第156回国会参議院審議 参議院法務委員会 : 5月13日議事録
第156回国会 法務委員会 第11号 平成十五年五月十三日(火曜日)
午前十時開会
委員の異動
五月九日
辞任 補欠選任
野間 赳君 尾辻 秀久君
五月十二日
辞任 補欠選任
尾辻 秀久君 野間 赳君
角田 義一君 朝日 俊弘君
出席者は左のとおり。
委員長 魚住裕一郎君
理 事
荒井 正吾君
市川 一朗君
千葉 景子君
荒木 清寛君
井上 哲士君
委 員
岩井 國臣君
佐々木知子君
陣内 孝雄君
中川 義雄君
野間 赳君
朝日 俊弘君
江田 五月君
鈴木 寛君
浜四津敏子君
平野 貞夫君
福島 瑞穂君
事務局側
常任委員会専門
員 加藤 一宇君
参考人
明治大学法学部
教授 菊田 幸一君
東京都立松沢病
院精神科医長 黒田 治君
弁護士
日本弁護士連合
会心神喪失者等
『医療』観察法
案対策本部事務
局次長 伊賀 興一君
専修大学法学部
教授 岩井 宜子君
国立精神・神経
センター武蔵病
院副院長 浦田重治郎君
本日の会議に付した案件
○法務及び司法行政等に関する調査 (矯正施設の処遇に関する件)
○心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案(第百五十四回国会内閣提出、第百五十五回国会衆議院送付)(継続案件)
○裁判所法の一部を改正する法律案(第百五十五回国会朝日俊弘君外三名発議)(継続案件)
○検察庁法の一部を改正する法律案(第百五十五回国会朝日俊弘君外三名発議)(継続案件)
○精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案(第百五十五回国会朝日俊弘君外三名発議)(継続案件)
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨十二日、角田義一君が委員を辞任され、その補欠として朝日俊弘君が選任されました。
○委員長(魚住裕一郎君) 法務及び司法行政等に関する調査のうち、矯正施設の処遇に関する件を議題といたします。
本日は、本件の調査のため、お手元に配付の名簿のとおり、二名の参考人から御意見を伺います。
御出席いただいております参考人は、明治大学法学部教授菊田幸一君及び東京都立松沢病院精神科医長黒田治君でございます。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず菊田参考人、黒田参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
なお、参考人の方の意見陳述及び答弁とも、着席のままで結構でございます。
それでは、菊田参考人からお願いいたします。菊田参考人。
○参考人(菊田幸一君) 菊田でございます。
極めて簡単なレジュメを配付さしていただきました。それと、私はたまたま、本当にたまたま行刑改革会議の委員の一人に選ばれました、その関係で今日、参考人としてお呼びいただいた面も大きいと思いますので、あるいは御趣旨とは若干外れる危険性があることを承知しながら、こういうことを申し述べさしていただきたいというふうに思っております。
と申しますのは、皆さんの御努力で、名古屋刑務所を始めとする不祥事、今回の事件に対しては日々新たな事実が明らかになりまして、今後とも非常に、次々と新しいデータが出てくるようでございますけれども、事実の究明そのものは非常にそれなりに大事なこととは思いますけれども、問題はこの先どうするかと、この行刑をこの先どうあるべきかということに私、個人的には特に関心のあるところでございますので、この事件を踏まえて、この先具体的にどうあるべきかということについて特にお話し申し上げさして、この機会に、いただきたいと思います。
個別的なことでございます、については後ほど御質問いただくところでもちろんお答えしたいと思います。
行刑会議ができましたけれども、一つは十二月末までの答申となっております。これは一つの目安でございまして、拘束されるものじゃないように聞いておりますけれども、一応、法務大臣の私的諮問機関でございますから、十二月末までということですので、私どもとしては、大きな柱、幾つかあります。
一つは、現在の受刑者の外部交通、いわゆる通信とか信書、その他のことの、外部との交渉、交通についての現在の状況そのものが非常に密行主義の基本になっているということをどうするかということについての改革であります。
第二点は、今回の特に問題になっております受刑者の不服申立て制度、これは国連を始めあるいはヨーロッパ先進諸国、アメリカ等々の制度から見てみましても完全に後れております。日本は制度としては立派なものがいろいろございますけれども、中身が、事実上の受刑者の不服申立てが解消される手だてにはなっていないということ、これについてはこの機会に抜本的に改革しなきゃならぬということが第二点であります。
第三点は、もちろん、この事件を契機といたしましたその医療の問題でございます。これについても、現在の医療体制あるいは医療機関等々についての抜本的な改革をしなきゃならぬだろうというふうに思っています。その点については年末までにどうしても行刑改革会議としては答申を出すべきだろうと私は思います。
ただ、もっと言えば、例えば懲役、禁錮という問題がございますね。これは刑法で懲役、禁錮というのは規定されておるものでございまして、特別法とも言える例えば刑事施設法というものによって云々できるものではございません。そういう点では、この行刑会議といっても限界があると、刑法改正までは言及できないという限界があります。そういう点では、そういう限界の中での課題だと。私、個人的には、日本だけです、今、先進諸国を含めて懲役、禁錮というような、つまり、現行、明治四十一年にできた刑法が、ごめんなさい、監獄法が懲役、禁錮というものによって牛耳られているということを改善しないで、末梢的なというか、やはり今の柱の問題にしても、根本的な解決にならないという限界がございます。
もう一つ、第二点といたしまして、御存じの、法務委員会でも問題になっております人権擁護法案というものが、今、これからの課題になろうかとされておりますけれども、これは御存じのように法務省の機関内でやるということが予定されているようでございますけれども、先ほどの柱の中で私が申し上げました不服申立て制度、これは法務省内のものであってはならないというふうに、第三者機関というものを想定しておりますけれども、これが、人権擁護法案が可決されますと、その中身に組み込まれるんじゃないかということを想定しております。
逆に言いますと、人権擁護法というものがもう既に今月又は来月ごろある程度の見通しが付くかと、私、今、外からでよく分かりませんけれども、想定いたしますと、それができてしまうと、これは、行刑改革が第三者委員会を中立のものを作れと言っても、これは正に絵にかいたもちだけになってしまう。現実性が何もないわけです。そういうないことを今更行刑改革で議論しろと言われても、私はもう責任を負えないと、個人的には、そういうふうに思います。
したがって、皆さんに、私は、こういう参考人としては僣越ですけれども、国会の皆さんで人権擁護法案を、行刑会議が答申出すまでは、あるいはその案を参考にする状況に至るまで、人権法案の審議を中止していただきたいという、非常にこの与えられた機会を利用さしていただいて僣越ですけれども、あえて申し上げさしていただきたいというふうに思うわけです。
それから第三点に、新しい何らかの行刑法案というものを、条文が具体的にできなければ何にもなりません。そこまで行刑会議は何の責任もというか義務も与えられていないかのように思われておりますけれども、事実上は法務省、法務省の官房かあるいは刑事局か知りませんけれども、その辺で要するにお作りになるだろうと思いますけれども、今までから刑事施設法案、あるいは日弁連と矯正局その他、刑事施設法案ができるまでに、法務省の法規室というのがございましたし、専門家が非常に重ねて何十年と、極端に言うと、にわたって諸外国の制度を調べて、宝の宝庫であります。今、議論を尽くされているわけです。しかし、実現していない。それは、やはり民間人の意見とかあるいは国会の意見が通らなかったということだと思います。
やはり、基本的に私ども考えるのには、立法というのはこれは国会の立法であって、議員立法でやってもらいたい。本来ならば、議員立法で刑事施設法案なりあるいは行刑法というものを素案を作っていただかなきゃならないわけだけれども、そういうことをなされていない状況の中で、行刑改革というのは内閣が主導していると。しかも、それは法務省が条文を作ることになっているということになると、これは行刑改革にどのような柱を作っても、具体的に条文になったときにはそれが骨抜きになる可能性がある、危険性があります。
したがって、私はここで、議員の方、法務委員会の方、それから私ども一般人その他有識者を交えて、その条文作成にも具体的に参加するということをどうぞお願いしておきたいというふうに思います。
最後の点は、私は、これは森山法務大臣の諮問機関でございます。それで、行刑改革の委員に一人として選ばれた以上は、私は、行刑改革会議の会議が継続少なくともしている間は死刑の執行はやめなさいということを森山大臣に約束してもらいたい。そうでなければ、一方では死刑を執行しながら、署名しながら、一方で行刑の改革をするというような下で私はとても行刑の議論をするような厚かましいことはできませんということを申し上げて、これは森山法務大臣に私、個人的な意見として手紙も書きました。今日辺り、昨日辺り着いていると思いますけれども、こういう公の場でそういうことを申し上げさせていただいて、これは将来記録に残ることですから、記録に残していただいて私の思いを伝えておきたいと思います。非常に僣越なことは承知の上でございますけれども、十五分の限られた時間内で申し上げさせていただくつもりでございます。
あと、その他の具体的なことについては、先ほど申し上げましたように、質問にお答えするという予定でおりますけれども、何といっても、私は、日本の刑務所あるいは監獄法、それは古いことは事実であり、新しい法律にしようとするわけでございますけれども、現行監獄法自体も、明治四十一年、時の専門家たち小河滋次郎等が世界的な視野の下に作り上げたものです。であるがゆえに、今日でも部分的な改正を経ながらも何とか持ちこたえているわけです。
問題はその運用の仕方です。運用する金と人、そしてその背景にある人道的な物の考え方の積み重ねというもの、いわゆる成熟した社会というものが刑務所の中において努力されてこなかった、積み上げられてこなかったということが背景にあろうと思います。
一言で言えば、私は、受刑者といえども人として値する存在としての扱い方というものを、ここで改めて、法律、規則、そしてその規則を運用するための人、これは人が一番大事だと思います。その人が、矯正局には人が一杯います。だけれども、今の状況の中では言論の自由がない。したがって、そういう点では、言論の自由を確保し、そして、そういう本当にやる気のある人たちが報われるような社会というものを、この際具体的に私は後ほど提案したいと思いますけれども、設立すること、これが、規則、形式はもちろん必要です。必要ですけれども、なお必要なのは、人権ということについては、その形に対して命を与えていかなきゃいけない、吹き込んでいかなきゃいけない。それは人であります。その人をどう育成していくか。これは月給も上げなきゃいけないでしょうし、労働時間も組合も、いろんな形で保障しなきゃならないだろうと思います。
そういう点について、具体的に細かなことを積み重ねていくことが必要なわけで、一朝一夕に、組織ができたから日本の刑務所はこれで万々歳だということには決してならない。長い間の年月の積み重ねというのが必要だし、そのための精神を打ち込むということに、これからの改革を実現するように願いたいというふうに思っております。
以上です。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
次に、黒田参考人にお願いいたします。黒田参考人。
○参考人(黒田治君) おはようございます。黒田と申します。
私のような若輩者にこのような大役が務まるかどうか、ちょっといささか自信はないんですけれども、せっかくの機会ですので最善を尽くしていきたいと思います。
まず、私、現在、都立松沢病院で精神科医として勤務しておりますけれども、この三月末まで約十三年間にわたって八王子医療刑務所の方でやはり精神科医として勤務しておりました。それから、二年間イギリスの方に法務省それから科学技術庁の方から留学させていただきまして、イギリス内の司法精神科医療のいろんな病院であるとかあるいは刑事司法施設で研修をしてまいりました。そういったバックグラウンドから今日の話をさせていただきたいと思いますけれども、まず、お手元にございます資料に沿ってお話を進めさせていただきます。
その中で、五ページにいきなり飛んでいただきたいんですけれども、そちらに「まとめ」と書いてある場所があるんですが、そこに二つの文章を載せています。上の方がイギリスで使われています代表的な司法精神医学の教科書からの引用なんですけれども、ちょっとお読みしますが、「刑務所に収容されたからといっても公民であることに変わりはない」、「そのことで包括的な保健医療を受ける権利を剥奪されるべきではない。保健医療に関する政策は囚人に対してもその母集団」、つまり国民ですね、「に対しても等しく適用されなければならない。保健医療の水準の低さが、拘禁の持っている刑罰的要素の一部であってはならない」という文章。それからもう一つ、下の文章は、アメリカのやはり有名な司法精神医学者の文章ですけれども、「受刑者が刑務所で過ごす期間は概して長くなく、彼らは地域社会からやってきて地域社会へ帰っていくのであるから、医療の継続が必要であろう…結局、精神障害受刑者の問題は、地域社会問題の視点から見なければならない」という文章です。
なぜこのような引用をしたかといいますと、この中のメッセージとしまして、結局、刑務所に収容されている人たちというのは全くのエイリアンではなくて、我々国民の中の一人であるということですね。それから、よほど特殊なケースでなければほとんどの被収容者の方がいずれは地域社会の方に戻ってくるということです。つまり、刑務所の中の医療の問題というのは地域社会の医療の問題と切っては切り離せない問題であるという認識が必要なんだろうと思います。
そのような考えから、現在の我が国の医療刑務所を含む行刑施設内の医療について見てみたいと思います。
ごめんなさい、一ページにお戻りください。
一番として挙げましたのは、刑事司法システムと精神保健システムの中での医療刑務所の位置付けについて図式化したものなんです。皆様、法律の専門家でいらっしゃると思いますので詳しい説明は必要ないと思いますが、この中で、スタート地点というのは左上の「触法行為」というところから始まります。「医療刑務所」の場所というのは中央からやや右寄りの真ん中にありますけれども、結局、この図で見てお分かりのように、医療刑務所それから刑務所というのは、この流れの中では最終地点ではなくてコミュニティーに戻っていく各段階の通過点の一つにすぎないということです。
次に、私が三月まで勤務しておりました八王子医療刑務所についての概要を述べさせていただきますけれども、皆様御存じのとおり、日本には四か所、医療刑務所というのがありまして、そのうちの一つです。
医療刑務所の大体の役割というのは、一般刑務所で治療又は処遇が困難なような医学的な問題、これは精神疾患、身体疾患問いませんけれども、そういった問題を有する被収容者、主に受刑者ですけれども、彼らに対して専門的な医療と処遇を施すために設置された刑務所です。法務省矯正局の管轄下にありまして、監獄法あるいはそれに関連するような法規に従って運営されています。刑務所の中での医療に関しましては、精神保健福祉法の規定は適用されません。
続きまして、どのような精神障害受刑者が八王子医療刑務所に収容されているかということですけれども、規定によりますと、拘置所それから刑務所で分類調査というのが行われまして、そこで精神障害者でありかつ専門的治療処遇を必要とする者というふうに分類された方が移送の対象となります。具体的には、狭い範囲での精神病に限りませんで、人格障害それから精神遅滞、痴呆といった、様々な精神障害に起因します行動異常のために一般刑務所で処遇が困難と考えられた受刑者になります。
ここに挙げました数字というのは昨年のある一日のスナップショットで、大体の傾向を見ていただくために挙げましたけれども、大体七十五人ぐらいが入っていまして、この中で重要な点としては、裁判で刑事責任能力が争点になった事例というのは決して多くない、さらに、心神耗弱を認定された方も決して多くないということです。
続きまして、?の医療刑務所での精神科医療の内容についてですけれども、中で提供できる医療のメニューに関しましては、通常の精神科の病院とそれほど大きな差はありません。大きな違いとしましては、医療の領域なんですけれども、そこに刑務官が必ず関与しているということですね。それから、受刑者の居住空間とか彼らが遵守すべき規則、規律については通常の刑務所とそれほど変わらない。それから、刑期というものがありますので、治療期間がそれによって限定されていまして、治療の途中でも刑期が終われば社会に出てしまうということがあります。
続きまして、医療刑務所での精神科医療の問題点について、いささか羅列的で分かりにくいかと存じますけれども、幾つか挙げさせていただきました。
まず、医療刑務所では専門的な治療処遇というのが行われることになっているんですけれども、そのゴールは何なのかということがはっきり示されていないと私は考えております。一方の極としては、刑期の終了するまでの間、刑務所の中で処遇ができる程度に精神症状とか問題行動を改善するということがあります。もう一方の極としては、そういった治療に加えまして、その後の社会復帰とか釈放された後再び犯罪を犯さないとか、そういったリスクマネジメントの領域まで視野に入れた対策が必要じゃないかという極があって、そのどこを目指してそういう治療をしていけばいいのかということがはっきりしないということですね。
