法務省・厚生労働省の「論点整理」を批判する! その1 2002年11月6日
「論点整理」について
弁護士 大杉光子1 「再び対象行為を行うおそれ」を「重大な他害行為を行うおそれ」に変更することについて
a 本法案における強制入通院の要件とされているのは、「(入院あるいは継続的な)医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれ」である。この「対象行為」は2条2項によれば、殺人、放火、強姦・強制わいせつ、強盗、傷害であり、これらは通常「重大な他害行為」とされるものであるから、「再び対象行為を行うおそれ」を「重大な他害行為を行うおそれ」に変更したとしても、なんら内容を変更・限定することにはならず、単なる言葉遊びにすぎない。
逆に、「重大な他害行為」の定義が明確でない以上、かえって要件が不明確になるとさえいえる。b そもそも、本法案の目的が「病状の改善」と「同様の行為の再発の防止」すなわち再犯防止である以上、たとえ文言を変更したとしても、基本的に判断されるべき要件は再犯予測以外ではありえない。再犯防止を目的とする以上、再犯防止の必要性がなくなるまで、すなわち、「再犯のおそれ」がなくなるまでこの法案の処遇対象から外すことはできないはずである。
しかし、人間の将来の行動を予測することが誰にもできないのは自明の理である。欧米の研究成果を踏まえても再犯予測は不可能であり、必ず多くの間違って拘束される人を生み出すことになる。c 「論点整理」においては、本法案の「おそれ」は措置入院の要件としての「自傷他害のおそれ」から「自傷のおそれ」と「軽微な他害のおそれ」を除いたものであり、その判断過程や判断方法は同じであると説明されている。
しかし、他者の利益である再犯防止を目的とするこの法案と、「精神障害者の医療及び保護」を目的とする精神保健福祉法とは根本的に異なっている。本人の医療・保護が目的なのであれば、強制医療は必要最小限であるべきであるから、切迫した危機介入の必要性があって初めて正当化されるはずである。とすれば、その要件としての「自傷他害のおそれ」は現在の危険性であるはずである。
もし仮に、措置入院の要件としての「自傷他害のおそれ」が現在の危険性がなくても数ヶ月先の未来の危険性があればよいというものなのであれば、そのような強制入院は医療ではなく予防拘禁である。この法案の「おそれ」と措置入院の要件としての「自傷他害のおそれ」を同列に扱う「論点整理」の説明は、措置入院が予防拘禁であると言っているようなものである。d ちなみに、本法案において、退院許可の申立には3ヶ月の期間制限があり(50条2項)、処遇終了の申立には6ヶ月の期間制限があること(55条2項)からすれば、この法案は少なくとも3ヶ月先の再犯予測を要求しているといえる。この点からしても、措置入院の翌日であっても退院請求することができる措置入院とは要件が異なることは明らかである。
2 精神保健観察官の資格要件について
本法案の20条2項は「精神保健観察官は、精神障害者の保健及び福祉その他のこの法律に基づく対象者の処遇に関する専門的知識に基づき、前条各号に掲げる事務に従事する。」、同条3項は「精神保健観察官に関し必要な事項は、政令で定める。」と定めている。仮にこれらの条文に精神保健観察官の資格要件を「精神保健福祉士その他」とすると加えても、実質的には何も変わらない。
「保護観察所が社会復帰に関与することに対する懸念」は、「犯罪の予防」を目的とする機関である保護観察所(犯罪者予防更正法18条2号参照)が関与することによって、医療・福祉の現場に社会防衛的観点が持ち込まれることに対する懸念である。しかし、このような懸念は、たとえ精神保健観察官の全員が精神保健福祉士の資格を持ったとしても解消されるものではない。この法案の下では、保護観察所の長が適切に再入院や通院期間の延長、処遇の終了の申立を行うためには、精神保健観察官は常に対象者の「再犯のおそれ」を判断し報告し続けなければならないのである。「再犯のおそれ」を判断しながら精神保健観察を実施し、関係機関相互の連携を確保するのであるから、社会防衛的観点を排除することは不可能である。3 人格障害者の取り扱いについて
