入院を減らして医療費負担を軽くする、「構造改革」にも逆行しています。
必要なのは安心してかかれる精神医療にしていくこと、地域生活を支える精神保健福祉の充実です。これが現在の精神保健に求められていることだと、現場はつくづく感じています。
<国は精神障害者への差別を撤廃し権利擁護に取り組んで欲しい>
現在の精神保健福祉政策は、国が精神障害者を差別しているといっても良い状況です。大切に扱われていない人に対して、人はどう対応するでしょうか。その人に対応したことがない人はその行動パターンをまねることが多いでしょう。国が特定の疾患に医療の保障を低くしていたら、その病気は普通の病気でない、精神疾患を持つ人は普通のサービスを受ける価値がない人と思うでしょう。そして、地域で暮らす事への援助より、塀のある病院に閉じこめる政策をしていたら、市民生活には無縁、危険なものとして住民は厄介者扱いをして排除するでしょう。そして自分や家族が病気になったときにその扱いの不当さに驚くでしょう。国が差別的な精神医療保健への政策を続けることが、精神障害者への差別を作り出していることになります。
<全国精労協の精神医療への取り組み>
私の職場の光愛病院統一労働組合は全国精神医療労働組合協議会(全国精労協)に加盟しており、私は厚生労働省との交渉を担当する政策委員をしています。全国精労協は毎年5月に厚生労働省交渉をしてもう11年になります。140名ほどが交渉に臨むのは迫力があります。そこでは、長年の懸案である精神科特例の撤廃問題や任意入院を開放病棟処遇とすること、精神医療審査会の機能の充実や、不祥事、人権侵害事件へ対処はじめ入院者の権利擁護問題、社会復帰施策の充実、給食の外注化反対などに取り組んでいます。医療に従事する者として、自分達の労働が患者さんの苦痛をやわらげ、回復につながるものであることが私たちの誇りです。
「私たち全国精労協は1990年の結成以来、精神医療に従事する労働者の、生活と権利を守り、同時に、精神障害者の人権の保護と適正な医療を受ける権利を守る為、活動を続けています。精神医療は、現在我が国の医療の中で、最も患者さんの人権保障が立ち遅れている領域です。私達は、特にこの問題を重点に据えて、過去11年、13回に渡る厚生省交渉を重ね、改善のために尽力し続けています。又、この事は、私達精神医療労働者が誇りの持てる医療労働に従事していく事にも通じるものと考え ています」(NTT東日本への要望書より)関心のある方は全国精労協のホームページを見て下さい。
クレリィエール
郵送先:〒257-0054 神奈川県秦野市緑町16-3 秦野市保健福祉センター内
秦野市社会福祉協議会はだのボランティアセンター・クレリィエール気付
問い合わせ:Fax 0463-81-5385(代表者宅)
精神医療ニュース 労働情報のページ
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