それから、二番目には、精神科医療の実践に精神保健福祉法が適用されないということがあります。それによってどういった問題が起きるかといいますと、精神障害を持つ受刑者の方の不服申立ての制度がはっきりと確立されていないということと、それから施設の中での医療水準を監視するための制度というのがないということですね。
その次に、御自分が病気だという認識のない精神病の患者さんというのがいらっしゃいますけれども、そういった方は治療を拒否されます。ただ、そういった御自分で治療を望まない方に対して強制的に治療を行うというときの根拠がないということです。ただし、この点に関しては、一般の病院で使われています精神保健福祉法の中でもきちんとは規定はされていません。
次に、精神障害受刑者というのは医者を選べないということですね。その施設の中に勤めている医者が対応しますので、その先生が気に食わないからということで別の病院で掛かるということはできない。それは対応する医師の質というのが非常に重要になってきます。ただ、一方では医者の方も患者さんを選べないという問題があります。病院ですと、時にその患者さんが治療が難しいとかあるいは処遇が難しいといった理由で治療を拒否されるケースが時々ありますけれども、そういったことが刑務所の中ではできないということがあります。
続きまして、医師が倫理的なジレンマに陥りやすい。これは、医師の役目というのは患者の治療というのが最優先されるものなんですけれども、ただ、刑務所の中に勤めていますと、それだけではなくて、刑務所の中の医療の最終責任者というのはその施設長にありますので、その施設長に対する責任というのも発生してきまして、医師がそのどちらの責任に従って仕事をすればいいのかというのがはっきりしなくなってくることがあるということ。それから、刑務所の中の規律を守るためには懲罰というものがありますけれども、それに関与を求められる可能性があるということですね。
それから、拘禁環境というのはしばしば病気の症状を増悪させる可能性があるということ。それから、刑務所の中で治療が難しい患者さんを外の病院に移して治療を続けるような制度が現在もありますけれども、実際にそういった制度を使って中の受刑者を外の病院に移して治療するというのはしばしば困難であります。それは、刑事司法の問題だけではなくて、それを受け入れる側の病院、精神保健システムの側の問題というのもあります。
それから、社会内の治療資源を利用できないとか、あとは外出などがさせられない。それから、精神障害受刑者の方にはしばしば治療動機付けというのが十分得られていない。何で刑務所に入っているのに精神科の治療を受けなくてはいけないのだというような認識が基盤にあるんだと思います。
それから、非常に重要な問題としまして、釈放のときに発生するいろいろな問題ですね。先ほども言いましたけれども、いずれは社会に戻ってくる人たちです。しかも、治療期間が刑期で決められています。ということは、釈放されるときに病状が改善されているとは限りません。刑務所から釈放される際に、精神保健福祉法の二十六条という矯正施設長通報という制度がありますけれども、その際に判断の基準になるのは自傷他害のおそれという点なんですけれども、それだけで治療の継続が必要かどうかということが判断されてしまって、二十六条でそのおそれがないというふうに判断された方を地域社会内の医療機関に連携して引き継いでいただくというのは非常に難しい問題になってきます。
今のような、お話ししましたように様々な問題があるわけなんですけれども、じゃ、それをどうしていったらいいのかということで国際的な基準というのを参照してみたいと思います。
まず、国連のガイドラインとしてここに挙げました二つのものがあります。その詳しい内容につきましては、皆様にお配りしました資料の中にありますので、御参照ください。
六ページに要点だけ挙げておりますけれども、二番目の「精神病者の擁護およびメンタルヘルスケア改善のための原則」を読ませていただきますけれども、一番としては、精神病に罹患した受刑者も一般の精神病者が保障されるものと同等の最良で有効な精神保健医療を受けるべきである。二番として、国内法が許可すれば、裁判所などの所管機関が法的能力を有した独立の医師の助言に基づいて精神病受刑者を精神保健施設に入院させる命令を下すことができる。三番として、精神病に罹患していることが確定した者の治療は、いかなる状況下であっても一般の精神病者に対して保障されるものと同等のインフォームド・コンセントの原則が遵守されなければならないというふうに規定されています。
こういった原則から我が国の医療刑務所の内容を見てみますと、それが、国連の言うところの一般の精神病者が保障されているものと同等の最良で有効な精神保健医療を提供する精神保健施設に該当するかどうかということが問題になってくると思います。それについて、本当にそうなのかということを、法務省ではなくて、医療の専門である厚生労働省あるいはそれを評価するための第三者機関が評価すべきではないかということですね。
その結果、医療刑務所を精神保健福祉法が適用されるような精神保健施設として変えていくという方法が一つあります。それからもう一つとしては、医療刑務所の状態は現状のままであって、その中にいる精神障害受刑者の方を刑務所の外の精神保健施設に移送をして、そこで入院治療できるようないろいろな整備が必要じゃないかということですね。その場合には、今のいわゆる精神病院では不十分ではないかと私は思います。
イギリスの例を挙げさせていただきました。これは、私がイギリスに留学していたということもあるんですけれども、イギリスでも刑務所の中での医療の問題というのは非常にうまくいっていません。これまで繰り返し批判されてきています。
その要因としては、真ん中辺りに挙げましたけれども、精神障害受刑者の受皿となるような保安病棟であるとか特殊病院がいつも満床で空きベッドがない状態が続いていて、刑務所の中の受刑者をそこに移送するのが非常に後れてしまうという問題がありました。
一九九〇年に、内務省、日本の法務省ですけれども、と保健省、これは厚生労働省に当たりますが、それが共同で通知を出しまして、精神障害犯罪者を刑事システム、刑事司法システムから精神保健システムへなるべく転換していくという政策を表明しました。この時期に内務省が、特に精神障害に罹患した未決囚の一般の病院へ移送を促進するようにということを刑務所の医官に指示しまして、これに地域保健保安病棟がベッド数がどんどん増えてきているということが相まって、一九九〇年代に入ってから刑務所から病院への移送というのが年々増加してきています。
一番下のところ、刑務所制度に対する保健諮問委員会というのが刑務所内での精神科医療について、NHS、一般の国民向けの医療制度ですけれども、それと同等のものにするように勧告しています。つい最近になりまして、内務省とNHSの間で共同体制を組みまして、一般国民がNHSで受けられる医療と質や範囲に関して同等の医療を受刑者にも提供するということを目標にこれから改革を推進していくということになっております。
以上、少し時間が長引いたかもしれませんけれども、以上で終わります。
ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
以上で参考人の意見陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
○荒井正吾君 自由民主党の荒井正吾と申します。
本日は、大変貴重な話、ありがとうございました。せっかくの機会でございますので、初歩的な質問も多いかと思いますが、質問させていただきたいと思います。
まず、菊田先生に御質問をさせていただきたいと思います。
どういう人に、何を罪にしてどういう罰を与えるかというのは国家の大きな責務であろうかと、国家権力が独占し、リンチを許さない、罰は国家権力の手続によって決めるということは近代国家を形成している一つの大きな基盤になっているように思います。したがって、国家経営の理念とか国家の在り方の基盤が反映されているように思うわけでございますが。
一方、今問題になっております問題を見ますと、大変日本の中の、この委員会でもそうでございますが、意見が大きく分かれているように感じる。その意見の分かれる原因は何だろうかというふうに素人ながら考え始めておりますが、その根底には宗教観とか人生観とか人間観というのが、もう少し、共通したものがないように思うわけでございます。
これは、いろいろな判断があろうかと思うわけでございますけれども、江戸時代からずっと、私は奈良の出身ですので奈良仏教というのを影響を少々受けておりますが、ずっと長年、千年以上続いた仏教の思想が明治の近代国家になって西欧のその時点の思想を受け入れて、そのジョイントがなかなかうまくいっていないんじゃないかというような見方もちょっとするわけでございます。
刑法の世界でいえば、仏教の世界から反映されて、江戸時代、因果応報という思想がやはり根深くあったように思います。罪を犯すのは因果があるから、原因と結果があると。これは今も仏教界で基本的な思想になっておるわけでございますが、因果がある、それに応報するというような、歌舞伎でよく見られて、今も楽しんでいる日本人が多いわけでございますけれども、そのような信条の底にある一方、明治時代に取り入れた罪刑法定主義、それと罪と罰というのは、当時の西欧社会が呪術的な世界から合理的な世界、近代的な世界へ発展する過程のフレームを取り入れたというような、ごく独断的な私見かもしれませんが、そのような気がするわけでございますが。
西欧も、その十九世紀の世界から更に発展してもう少し人間の中に入っている一方、西欧独自の宗教観、人生観、人間観というのがあるように思うわけでございますが、日本の中でその罪と罰を日本人がどのように考えられるのか、考えれば気持ちが安らぐのか、社会が安定するのかというのをどのような手法で、どのような考え方で議論をすればいいのかというのが大変大ざっぱで稚拙な問題提起でございますが、私の関心でございますので。
菊田先生、今日おっしゃっていただいたのは、大変深い意味がある一方、時間が足らなくて十分な話を聞けなかったのは一方残念でございますけれども、またそれは個人的に勉強するといたしまして、今日、御提起いただいた論点の中で監獄法、明治四十一年にできた監獄法の懲役、禁錮という罰の形態を確定したということについて、これは今は日本だけという、その応報の、罰の与え方が懲役、禁錮ということについて大変深い御意見をお持ちのように思うわけでございますが。
その最初の、どういう罰を与えるかというような話をいろいろ議論すると長くなるので、菊田先生の御感触なりが伺えたら幸いでございますとともに、それを反映した懲役、禁錮という監獄法の基本的な罰の与え方についての説明をもう少しいただければ大変参考になると思うのでございます。第一点の質問でございます。
○参考人(菊田幸一君) 結論から申し上げますと、私は今、日本の行刑という、修飾付きの行刑というものはあってはならないと。国際的な視野から、国連を中心とした最低基準規則というのが一九五五年にできていますけれども、それ自体がもう修正されていて、その最低基準をもう引き上げようということが度々作業化されています。
日本は、日本的行刑という、もちろん人権というのは各国それぞれの背景の下にありますから、その人権に向かってどのようにその国が努力するかというプロセスであるわけで、理想的な国というのはあり得ないと思うわけですけれども、日本の場合は、どちらかというと、例えば人権委員会に対する政府の答弁書にしましても、人権擁護に関してはこういうような手だてがございます、組織がございますということで、言うなれば、完璧にそういうものが整備されております、近代国家でございますと、こういう説明をしているんですが。
実態は、問題は実態なんです。実態が、受刑者がどういう不満がどういう形で処理されているのかと、具体的に。そこのところは、国連などでの人権委員会などでは特に求めているわけです。完全なものを求めているのじゃないんです。具体的に、どうあって、どこに不備があり、そしてどこに改善しなきゃならぬところがあるかということを求めているわけですけれども、日本は逆に、すべて完璧でございますという返答をしているんですね。
その根底には、日本的行刑というものがあって、今おっしゃられましたように、刑務所へ行けば償いと申しますか、因果応報、今刑務所で楽するよりも苦労した方がしゃばでは皆さんが許してくれるんだと、こういうような背景がありまして、これは私の独断ですけれども、刑務官は人のいい人だけれども、おまえのために苦しませなければやった犯罪に対する、報われないから、おまえのためを思って苦しませてあげているんだと、こういう発想で私は行刑をやっているんじゃないかなというふうに思うぐらい独断と、独断による因果応報。
因果応報というのは、しかし、私よく宗教のことは分かりませんけれども、昨日悪いことをしたから今日応報があるということではなくて、もっと宗教的には時代を超越した、何代も上の祖先が悪いことをしているから末代において何らか応報があるというような意味じゃないかと私は思っておりますので、例えば死刑もそうですけれども、その行為、その反動として、すぐにそういう反動としての応報が正義だというふうには私は思いません。
正義というものは、もっともっと、もっと深いものだと思いますし、先ほどの先生の御報告のように、医療に問題がある人間も行く行くは社会に戻るわけです。そして、戻ったときに我々の社会がやはりそういう人たちと共存することのできるような人として処遇してもらうにはどうするかということが最も社会の要求していることだと思いますね。
そういう意味では、日本的行刑ということで正当化するというのは、私は近代化された今日においてはあってはならないことだというふうに思っております。
○荒井正吾君 ありがとうございました。
菊田先生は実態から反映して改善すべきことを実際的にやると、これは手法でございますが、大変私自身そのように思います。
もう一つは、社会との、罪を犯した人でも社会との調和というのは、一生生きるわけでございますので、どのように考えるかということでございますが、その応報というのは、監獄法が因果応報の考え方を反映したというんじゃなしに、むしろ反映していないんじゃないかというふうに思うわけでございますが。
といいますのは、宗教でも、応報でも、罰を受けるのは何代かにわたって見えないところから天罰が来るという思想がどこかにあるというようなことが一方にある反面、それと、宗教的には、悔い改める人が、どんな大きな罪を犯しても悔い改める人の方が上だと、その人の方が早く天国に行けるんだというような教えが一方あるわけでございます。
その悔い改めるということは更に、再生すると、人とうまくやるというようなことでございますので、その罪の大きさとその悔い改め度というのを、どのように罪の、罰の中で反映させるかというのが普遍的な課題じゃないかという観点に思ったわけでございます。大変深いといいますか、ちょっと漠とした議論でございますので、また後ほどにしたいと思いますが。
もう一つお聞きしたいのは、菊田先生は、刑務所の中で累犯者が多いと、今日は直接触れられません、累犯者が多いということを述べておられますが、累犯ということになれば、一回の罪を悔い改めるというよりも、何回も犯して入る人というのは受刑としてどのように扱えばいいのかというのは、また一つのパターンがあるようにも思うわけでございますが、累犯者の扱いについてと、それと刑務所の目的ということはどのように考えておられるのかをお聞きしたいと思います。
○参考人(菊田幸一君) お答えします。
累犯という、たまたまおっしゃいましたけれども、これも刑法上の累犯規定というものによっているわけで、私は、累犯という、刑務所を出てから五年以内に再犯を犯すという枠を作って、それにうまく入り込む、うまくというか偶然にも入り込んだ人間は自動的にまた刑務所へ入れるという、これは、今の刑務所処遇という、人の処遇という思想からいくと相反することであるわけですよ。
だから、犯罪やったことは悪い、しかし、それ相当の刑を受けなきゃならぬことは事実、そして、刑務所の中においてはその人間に対していかに処遇をするかという、このことは大事なことですけれども、いったん刑務所へ入った人間が機械的に、また非常に、その辺のこそ泥やっただけでも実刑を受けるというような、機械的に人間を処理していくという、その刑法の基本原則そのものが今の、私は、処遇という理念には反すると、余りにも形式的にやっていることで、反するというふうに思っています。
○荒井正吾君 ありがとうございました。
時間がございませんので、次は黒田先生にお伺いしたいと思います。
先日、府中刑務所へ見学へ、視察に行かせていただきまして、たくさんの受刑者を初めて見させていただきまして、一つ大きな、何といいますか、驚きがあったわけでございます。
その一つの印象は、診療所の前で座っておられる大変おとなしい方、あるいは独居房で、あるいは保護房に入っておられるとても攻撃的な方、あるいは外で体操してとても規律の中で住まされている方というような方たちで、ああ、これが受刑者の方かなというような、それで共通して、改めて思いました共通していることは、見張られて暮らしておられるという面があると思います。その見張られて暮らしているというのは、社会的復帰、再犯防止、あるいは精神のバランス回復するのに、精神医療の観点からそういう扱いがどうなのかなという小さな疑問が出たわけでございます。
人間は、ある程度孤独といいますかプライベート、あるいはそれをいやすというコミュニケーションがないといけないように思うわけですが、総じて顔を拝見しますと、普通は表情のちょっとした隅に、心をのぞく窓のような表情がかいま見れることが普通は多いんですけれども、それがほとんどないように思ったように思います。
