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「心神喪失者医療観察法案」国会情勢緊迫! 法案は廃案しかない!


精神科医療懇話会声明 第5弾


2003年5月1日
                               精神科医療懇話会


心神喪失者等医療観察法案と措置入院の予測判断は「同じ」ものなのか?

はじめに
 前国会で衆議院を通過し、今回参議院で審議される予定となっている「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」(以下、医療観察法案あるいは法案)には、種々の重大な問題があることを我々は繰り返し指摘してきた。我々医療を行う側から見た最大の問題点は、この法案が精神科医と裁判官に要求する再犯の予測は、日本精神神経学会の報告にもあるように、世界的な水準でみても不可能であるということである。
 これに対し、この法案を推進しようとする側の根拠は、精神科医は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)における措置入院の判定において、日常的に「自傷他害のおそれ」について判断しており、これは法案における再犯予測と同一のものではないかというものである。我々は以下に、この両者の予測が同じものではあり得ないこと、同じであるとすると様々な矛盾が生じることを明らかにする。


<「修正案」は法案の性格を何ら変えたものではない>
 「修正案」において、「入院をさせて医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合」等が「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、入院をさせてこの法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」等に修正されたことをもって、「再犯のおそれの予測」への批判に配慮したものであると評価する向きがある。しかし、これは誤りである。まずもって「同様の行為の再発の防止を図……ることを目的とする」としている第一条「目的」は変更されていない。また、上記修正によっても、「同様の行為を行うことなく」と明言されている以上、不可能な「再犯のおそれ」を要件としていることはいささかも弱まっていないと考えるべきである。
 そして、こうした本質の不変にもかかわらず、文言においてそれを曖昧にするため、「この法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」などと、未だ定義されていない「この法律による医療」を持ち出すことによって、結局のところ対象が不明確となってしまっている。この法律で定義すべき医療対象の要件に「この法律による医療」を入れることは循環論法であり、拡大解釈を著しく許容するものとなっている。「修正案」は、政府原案よりもより問題が多いものであると理解すべきである。また、治療対象である精神障害を原案の「心神喪失及び心神耗弱の原因となった精神障害」から因果関係を削除し「対象行為を行った際の精神障害」へと変えたことは却って法論理矛盾を招くものとなっている。

I .両者の「おそれ」判断を同一視することの結果
 措置入院における「おそれ」の判断は、精神保健福祉法の「本人の医療及び保護のため」という目的をもとにしている。一方で、法案の目的は「同様の行為を行」わないことであり、重大な他害行為の予防である。ここにおける医療はあくまでも社会の治安保全のために行われる。社会のための判断は、医療判断とは異なる。医療とは本人の利益のためのものであるからである。「社会のため」と「本人のため」では、「おそれ」判断の基準は当然異なる。同じものであると強弁しても、結局は違う結果が帰結される。
 それだけではない。措置入院はまがりなりにも本人のためのものであるから、もし措置解除の後に事件が起こっても医療の原則における医師の裁量として正当性を主張できる。しかし、法案においては、その目的に照らせば、再発事件は社会的に許容されない。

.両者の「おそれ」判断は、如何なる点で異同があるのか?
1)「自傷他害のおそれ」は行為の内容を特定したものではない。

 精神保健福祉法では措置症状の状態の基準が告示で示されている。しかし、自傷他害のおそれの行為は簡単に例示されているのみであり、同様の行為という形での限定もされていない。つまり、ここでは病状に重点が置かれているのであり、おそれの行為は漠然としているし、それでよしとする医療及び保護の枠組みとなっているのである。
 一方、法案において予測されるべき行為は重大な他害行為である。法案に規定された手続きに導かれる行為が殺人であったとすれば、法案に規定される「同様の行為」も殺人である、とする解釈が自然である。しかし、「同様の行為」は重大な他害行為を指すとする広い解釈も不可能ではない。「同様の行為」が何を指し示すか、法案提出者は明確にしなければならない。もし、「行為」の定義が不明確なら、そもそも予測という事自体が原理上不可能であるからである。

2)予測の将来時間幅は同じか
 措置入院の「おそれ」判断は、病状から直接知覚される、極く近未来の予測であると解釈されるのが通常である。一方、法案における予測の時間の長さはそれよりも長いと考えるのが自然である。もし両者の「おそれ」および予測が同一であるとするならば、それらの時間幅を明示しなければならない。この時間の問題においても、本人のためか、社会保全のためかで幅が異なることは自然である。