「論点整理」においては、「人格障害のみを有する者については本制度による処遇の対象とはならない。」とされている。確かに、本来的には人格障害のみを有する者は責任能力に欠けることはないとされるはずであるが、しかし、現在の検察実務・裁判実務において、人格障害者(精神病質者)を心神喪失・心神耗弱として処遇している例が存在していることは事実である(犯罪白書参照)。この事実からすれば、「処遇の対象とはならない」などと断定する根拠は存在しない。4 事実認定手続きについて
a 「論点整理」では、「本制度は、刑罰に代わる制裁を科すことを目的とするものではなく」としている。しかしながら、病状にかかわらず、一方では心神耗弱で執行猶予となった場合には本法案の対象となるにもかかわらず、他方では心神耗弱と判断された場合であってもわずかでも実際に受刑した場合には本法案の対象にはならないこと(2条3項2号参照)からすれば、本法案による処遇が事実上、処罰に代わる制裁の役割を果たすことを期待されていることは明らかである。
また、本法案の処遇は本人の意思にかかわらず、本人の選択権なしに入通院という自由の拘束を強制されるという意味では不利益処分であり、しかもそれは再犯防止という他者の利益のために行われるものであるから、刑罰を科す場合と同等の基本原則や適正手続きが保障されていないこの法案の事実認定手続きは憲法の趣旨に違反している。b 本法案の制度は少年審判手続とは次の点で異なっており、少年審判において職権主義的手続きが許されているからといって、そのことは本法案の手続きを正当化する論拠とはならない。
1 少年審判における保護処分は原則として20才までであり、医療少年院に26才まで収容されることがあるのが最長の場合であって、いずれにせよ期間は有限である。ところが、本法案では、入院期間の上限はなく、一生自由を拘束される可能性も高い。これは場合によっては刑事罰以上に過酷な結果をもたらすものであり、とうてい少年の保護処分と同列に論じられるものではない。
2 少年審判においては、保護処分と刑事罰は択一関係にあり、両方を科されることはない。しかし、本法案では、刑事裁判で有罪とされても執行猶予等で受刑しない場合には本法案による強制入通院を課されることになる。このこと自体が二重処罰禁止の原則の趣旨に違反するものであるが、このように少年審判の場合とは処分の構造が全く異なっている。c 「できる限り速やかに医療が行われること」は重要なことであるが、そのために必要なことは、刑事手続中や受刑中においても社会内と同程度の医療を保障することと刑事手続きを離れたあとに早期に医療につなげることである。
そもそも、犯罪にあたる行為の存在及び責任無能力と「再犯のおそれ」を要件として再犯防止のために強制入通院を課そうという制度自体が誤りであって、その制度における事実認定手続きを簡略化していいかどうかなどという議論は成り立たないのである。5 本法案には「論点整理」の提案するような小手先の修正はありえず、廃案しかない。
以上
2002年11月6日 入手法務省・厚生労働省
- 【論点整理】
【心神喪失者等医療観察法案の必要性について】
【民主党提案の内容について】
【指定入院医療機関への入退院の判定について】
第154回国会衆議院法務委員会・厚生労働委員会連合審審査会議事録 (人格障害関連)法務省・厚生労働省の「論点整理」を批判する!
2002年11月6日
- その1「論点整理」について 弁護士 大杉光子
- その2 論点整理ペーパーの批判 「再び対象行為を行うおそれ」を「重大な他害行為を行うおそれ」へ変更することについて 吉岡隆一
2002年11月7日
- その3「法務省・厚生労働省ペーパー」について 日本精神神経学会・精神医療と法に関する委員会委員 中島 直
「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案) 精神医療ニュースへ 全国精神医療労働組合協議会 事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2 ラボール京都4F 京都民間医労連気付 Tel/Fax: 075-811-5672 E-mail zenkoku@seirokyo.com
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