それで、時間がないので恐縮ですが、その犯罪をなぜ犯されたのかというのは大変奥深いものでございますが、精神的な疾患があって犯罪の要因が、比重が増加するというようなことが、もし仮説でもあれば、それはどのような客観的な指標で提示されるのか。例えば、風邪ですよといった患者に自覚症状がある、自覚症状がなくても熱がある、あるいは湿疹が出るというので分かるわけですが、精神障害についてはなかなか分からないので、医療の客観性ということについて、もう時間もございませんのでちょっと御意見を伺えたらと思います。
○参考人(黒田治君) 申し訳ございません。質問の意味が十分理解できているかどうか分からないんですが、もしかしてなんですが、精神障害があることによって、それが原因になって犯罪を犯す方がいるかどうかということでしょうか。
○荒井正吾君 そうですね。後の触法の関係もあるんですが、犯罪を犯すおそれというのは、例えばどのような、客観的なデータで表すというところまで医療水準が行っているんだろうか、どういう外形基準で判断できるという水準まで行っているのかどうかという質問でございます。
○参考人(黒田治君) 恐らく、客観的な基準、評価尺度と言われるようなもので測れるという段階にはまだ来ていないと思いますけれども、ただ、そういった領域の研究はまだ日本では十分されていませんけれども、例えばアメリカとかカナダとか、そういったところでされている研究などでは、いわゆる精神病ではなくて、いわゆる人格障害というようなものの程度によって再犯率が影響を受けるんじゃないかというような研究はあると思います。
○荒井正吾君 以上で終わります。
ありがとうございました。
○朝日俊弘君 民主党・新緑風会の朝日でございます。
お二人の先生、今日は参考人ということで御苦労さまでございます。
限られた時間ですので、まず菊田参考人に。
実は先生のお書きになった「日本の刑務所」という新書版の本を改めて読ませていただきました。いろいろイラスト入りで大変興味深い本だったと思います。ただ、今日、先生のお話を伺って、レジュメの冒頭に「行刑改革会議の位置付け―その限界」というふうに書かれて、せっかくメンバーに入られたわけですから、限界を承知しつつ、是非頑張ってほしいと思うんですが。
その中で、私たちも今ちょっと当惑している問題は、監獄法なり監獄法の施行規則なり、これも実は全面的に書き改めなければいけないんじゃないかと思いつつ、しかしその作業は極めて大変で、しかも全面改正をしようと思えば思うほどいろんな問題も出てきて、懸案の問題にまたぶつかってしまうということもあったりして、取りあえず、今、新聞でいろいろ問題になった情願制度のところだけでも変えようかというふうに今考えているんですけれども。
つまり、お尋ねしたいことは、規範としてある監獄法及びその施行規則、これについて何とか変えなきゃいけない、改正しなきゃいけないと思いつつ、部分改正を積み重ねて、先行して積み重ねていく中で全面改正を展望した方がいいのか、それとも、もう最初から抜本改正を、全面改正に向けての議論をした方がいいのか、その辺、先生のお考えを是非お教えいただきたいと思いますが。
○参考人(菊田幸一君) もちろん私は、明治四十一年、百年近くたとうとしている監獄法を、私はこの際、これだけの事故が起こったときに、もう千載一遇のチャンスといいますか、これは全面改正しなきゃもう絶対駄目だと思いますね。もう後譲りできない。これまで何十年も、先ほど申し上げたんですけれども、刑事施設法案までにいろんな何回も何回も法案ができています。全部つぶされているんですよ、全部。
それで、それはいろんな背景があります。拘禁二法案ということもありましたけれども、私は、正直言って拘禁二法案というのは言い逃れであって、拘禁、未決とは関係なしに、基本法の監獄法そのものは関係なしにできるはずだと思います。それも弁護士会は賛成するだろうと思います。
それと、その拘禁と一体と、警察庁も私は必ずしも留置施設法との抱き合わせということだけを言っているんじゃなくて、拘禁、刑事施設法案がまずできることによってその後留置の問題を考えるという手だてだってあり得ると思いますので、この際障害はないと思います。障害が多少あろうとも、それは一つの筋を通すのならば、その筋に対する反抗、抵抗というものは、私はこの際説得し、そして実現していくのがありようだというふうに思っております。
○朝日俊弘君 ありがとうございました。
私も、予算委員会でこんなふうに申し上げたんですね。従来、二度ほど壁にぶち当たっているいわゆる代用監獄制度の恒久化の問題、これをすぐに絡ませるから話がややこしくなるので、その問題とは別途に、あるいはその問題は横に置きつつ根本の監獄法の改正に着手すべきだということを申し上げたんで、是非今度の会議を通じてその方向性を是非見付け出していただければ大変有り難いというふうに思います。これはお願いでございます。
じゃ、次に黒田参考人にお尋ねしたいと思います。
先ほどのお話で、実はイギリスの司法と精神医療の問題について御指摘があって、ここは大変関心のあるところで、必ずしもイギリスでもうまくいっていない現実があるのだなというお話でしたが、今日はその話はちょっと置きます。
といいますのは、冒頭で先生がおっしゃったように、医療刑務所の中におられる精神障害の方、心神喪失あるいは心神耗弱となった方が必ずしも多いわけではなくて、その問題とは別途に刑務所における医療問題というのはあるんだという御指摘がありましたんで、是非、そこはそうだろうと。だから、今問題になっている心神喪失者の医療観察法案があるなしにかかわらず、あるいはこれから犯行時における心神喪失、耗弱の問題が多少いろいろ考え方が変わってくるかもしれないけれども、しかし多分医療、刑務所の中における医療問題というのは引き続きあるんだろうと思うんですね。ところが、その医療刑務所だけに限ってみても、今の日本の医療法あるいは医療関係法規が適用されない。何か変なことに、法務省管轄の組織で医療関係法規が適用除外。そういう意味では、何か一番きちんとしなきゃいけないところで全然法律が守られていないというのはおかしいんじゃないかと思うんですね。
そこで、これからの刑務所における医療問題、特に医療刑務所の体制の充実をどう図っていくかという観点からお尋ねするんですが、一応話を考えやすくするために医療刑務所に限定してみましょう。医療刑務所において、例えば現行の医療法なりあるいは精神保健福祉法なりをもっときちんと適用させて、例えば医療の質あるいはレベルについて保健所の監視を受けるとか、そういうところまで一般的にある医療関係法規を適用させることを拡大すべきという方向で検討するのか、それとも、もう刑務所という枠の中ではどだい無理と、だからどんどん医療を外の機関、一般の保健・医療機関でどんどん受けさせるという方向で仕組みを考えていくのか、どちらの方向を目指すべきなのか、ちょっと参考人のお考えをお聞かせください。
○参考人(黒田治君) まず、私、説明不足だったのかもしれませんが、医療法、いろいろな医療関連法に関しては医療刑務所の中でも適用されまして、唯一精神保健福祉法に関しては適用されないということになっています。ですから、全く保健所とか自治体の監視を受けていないということではなくて、医療従事者の人数であるとか資格であるとか中の設備に関しては定期的に監査等が入っておりますので。
その話は置いておきまして、行刑施設の中で医療を完結する方向がいいのか、あるいは行刑施設だけで賄うのではなくて一般の医療、行刑施設外の医療へ移す方がいいのかということなんですけれども、これは私の個人的な意見で、行刑施設の中で医療を完結する方向というのはもう非常に難しいと思いますので、そこは、現状でいいとは思いませんけれども、現状よりも少しもちろん水準を上げるべきだと思いますが、その中で賄い切れない障害を持った方というのは必ず発生すると思うんですよね。ですから、そういう場合には速やかに外の専門的な医療機関に移して治療ができるような体制というのがやはり必要だと考えます。
○朝日俊弘君 そうすると、両面があって、一概にこっちだというわけにはいかず、今の医療刑務所は医療刑務所としての拡充、充実を図らなきゃいかぬと、こういう御意見だと思うんですが、さっき私が申し上げたのは、確かに形式上は医療刑務所は病院として医療法に基づく規定を受けているんですね。ところが、法務省の矯正局にお伺いしましたら、例えば患者さん百人当たりの医者の数は六・三人と、それから看護師さんの数は二十二・六人。これは、全体的な日本の病院の平均値、医者の数が百人当たり十二・五人、あるいは看護師の数が四十三・五人と比べると半分なんですね。つまり、全然守られていない。だから、適用されているんなら適用されているんでちゃんと守ってくださいよということを言いたいわけですね。
そういう点でいうと、何か塀の中の医療機関だけが医療法の適用を受けていながらも完全に違反になっている、あるいは標準を達成していない、言わば標欠病院だと、こういうことでは極めて問題だと私は思うんですが、どうですか。
○参考人(黒田治君) 私、一医師でございますので、是非そういうスタッフの拡充並びに予算の拡充というのはお願いしたいと思いますけれども。
○朝日俊弘君 あともう一点、先生の領域の一番専門的な部分になると思うんですが、多分刑務所でも医療刑務所でもその処遇の原則というのは監獄法ですから、例えばある精神障害の方を保護しなければいけないとか、あるいは逆に保護を解除してもっと適切なケアをしなきゃいけないとかいう場合に、精神保健福祉法でしたら精神保健指定医の判断があって、必ずカルテにその旨記載してという一定のプロセス、デュープロセスが決められていますね。しかも、そこはあくまでも医療的判断で行われるという仕組みになっているわけですが、医療刑務所ではそういう場合は全然、精神保健福祉法に基づく様々なプロセスは無視してよろしいということになっているんですか。
○参考人(黒田治君) 先ほど述べましたように、精神保健福祉法は適用されませんので無視していいということでなくて、そこでの全く規定がないということです。
ただ、それではまずいといいますか、一医師としても後々例えば訴訟の問題とかも考えますので、その辺はなるべく常識的な範囲でできる限りのことはしたいと考えておりまして、医療刑務所でももちろん、例えばそういういわゆる不穏の状態でいわゆる隔離室のようなところを使う場合にはなるべく医師が速やかに診察をする、それからカルテに記載するということはしています。
ただ、何分にも精神保健指定医の数が限られておりますので、お休みの日まで含め、あるいは夜間まで含めて常に精神保健指定医がかかわるというのは実態的には難しいのが現状ですけれども。
○朝日俊弘君 実態はそうなのかなと思いますが、私は、仮にその部分が精神保健福祉法の適用を免除というか除外されているとしても、一般の精神病院におけるデュープロセスがこう定められている以上、それに準じた規則なりルールは、それは医療刑務所の中でそれなりにきちんと作るべきだと私は思うんですけれども、そういうルールブックみたいなのはありません。
○参考人(黒田治君) 他の施設のことはよく存じ上げませんけれども、八王子医療刑務所に関してはそういった規則に関して所長が指示をするという形で規則が定められておりまして、それに従って運用されていると思います。
○朝日俊弘君 その内容はほぼ精神保健福祉法の手順に沿っています。
○参考人(黒田治君) はい、そう思います。
ただ、判断する医師が指定医であるという規定はありませんので、そこは違うかもしれませんけれども、可能な限り医師がその判断にかかわるというようにはなっています。
○朝日俊弘君 ありがとうございました。
○浜四津敏子君 公明党の浜四津でございます。
本日は、菊田先生、黒田先生、お忙しいところ大変ありがとうございます。
まず初めに、菊田先生にお伺いいたします。
菊田先生は行刑改革会議のメンバーとしてこれから改革論議に携わられるということですので、その関係でまずお伺いしたいと思います。
大変基本的な、また大枠な質問ということになるかもしれません、あるいはまた行刑の思想にかかわることになるかとも思いますけれども、日本の行刑が抱えている最大の問題点というのはどこにあるとお考えなのか。また、目指すべき行刑改革の思想性といいますか、方向性の柱についてはどうお考えになっておられますでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) 先ほど申し上げたように、基本的には、これは国連などでやっている最低基準規則があるわけですけれども、その根底にあるのは、やはり人たるに値する存在としての受刑者の扱いをどうするかということだと思います。
それで、日本の、私は矯正局もすばらしい人材もいることだし、そういう方向に向かって努力しているはずのところが、現実にはかなりいわゆる理念と異なっている結果に出ているということの仕組みの中で苦慮しているんだろうと思います。やはりそこは、何といいますか、理念は理念だけれども、その理念を取っ払うような具体的な現実があるわけですね。
懲役ということを取りましても、これは懲らしめることですね、だから強制労働ですね。強制労働させるということがある以上は、今、刑務所で本当に二十四時間働いているんですね、刑務官は。これは普通の労働基準からいっても違反ですよ。そういうことを苦労してやっているということは何でかというと、やっぱり生産性を上げ、自給自足、これは既に壊れていますけれども、そういう目標に向かって工場同士が競っているわけです、それは刑務官同士が競っているわけですね。ですから、そこに置かれている受刑者は、人としての扱いというよりも、労働者として、労働使役の対象者として、私に言わせれば、賃金ももらえないで賞与金という、奴隷的扱いですよ。
そういう現実が余りにもあるわけで、今おっしゃった最大の問題点とか国家の方向性というようなもうレベルじゃなくて、最低限、人たる値をどう確保していくかということを、私は今の、先ほど申し上げた三つの柱から、大きな柱から取りあえずこれを実現していかなきゃならぬだろうと思います。そうでないと、細かいことは一杯あります、面会の問題とかいろんなことがありますけれども、それは、後で細かいことを具体的にしていくというふうにならざるを得ないと思うんですけれどもね。
○浜四津敏子君 今、賞与金の問題が出ましたので、大変各論にわたりますが、受刑者の教育及び社会復帰のため、並びに被害者への補償などを目的として、例えばドイツでは、刑務所内でそれぞれの受刑者の適性あるいは特性に合わせて多種多様な高度の技術を教育して、また、あるいは手に職を付けさせて、例えば一般社会でももう十分に適応できる、十分に通用できる仕事をさせる、それを一般社会で売ったり、サービス提供で一般の社会から報酬を得るということをやっているわけですね。その一般社会における同種の労働の賃金の約七割を本人に支払って、その三分の一は本人に、三分の一は刑務所に、三分の一は被害者の補償に充てているという制度が実施されているわけです。
日本でも同様のコンセプトが導入できないものかなという感想を持ったところですけれども、これからの改革の議論の中で、具体的にそうしたドイツで効果を上げている制度についても是非参考にしていただきたいということと、例えば、またアメリカの刑務所では、盲導犬の育成を受刑者にさせる、それが大変更生に役立っている、あるいは農作業とかあるいは牧畜をさせる。
つまり、命を育てる作業をさせることによって非常に精神的にも安定し、刑務所の中の治安もかなり守られ、本人の更生にも役に立っているというような報告がありますが、こうした諸外国の例を是非各論の中で、効果を上げているものを是非参考にしていただければと思いますが、いかがでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) おっしゃるとおりです。
ただ、日本の場合はあくまでも八時間強制労働というのがあるわけですね。諸外国の場合は、今はそういうことを取っ払って、自由刑と、受刑者に対しては自由を拘束するということが最高の刑務所の目的だという、そこが確立しているわけです。ですから、その中で働く者は働く。それから、今おっしゃったようなことでも、本人が希望して、私は盲導犬、私は身体障害者のための自転車を作るとか、そういうホビーに近いような形で自分のやりたいことをやらせるということなんですね。ですから、あくまでも強制じゃないわけです。上から強制することじゃなくて、本人が社会との結び付きの中で生きがいを感じるものを選んでいくという、そういった形が基本にあるわけですね。
ですから、その点でいくと、日本にとっては、今、取りあえず賃金制というものを採用するにしても、八時間の労働の中でも、仕方がないと思います、賃金制を取ると。そして、しかしその賃金制といっても、現実にはいろんな人がいるわけですから、その賃金というのは恐らく通常の社会のもう三分の一ぐらいの賃金になるかもしれませんけれども、しかし、そういう働いた報酬としての、実際の成果としての報酬じゃなくて、やはり国が賃金も支給する、三分の一でもという。やっぱり犯罪者を処遇する施設なんですから、国がもっと金を使う、自給自足というような原則なんかはもう、これはもう掃き捨てて、そして国が金を出すという、そういう思想を徹底しなきゃならぬと思いますね。
日本では、今、逆に、あえて言いますと、CAPICという、矯正協会の一部分が、御存じのようにもうけ主義に走っていますよ、はっきり言って。官僚の天下り先にもなっています。そういう状況の中では、賃金制という言葉自体がもうタブー視されているような現状ですから、よほどのことで覚悟を持って掛からないと、これは、私は悲観的な状況になるというふうに思います。
○浜四津敏子君 ありがとうございます。
それでは次に、黒田先生にお伺いいたします。
一般刑務所の中で受刑している受刑者の中に、本来は精神科の治療を要する精神障害者が数多く見られる、しかも十分な治療を受けられない状況にあるという指摘がありますが、これは事実でしょうか。また、なぜそういうことになっているのか、御存じでしょうか。
○参考人(黒田治君) 私は、医療刑務所に勤めておりましたが、一般の刑務所での臨床の経験はありませんので、一般刑務所にどの程度精神障害の方がいらっしゃるかという実態については詳しくは知りません。