3)措置診察と法案の予測鑑定の期間設定の決定的違いは何故か
 法案では、鑑定において、再び精神障害のために同様の行為を行なうかどうかについての鑑定のために、二カ月または三カ月の期間を上限においている。措置診察は通常数時間で行われるのであり、全く時間の幅が異なっている。
 措置診察は精神保健福祉法に基づく医療判断であるから、医療としての常識的診察として比較的短時間で行なわれているのである。また、精神症状に重点を置いてのつながりにおいて「おそれ」を判断するが故にこの程度の時間で行なわれているのである。法案の鑑定は全く別次元のもの、すなわち司法的な保安処分と実質において同じであるからこそ、月単位での時間幅を鑑定において取っていると考えるのが自然である。
 このような鑑定を措置診察と同じものであると主張するのであれば、その判断に要する期間に何故このような決定的違いを設けたのかを説明しなければならない。

4)法案の強制入院等は不利益処分ではないか。
 法案の鑑定入院、指定医療機関への強制入院は本人の利益になる、との説明をしている。しかし、それらがいわゆる不利益処分であることは明確であろう。少年審判における処分も不利益処分であることは最高裁判決でもほぼ確定している。措置入院についても、行政手続法の定義では、不利益処分である可能性が高いが、あくまでも本人の医療保護のためという目的の範囲においてのものである。しかし、法案は、心神耗弱であっても刑罰に代えて強制入院等を科すことできるのであるから、その社会保安的意味は措置入院とは比較にならない。従って、この法案における予測判断と措置のおそれ判断が同じとするには、少年法、措置入院、本法案の法的性格の同一性と違いを明確にしたうえで説明しなければならない。それでもなお同じ、というのであれば、法案を作る意味は無い。

5)審判は司法判断であり、法案の法的性格は実質的保安処分ではないか。そうでないとすれば何か
 少年法では審判は家庭裁判所の裁判官が行なう。措置入院では都道府県知事に指定された指定医が措置診察を行ない、それに基づいて、知事が入院等の処分を行なう。法案では、精神科医の予測鑑定に基づき、措置入院とは異なって自動的に知事が処分するのではなく、地方裁判所で裁判官と精神科医が合議で審判を行ない決定する。それは精神科医が加わっていても法案に明記されているように裁判所の決定・審判である。決定は司法処分であり、司法処分に従って特別病院に収容するのである。これは1981年12月の保安処分(治療処分)と同一の構造である。この時の治療処分は起訴という司法手続きのもとで行なわれる。従って犯罪行為の事実認定における証拠のチェックは刑事訴訟法に基づいて行なわれる。法案においては捜査記録はノーチェックで審判に付されることとなり、予断がそのまま審判に影響を及ぼすこととなる。
 政府は法案が保安処分ではなく、予測判断は措置入院と同一という論理を主張する。しかし、治療処分からは、司法手続きの防御権を大幅にはぎとり、措置入院からは本人の医療・保護という理念と医療の迅速性をはぎとり、実質的保安処分−長期予防拘禁に簡便な手法を無理に合法化させただけという形式を残した。

 以上、予測すべき行為の内容、予測の時間幅、予測の判断の鑑定・診察に要する時間、不利益処分かどうか、司法判断と医療判断の違いという次元において、措置入院と本法案の予測判断の違いと問題点を指摘した。この両者の判断がどうして同じになりうるのか、政府は、判断をする裁判官、精神科医、何よりも、国民に説明しなけばならない。
 これまでに明らかにしたように、両者の判断を「同じ」、ということは不可能である。しかし、なおそれでも、同じ、というのであれば、現在の措置入院制度の実体の検証、改革という道をとらないで、このような理不尽な法案を新たに作る理由を明示しなければならない。

III .措置入院の予測判断とは異なるということは何を意味するのか
1)措置入院と本法案の性格とそれぞれの予測は異なるということが、私たちの主張してきたことである。 

