どういう「修正」もいびつになる法案は廃案にするしかない。
精神医療一般の推進は本法案成立の取引材料にはなしえない課題ではないのか。2002年11月10日
京都大学医学部精神医学教室 吉岡隆一論点整理に関する政府側ペーパーの批判から数日が過ぎた。現在審議日程の逼迫も絡んでなお水面下での交渉が続いているようである。さまざまな法案の小手先上のいじりが報じられている(例えばメディファックス)。しかし結局、再犯防止のために、強度の確立されない強制的・矯正的「治療」を施す、という性格は抜けず、修正は昏迷をたどるしかない。
そもそも問題点はどこにあったのかを想起しなければならない。池田小学校事件を契機に、特段精神障害者の犯罪が増加していたのではないと法務省が認識していたにもかかわらず、急遽立案上程された立法理由の欠如。
池田小事件を受けて、刑法39条廃止を求める一部の世論。
ずさんな不十分な簡易鑑定や鑑定未実施の上にたった検察の起訴前責任能力判断の問題の指摘とその実態の明確化。
刑事手続きのうちで、治療適応があるのに治療が遅れる例の指摘や矯正施設での治療の不十分さの指摘。
再犯予測が不可能である事の明確な指摘。
精神病質者(人格障害者)の責任能力判断の実態の露呈と国会での虚偽答弁。
日本のコミュニティケアの遅れ。これら問題点の解決に対して、法案とそれらの修正はことごとく無意味である。
論点整理ペーパーは結局再犯予測が不可能である事を突きつけられて、修正を試みた。その批判は既に大杉、中島、富田、吉岡が行っている。
今後も修正妥協のトリッキーな提案がなされるだろう。さまざまな提案の性格を見抜くための試金石を、ここで再度明確にする。「修正」の試金石
1 目的(第1条)、対象行為と対象者の定義(第2条)、対象者の鑑定(第37条)、裁判所による入院等の決定の要件(第42条)、通院期間の制限(第44条)、指定入院医療機関の管理者による退院申立て、入院継続申立ての要件(第49条)、退院許可等の申立ての禁止期間(第50条第2項)、退院・入院の継続に関する対象者の鑑定(第52条)、保護観察所の長による処遇の終了または痛院期間の延長申立ての要件(第54条)、処遇終了申立ての禁止期間(第55条)、裁判所による処遇終了または通院期間延長の決定(第56条)、対象者の鑑定(第57条)、保護観察所の長による再入院申立て(第59条)、裁判所による再入院決定(第61条)、対象者の鑑定(第62条)、抗告(第64条)、必要的付添い人(第67条)のすべてに修正を加えるつもりか。そのつもりのない「修正」は無意味、欺瞞である。これらの条文は、目的や対象者・対象行為を規定・限定しているか(目的・定義)、再犯のおそれ判断の実施を規定するか(鑑定・決定)、この法案が高度の強制・矯正「医療」であるが故のセーフガードであるか(抗告・必要的付添い人)、高度の強制・矯正「医療」実施の保障(申立ての禁止)のどれかであって、一体となった構造である。
これらの条文のいくつか・一部の訂正は、すべて本法案の性格に対する目くらましでしかない。
本法案=不可能な再犯予測に基づく刑事政策、の性格を薄めるために、医療的福祉的文言を一部にちりばめる修正は修正になりえない。
翻って、これだけをすべて修正しなければならない法案はもはや法案の体をなしていない。廃案の上、出直ししかありえない。
国会議員は、国民の付託を受けて、立法に従事する。これだけの項目すべての修正は水面下での折衝に委ねられるべき事柄ではない。
さらに先の154国会では、精神病質者の責任能力判断の実際に反した虚偽の答弁が行われている。虚偽である事は、法務省の犯罪白書によって知ることができる。2 再犯のおそれを判断することは裁判官にせよ医療者にせよ、誰にもできない。
できないことを合議すること(本法案原案)は無意味であり、できないことをめぐって役割を分担させること(講座担当者会議の要望)は修正になりえない。再犯のおそれの判断でない医療に係る判断を医療者以外のものに行わせる方向での、合議体の決定の形式・役割いじりは目くらましに過ぎない。説明を要しない程自明な事柄である。裁判官・検察官を含んだ司法官は、法律判断こそを厳正に行わなければならない。その実態が問題とされ、民主党対案にその解決のための志向が反映している。