ただ、法務省の方で出されています犯罪白書などの資料からは相当数の精神障害者がいるということが推測されますが、ただ、それも法務省のデータですから、例えば医学的な研究で、じゃ実際にどのくらいいるのかということ、そういった調査は日本ではまだなされていないので、実態はちょっと分かりません。
なぜそのようなことが起きるのかということも、いろんな可能性としてはあると思うんですが、例えば、一般刑務所で精神障害のために問題が起きて医療刑務所に送られてこられた方の経過などを見ますと、一つは、裁判のときに精神障害が見逃されていた可能性があるということ、それからもう一つは、服役以前には精神障害の既往はないんですけれども、刑務所に入ってからその病気が明らかになった方がいらっしゃる、大体そういったパターンが多いように思います。
○浜四津敏子君 また、受刑者の中には精神障害、厳密な精神障害ではなくて、いわゆる精神病質の人も数多くいるというふうに言われております。例えばアルコール依存症とかあるいは薬物中毒の人の背景にはこの精神病質があるんじゃないかという指摘もなされているところでございます。
先ほどのお話では、医療刑務所の中でこの精神病質の方についても医療を行っているという御説明があったかと思うんですが、精神障害者とそれから精神病質の人とでは本来その処遇というのは異なるべきものだと思うんですが、今は全く仕分けられていないわけですね。この精神病質者の処遇について、これからあるべき処遇について何かお考えがおありでしょうか。
○参考人(黒田治君) 最初の精神病質という言葉は今はほとんど使われておりませんで、恐らく、以前の精神病質の概念に置き換わるものとして、最近は人格障害という言葉になっていると思います。
ただ、人格障害ということも一応国際的な診断基準には含まれているんですけれども、ただそれはあくまでもガイドラインでありまして、人格の特性というのは周りのいろんな状況によって大きく変わるものですから、何をもって人格障害と診断するのかという非常に医師としても頭を悩ます機会の多い問題ですから、精神病質者あるいは人格障害者に対しては、こういう処遇あるいは治療がいいということについての決まった方針といいますか考え方というのは私自身ちょっとはっきり分かりません。
ただ、諸外国の例などを見ると、いわゆる人格的な問題によって一般の刑務所で処遇が難しくなった方をどうするかということについては、例えばイギリスなどでは通常の厳しい規則に縛るのではなくて、もっと緩やかな環境の中で生活をさせる。特に、治療共同体という考え方があるんですけれども、受刑者のある程度の自治を認めて、受刑者同士で、自分たちで自分たちのルールを決めていって、それに従うような生活をしていくというようなやり方が行われている。例えば、イギリスのグレンドン刑務所などはそういった方法で運営されていますけれども、そういう方法もあるのかと思います。
○浜四津敏子君 先ほどの御説明の中で、医療刑務所における精神科医療の問題点の一つとして、医師が倫理的ジレンマに陥りやすいという御説明がありました。これがちょっと具体的にどういうことなのか、もう少し御説明いただければと思います。また、どうすればそれを克服、改善できるとお考えでいらっしゃるのか、教えていただければと思います。
○参考人(黒田治君) 具体的なケース、例としては幾つか挙げられますけれども、まず、自分の目の前にいるいわゆる精神障害の方がどうしてそういう状態になっているのかということ。例えば、刑務所の中の規則とか環境に適応できなくて、それに対する反応として精神障害を呈しているような場合に、例えば医師として何をすべきなのか。一応治療はしますけれども、その問題になっている問題についてじゃどうするのか、その部分まで意見ができるかということと、それから、医療刑務所に来られて良くなったときに、一般の刑務所にまた送り返せば同じような問題が起きる可能性がある方をずっと医療刑務所に置いておくのか、あるいは良くなったら元の刑務所に戻すのか、そういった問題があると思います。
それから、例えば精神病の方で自分が病気であるという認識がない方に対する治療に関しても、例えば精神病院であれば、その患者さんの御家族であるとか法的代理人に当たるような方がいらっしゃいまして、そういう方に説明をして、納得していただいた上で御本人の意思に反した治療というのは行いますけれども、刑務所ではなかなかそういったことができない。制度上できないし、実際に御家族がいらっしゃるケースも少ないので、その場合に医師一人がその方に無理やり注射をしていいかどうかということの判断を迫られてしまう。治療した方がいいというのは分かるんですけれども、でも、治療しないでいるという選択肢もまたあっていいと思うんです。それを、どちらを選ぶべきかということが一人の医師にゆだねられてしまっているというところでジレンマを感じることが多いと思います。
○浜四津敏子君 ありがとうございました。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
今日は、参考人のお二人、本当にありがとうございます。
まず、菊田先生にお伺いをいたします。
真相解明とともに、この先どうしていくのかが大変大事だというお話でありましたが、やはり名古屋刑務所などを中心にして起きたこの間の事件の中に今の刑務所の持っている問題点が集中的に現れていると思いますので、あの問題のやっぱり事実、真相の解明ということが今後の改革の方向の究明にも非常に大きな役割があると私は思っているんですが。
この間、法務省の行刑問題の調査チームなどからの報告も出されておりますけれども、例えば名古屋の十二月事件や五月事件にしましても、現場にいたごく一部の職員の責任というのが出ているんですが、もっとモニターで見ていたんではないかとか、それからそうした報告がかなり上まで実は上がっていたんではないかとか、いろんな問題があるんですが、その点での非常にえぐり方が弱いのではないかと私は思っております。
衆議院での質疑では、この行刑改革会議は真相解明の仕事もするんだという答弁が法務省からはあるわけですけれども、こうしたこの間の中間報告の中での真相解明がどこまでいっているかという評価と、それから、行刑改革会議の中で一連の問題の真相解明というのがどのような議論がされているのか、その点をまずお伺いをいたします。
○参考人(菊田幸一君) 私も一応調査報告書をちょっと読ませていただきましたけれども、簡単に申し上げると、あの調査チーム自体が検察官ですよね。これは、矯正局長が検察官がやっておりますし、矯正局自体が検察官主導型になっている状況の中で、現場の調査がどこまでできるかということに私は非常に疑問を持っています。
これは、現在の制度だから仕方ないということですけれども、これを基本に私は矯正局長はもう検察官から取るべきじゃないと。これは法的根拠があってやっているわけではないと思われます。昔は行刑局長は、小川太郎なんかも矯正出身のベテランが局長になっておりましたし、そういったことをやらない限り刑務官の士気も上がらないと思います。
それで、今回の場合も、そもそも検察官というのは、その立場から行刑に関与するという職責は出てこないのが私は筋だと思いますね。そういう意味でも、これを機会に、矯正局長だけじゃない、課長に至るまで検察官を法務省から除外するというぐらいの定義をしてもらわないと困るんじゃないかというふうに思っております。
もう一つは、行刑会議という、これはあくまでも私的な諮問機関でして、しかも、法務大臣のいる間だけだということになるんじゃないでしょうか、形からいきますと。実態調査といっても、何か今度バスで、それこそ東京医療刑務所その他を二、三か所訪問するようですけれども、私は参加希望者、されましたけれども、行かないことにしました。それは、ただ物見遊山に行って実態を知ろうなんて、お茶を濁すようなことはもう真っ平御免だと思いますね。だから、行刑会議自体が実態をする、何といいますか、能力もないし、それはもう国会でやっていただくのが、十分それでもう効果的だというふうに思っております。
したがって、先ほど申し上げたとおり、これを、将来の方向性について、私は国会議員の方と第三者が法務省とともに、法務省を除外する必要はないと、矯正局も一緒になって、言わば森山法務大臣は本当に、このところ言論、新聞等々を見て、聞いておりますと、真剣になってやろうと思っていらっしゃることはよく伝わってまいります。矯正局も、この際、もう何といいますか、フリーハンドで、本当にその気持ちはあると思います。ですから、可能なことを将来に向かって私は今こそ具体化するときだというふうに思っておりますが。
○井上哲士君 先生の「日本の刑務所」も読ませていただきまして、質問でもいろいろ参考にさせていただいたんですが、いわゆる問題として指摘をされている例えば革手錠の問題、これは六か月後に廃止という方向が打ち出されましたし、それから外部とのいろんな通信についても改善の方向が出されているんですが、私もかんかん踊りのことを一度質問をいたしましたけれども、これはもう絶対必要なんだという大変長答弁をいただいたことを記憶しているんですね。
今のいろんな議論の中で、きれい事だ、やっぱり受刑者をきちっと制圧をしないと規律が守れない、そしてそれこそが刑務所内で必要だという、こういう議論もされてくると思うんですが、こういう、やっぱり必要なんだという、ああいうやり方が、こういう意見についてはどのようにお考えでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) 私、いつも思うんですけれども、アメリカでもそれはいろんな刑務所があります、重警備から軽警備に至るまで。どの刑務所も基本的には私は、例えば刑事裁判においてもアメリカでもいろんな矛盾はあります。けれども、刑務所へ入った途端に、まず食事の点で刑務官と同じ食事を食べる。カフェテリア方式といいますか、そういう方式で好きなものを取る。しかし、食べ残さないように取れというのが規則なんですね。私は、そこで初めて受刑者というのが、悪いことをして入ったけれども、国は人として扱ってくれるんだという実感を味わうところからスタートするように思えるんですよ。
やっぱりそこのところが大事なんで、例えば保護房というものも確かにアメリカにはあります。けれども、保護房というものは、基本的に今までの居房と物理的条件は変わらないというのが基本です。ですから、懲罰は懲罰だけれども、あくまでも人として扱うということが基本にあるわけで、それは、それこそ精神的に問題がある人はそれは刑務所じゃなくてやっぱり医療病院で処理すべきであって、例えば革手錠をやめたから、私は、革手錠の代わりに何かいすでくっ付けるようなものを工夫しようなんて今言っているようですけれども、それは革手錠だって暴れる人を抑える分には十分機能していただろうし、いすでくっ付けるといったって、ベッドに締め付けようとしているのは同じことですよ。
問題は、そういうことに、そういう人間がいることは事実でしょう。だけれども、警察の保護房だってそんなものはありませんよ。だけれども、それは自殺を防止するという最低の保障には必要だけれども、懲罰、今のは要するに、革手錠なり、懲らしめることが優先しているわけですよ。それは刑務官もお互いに、一人ではやらないけれども大勢ならできるという、そういうやることが刑務官の使命だというふうに錯覚している面があるわけでしょう。だから、今のいろいろ、それは名古屋刑務所は暴力団も多いし、扱いの困難な人間が多いことは事実分かります。だけれども、それだからといって、ノイローゼになるとか、過剰拘禁だから、ノイローゼになって子供を殺していいという母親がいていいわけじゃないんで、だからこそ処遇をする人間というのは冷静に、そして教育、処遇をする人間として人をどう扱うというのは、全体の中がそういうものができなきゃいけない。
だから、そういう意味では、そう一朝一夕にできない。やっぱり刑務官の給料も上げなきゃならぬし、勤労条件も良くしなきゃならぬと。あらゆることを並行していくことによって私は少しでも前進すると。ただし、物理的なこういうことは即刻やめてもらいたい。革手錠に代わるようなものができたからといって、それで万事オーケーだということはとても言えないというふうに思います。
○井上哲士君 次に、黒田先生にお伺いをいたしますが、今、保護房の話もありました。精神科に受診をしている受刑者を保護房に入れるときには診察をすることが必要だということになっているようですが、この間の府中刑務所内の死亡事案などを見ましても、そういう人が保護房に繰り返し入れられて、そして死亡しているという状況があります。
そういう言わば保護房に入れるときの診察というのが実際には適切に行われているのかどうかという問題と、そもそもそういう人を保護房に入れることができるという、病気のことからいいますと、私ども視察で見ましたけれども、あの中に閉じ込められますと一層悪化をするんじゃないかという気がするんですが、そういう今の仕組み自体を改善する必要がないのかどうか、その点、いかがでしょうか。
○参考人(黒田治君) 私、先ほども言いましたけれども、例えば名古屋刑務所であるとか府中刑務所での保護房の運用の実態というのを全く知りませんので、私がおりました八王子医療刑務所に関して申し上げますけれども、まず八王子医療刑務所では、基本的に保護房というのを使用することは全くないといいますか、例外的です。
ただ、いわゆる個室といいますか、隔離室のようなものはありますけれども、そこは常にカメラで監視していますし、それから頻繁に職員が様子をうかがうことができるような体制がありますので、そういう意味では、具合が悪くなっているのを放置されるということはないんじゃないかと思います。
それから、ああいう閉鎖的な空間に閉じ込められることで余計具合が悪くなるのではないかということに関しては、一面としてはそのとおりではないかと思います。ただ、逆に言いますと、それは日本の精神病院についても言えることなんですけれども、例えばその方が興奮状態で暴れているとか、あるいは目を離すと例えば自殺未遂をしてしまうとか、そういった場合に、じゃ閉じ込めるなり拘束するなり、そういった方法に代わって何ができるかといいますと、常に人がそばにいてそれを防止するということしかないと思うんですね。そのためには非常に多くのスタッフ、それから大変な技術とか、そういったものが必要になりますけれども、そういった整備というのは、日本の、刑務所もそうですし、病院についても十分とは言えないと思います。人がいないのでそういう手段に頼らざるを得ないんじゃないかという、そういった一面があるように思いますけれども。
○井上哲士君 先ほどもジレンマというお話がございました。
刑務所の医療を考える場合に、受刑者にきちっとした医療を実施をするという問題と、この間の事件を見ておりますと、いろんな人権侵害が起きたときに、虐待などがあった場合に、これは医療を受けるわけで、そういう人権侵害のチェックの機能も持ち合わすかと思うんです。ところが、どうも一連の事件を見ておりますと、医師の方はいろんな疑問を持ちながら、それが表に出てこなかった。名古屋の場合は、九月事件が外部の病院で治療をしたことによりまして外に出たわけでありますが。
そういうことを考えますと、刑務所内の医療もやはり法務省の管轄にあるということ自体を考える必要があるんじゃないかと、こういう指摘もあります。例えば厚生労働省の管轄に移すとか、そういうことにやらないと、いろんなやはり事実を法務省の一人として隠ぺいをしてしまうんではないかと、こういう指摘もあるんですが、こういう医療部分を法務省からは外していくというような考えについてはいかがお考えでしょうか。
○参考人(黒田治君) 私は、本当に一医師ですので、法務省の立場を代表してお話しすることはできない、もちろんできません。
ただ、例えば諸外国の例、ヨーロッパの例などでも、例えばフランスとかイギリスなんかもだんだんそうなりつつありますけれども、やはり刑務所の中でも、医療については例えば日本の厚生労働省のようなところから予算も、それから人も付けて運営するというのがだんだん広がってきておりますので、やはり医療水準の面からもそうですし、それから倫理的な点からもやはりそういう、すべて法務省の中で処理するのではなくて、外部の目というのは必要なのだろうと思います。
○平野貞夫君 国会改革連絡会という会派で、自由党と無所属の会で構成しておる会派に所属している平野でございますが。
最初に菊田参考人にお尋ねしますが、最近、私、日本のある心理学者で、アメリカの刑務所で三日間、看守人なんかを入れずに直接受刑者と様々な、受刑者がどういうふうに思っているかということを調査をしたことのある心理学者の本を読んで、その本の中に、一つの国で刑務所の受刑者がどういう扱いといいますか、様々な、病気も含めて、日常のことも含めてどういう扱いをしているかという、あるいはどういう問題があるかということが、その国の文化といいますか、あるいはデモクラシーといいますか、あるいは具体的には基本的人権の質といいますか価値というものを表すということを書かれた本がありまして、なるほどかと思ったんですが、そういう観点から今度の、今回分かった日本の刑務行政を見ますと、日本の国のそういう文化といいますか人権というかデモクラシーといいますか、あるいは日本人の気質といいますか、これは本当に形だけのデモクラシーなりあるいは基本的人権の仕組みを持っていて、その価値観、実質というのはまるっきり駄目だなという思いで、これは一政治家としての反省もしておるんですが。
非常にお詳しい菊田先生のお考え方からいって、そういうその心理学者の考え方についてどういうような御印象を、御意見を持たれるかということと、それから、現在のやっぱり受刑者問題で何が根本的に一番、日本では問題なのかと、おかしいかと、一番。別の言い方をすれば、監獄法という法を実行する上の何に一番問題があるかということをお教えいただきたいと思いますが。
○参考人(菊田幸一君) 私もこのところ十三年、毎年九月にアメリカへ行って、アメリカの受刑者のインタビューなんかをやっている作業をやっています。今おっしゃるように、とにかくアメリカのすべてがいいというわけじゃありませんけれども、今おっしゃったような理念で私は徹底していると思いますね。そういう点では、いろいろ問題がある中でも、私は刑務所というものの基準というものが、人権というものの最低でも最低の基準を守っているということを私はつくづく思っています。