 措置入院は、本人の医療と保護のため、という事によって、本人の不利益、不必要な長期な拘禁を排除する根拠が得られる。現実の措置入院の非人道的実情もこの原則から検証すべきである、ということできる。
 法案の予測は重大な犯罪行為を行ない、不起訴等になり、再び病状のために、同様の重大他害行為を行なう事の予測である。世界のこの領域の研究は、危険性概念からリスク評価に劇的に変貌し、その研究によっても、予防拘禁の正当な根拠は得られないということが強く示唆されている。例えば、衆議院での議論における再犯率(所謂ベースレート)8パーセントの集団を考えると、欧米の再犯予測研究の水準をあてはめると実に8割の人が再犯を犯さないのに再犯するという予測により拘禁されることになる(日本精神神経学会の精神医療と法に関する委員会報告、「再犯予測について」を参照)。これが偽陽性問題である。また、再犯を犯さないと判断されて法案の指定入院医療機関を退院する人の中から再犯を犯す人が必ず出てくる。再犯防止を目的とする法案の施設は社会の非難の集中を受け、退院の判断ができなくなり、無用に対象者を詰め込む他なくなるであろう。措置入院でも無用な長期在院が問題となっているのである。
 また精神病質について、政府は責任能力があるので法案の対象にならない、と答弁しているが、現在でも責任無能力とされている場合が少なくない。この領域は治療適応性に問題があり精神科治療の強制入院になじむかが大きな問題なのである。

2)予測未来の時間問題も重要である。
 法案における予測の時間幅は、病状から直接導かれる近未来ではない。病状のみからでなく、犯罪歴や、その他の人口学的、社会的要素から導かれる偏見と直接隣り合う項目からなる、半年、一年以上の保安的要素の入った時間幅となる。
 法案の鑑定は再犯予測鑑定であり、司法的保安処分鑑定であるが故に長期の期間設定をした。しかるに、肝心の検察段階の司法手続きや、責任能力鑑定の矛盾、それに伴う措置診察の問題は手付かずとなった。このような司法における検察優位主義、職権主義、秘密主義だから名古屋刑務所のような事件が常態化されるのであろう。法務省の矯正局長のポストを検察官が占めているということの問題性を指摘する意見にも耳を傾ける必要があろう。
 予測される対象の集団の限定、予測対象の限定、その集団における再犯のベースレート、予測期間を明確にして予測を行なう必要がある。ところが、政府は措置入院による現行の自傷他害のおそれと同じであるという「同じ論」によりかかり、この問題を論じることができない。出来ないのも当然で、予測の学問的枠組による研究においても法案を正当化する学問的根拠が世界的にも無いからなのである。

3)法的性格は実質保安処分である。
 保安処分であるなら保安処分としての司法的適法手続きが不可欠である。81年の法案はその司法の枠を持っていた。政府は今回の法案を保安処分ではないとするが、それならこのような法案は否定すべきである。現状の措置入院に不備がある、との理由でこのような法案を提出する前に、どこに不備があるのかを明確にしてそれを検証し、その不備の改革方針を示すべきである。

IV.付言〜「それではどうするのか」との問いに答えて
 法案批判をしていると、「じゃあどうしたらいいのか」「今のままでいいのか」といった批判を受けることがある。そもそもこうした批判は、法案がいくらかでも現状を改善する場合にはある程度正当性を持つであろう。しかし、私たちがこれまで4度にわたり指摘してきたしまた今回の声明においても述べているように、法案にはこうした点が全く見られず、運用上も破綻することが最初から明らかな以上(私たちの声明第4弾でそのことは明らかにした)、最初からこうした論難は根拠がないと考えてよい。そして、私たちは決して今の司法と精神科医療をめぐる状況がこのままでよいと考えているわけではなく、改善を要すると考えており、その具体案を既に声明第3弾で提示している。骨子のみをここで繰り返せば、被疑者・被告人に精神障害が疑われる場合、治療必要性・治療適応性判断を、法的判断の終局決定に先行させ、起訴前精神鑑定を精神保健鑑定に附属するスクリーニング鑑定へ吸収させること、および医療が緊急に必要な場合には勾留執行停止を活用し、矯正施設における医療を充実させること、である。この声明は既に1年半以上前に提示したものであるが、最近ようやく明るみに出て議論が始まりつつある刑務所における医療の問題の存在も先取りした内容を含んでいる。

おわりに
 以上、法案の再犯予測が、措置入院のおそれ判断と「同じ」としても「違う」としても、決定的な矛盾につきあたることを示した。法案が成立しても運用そのものが崩壊するであろう。法案の法的性格と構造が決定的に矛盾しているからである。このような法案を作成する過程に問題があると言わざるをえない。国会は本法案を廃案にして、問題の初心にもどり、精神科医療改革と司法改革の大道にもどるべきである。

精神科医療懇話会
連絡先:高木俊介(ウエノ診療所)  shun-t@mbox.kyoto-inet.or.jp
    吉岡隆一(京大病院精神科) hanasu@nifty.com


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