<読売新聞2002年6月29日>
論点 「再犯予測慎重に検討を」 <写真> 高木 俊介 精神科医
東京医科歯科大学の山上皓氏は、「司法精神医療の確立を」と題した「論点」を本欄五月二十三日に寄せている。現在国会審議中の「心神喪失等の状態で重大な多害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」について、山上氏は非常に高い評価を下している。
しかし、精神科医、法律家、の間には、この法案に対して強い危惧の声も生まれている。
まずこの法案のきっかけとなった池田小事件の犯人は、現在責任能力有りとされて起訴されており、法案の対象者でなくなっている。検察がこのような起訴、不起訴を決めるための主要な資料としている起訴前簡易鑑定の不十分さについては、以前から指摘されていた。ところが今回の法案は、問題の多い検察段階での責任能力での過程については、何の改善も図られていない。
次にこの法案の中でもとりわけ問題あるのは「再販予測の可能性」だ。法案は、審判で将来の再犯危険性の有無を判定する。したがって、そもそも「再犯予測」が可能なのかどうかということが、慎重に検討される必要がある。
間違った予測によって必要もないのに拘禁される者が出る可能性も踏まえた人権保護が、論じられなければならない。なぜなら、予測には誤りがつきものであり、ことに今回の法案が扱うような重大犯罪のように、もともとの絶対数が少ない出来事の予測ほど、誤りの可能性が増すからである。
この再犯予測の問題について、坂口厚生労働大臣は国会審議で英国の精神医学の教科書に「再犯予測は可能である」とあると答弁した。しかし、その教科書には、「(予測には)明確な誤りの可能性があり」、「(精神科医は)予測の能力に対して謙虚でなければならない」と書かれている。米国の代表的な教科書にも、「精神科医は信頼できる正確さをもって将来の暴力を予測できないことが、すべての研究で示されている」とある。ところが山上氏は、措置入院を決定する際の、現在の状態基づいた短い期間の予測と、この法案における将来の犯罪行為の予測と、この法案における将来の犯罪行為の予測とを同列に論じ、「観念的な論議にこれ以上時間を費やすべきでない」としている。将来の予測については、より「謙虚」であるべきだろう。
また予測の問題以外にも、法案には事実認定の問題、弁護権の不十分さなどの批判が、法律関係者から出ている。
ところで、諸外国には保安処分があるということが今回の法案賛成の根拠となることがある。しかし、典型的な保安処分があるドイツでは、起訴が原則で収容は公判で決定される。英国での病院収容命令には、再犯予測用件はない。いずれも、この法案よりもかなり厳格であるが、それでも収容の長期化や人権条約違反判決などの厳しい批判がある。こうした事実を抜きにして、諸外国では「うまくいってる」と主張するのは公平でない。
では、どうすればよいだろうか。根本的な改善が必要なのは、起訴前の責任能力判断過程の改善だ。現行では責任能力判断が司法が最初に行い、その判断によって医療が始まる。これを根本的に改革して、真に医療が必要な者には医療をまず提供し、刑罰を受けるだけの責任を負える者には刑罰を科するという原則にのってる必要がある。改革のポイントは、精神医療が引き受ける範囲を明確にして責任能力判断の厳正さを確保し、その上で限定的な責任能力者への矯正施設での医療を充実させることだ。
今回の法案は、そのいずれもが不十分であり、かつ重大な人権侵害が懸念される。先進国の市民社会が携える法として、評価に堪えるものではないと言わざるを得ない。
日本精神神経学会会員。京大病院精神科助手を経て、ウエノ診療所(京都府)勤務。45歳
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- 新法骨子関連 2002年2月14日
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