ですから、日本も、例えば帝銀事件の平沢死刑囚だって昔はあれですよ、支援者が刑務所へ入って、それで絵を、油絵を、テンペラ絵を持って帰って売ってやったり、いろんな交流があったんですよ。そういうことをやっていたんですね。一九七〇年代からいろいろ学生運動等の激しくなって、それで権力闘争というのが出てきて、それに向かって権力側も対抗するというのが、何かこう先鋭的になったという嫌いがあるんですね。
もっとも、監獄法を改正しなきゃならぬということはもう当然のことです。だけれども、運用としては、今の監獄法の施行規則にしても、いろんな面で何かもう違法だなと直感すると、全部、矯正局は先駆けて改正してきているんですよ、部分的に。だから、そういう点では私は日本の行刑が徹底的に悪いというふうには思わない。
ですから、この際も、私は本当に矯正局、法務省はやる気なら本当にやるだろうというふうに期待しているし、可能だと思います。現に韓国だって、韓国というと失礼ですけれども、韓国の死刑囚の扱いなんかはもう本当に、ボランティアが刑務所に入って、そして握り飯を持っていって、音楽を奏でて一日一緒に暮らすんですよ、死刑囚と。
それから比較して日本は余りにも、それは昔はそうじゃなかったんです、日本だって。今はそういうふうになっちゃったんですよ。今は二十四時間監視カメラ付きで、自殺防止だと称してとにかくプライベートなところまで監視しているわけですね。しかも、それは訴訟などを起こしている人間についてだけです。そうでない人間は他の死刑囚と会話もさせるという差別をしながら、これはそういうことが結局、受刑者の処遇に波及しているんですよ。
ですから、私は死刑の問題はともかくも、そういう象徴的なものがあるがゆえに受刑者に対する人権というものがおろそかになっているんじゃないか、そういうふうに思わざるを得ないですね。御意見に私は本当に同感いたします。
○平野貞夫君 今、菊田先生のお話を聞いていると、やっぱりある時期から日本人全体の心が病に陥ったといいますか、これは我々も含めてですよ、法務省だけ悪く言うわけにもいきませんが。特に高度経済成長で人間の価値観をお金に、経済的価値に唯一に持ち過ぎたと。昔で言ういい意味の儒教なんかの精神が全く廃れてきたと。私もそういうところに、この問題はある意味でここ二、三十年の最近の問題じゃないかという気がしております。大変、今参考になる話を聞きましてありがとうございました。
そこで、もう一つ菊田先生にお伺いしたいのは、先ほど十五分というお話の時間の中で簡単に触れられた、この行刑改革会議が答申が出すまでは人権擁護法案の凍結をすべきという、これはそのとおりだと思うんですが、大事な発言で、そのお話を大事にしたいと思いますので、もうちょっと具体的に御説明、再度お願いしたいと思いまして。
○参考人(菊田幸一君) いや、私はこの人権擁護法案の進行がどういうことになっているかということを具体的には、人の話で聞いただけで知りませんけれども、つい六月とか七月の近いうちに何らかの具体的に出てくるんじゃないかと、こういうふうに聞いておりますので、この行刑改革委員会というのは、とにかく年末とはいえ、何らかの中立機関で第三者委員会をということを柱の一つで出ていますけれども、結局、先ほど申し上げたように、そういうことを提案しても、人権擁護法それ自体が、私の意見では、法務省の関係のものであるとするならば、これはやっぱり私の意見としては内閣府とかそういうところへ置くべきだと思うんですよ。そういう方向で修正してもらわなきゃ困るというふうに思いますね。
あるいは、この修正案が出ても、何か、私は国会のことをよく分かりませんけれども、修正の議論したということだけが残って、最終的には、内閣の、いや法務省の外郭に作られるような危険性があるんじゃないかと、そういう危惧をしています。それは絶対に避けるべきだし、そしてもし避けられなければ、私は人権擁護法でも、擁護すべき人権というのは私的人権とか公的人権とかいろいろあると思うんですよ。私的人権についてはこれでもいいだろうと思います。だけれども、公的人権については、やはりこれは、法務省といろいろな関係のないところで第三者が審議できるようなものを、人権擁護法の中に公的人権は別に扱いをしてもらいたいというようなことを申し上げたいと思います。
○平野貞夫君 黒田参考人にお尋ねしますが、お話とそれから資料の中で、国連が受刑者で精神病あるいは精神異常になった受刑者に対しての扱いについてのガイドラインを示しているお話がございましたんですが、我が国の現在の監獄法では、伝染病中心で、直接、受刑者の精神科医療について規定していないということのようなんですが、仮にこれ、監獄法が抜本的に改正されるときには、受刑者の精神医療については直接その法律に規定した方がいいと思いますか、この国連のガイドラインの重さからいって。そこら辺の御意見をいただければ有り難いんですが。
○参考人(黒田治君) 先ほど時間の都合で十分申し上げられなかったんですけれども、監獄法とその施行規則の中には精神科医療に関する規定はないんですけれども、皆様にお渡ししている資料の七ページに矯正局長通達という形で「精神障害被収容者の取り扱いについて」という通達がありまして、その中である程度触れられていると思います。
ただ、どこまで詳しく、例えば精神保健福祉法のような細かい部分まで監獄法の中に含めるべきかということに関してはちょっと私自身はっきりした意見を持っていませんけれども、ある程度、じゃ、行刑施設の中ではここまでやる、それでもし対処できない場合にはじゃどうするかというふうな方針に関しての規定というのはやはりないと非常に医療をやりにくいのではないかと思いますけれども。
○平野貞夫君 菊田先生にまた戻りますが、死刑廃止、死刑執行停止のこの問題なんですが、実はもう非常に悩ましい問題でして、私は以前までは臓器移植に反対で、死刑は存続の論だったんですよ。ところが、先生のこの新聞を、朝日の三月十七日の新聞を読んでなるほどと思い出してお聞きするんですが、やっぱり死刑囚というのはあれですか、やっぱり精神的異常を起こす確率と可能性というのは相当高いんでございますか。そこら辺の状況についてちょっと教えていただければ有り難いんですが。
○参考人(菊田幸一君) いや、それはもう想像を絶することだと思います。つまり、明日処刑されるかあさって処刑されるかという思いだけでも、これは生きている、現に健康で生きている人間にとってそれはもう精神的にどれだけ耐えにくい大変なことかと。しかも、先ほど申し上げたように、いろんな訴訟を起こしている人間にとっては、二十四時間監視カメラ付きで、体操をするのも一人で、それで他の受刑者とも一切会わせないという、そういう孤独と生命の危険の中に過ごさなきゃならないですからね。
ですから、ある死刑囚は、死刑がなくならなくてもいいと、死ぬまで殺さないという保証さえあれば精神的に問題は起こさないと、私は三畳一間でこの独房に死ぬまで置かれてもそれなりに幸せを求めることができると、こういうことを述べているんですよ。家族はそんなことを言ってとんでもないといって死刑執行停止なり終身刑なりに反対しますけれども、私は、本人、殺されるということからくれば、終生生きるということともう雲泥の差。
そういうことを言えば、人を殺しておいて自分の命ごいをするのは何事だというばかなことを言う人もいます。だけれども、私は死刑というものは刑罰に値しない、刑罰というものの問題外のものだと思っておりますから、これは死刑は早晩、先ほど死刑執行停止法案、すぐ近く法案出ようと思われます。日弁連も支援しておりますし、かなり強力にそういう、あるいは国際的な圧力も来ておりますし、こういう中で仮に一、二年先に死刑執行停止がされるなら今から、これは今処刑されたらもうこれは不公平ですよ。だから、今から、今いる死刑囚を停止するというのを私は森山法務大臣にお願いしたいというふうに、あるいは大臣が替わろうとてそんなことは関係なしに、国の政策としてこれは状況判断からいって早晩近いうちにしかも停止は来る、ならば今の執行をやめなさいということを申し上げたいと思いますね。
ありがとうございました。
○平野貞夫君 ありがとうございました。
○福島瑞穂君 社民党の福島瑞穂です。
今日は本当にありがとうございます。名古屋刑務所を始めとする刑務所の問題がたくさんの問題を含んでいるということが本委員会の中でも明らかになり、行革会議がスタートすることを本当にうれしく思っています。行革会議には大変期待をしておりますので、本当によろしくお願いします。
今日、様々な提言のうちの一部が出てきたというふうに思うのですが、まず菊田参考人に、今日、報酬の問題、それから刑務官の人権の問題、死刑確定囚の処遇の問題などがおっしゃっていただいたんですが、あるいは、あと不服申立て制度の改善を言っていただいたと思うのですが、ほかに、例えば面会、文通が家族しか認められていないことをもっと一般の人にも広げたらどうか、あるいは、というふうなことなども思っているのですが、ほかの提言でこういうことをやれば今のような人権侵害がなくなるということがあれば、多岐にわたるかもしれませんが、簡単に教えてください。
○参考人(菊田幸一君) 今最後におっしゃった面会の点、非常に大事なことだと思います。とにかく、家族しか、あるいは弁護士だって依頼関係がなければ会わせないとか、あるいは弁護士が会っても立会いを置くとか、あるいは弁護士会、人権擁護委員会に手紙を出すにしても全部検閲の下に置かれるとか、そういうもろもろのことにおいて制約があるわけですね。
ですから、とにかく、私は一言で言って、刑務所というのは開かれた刑務所にならなきゃいけない、矯正局とか国だけの施設であってはならぬと。民間人、そしていろんな人が刑務所に出入りできるようなものでなきゃならないと。
その一つとして、面会というのは、面会人がない者に対しては面会する人をむしろ施設側があっせんして、そして多くの人に刑務所に出入りをしてもらう、カウンセラーとかいろんな処遇機関も刑務所内に民間人を入れて、そういうグループが処遇について日常的に議論するようなものを作るとか、そういう形をする。
そして、面会については、遠方から来る家族に対しては旅費ぐらい提供するとか、あるいは日曜日だって面会を許すとか、そういう細々としたことだけでも開かれた刑務所、とにかく刑務所からこれから帰ってくるわけですから、帰り行く社会との連携、連絡というものを常になるべく積極的にやらせる、やることが社会復帰の手だてになるわけですから。
その点、日本の場合は、むしろ面会を制限し、なるべく面会させないという。せっかく家族が遠路から来ても、今日は懲罰中だから会わせない、そんなばかなことがあっていいのか。前もって電話で会わせないのなら会わせないというぐらいの問い合わせをしてもいいんじゃないかと、答えてもいいんじゃないかと。そういう細かなところからも私は変えてもらいたいし、検閲の点については、先ほどから申し上げているとおり。
それと、やはり我々もそうですけれども、通達とか局長の指示とか、そういうのが一切自動的に入ってこないんですよ。努力しなきゃ入ってこない。刑務官が持っている赤六法すら我々手に入らないんですよ。そういう情報公開についてもこの際もう徹底的に公開してもらいたいと、自動的に手に入るようにお願いしたいと思います。
○福島瑞穂君 ほんの少し、少しずつ情報公開が進んでいる面もあるんですが、例えば刑務所の中の手引については私たち議員だともらえたんですが、弁護士が例えばこの刑務所の手引が欲しいと言ってもなかなかもらえない。あるいは、ある刑務所で事件が起きたと、殴ったことをあの証人、受刑者は証人として証言してくれるということを弁護士が会いに行ったら、刑務所側はそれを拒否したと。それは裁判になって、広島地方裁判所は違法ではないという判断をする。そうすると、あるいは、刑務所の中で暴行を受けた、弁護士を依頼をしても場合によっては立会人が付いている。そうしますと、人権救済そのものにも面会やいろんな点で非常に不都合があるわけですが、そういうことについていかがお考えでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) 私もおっしゃるとおりだと思います。
具体的には私は行革会議でも提案しようと思っているんですけれども、そもそも刑務官が自分の名前を明らかにしていないんですね。やっぱりこれは、自分の名前をちゃんと胸に付けるべきですよ。それから、受刑者を番号で呼ぶというのはとんでもないことで、もちろん刑務所長によっては名前で呼ばせているところもありますけれども、これはもうはっきり全国の刑務所が受刑者も名前をちゃんと入れる、刑務官も自分の名前を言う。人と人との、個人と個人との関係というものを確立する。非常に物理的なことで、簡単なことであり、それはもう是非とも実現したいと思います、してほしいと思いますね。そういうことから人と人との触れ合いができるわけで、今は刑務官は受刑者に対して私的な、私的な話はしてはいけないと、それ自体が規則違反なんですよ。そんなことがあること自体がもう驚きなんですけれども、そういう可能なことも、からまず実現するようにお願いしたいと思いますね。
○福島瑞穂君 あと、図書や新聞も例えば外国人、府中刑務所における外国人の人は母国語の新聞を読めるのですが、例えば差し入れ等がなければその刑務所で読む新聞というのは一紙に限られているとか、あるいは図書についても保有が制限されている、所持品についても最近通達が出て、処分をしなければいけないことが起きるなど、たくさんいろんな問題があるわけですが、それらの点についていかがでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) たくさん問題があります。
図書なども、私は読みたい本を読ませるというのはもう当たり前のことじゃないか。そして、個人個人、一人一人にロッカーを作って、そしてロッカーの中に自分の私物を置くと。もちろん、冊数制限があっても、それは領置しておくことが形で、必要なときには倉庫から出せるというような形をするとか、そういう方向で、つまり自由を拘束する以外において、食うことと寝ること、そして知的な作業等々において、文筆、筆記用具に至るまで、これを少しでも、人としての扱いを段階的に保障していくということが必要であろうと思います。
例えば、郵便物を家族に出すのでも切手がなければ出せないでしょう。だけれども、切手のない人間は、じゃ出さなくていいのかというところ、非常にもうプリンシプルな問題ですけれども、切手代は、そういう切手代のない者には施設側が上げるということも徹底することから始めてもらいたいというふうに思いますね。
○福島瑞穂君 今日、監獄法の改正も、全面的に見直す必要が様々な点であるんではないかということだったんですが、拘禁二法との関係でいいますと、これは私の個人的な考えですが、拘禁二法とは全く違うレベルから国際人権上の勧告も出ておりますし、国際人権は日進月歩、進歩しておりますので、過去の拘禁二法とは切り離されたレベルで二千何年かの国際人権基準で新たに見直すべきだというふうに考えますが、その点はいかがでしょうか。
○参考人(菊田幸一君) 全く同感でございます。
○福島瑞穂君 では、次に黒田参考人にお聞きをいたします。
八王子医療刑務所で、少年院で、医療刑務所ですね、済みません。八王子医療刑務所で働いていらしたということで、なかなか一般論についてお聞きをするのはやはり難しいかもしれないんですが、今日、何人かの委員からも出ましたように、千六百人、約千六百人の死亡帳が出てきて、そのうち約二百四十件についてカルテ等について私たちは読みました。
その中で、特に怪しい、おかしいと思うケース六十五件ぐらいをまた絞ったわけですが、その中で、一つは具体的に何か暴行等を受けているんじゃないかと思われる事案、二つ目は拘禁反応などがある人間を保護房に入れると簡単に亡くなってしまっているという問題、それから三つ目は普通の社会だととても死なないような風邪とかいろんなもので亡くなっている、肺炎で亡くなる人もいますが、保護房に入れられて本人が水を浴びていて肺炎になって死んでしまったとか、明らかに医療上ちゃんと受けられていないんじゃないかと、その三つぐらいに分類できるのかなと思いました。
今日の事案は二つ目のケース、拘禁反応がある人間に関して保護房に入れると、本当にあっという間に本当に亡くなってしまっていると。精神科医は、保護房などに入ることについてどのように関与をしているのか。あるいは、摂食障害で亡くなっている人もいます。今の医療の中での精神科のありようというのがこれでいいのかと思うのですが、いかがでしょうか。
○参考人(黒田治君) まず、保護房に関してですけれども、まず保護房に入る段階で必ずしも一般の刑務所で精神科医が診察、評価をして入るということはちょっとやっぱり難しいように思います。
それは、精神科医がいない刑務所もたくさんありますし、それから常に医師がいるわけではない、やっぱり夜間とか休日などは精神科医いないこともありますので、精神科医がどこまで保護房の使用に関して責任を持ってきちんとした意見を言えるのかということに関しては、実際それはまず、多分不可能だと思います。
それから、拘禁反応という診断につきまして、済みません、拘禁反応で保護房に入ると簡単に死んでしまうというお話なんですけれども、その際に、例えば、例えば治療などが行われているということなんでしょうか、向精神薬が投与されているとか。
○福島瑞穂君 カルテ等を見る限り、余りきちっとした治療が行われているとはなかなか思えません。
これは府中刑務所の事案だと思うのですが、本人に対して筋肉注射をぶぶぶと打ったら、それで即、症状が変化して死亡というケースなどもあるんですね。
ですから、一つは十分治療が行われていない、二つ目は誤った治療すら行われているのではないかというふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○参考人(黒田治君) 通常、医療で、例えばそういう注射をするとしたら、その注射をした後の観察というのが非常に大事です。