司法関与はそもそも再犯のおそれ判断を医療者に任せることは責任が重いということで正当化が図られてきた。しかし医療者に限らず誰にもできないことを指摘されるに及んで、もはや関与の必然性はなくなっている。講座担当者会議がそれでも司法関与を望むのには、理由がない。
再犯のおそれでない医療上の判断に裁判官が関与する事はそもそも医療の専門性の否定であって、講座担当者会議の提言は自己矛盾している。3 本法案におけるの附則や付帯決議において一般精神医療の改善を謳う「修正」は実は本末転倒かつ有害でさえある。
犯罪にあたる行為を犯した精神障害者の一部を対象とし、その前提たる心神喪失心神耗弱判断が不十分・曖昧であり、その立脚する再犯予測に可能性がなく判断者がありえず、その治療法に格別のものがなく、全体として見るべきものがない法案の附則や付帯決議においてとってつけたように一般精神医療の改善を謳う「修正」は本末転倒である。医療法特例の是正という一般精神医療の充実の基本さえ見送ってきた厚労省なり日精協なりがこの法案の推進者であり、その法案の附則や付帯決議で一般精神医療の充実を謳うのは奇妙であろう。
わが国のコミュニティケアの遅れは心神喪失者心神耗弱者に対する特別法がないからではない。諸外国の研究も示唆する通り、コミュニティケアの推進は決して社会防衛を危うくする証拠はないのであり、日本でも長期入院から短期入院医療への趨勢はもはや覆りえないが犯罪率は不変であるから、この法案にからめてコミュニティケアを推進することを謳う事はむしろ、偏見をばらまく結果になって有害でさえあるだろう。4 起訴前責任能力判断の是正、治療適応のある事例に迅速適切な治療を起訴前
責任能力判断の終局決定を待たずに開始できる保障、矯正施設の治療向上の3点セットを含むか。現法案に含まれていないこれらの事項に対する回答こそが求められていることを、想起しなければならない。結局犯罪にあたる行為を犯した精神障害者に対して、再犯予測に則って治療を提供し再犯を予防する事は不可能である。可能なのは責任能力判断を含む法律判断を厳正に行いつつ刑事手続きの適正さを確保しながら、刑事手続きのあらゆる段階で治療適応のあるものは治療を行うことによって、司法と医療がそれぞれの応分の責任を果たす事である。そしてこの着実な実行こそが財政的な裏づけを持ったものとして求められる。法律のしかも見当はずれの条文とその小手先の修正は、何の実効性もない。
2002年11月6日 入手法務省・厚生労働省
- 【論点整理】
【心神喪失者等医療観察法案の必要性について】
【民主党提案の内容について】
【指定入院医療機関への入退院の判定について】
第154回国会衆議院法務委員会・厚生労働委員会連合審審査会議事録 (人格障害関連)法務省・厚生労働省の「論点整理」を批判する!
2002年11月6日
- その1「論点整理」について 弁護士 大杉光子
- その2 論点整理ペーパーの批判 「再び対象行為を行うおそれ」を「重大な他害行為を行うおそれ」へ変更することについて 吉岡隆一
2002年11月7日
- その3「法務省・厚生労働省ペーパー」について 日本精神神経学会・精神医療と法に関する委員会委員 中島 直
「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案) 精神医療ニュースへ 全国精神医療労働組合協議会 事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2 ラボール京都4F 京都民間医労連気付 Tel/Fax: 075-811-5672 E-mail zenkoku@seirokyo.com
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