2002.7.9 「法務委員会厚生労働委員会連合審査会」レジュメ
日本精神神経学会評議員・精神医療と法に関する委員会委員
多摩あおば病院 精神科医 中島 直「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」の問題点 まず、前提として、医療は本来本人のために行われるべきものであること。
措置入院を含む強制入院下においても、その視点を忘れては医療としての本質を失う。
論者は多数の刑事精神鑑定に携わり、県立病院に勤務して殺人等の触法行為歴を有する精神病者の治療も行い、刑務所・拘置支所・少年鑑別所に勤めて収容者の医療にも従事してきた。1.「再び対象行為を行うおそれ」の判定は不可能であり、欧米の研究をもとにしても、「真の対象者」より多くの「本当は対象でない者」を拘束することとなる。再犯率が低いと考えられる本邦においては、さらに問題が大きい。
(1)多数の偽陽性者が生まれる
「再び対象行為を行うおそれ」の判定は100%は行い得ない⇒必ず偽陽性(false positive、本当は解放しても対象行為を起こさないにもかかわらず「おそれがある」と判定されて拘束される人)が生じる
それがどれぐらいの割合で生じるか?
英米の研究:的中率およそ50〜80%のばらつき
方法によってもばらつきがあるが、どの集団にその方法を適用するかによってもばらつきが大きい⇒英米のように多数の研究があるところでも未確立。本邦の集団にはどのように適用されるのが適切かは全く白紙の状態。研究が乏しい
「的中率」は予測がそれだけ当たるということを示しているわけではない
(的中率70%すなわち10人に7人当たるということではない)
感受性(実際に再犯を犯す人を見逃さない率)、特異性(実際には再犯を犯さない人を間違えて「犯す」と判定しない率)ともに70%だった場合、
母集団の再犯率が20%とすると、
100人の母集団にこのテストを適応すると、
実際に再犯を犯す20人の70%すなわち14人が、「再犯を犯す」と予測され、
実際には再犯を犯さない80人の100-70=30%すなわち24人が「再犯を犯す」と予測されるため、
「再犯を犯す」と予測された合計38人のうち24人(63%)は実は再犯を犯さない人であるということになる。つまり10回に6回は間違う!(Szmukler)精神障害者であっても、その必要がないのに、強制的に拘禁され治療を加えられることはあってはならないことである(精神障害者が対象であっても不必要な強制入院は損害賠償請求の対象となり得る)。自発的入院でいい人はそうすべきだし、外来治療でいい人はそうすべきである。新法案では、強制入院の必要がない人を、多数、強制入院させてしまうのである。
(2)「おそれ」判定にまつわる別の問題
臨床の現場での判断は当たるか、当たらないかの論争(Dolanら、Nijmanら、他)⇒治療効果の判定の難しさ。
精神病とされると却って暴力のリスクは小さくなる、再犯の予測因子としては精神病者もそれ以外も変わらない(Harrisら、他)⇒精神障害者のみをとりあげることの不合理性。
母集団の再犯率が低いと的中率が下がる(Mullen、他) 再犯率は英米では10数%程度、日本は7.1%(山上ら、重大犯罪はもっと低い)
長期を予測しようとすればするほど不正確になる
米国:maximum security hospitalsから966名が解放されたが20%しか再犯しなかった、しかも大多数は非暴力的な犯罪であった(Steadmanら)⇒危険とされていても実際には危険でない人が多い。しかもその事実は解放してみないとわからない。(3)措置入院の「おそれ」と本法案の「おそれ」
措置入院における「自傷他害のおそれ」と本法案の「再び対象行為を行うおそれ」とは明らかにその趣旨が異なる
@措置入院は現在の症状に基づく「おそれ」を判断する、法案では将来の「おそれ」を判断する
A措置入院の大半は急性症状の消退とともに解除されている
B但し現行の措置入院の運用も問題。不当な長期入院の報告も少なからずあり。
⇒@精神医療審査会の機能強化 A実態調査 が必要。(4)オックスフォード精神医学教科書の記載
坂口大臣が判定可能の根拠として引いたオックスフォード精神医学教科書は、むしろ予測の難しさ・予測にまつわる問題を真剣に検討したもの(精神科医が社会的にそれを求められることについて、その苦悩を示している)
「予測は非常に難しい、とりわけ未来に関するそれは」
「現実の世界では、将来の暴力や犯罪行為の確率を予測するには、感受性(結果を予測する際の正確さ)と特異性(予測された通りに行為する人だけを特定できる程度)は、100%には及ばない。」
「重症の精神障害者によって犯される殺人はきわめて稀なので、殺人をおかす患者を事前に予言しようとすれば、必然的に多くの患者を誤って危険であると判断することになる。その上実際には、我々は結果を考えて今の判断をする。例えば、安易に措置入院(civil commitment)とすることを避けることは、近未来の重大な危険を許容するという代価にもかかわらず、将来の治療同盟を確立する可能性を高めるかもしれない。そしてこの治療同盟は長期的には危険を減少させるであろう。あらゆる患者が将来に暴力行為を犯すすべての可能性を摘みとろうとすることは、広範囲に強制力を行使することにつながり、精神医療従事者をますます監督的かつ管理的な役割へと追い込むことになるであろう。」
「結局、我々はこのような予測や予防機能を遂行する我々の能力に対して謙虚でなくてはならない。」2.新法案は、迅速な医療が保障されず、また医療の継続性が寸断されるなど、医療面でもマイナス面が大きく、本人のためという視点でも、あるいは仮に再犯予防という視点に立つとしても、現行より改悪となるものである。
(但し、ここでは触れないが、現在の制度や運用にも種々の問題がある)(1)迅速な治療開始が不能になる