予期せぬ事態というのは、常にどんな状況でも、刑務所ではなくても起きる可能性がありますから、そういう治療をした後に、どこまできちんと医療スタッフが観察できて、急変時にきちんとした対処ができるかという体制があるかどうかということが問題になってくると思いますけれども。
○福島瑞穂君 精神科医が必ずしもすべての刑務所にいるわけではないと、こうおっしゃいましたが、おっしゃるとおり、何科の医者がその刑務所にいるかというのは資料出していただいておりますが、内科医でも、いない刑務所がもちろんあると。歯医者さんに関しては十九人しか全国、いらっしゃらない。精神科医は歯医者さんよりは多いけれども、そんなに多くはないと。
そうしますと、まず第一に、精神科医の数が少ないんではないか。それから二つ目は、精神科医の在り方もいいのかどうかという検討がある。それから三つ目は、保護房ですと十五分置きに見ることになっていたり、今後ビデオ撮影をすることになっているんですが、本人が弱っていく状況をただただ見ているだけという気もするんですね。
ですから、精神科医あるいは他の医師がもう少しみんなの容体に気を配るようなこととかアドバイスとか、保護房収容の際に常に精神科医がコミットできないんであれば何らかのそのチェックの方法をするとか、保護房収容の在り方そのものを考え直すということもあるかもしれませんが、そういう点について、いかがでしょうか。
○参考人(黒田治君) これは刑務所の話ではないんですが、いわゆる精神病院などでも、常に二十四時間、医師が立ち会って治療にかかわっているわけではなくて、医師はその治療の方向性に関しては決定しますけれども、通常の患者さんの状況を観察してチェックするのは看護師という職種です。
刑務所の中で、じゃだれが受刑者に一番身近に接しているかというと、刑務官になると思うんですけれども、その刑務官の方というのはやはり医療職ではありませんから、それで例えば受刑者、患者さんである受刑者の容体の変化に関して、きちんとした医学的なトレーニングを受けていなければ、やはり気付くのが遅れてしまうとか、気付いてもどう対処していいか分からないとか、そういった問題は起きると思います。
ですから、例えば、じゃ、一般刑務所にもきちんと十分な数の看護師、看護スタッフを配置するとか、そういった方が刑務官と一緒に行動して十五分置きに観察をできるかどうか。そういった体制がないような状態、状況で危険性のあるような治療をすることがいいのかどうかという問題は残るかもしれませんけれども、そういうスタッフの体制といいますか、そういったことも必要だと、増員といいますか、そういったことも必要だと思います。
○福島瑞穂君 時間ですので、終わります。
ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼申し上げます。
本日の調査はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
午前十一時五十九分休憩
─────・─────
午後一時開会
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を再開いたします。
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案、裁判所法の一部を改正する法律案、検察庁法の一部を改正する法律案及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
本日は、四案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、三名の参考人から御意見を伺います。
御出席いただいております参考人は、弁護士・日本弁護士連合会心神喪失者等『医療』観察法案対策本部事務局次長伊賀興一君、専修大学法学部教授岩井宜子君及び国立精神・神経センター武蔵病院副院長浦田重治郎君でございます。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず伊賀参考人、岩井参考人、浦田参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
なお、参考人の方の意見陳述及び答弁とも、着席のままで結構でございます。
それでは、伊賀参考人からお願いいたします。伊賀参考人。
○参考人(伊賀興一君) どうも初めまして、伊賀と申します。よろしくお願いいたします。
意見陳述の機会を日弁連に与えていただきまして、ありがとうございます。私の陳述要旨は、今日お配りいただいているメモに基本的にはしたためましたので、そちらで御確認ください。
四ページに、下から七行目、真ん中辺りに「それを徹底するならば、」という表現がありますが、この部分、「するならば、」というのを「しなかったがため、」に、全く意味が違いますので、その訂正だけお願いいたします。
それでは、意見陳述をさしていただきます。
この法案に対しての日弁連の態度は、昨年九月二十日の理事会におきまして対策本部を設置をして、その後、検討を重ね、今日に至っております。様々な調査等も行ってまいりました。この法案に対して、政府案及び修正案ともに日弁連としては基本的に賛成できないということを初めにまず申し上げておきたいと思います。
幾つかの点がございます。
まず第一点ですが、重大な事件という切り口の問題です。
法案は、その趣旨として、重大な事件を起こしたとされる対象者に手厚い医療を行い、社会復帰を促進するとされています。ここでまず明らかにされなければならないのは、重大な事件を起こした患者だけに手厚い医療を提供することの問題です。
手厚い医療とはどのような医療なのか、法文上、また答弁におきましても必ずしも明確ではございません。内容が明らかでない特定の医療を提供することが仮にあり得るとしても、その提供を受ける人について、特例の名により低位に置かれている現状の精神医療を受けるべき患者と区別をする合理的理由がなければ、その区別を当然の前提とする法案は許されないということになります。
たまたま起こった事件が重大である場合にのみ手厚い医療を提供するという制度は、症状がそれほど重くなくても、たまたま重大な事件を起こしたからといって重大な事件を起こした患者という烙印を押す医療を強制することになります。一方で、病気が重くても、事件を起こしていないがために手厚い医療を受けられないという事態を招きます。対象者の限定における問題にまず疑問を呈さざるを得ません。
また、重大な事件を起こしたことが法案の手続に乗る唯一の道ですから、日本の精神医療の現場が抱えるいわゆる治療困難患者の一部しか法案の対象者になりません。民間病院において現に受け入れられ、苦労されている人格障害者の問題や覚せい剤中毒患者については、重大な事件を起こさない限りこの法案の対象にならないわけですから、ほとんどの治療困難患者が現状のまま民間病院に維持されることになり、医療現場の一部にあると言われている治療困難患者は引き取ってもらえるという期待は実現しようがないのです。
私は、ここに記載しましたように、二度ヨーロッパの保安処分調査に行きましたが、いずれの施設におきましても、そこでの精神医療は一般病院における精神医療と全く変わらないと言明されています。それにもかかわらず、将来の危険性を問題にした施設であるがために、警備が厳重である、それから、治療にかかわらない裁判官が入退院を決定するということで、治療者と患者の間の信頼関係を作る上の障害があるという共通の悩みを訴えられていたことは強制された保護の実情だと考えております。
精神障害による事件について、非難可能性がない場合、現行法では心神喪失の認定がなされることになります。刑法三十九条の責任主義を維持する限り、刑事法の対象としてとらえることはできません。現行措置入院制度もその立場を取っております。
日弁連は、精神障害により重大な事件が起こった場合でも、事件発生の原因となった病気と症状、治療方針をこそ適切、適正に判断でき、治療の遅滞を招来することのないような方向こそ検討されるべきだというふうに考えております。この点で保安はいかがなのでしょうか。
二つ目の問題は、法案では初犯が防げないという問題です。
そもそも、精神障害による事件は、治療中断や医療との断絶による症状の悪化に起因して時として起こる不幸な出来事です。このような事件は、発生率自体は一般の人の場合よりも少なく、殺人、放火という事件においても多くが家族、身内が被害者となっています。私もこの種の事件を今、現に担当をして弁護しております。
こうした不幸な事件を防ぐには、治療中断の防止策や救急医療体制の整備など、精神医療の適切に提供され、受けられるようするほかありません。医療政策の不備により時として起こる初発の不幸な事件が病気によるものである限り、治療が迅速かつ適切に提供されるならば、結果として不幸な事件が防げるのでしょう。患者本人のためにも、社会のためにも、この対策こそが重要だと考えられます。ところが、法案は、重大な事件が起こってからの策でしかありません。治療中断防止策も伴っていません。その意味では、最初の不幸な事件が防げないのです。
重大な事件を起こした患者だけに手厚い医療の確保をというこの法案は、その言葉とは裏腹に、重大な事件を起こした患者の事後的な扱いに焦点を当てるものですから、結局は国民の期待に背くものとすら言わざるを得ないと日弁連は考えております。
刑事法は、刑罰、制裁という不利益を科すことから、事件を起こしたか否かが、重大であるか、重大であるかどうかには大変大きな意味があります。憲法、刑事訴訟法の規定する適正手続の保障は、その不利益を科す上での手続的正当性を裏付けるものです。事件を起こした場合、重大な事件を起こしたという要素を重視し、本人の意思に基づかず、制裁的な強制入院処遇を行う制度によって事足れりとすることは憲法上、許容される範囲を逸脱する不利益処遇だと言わざるを得ません。
イタリアのトリエステに行ってまいりました。精神病院を廃止をしております。地域精神医療を実現して二十年を超えるという実験の中で、精神障害による事件はほとんど起きていないという実態があります。私たちは、これも学んでいかなければならないことだと考えています。
三つ目は、司法関与と修正要件の問題です。
修正案の処遇要件であるこの法律による医療の必要性とはどのような要素で判断されるのでしょうか。
法案一条には、同様の行為の再発防止を図ることが法案の目的として明記されております。処遇要件としても、同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するための要件とされています。実は、修正案でも、批判の強かった再犯のおそれ要件は消えていないのです。法律に関する学識経験に基づき、裁判官は、結局、再犯のおそれを判断することを求められることになります。その結果は、入院には積極に、退院には消極に働くことになるでしょう。それは、保釈や勾留執行停止の実務でも私どもが日々見ている治安維持的役割を感じさせられます。
もう一点、この法案の問題点として、現行措置入院との比較の場合に、救済手続が著しく後退しているという点です。
この法案においては抗告制度が規定されていますが、現行措置入院制度では行政事件訴訟法に基づくその行政訴訟が可能になっています。この法案による審判ではそれは不可能でしょう。しかも、抗告理由が重大な事実誤認と著しい処分の不当に制限をされています。この場合に、救済制度はどこにあると言えるのでしょうか。
私どもは、こうした法案の持つ問題点を考えるとき、やはり日弁連が提起をさせていただいている提言の骨子を御参考いただいて、党派を超えた検討をお願いしたいというふうに思っています。
最後に、日弁連提言の骨子の中心ポイントを申し上げて意見を終わらせていただきたいと思いますが、まず刑事司法における改善課題です。
現在、私どもが行っている刑事司法の中では、事件を起こした精神障害者に対する治療の早期確保という点では全く立ち後れが見受けられます。逮捕勾留中、受刑中の治療中断というものが著しいものだと考えております。ところが、それは精神科医が仮に常設されていても、深夜帯などは不在だというところから、医療の援助がない状態で症状が悪化した場合に、その症状を収容に対する反発と見る刑務官の対応。その結果、実力で押さえたり保護房を時に利用するなど、今日の刑務所問題にも通じる問題点を裁判所の責任で解消するように提言しているのが第一点です。
いま一つは、起訴前鑑定の適正化です。起訴前に行われる多くの場合は簡易鑑定、これは本人の同意を前提とした任意処分だとされています。心神喪失という状態での判断を下されるのに、本人の同意ということが本当にあり得るのでしょうか。私たちは、起訴前鑑定の簡易鑑定を否定するものではありませんが、鑑定の適正化を図ることは不可欠だと考えています。
この二点については、今回審議されている法案では全くその対策は見当たりません。
精神医療については、私たち日弁連は、現在の二十五条措置入院について、措置入院審査会を新たに設置し、措置入院の要否、解除の決定、解除後のケアにつき権限を行使できるようにしています。それは、現在の措置入院と解除の判断が退院後のケアと事実上結び付いていないことを改善するためのものであります。症状だけで入退院を決定するというシステムだけで本当にいいのだろうか、退院後のケアというのを政策的バックアップも含めてなされなければならないのではないか、この点を強く改善を求めるものであります。
退院後の通院確保のために、現行法上の仮退院を活用することも重要だと考えています。ただし、仮退院の審査権限は、先ほど申し上げた新設する措置入院審査会にゆだねることとし、取消し申立て権限は主治医にのみ帰属することとしています。
また、現行制度で大変問題のある、対処の仕方として問題のある人格障害者問題と覚せい剤患者の問題については早急に国の責任で対策を立てる必要があると考えている次第です。
これらの精神医療改善課題については、本日お配りいただいているパンフの中に改正試案としてそれを明文化させていただいております。
以上、党派的な対立はないこの問題の対処におきまして、党派を超えて根本から再検討いただけるよう心から要望申し上げて、私の意見陳述とさせていただきます。
どうもありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
次に、岩井参考人にお願いいたします。岩井参考人。
○参考人(岩井宜子君) 岩井でございます。
本法案に関しまして、発言の機会を与えていただいたことを感謝いたしております。
私は、これまで衆議院の法務委員会で、被害者関連二法と少年法改正案の審議のときに参考人として意見を述べさせていただいたんですけれども、本来はこの領域を研究領域といたしております。また、日本学術会議の第十八期の活動といたしまして、精神障害者との共生社会を実現するためどういう施策を考えればいいかという特別委員会を立ち上げておりまして、その幹事をいたしております関係上、この法案につきましてはかなり関心を持って眺めておりました。
その精神障害者の犯罪に対してどう対処するかにつきましては、各国によっていろいろな対応が取られているわけで、刑事責任能力の概念につきましては、その基準が問題になるたびにそのような概念は廃止しようというふうな動きが見られたりいたしまして、アメリカの数州ではそれを廃止して、精神障害者の問題はメンスレアが認められる限り処遇の問題として扱われているわけです。スウェーデンでもその概念を用いずに、処遇方法の問題として刑事司法や精神医療、福祉関係者も、それら関係諸機関の協働によってこの問題に対処するというふうな処遇がなされております。
ほかの国々で、多くは治療処分などの二元主義を採用しているわけですけれども、イギリスのように刑事裁判の過程で病院収容命令などが認められている制度もあるわけです。日本では、ここで原則的には刑罰は応報刑の理念に立っておりまして、人々は刑の威嚇力によって行動を律することができるという前提の下に、違反が行われれば刑罰を科すということによって犯罪の防止を行うという刑事司法システムが取られているわけです。
そこで、刑事責任能力の概念は、精神障害のために是非善悪の弁別能力を欠き、それに従って行動する能力を欠くという場合には、規範遵守の能力がないとして、そのため規範に違反したことに対し刑罰による懲らしめをすることでは正当ではないという、そこで無罪の、責任無能力として無罪の処置が取られているわけです。
しかし、精神障害者一般に対してその犯罪行為が行うことということが許されているわけではありませんで、そして今の刑事司法システムにおきましても、犯罪者に対応する処置としては刑罰のみが許容されているわけではないわけで、例えば少年に対する保護処分でありますとか社会内処遇としての保護観察、それらは本人の更生を目指した処分ですし、そして精神障害者には現在のところ検察官の通報による措置入院が行政処分として行われているわけです。
精神障害者一般には他害行為の発生率が非常に少ないので、その犯罪の危険性というふうなものは無視し得るんだというふうな議論、指摘がなされたりするわけですけれども、それはそういう精神保健福祉法における医療保護入院や措置入院の制度、そして家族が保護義務、保護者となって保護する、そういう家族の保護や適切な精神医療による対応によってかなりの防止の努力がなされているという面が大きいというふうに思われるわけです。
正に、精神障害者による他害行為がなされた場合には、その保護されている状態、その保護の状態のほころびが露呈された場合というふうに言えるわけです。この場合にはやはり民事と異なって、刑事において犯罪者への対応というふうな、犯罪が行われたことを契機に国家が刑事司法による対応をなさなければならないように、何らかの対策が要請されるというふうに考えられるわけです。
現行の制度の問題性なんですけれども、表一に見ますように、現在は、精神障害者が責任無能力であるというふうに判断されたり、心神耗弱だとされて病院での治療の方が必要であるというふうに検察官による判断がされますと、不起訴の処置が取って、措置通報が行われているわけですけれども、不起訴にされる者が多過ぎるんだという、そういう批判がされているわけですね。その結果、結果が不明瞭であるという不満が、行為者の側にも自分の行為結果というふうなものが、の処理結果というふうなものが不明瞭であるとか、それから被害者にもそういう不満があるわけです。それは、現在の制度としましては、刑事裁判、まあ起訴をするということは刑罰を求めて起訴を行うわけですから、刑罰を科すのがふさわしくないと思われる者に対してはやはり検察官は起訴をし得ないわけで、そのために、責任無能力というふうに事前に判断されるならば、それは措置入院という方法によって精神医療にゆだねるという対応が取られざるを得ないという状況にあるわけです。
次に、それによって措置入院を受けた者は一般の精神病院で一般の精神病患者と一緒に治療を受けるわけですけれども、一般の精神病者と一緒に治療を行うということにはいろいろな問題があるというふうに思われます。
その表二、ごらんになりますと、これも法務省で出された資料を基にしたものなんですけれども、治療あり、他害行為時の治療状況でも治療ありとされている者でも入院中殺人を犯した者が三十七というふうな数字が出ております。それは精神病院の中での殺害行為なわけですね。私が扱ったケースでも殺人が精神病院の中で行われるというふうなケースがかなりありまして、そうしますと、やはりそれについては、責任、精神障害の治療がまだ継続する必要があるというふうな場合にはやはりまた同じように措置入院の制度、システム、措置が取られて、また精神病院、ほかに移すというふうなこともあるかもしれませんが、同じ精神病院で治療されなければいけない。かなり精神病院内の他の患者さんへの危険性といいますか、そういうものも混在しているわけですね。
それから、殺人のケースの場合、一般の殺人の発生におきましても被害者は親族関係にあるという場合が多いんですけれども、精神障害者の、心神喪失とされた者の殺人行為の被害者は七一%が親族等になっております。そういうふうに、被害者が、保護に当たるべき家族がかなり被害に遭っているということ、またそれが責任無能力で措置入院の対象にされるということになりますと、また家族が保護の責任というものを負うということになるわけですね。
そういうふうに、やはり保護のほころびというふうなものが露呈された他害行為を行った者に対しては、国が刑事司法によって何らかの対応がなされる必要があるんではないかというふうに思われるわけです。
それから次に、措置入院後のフォローが各病院長の判断にゆだねられておりまして、地域差など、その治癒状況が不確実で、不当に早い退院がなされたり、不当に長い拘束がなされたりということがあるということなんですが、表三をごらんになりますと、やはり六月以内、直近退院時からの他害行為時までの期間が六月以内という者がかなり、三割以上の数を占めておりまして、やはり病院からの退院が少し早過ぎたのではないかと思われるケースがかなり見られるわけです。それの反面、地域によりましては、何年も、十年以上も拘束されているというふうなケースも見られるわけですね。そういうふうな運用の不確実性というものが見られるということですね。
それから、退院後のフォローがなし得ないという点なんですけれども、表四は私の調査の結果をちょっと表にしたものなんですけれども、かなり昔、法総研におりましたときに精神病質の調査をしたときに、精神病質という診断名が付いておりますのでかなり責任能力はあるというふうに思われるケースだと思われるわけですが、それでも不起訴になったものが四十何%ございます。入院措置が取られたものが二百八十三名のうち二四・七%ありまして、その中に刑務所入所歴や精神病院入院歴、少年院入院歴などを持っている者がおります。そういう経歴が混在しているというのが実情で、また入院措置が取られた者でも再犯あり、これは二年か三年経過した後での再犯調査なんですけれども、そこに四三・七%の再犯率が見られております。それは、やはり措置入院になった後かなり早く退院しているという結果、そしてその直後に再犯が行われているんだろうということを示されているものと思われるわけです。保護がない状態なわけですから、退院後のフォローというふうなものも必要とされるわけですけれども、なかなか難しいという現在の状況にあるわけですね。
少し時間がなくなりましたけれども、本法案ができますと、精神医療の専門家の関与した裁判所の判断によって他害行為の認定も適切な処遇方法の決定がなされて、精神医療が指定医療機関において行われる。通院治療の確保のための社会復帰調整官のシステムも充実されることによって、そのフォローのシステムというふうなものが期待されるわけですね。その指定医療機関におきまして、犯罪性といいますか、の面と、精神障害と犯罪の関連というふうなものにも着目した研究が進むことによって、法律家と精神科医の協働によります司法精神医学の領域の発展というふうなものも期待できるわけです。
今後の問題ですけれども、起訴された後も柔軟に精神医療施設への移行の判断が行われるようには現在はなっておりませんので、そういうふうなシステムも考えなければいけないんではないか。私自身は、刑罰というふうなもののシステムをもう少し犯罪者の更生というふうなものを主に考えた柔軟なシステムを構築していかなければいけないというふうに考えておりますし、医療刑務所における治療体制なども改善すべき事項は多々あるわけですけれども、本案の成立によりまして、この困難な精神障害と犯罪がオーバーラップする領域に刑事司法と精神医療の協働体制の第一歩が進められるということを期待しているわけです。
以上でございます。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
次に、浦田参考人にお願いいたします。浦田参考人。
○参考人(浦田重治郎君) 国立精神・神経センター武蔵病院の副院長を務めております浦田重治郎でございます。よろしくお願いします。
まず、本日の意見陳述に当たりまして一言お断りしておきたいことは、私はこれまでの三十数年、日々、患者様と顔を突き合わせていた臨床の精神科医でございますので、本日の意見は研究者の先生とかのようにデータとか文献考察を踏まえたものではなく、ただの一精神科臨床医の私見であるということを御承知おきいただきたいと存じます。
最初に、この法案について基本的な考えですが、新制度についてはまだ若干は御議論いただかなければならない点があるように思います。しかし基本的には、後ほど申し上げますような特徴を持った、大変よく考えられた制度であると考え、賛意を表します。
ところで、私がこのような制度の必要性を考えるに至った幾つかのことがございます。
まず第一は、患者様から受けた幾つかの臨床体験でございます。
入院患者様を受け持っておりました経験が長く、重大犯罪にかかわる措置入院の患者様も随分担当いたしました。そのような中で、患者様が、私は精神障害者だから罪にはならないのだとか、また、どうして私を刑務所に送ってくれないのですか、早く罰してくださいなどという訴えも耳にしました。このようなとき、刑法三十九条は患者様の心に強い影響を与えている、自分を法の外に置かれた人間と考えたり、市民権を奪われた人間と考えているのではないかと感じました。
ですから、特に重大な法に触れる行為を行った患者様をたとえ医療の場で診させていただくにしても、その前提として、裁判所の門をくぐり、裁判所の判断を受けておかれることが大事ではないかと考えておりました。
第二には、治療の場の問題でございます。
現在の制度下では、たとえ重大な法に触れる行為がありましても、心神喪失でありますと精神保健福祉法により措置入院にされるわけですが、当然、医療保護入院の患者様とか任意入院の患者様と同じ病棟に入院していただくことになるわけです。そうなりますと、特に患者様が重大な法に触れる行為があって、かつ病状が悪く、また問題のある行動が起こりやすい場合には、その対応には大変苦慮いたします。また、患者様同士の間でもいろいろ交流がありますが、このような患者様では、その人間関係が緊張の高いものになりやすいことも多いように見受けております。そのために病棟内の雰囲気が大変緊張の高いものになることもしばしばで、患者様の病状の改善にとっては決して好ましくない、ことではないと私は考えます。
ですから、やはりそのような患者様は病棟のセッティングを別にして、それなりの病棟を作った方がよいのではないかと考えてきました。
第三は、医療の専門性の問題でございます。
今日の医療は専門分化が進んでおります。弊害も言われますが、治療の集約性から考えますとやむを得ないと思います。
重大な法に触れる行為を行った患者様の場合には、一つには精神疾患としての問題があると同時に、重大な法に触れる行為を行った問題が併存しております。治療的対応にはこの両方の問題をしっかり押さえておきませんと難しいのではないかと思います。
私の経験ですが、御家族に重傷を負わせた患者様がかなり回復したときの面接で、このことにつらい気持ちと悔恨の情を吐露された後、しばらくして病状が悪化して治療に難渋し、この患者様の心の中で家族を傷付けた行為がいかに重大な影響をしているかを思い知りました。
この経験からも、このような精神疾患と犯罪という二重の問題を持った患者様の治療には相当専門的な方法が必要であると思っております。そのために、治療法を訓練された専門家をそろえた病棟を作ることは必要ではないかと考えております。
次に、一精神科医から見た感じでございますが、今検討されております新制度には大変重要な特徴が幾つかございます。
その第一は、審判制度です。
これは、私流に言ってしまいますと、あなたは大変重大な犯罪を犯されましたが、刑法では病気のために無罪となります。しかし、病気ゆえにやった行為ですから、病気を治療するのは責務です。かくかくしかじかの治療を受けなさいというのが審判だと思います。患者様の側から見ても国民の側から見ても大変分かりやすく、工夫された仕組みではないかと思います。
また、審判には、裁判官だけではなく、精神科医の意見も反映されようというのですから、精神科医にとっては大変重い仕事ではありますが、相当に医療的な配慮がなされていると思います。
第二には、医療についてです。
この制度の目的について再犯防止が議論になっておりますが、治療を行うことが明言されており、決して収容目的でないとされています。
この種の制度では、入院施設がややもすれば収容所になりかねません。私が数回見学いたしました英国でも、歴史的には長期収容の問題があり、最近は社会復帰に力が注がれています。その前提として、社会復帰の行えるようにきちんとした治療を行うことが重要かと考えております。
第三は、社会復帰です。
法案では、社会復帰を非常に強調しています。これは、先ほど申し上げました英国の例からも大変重要なことで、それを最初から法律でしっかりと定めようとされていることは、我が国におけるこの制度が社会防衛的なものでないと示しているように思います。
しかし、この社会復帰の分野は、一般精神医療においてもまだまだ模索中のところが多く、その充実には大変努力が必要であると感じております。
次に、新制度を立ち上げていく上で、幾つかの心に引っ掛かることを述べさせていただきます。
まず、指定医療機関のことであります。
先ほど申し上げましたように、この入院医療機関では、精神疾患と重大な犯罪という二重の問題を持った患者様の治療を、しかも、入院していただかなければならないほどの重症の患者様に対応しようということになります。そのためには、十分な専門性の確保と同時に、十分な人員の配置が必要であると思います。
英国の例ですが、地域保安病棟では大変手厚い人員が配置されておりますが、これを手本として、この法案が目指している充実した医療及び社会復帰への準備のできる体制の構築されることを望みます。
また、手厚い人員の配置は、そこで働く医療従事者にとっても大事なことです。御存じのように、身体医療における集中治療病棟や救命救急センターでは、いわゆる燃え尽き症候群が問題となっております。もし、英国のように手厚い人員の配置がなされませんと、この燃え尽き症候群が蔓延しかねません。このような観点からもよろしくお願いする次第であります。
次に、社会復帰のための体制及び社会資源の充実についてです。
一般精神医療の分野では、この十数年間、様々な精神疾患の患者様の地域生活を支えるための社会資源の充実が図られてきましたが、それでもまだまだ不十分です。現在、厚生労働省ではいわゆる社会的入院の解消に向けた施策が講じられようとしておりますが、そのかなめは、社会生活支援のために多様な社会資源を充実させることと、社会生活支援の専門家を十分に配置することです。これは新制度で対応することになる患者様にも同様であり、もしその施策が中途半端に終わりますと、いかに入院施設を充実させても長期入院化は避けられません。この点につきましても、どうか十分な配慮をお願いする次第です。
ところで、社会生活支援は、この新制度では社会復帰調整官がコーディネートすることになっておりますが、基本的にはそれぞれの地域においてなされるべきであります。そうなりますと、現在、地域精神医療の体制としてある精神保健福祉センター、保健所、市町村、さらにはグループホームとか作業所等に相当の御協力をいただく必要があります。
この点については、法案でも述べられておりますが、今後あらゆる手だてで推進していただくよう、お願いいたします。
その次は、一般精神医療との関係であります。
この法案の百十五条では、精神保健福祉法による入院も妨げないとなっております。通院の処遇を受けることになった患者様や指定入院医療機関からの退院が可能になった患者様には是非この条文を活用し、一般精神医療での入院治療の門戸を広げていただきたいと思います。
通院の処遇を受けられる患者様でも、必ずしも問題行動には結び付かない再発とか、あるいは社会生活のストレスで一時的な休息とか入院が必要な場合があり、また、指定入院医療機関での治療が終了するとき、元の地域生活に戻る上で移行的な準備には、その地域にある一般精神医療機関に短期間入院されて、そこから地域に戻られるのが無理のない方法になることもあります。
このように、一般精神医療の活用が、社会復帰を推進する上で、あるいは社会生活を円滑に行っていただくためにも重要ではないかと思います。
また、先ほど申しましたように、この新制度の対象となる患者様は精神疾患と重大な犯罪行為という二重の問題を抱えておられ、そのために現在でも見られる精神疾患への差別、偏見に強くさらされる危険があります。これは偏見を抱き、差別する側に是正を求めたいところですが、それは大変長期戦でしょう。
指定入院医療機関からの退院後、あるいは通院処分になった場合には、無論、指定通院医療機関での治療の継続と社会復帰調整官による社会生活支援のコーディネートはありますが、その上でできる限り一般精神医療の中で、かつ一般の社会生活支援制度を活用して一般精神疾患患者様の中で治療を進めていくことが重要ではないかと思います。それがこの問題へのこちらからの対応ということになります。この点に関しましても是非とも強い御支持を賜りたいと思います。
それから、この新制度での治療を受けられる患者様のために、内科や外科を始めとする精神疾患以外の医療の確保にも十分な準備をせねばなりません。私は一昨年まで精神科のある総合病院に勤務しておりましたが、一般精神医療においても患者様の身体疾患の医療にはまだまだ大きな障壁があると痛感し、その確保に努力してまいりました。その体験からもこの点には十分過ぎる配慮が必要であると感じております。そのためには、精神科病棟のある総合病院に予算及び人員配置の上での配慮を含めた準指定のような処置を是非いただきたいとお願いいたします。
最後に、ここで話させていただきますことを幸いと考え、二つのお願いがございます。
一つは、現在の精神医療はまだまだ大変問題が多いと見ております。我が国の精神医療について極論しますと、人である患者様を人として遇していない状況が余りにも多いと自戒を込めて申し上げます。当事者である私どもの責任の部分もございます。しかし、一方ではやはり政治といいますか、制度上の問題がございます。幸いなことに、この問題につきましては、厚生労働大臣自らが本部長となられ、厚生労働省挙げての改革を推進されるということになりまして、大変喜んでおります。しかし、これにはお金も要ります。また、健康保険上の精神医療への低い評価も改めていただかなければなりません。どうかよろしくお願いいたします。
もう一つは、国公立の精神科医療施設に関する問題です。法案では、指定入院医療機関は国立、自治体立、独立行政法人立となっております。今、これらの国公立の精神科医療機関は縮小等を含めた大変な危機にあります。精神科医療は、私どもの努力の問題でもありましょうが、元々制度的にも、あるいは健康保険上の点数でも低いレベルに置かれております。それゆえに精神科は付け足しとか余計ものとか考えられたりしがちです。しかし、このような大事な仕事を担うことになるわけですし、また将来新たな重大な事業も担うこともあり得ますので、そのためには総合的な力を持った施設であることが重要です。どうか財政支援を始めとする施策によってこれらの施設にもう少し目を掛け、窮状をお救いください。
以上、私の意見を述べさせていただきました。どうも御清聴ありがとうございました。
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
以上で参考人の意見陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
○佐々木知子君 自民党の佐々木知子でございます。
今日は三人の参考人の先生方、貴重な御意見を賜りありがとうございました。
まず、岩井参考人が法総研にお勤めだったということで、私の先輩であることが分かりましたので、岩井参考人からお聞きさせていただきます。
現行の精神保健福祉法の措置入院では多々問題点があると。その二番目の、ペーパーの二ですけれども、現行の制度の問題点、問題性ということで、一ないし四を御説明になりました。私も現場に携わっていた者としてそのとおりというふうに思っております。