特に重い精神病者で、症状の苦しみから触法行為を行ってしまったような場合、その苦しみが重いうちにきちんとした治療を始めた方が、治療意欲も生まれやすく、状態も改善しやすいと言われています。従来のやり方も理想的とは言えませんが、逮捕・勾留期間の23日間ぐらいのうちに病院に移され本格的な治療が始められる例が多いのです。しかし、新法案になると、本格的な治療が始まる前に、さらに2〜3ヶ月の鑑定入院が入ります。鑑定入院中には、最低限の薬物療法などはできるでしょうが、本格的な治療の開始はできません。例えば本人が事件についてどう認識しているかなどは、鑑定の場においては本人の認識をありのままに聞くのが重要ですから、例えばそこに病的なものがあったとしてもそこに強く働きかけていくようなアプローチはされないことになります。また一般の治療では患者が医師に語ったことが他には明かされないという守秘義務が守られるのに対し、鑑定ではそれが裁判所に報告され、しかもその情報がその人をどのように処遇するかの決定を左右するわけですから、信頼関係は非常に成り立ちにくくなります。かくして、新法案では、本格的な治療の開始は現行制度よりもさらに遅れることになります。逮捕 精福法※25条通報
現在│ 23日間 │(措置入院等、医療開始)逮捕 33条申立て
新法│ 23日間 │ 鑑定入院(2〜3ヶ月)│ 新法に基づく入院 (無期限)
※精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(2)退院が困難
新法案に基づく入院に至ると、狭い意味での入院治療はそこでできるかもしれません。しかし、この入院施設は数が限られているため、自宅から遠く離れた施設である場合が多いわけですから、退院を目指しての家族の面会や職員と家族との話し合いにも支障が生じます。単身でアパートを借りて住むのは、現在の通常の病院からですら困難(精神病院からの退院であるというと、なかなか部屋を貸してくれるところがない)なのに、さらに大きな困難を背負うことになります(「指定入院医療機関からの退院」と言って部屋が借りられるか?)。(3)長期フォローは手探り状態となる
重篤な精神病の多くでは長期にわたる通院が強いられます。最終的には自宅近くの病院や診療所に通院することになる人が多いでしょう。本来は事件の際の症状の苦しみを治療に活用できるのがよいわけですが、新法案では最も重視されるべき時期を「鑑定入院」という形にして治療の好機を逃し、その後は指定入院医療機関への入院、指定通院医療機関への通院として治療を寸断し、最終的に自宅近くの医療機関への通院が開始されるころには事件のころの症状の苦しみは薄められ、再発予防やその徴候の早期発見への意欲も弱まった状態で、その苦しみのあったころを全く知らない医師によって治療が継続されることになります。再発の予防という観点でも大きなマイナスです。(4)うまくいっている実践すらも破壊する
不幸にして触法行為が治療の契機となる精神障害者は確かに少なからず存在しますが、その全てが治療がうまくいっていないわけではなく、それを契機に治療につなげ良好な治療関係が継続している人たちも多数いるのです。本法案が成立すれば、これまではうまくいっていた人たちが、一旦遠方の治療施設を経由させ、回り道をさせられることにより、その治療が破壊されます。対象行為を行った者に限らず、適切な精神科医療は、適切な人的資源や施設の保障に裏打ちされた、多様な実践と、それが適切に情報公開され、選ぶ権利も保障されたところで成立する。それこそがまず実現されなければならない。
本法案は、本来拘禁されるべきでない人を多数拘禁に追い込み、また治療を却って悪化させるものである。参考文献(いずれも論者著)
いわゆる「触法精神障害者」問題はどこへ行くのか. 岡崎伸郎編: メンタルヘルスはどこへ行くのか, 批評社, 223頁
精神障害者をめぐる刑事司法手続きとその問題点. 精神経誌103巻655頁
(現状の刑事司法手続きの流れに沿い、精神障害者がいかに扱われているかを検討し、現行の運用の問題点を明らかにしたもの)座談会「重大犯罪を犯した精神障害者」問題をめぐって. 精神医療26巻86頁
(上記と同趣旨、一部今回の法案批判も含む)触法精神障害者の問題をいかに捉えるか−第95回総会シンポジウム『司法精神医学の現代的課題』に関連して−. 精神経誌103巻310頁
(山上晧氏の新法必要論に対し、その論拠は全て現行の制度上の問題ではなく運用上の問題であり、新制度が必要である論拠にはなっていないことを示した)精神病院入院中の精神病患者が他害事件を起こした際の民事裁判判決の検討. 精神経誌103巻341頁
(いわゆる北陽病院事件を含む13例の民事裁判判決を検討し、判示は加害者の病歴や直近の病状から個別的に適切な対応がとられているか否かで判断されるべきであることを述べ、日本精神科病院協会が主張するようにこれらの裁判例の存在が新制度の必要性を裏付けるものではないことを明らかにした)拘置所・一般刑務所における精神科医療. 精神医療26巻22頁
(矯正施設内の精神科医療について紹介し、問題点を明らかにした)
池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 「心神喪失者医療観察法案」の審議の経過 国会審議の論点 「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会 重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向 「隔離新法」 国会上程反対 速報! 国会議事堂前抗議行動! 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)(更新020324)
- 新法骨子関連 2002年2月14日
- ・自由民主党 触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム第11回会合 <議事次第>
- ・重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子
- ・精神障害者の保健・医療・福祉の総合計画(仮称)に盛り込むことを検討中の主な内容
- ・触法処遇制度(案)骨子【図】
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