そして、新たな法案に御賛成をしてくださるということなんですけれども、新たな処遇制度が円滑かつ効果的に機能するためには、医師と司法関係者の連携が円滑かつ緊密に行われることが重要であって、特に医師の立場から司法と医療との連携の必要性が強調されてきたというふうに承知しているんですけれども、そのための具体的な方策としてはどのようなことが考えられるか。ちょっと時間が足りなかったようですので、もし御意見があれば伺いたいと思います。
○参考人(岩井宜子君) 精神医療と法の問題、これまでも犯罪学の領域などは精神医学のお医者さんたちで始められるということが多くて、そして刑事裁判ではやはり精神鑑定が精神科にゆだねられますので、その領域でかなり精神科医の方たちは司法精神医療というものに非常に関心を持っていらっしゃるというふうに私自身はずっと昔からそういうふうに思っていたんですけれども、最近になって割合精神科のお医者さんのお話を聞きますと、一般の精神医療において、余りショック法といいますか、他害行為を行ったような人の治療を行うというふうなことはなくて、一般の精神科の方たちはほとんどそういう司法精神医療というふうなものに関心がないというふうなお話を伺うことがありまして、この犯罪学の分野から見ていたのとまた違うんだなという感じがしております。
外国などにおきましては司法精神病棟などがあって、そこではかなり犯罪性と精神障害との関連というふうなものの研究が進んでいるわけですね。ですから、どうもそういう他害行為を行った人たちが集中的に治療されるというふうなシステムがないために、余りそういう領域に携わることが少ないというそういうことが生まれてきているのではないか。そこでかなり精神鑑定を行うお医者さんたちも限定された数になってきているような気がいたします。
ですから、大学などでももちろん精神鑑定という問題を広く教育システムの中に取り上げていただいて、この領域の研究もこれからますます進むようにというふうに願っております。
○佐々木知子君 心神喪失になったケースを見た場合に七〇%とおっしゃっておりましたけれども、家族の方が被害者になっていると。退院されてきた場合もやはり家族が保護をするということになりますと、やはりそういう被害の対象になるかもしれないということで、家族だけで引き受けるのはやはり非常に心身ともに大変だろうと思うわけです。そういう意味で、社会復帰調整官というのが今度設けるというのは私は非常にいい試みだというふうに思っているわけですけれども、退院後のアフターケアというのは、必要な医療保健福祉が円滑に行われるように関係機関が連携してこれに取り組んでいくことが重要であるというふうに考えられます。
新たな処遇制度におきましては、保護観察所にその社会復帰調整官を新設して、これら関係機関相互の連携を確保することとされておりますけれども、このアフターケア体制の整備に当たって新設される社会復帰調整官に期待することがあれば、岩井参考人、御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(岩井宜子君) そうですね、今までそういうシステムがなかったために、結局検察官が通報を行って入院措置が取られなければ家庭に帰されて、もうそのまま自分の責任で通院をするということだったわけですね。それに対して、ある程度、執行猶予者で保護観察を受けたりとか社会内処遇システムで保護観察を受けている人たちは、いろんな形での補導援護、指導監督というものを受けているわけで、そこのところの、今病院に入院させるほどではなくても、投薬などで行動をコントロールできるというふうな場合には、そういうものを確保するという、そういう援助を行う地域調整官がいるということで、非常にこれからのフォローアップが可能になるというふうに思います。
○佐々木知子君 では、浦田参考人に現場の立場でお伺いしたいんですけれども、同じ質問になろうかと思いますけれども、社会復帰調整官のことについてお述べになっておられましたけれども、アフターケア体制の整備に当たって、関係機関相互の連携を確保するためにこの社会復帰調整官に期待されていることというのを御意見を賜りたいと思います。
○参考人(浦田重治郎君) 答えになるかどうか分かりませんが、大変期待しております。
まず、これは法務省と厚生労働省と協力してこの制度の対象になる患者様を社会復帰までこぎ着けようという、こういう姿勢だと感じております。
もうちょっと細かいことになりますが、社会復帰調整官というのはコーディネーター役でございまして、扇のかなめという感じを持っております。例えば、入院となりました患者様を想定いたしますと、入院後の早い時期から病院スタッフとともに社会復帰の道筋を作っていただくような検討会をしていただく、それから同時に、地域でも受け入れるために関係者とやはり準備の検討をしていただくというのが大事かと思います。
そして、退院されましたら、治療や社会的支援の活動を展開しつつ、その結果を常に検討するための検討をしていただくと。この検討をしていただく中に、先ほど申し上げましたような様々な地域精神医療体制あるいは地域の社会資源というその機関がこの対象になると思います。そうしていただきますと、かなり社会復帰が可能になると思います。
これは、現在、英国で行われている手法を我が国流に取り入れればいいんじゃないかと、そのように考えております。
○佐々木知子君 新たな法案では、指定入院医療機関を充実させるということで、十分な専門性の確保と同時に、十分な人員の配慮が必要ということでお述べになりましたけれども、日本は従来、司法精神医学というものの観点というのが私は非常に後れていたというふうに思うわけですけれども、諸外国では、今、英国の例をお述べになりましたけれども、こういう方たちに対する治療の実態というのはどのようなものになっているのでしょうか。
○参考人(浦田重治郎君) 諸外国のこと、それほど詳しいわけではありません、英国に三度ほど行きましたので少しだけ存じておりますが。
英国について申しますと、これは大変古い歴史を持っておられまして、戦後かなりのところまでは、いわゆる特殊病院による収容型でございました。一九八〇年代からは、治療的対応をするために、比較的小規模な地域保安病棟が造られました。これは大変手厚い人員でなされています。最近は、更に社会復帰体制を強化しておられます。このように、そして社会復帰のための病棟とか地域での居住施設に力が注がれております。英国は、自ら学び、自らの状況を学びながら、司法精神医学の、臨床的に着々と進化させているなと思っています。
英国での施設を見学いたしまして感じたことですが、まず一つは、薬物の使い方が日本のようにべらぼうではありません。昔の私の頭ですと、こんなんで治療ができるんかいなというくらいです。
第二は、精神療法を活用しているということです。これは非常に大切なことで、精神科治療の基本的技法であります。特に、困難な患者様ほど重要な治療であろうと感じております。
それから第三は、作業やレクリエーションが活発に取り入れられまして、そのための治療的空間も十分にセットされておりました。今回の制度で行われます治療施設には、是非この点は御考慮いただきたいと思います。
それから、先ほど申しましたように、社会復帰のための地域システムが大変進歩しております。そのために、医師、ソーシャルワーカー、それから看護師等の地域の専門チームが編成されておりまして、このチームが地域の様々な機関と連携して患者様の社会復帰を推進しようとしておられました。これが私の印象です。
ちょっと付言いたします。
英国では、一般精神医療でも大変充実しております。病床数は人口比で日本の五分の一くらい、しかし病棟では人員の配置も手厚くなされております。開放的で、隔離も極めて少なく、たとえやられるときでも数時間です。それから、拘束はございません。拘束やったら、人権問題で大変なことになるという話でした。
そのように、治療が多彩で手厚くなされておりまして、また社会生活を支える地域医療が司法精神医療と同様に活発でした。つまり、我が国とは一般精神医療の分野でも格段の差があると。この点では、英国に少しでも追い付く努力をしなければならないと、そのように考えております。
○佐々木知子君 では、時間の関係上、伊賀参考人に最後の質問をさせていただきます。
弁護士会なり伊賀参考人の御意見としては、政府案ないし修正案あるいは民主党案にも反対というふうに理解したわけなんですけれども、このペーパーの最後ですけれども、精神医療の中心は、二十五条措置入院につき措置入院審査会を新たに設置し、措置入院の要否、解除の決定、解除後のケアにつき権限を行使できるようにするということのようにありますが、この措置入院審査会というのに司法関係者というのは関与しないということなんでしょうか。要するに、司法の関与というのは必要ないとお考えになるのか、いかにして関与させるべきだというふうに考えておられるのか、御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(伊賀興一君) お読みいただいたら御理解いただけると思いますが、検事、弁護士の参加を予定をしています。裁判官を入れなかった理由は事後審査、いわゆる救済制度との関係で裁判官は入らない方がいいという立場です。
その意味では、現在のお医者さん二名で入院を決定する、退院は一名で決定するという制度で、お医者さんに掛かる負担は様々な病気、医療の範囲だけではなくて、事件を起こした、それから家族が面倒を見ないという状況などなど、社会的要因も含めてお医者さんに影響が出てまいります。それを全部担わせているというのが現行措置入院制度の問題点だろうと。
もう一つ問題は、その退院決定をする際に、先ほどの社会復帰の問題と関連するんですが、退院後のケアの体制が家族にゆだねられるという状態はいまだ見受けられます。そういう状態の中では、退院を決定できないというお医者さんのジレンマが、症状からは退院した方がいいのに退院する条件が整わないという状態がたくさんあるという、そのために社会的入院が七万人とも十万人とも言われているわけですね。そういうことを、退院後のケアも、その措置入院審査会は権限を持って知事若しくは本省に対しても勧告をすることができると。
私、実は今、兵庫で福祉工場の建設に携わってやっております。率直に申し上げて、各県で保護観察所に一名若しくは多くても数名しか配置されない調整官ができれば、我々の建設しようとしている福祉工場、退院後の仕事を提供する場所がスムーズにできるかどうかという点では疑問です。
そういう人員よりも、予算が欲しい、そういうことを主にした政策が欲しいと、そんなふうに考えていますので、社会復帰を現在家族にみんな任せているという制度だというふうにおっしゃるのはちょっと違うのではないかと。社会復帰のために、家族も、それから地域の保健婦さんもソーシャルワーカーもみんな頑張っているけれども、それに対してスポットを当てる政策、予算が付いていないというところに問題があるのであって、重大な事件を起こした人だけにそれが付いて、それが進むということにはならないのではないかというふうに衷心思うわけです。
○佐々木知子君 じゃ、ちょうど時間が参りましたので、終わらせていただきます。
○朝日俊弘君 民主党・新緑風会の朝日でございます。
三人の参考人の皆さん、御苦労さまです。限られた時間ですので、私は、大変失礼をお許しいただいて、伊賀参考人と浦田参考人に絞って御質問をさせていただきます。
まず、伊賀参考人には二つ。
一つは、衆議院に提出された政府原案と衆議院で修正された修正案と、それが一つになって参議院に回ってきたわけですけれども、この政府の原案と修正案とをどう評価したらいいのか、いささか意見がばらついています。先ほどちょっとお述べになったと思いますが、もう少し詳しく、伊賀参考人としては、政府原案と修正部分を比較をして、どこがどう良くなったのか、逆にどこがどう悪くなったのか、その評価をお聞かせいただきたいというのが一つ。
それからもう一点は、原案、修正案共通部分で、この新しい法律では確かに裁判所がかかわるわけですが、裁判ではなくて、裁判と精神科の審判員がかかわったある種の裁判所を使った審判という制度になっていて、そういう意味では通常の裁判で保障される権利というかが必ずしも十分担保されていない。とりわけ、弁護士が、弁護人が付添人という形で付くことになっているわけですが、裁判のときの弁護人のような役割を果たせないような仕組みになっていると思えるんですが、その点についての御意見。この二点をお願いします。
○参考人(伊賀興一君) まず一点目の政府原案と修正案の関連といいますか、その位置付けをどう見るかという御質問ですが、私は三点においてお話をさせていただきたいと思います。
一つは、修正案の主要な修正部分は明らかに処遇要件を変えられたというところであります。政府案は、再犯のおそれ、再び対象行為を行うおそれということが判断対象でありました。それが修正案では、この法律による医療の必要ということにその要件が明らかに変わりました。この要件の違いは、二つ目の問題として、そのよって立つ法律の理念の違いにつながるのかどうかというところを見なければならないと思っています。それは、三つ目に、構造上、じゃその理念を支える構造になっているのかという点で見なければならないと思っています。
まず、一つ目の処遇要件ですが、処遇要件だけを見ますと、再犯のおそれという要件は明文からは消えています。しかしながら、この法律の第一条、対象行為の再発防止、それから、何条でしたっけ、四十条でしたか、処遇要件についても、この法律による医療の必要の前に再びという言葉は消えたんですが、対象行為を行うおそれと、行うことなく社会復帰できるという用語が残っています。このことからすると、この処遇要件が再犯のおそれといういわゆる社会防衛的観点、若しくは将来の危険性除去という理念を全く排除したものと言うことは法律上はできないのではないかというふうに考えています。そうしますと、処遇要件は変わったけれども理念は共通するというふうに言わざるを得ないというふうに日弁連としては考えています。
それが構造上どうなるかということですが、裁判官が審判に加わって精神科医と一緒に判断をすることになりますが、私も裁判官の経験ありませんが、同じ司法の関係者として申し上げますと、司法部というのは大体保守的で、治安維持を軽視しません。大変重視をする職、仕事柄持っています。裁判官がこの法律による医療の必要という修正案による処遇要件を判断せよというふうに言われた場合に何を判断するかというと、結局、生活状況であるとか家族の受入れ状況であるとか、それが事件を起こしかねない条件があるのではないか、そういう環境なのかどうかということを判断するということになりまして、結局、政府原案と修正案とは構造上も同じになると。我々は、裁判官の関与もまるっきり変えられるということが修正案の処遇要件からは可能であったと思うのですが、そこがなされていないのが若干問題であるというふうに考えています。
二つ目の御質問ですが、審判制度の中において付添人に何ができるかという御質問がありました。
我々も、この法律案がもし通りましたならば、日弁連は総力を挙げて付添人の仕事をさせていただくことになろうかと思いますが、刑事事件では適正手続の保障というのが憲法三十一条から定められており、弁護人は被告人の利益と社会の利益のためにも全力を挙げてその権限を行使する、その権限も刑事訴訟法に規定をされています。ところが、今回の審判では、付添人は事実調べにおける証人の申請とか様々な付添人活動について権利がどこまで規定されているかというと、実は権利はないのですね。刑事訴訟法を事案の性質に反しない限り準用するとあって、証人申請権であるとか鑑定申請権であるとか様々な権利性は認められていない。
ただ、私どもは、このような事案の性質上、重大な事件が起こったか否かということをどうしても審理しなければならない制度を構築されているということの方が問題なのではないかと。そのための無理が、こういう付添人の権限を制限したり、早く、刑事事件なら三か月、六か月掛かるやつを一か月や十日で審理をできるようなシステムを考えられた。そこに無理があるのではないかというふうに考えています。
もう一点、付け加えさせていただきます。
裁判官の関与との関係で処遇要件をどう見るかということで実は重大な問題があるなというふうに思っています。
例えば、付添人が家族と協力をして、従前通っていたお医者さんなり、新しく信頼を置けるお医者さんとの間で医療契約を結んで、本人も病識を持ってその病院に行くというふうに契約ができた場合、この審判においてその資料を提出したら、裁判所は、この法律による医療の必要という判断の中で、そこまで医療の準備ができているんならこの法律による医療の提供を却下して自主的な医療を受けなさいというふうにするのか、何ぼ自主的に確保してもこの法律による医療しか駄目なんだというふうになるのか、ここがこの法律では全く明らかではないんです。これは大問題だというふうに考えています。
○朝日俊弘君 ありがとうございました。今後の審議の中で明らかにしていきたいと思いますが。
次に、浦田参考人に二点に絞って、三点ですね。
一つは、参考人も意見陳述の前半でおっしゃいました、患者さんがある意味ではきちんと裁判を受ける権利というのを求めているんじゃないかと。確かに、そういう思いを私も聞くことがあります。ただ、その場合、こうした今の法律案のようなあいまいな審判ではなくて、きちんとした裁判を受けたいという気持ちなのではないかと私は察しますが、この点はどうでしょうかというのが一点。
二点目は、先ほども伊賀参考人にお尋ねしましたが、今回、政府の原案と修正案とで、特にこの対象となる要件についての表現が変わりました、規定ぶりが。当初は、やはり再び対象行為を行うおそれという、明確に書かれていたわけですが、それが今度は、修正案では、対象行為を行った際の精神障害を改善し、同様の行為を行うことなく社会復帰を促進するためにと、こういうふうに変わりました。この点について、臨床に携わっている先生としてはどういうふうに受け止めておられますか、どう評価されていますか。これが二点目。
三点目。社会復帰調整官が設置された。しかし、その所属は保護観察所である。保護観察所にいる社会復帰調整官が本当に地域における社会復帰のコーデ