全国精労協Home>資料庫>国会審議等

Oxford教科書に関する政府答弁の欺瞞

2002年6月2日

高木俊介(精神科医療懇話会


政府案における「再犯予測可能の根拠」についての検討
   〜New Oxford Textbook of Psychiatry 2000 〜 抄訳

 これまで政府、厚生労働省はこの法案の心臓部である「再犯予測の可能性」について、予測は可能であると断定してきた。
 例えば、5月27日の全国精労協の厚生労働省交渉では、障害保健福祉部 精神保健福祉課 課長補佐:岩田和昭が特別立法について回答する中で、「通常の精神科医であれば予測可能と考えている。海外のデータ文献にできるとある」と発言し、5月28日の衆議院本会議では、坂口力厚生労働大臣の「現代の精神医学、例えば、国際的に標準的と言われているオックスフォード精神医学教科書、2000年版によると、精神科医が予測をおこなうことは当然とされており、その者の精神障害の類型、過去の病歴、現在および重大な他害行為を行った当時の病状、治療情況、病状、および治療情況から予測される将来の症状、重大な他害行為の有無および内容等を考慮して慎重に鑑定を行うとにより、再び重大な他害行為を行うおそれの有無を予測することが可能であると考えておるところでございます」との回答があった。「その者の精神障害の類型・・・」以下が坂口厚労相の考えなのか、教科書の記載なのかは明かではないが、政府が「再犯予測は可能である」と断じる根拠は、この「国際的に標準的な」教科書に依拠したものである。

 New Oxford Textbook of Psychiatry 2000(以下Oxford)の内容を以下に抄訳・解説して紹介し、この教科書の記述は政府・厚労省関係の答弁内容とは異なり、それどころか正反対のものであることを実証しておく。
 
 Oxfordでは、pp.2066-2078 が「11.4.3 危険性、リスク、可能性(蓋然性)の予測(Dangerousness, risk, and the prediction of probability)」という章であり、再犯予測について書かれているのはこの章である。執筆者は、Paul E Mullen 。
 章題のすぐ下に、「予測というものは難しい、特に将来に関しては」という Niels Bohr のエピグラムがついている。

 まず結論を先に見ておこう。
 最終段落(pp.2076)に、映画「beautiful mind」で日本でも有名になった統合失調症に罹患した数学者 John Nash の人生が述べられて、
「個々のケースにおいては、統合失調症のような病気の結果について、未だにまったく予想が困難なのである」
と主張されている。もちろん臨床の専門家として我々は、
「我々の行うリスク評価やリスク・マネージメント戦略が、できるだけ効果的であるように心砕かなくてはならない」
が、しかし、
「我々はこのような予測や予防機能を遂行する我々の能力に対して謙虚でなくてはならない。」
と結論されている。
 つまり、この章全体が危険性や暴力、犯罪の予測の困難性について書かれている。

 章題の次の前書き部に、重要なこととして、
「1.患者が他人を害するような行為を行う可能性を評価することは正当な臨床行為である。
 2.患者を危険性やリスクがあるとみなしたり、このようなラベルの意味を理解することは、社会文化的コンテキストの中でなされ、必然的に構築物(construct)である。」
と書かれている。つまり予測や評価の使用は社会的文脈によるとしているのである。

 以下の各節は次のようになっている。


1)From dangerousness to risk
  危険性が実体概念であるのに比べ、リスクは統計的概念であり、より科学的なものであることが説明されている。
2)The limits on engagement in risk assessment by mental health professionals
3)Practicalities of prediction
4)Actuarial and clinical approaches
5)A model for assessing and managing the probavility of violence
  Pre-existing vulnerabilities
    Gender, Age, Personality, Intellectual function, Neurological factors
    History of abuse in childhood, Idiosyncratic sensetivities,
    Histories of conduct disorder,delinquency,and adult offending,
    Facility with violence,
  Mental disorder
    Psychiatric history
  Substance abuse
  Long-term social and interpersonal factors
    Social networks
  State of mind
    Stress and options, Current emotional state, Dlusions, Hallucinations,
    Passivity experiences-ideas of influence, Catatonic movement disorders,
    Emotional blunting, Clouding of consciouness and confusion, Mood disorder
    Threats,
  Situational triggers
  Probability of violent behaviour
6)Conclusion
7)References


という構成になっている。

5)節にこれまでの多くの研究が網羅された上での上記結論である。因みに、文献は1999年のものまでが載っている。

2)節「精神保健の専門家がリスク評価に従事する際の限界」(pp.2068)

 リスク評価に専門家がかかわる際の倫理要項を挙げている。
 「・・・リスク・マネジメントに内在する倫理的なジレンマはこの章を通じて強調される。倫理規範に照らせば、精神保健の専門家は以下の基準を満たす場合に限りリスク評価に従事すべきである。
1.臨床的判断決定に至るには、十分な経験的証拠の集積がなければならない。
2.精神保健的要因が個人の臨床像を顕著に特徴づけるものであり、将来における有害な行動の可能性に対する潜在的重要性をもったものでなければならない。
3.評価は特定の個人の関連のある特徴に基づかなければならない。そして、例外的状況でなければ、少なくとも一部はその個人の直接の診察から得られたものでなければならない。
4.リスクは(危険性の属性ではなく)確率として表現されるが、明確な誤りの可能性および予測が変化する可能性をともなう。
5.いかなる予測も、患者に関係することとして配慮されるよう公式化される。精神保健の専門家は、市民同士の(死刑宣告におけるような)死に関わったり、もっとも例外的な場合でない限り自由刑を引き延ばす立場にはない。
6.予測の動機は一次的には患者により良い治療とケアを提供することである。

 今回の法案に関連しては、「4.予測の過誤の可能性」および5. 6. が重要であろう。

 3)節「予測の実際」(pp.2068)。参考※

 ここでは、false positive の問題が大きく取り扱われている。大要は精神科医療懇話会声明第4弾に載せた予測の誤りが引き起こす過剰拘禁の問題と同じであるが、予測法の感受性と特異性という現代統計学の用語を用いてより詳細に論じている。その結論部を訳すと、「重症の精神障害者によって犯される殺人はきわめて稀なので、殺人をおかす患者を事前に予言しようとすれば、必然的に多くの患者を誤って危険と判断することになる」(pp.2069)
とある。そして、極端に走ることの危険を警告している。
「あらゆる患者の将来に暴力行為を犯す可能性の全てを摘みとろうとすることは広範囲に強制力を行使することにつながり、精神医療従事者をますます保護的かつ管理的な役割へと追い込むことになるであろう。」

 4)節「統計的アプローチと臨床的アプローチ」(pp.2069)

 従来の臨床的研究方法と現代の統計的研究方法が比較されており、現代的方法の革新性を認めながらも、その行き過ぎをいましめて、従来の方法との統合を主張している。
「90年代になると、そのような臨床家の危険性予測の正確さを立証しようとする伝統的研究に替わって、リスクについての統計的方法を確立しようとする研究が現れた。リスク評価においては、統計的方法に基づいて、将来の攻撃性の可能性と諸要因との間の関連を経験科学的に確立しようとしてきた。」
しかし、必要なのは両方の方法の統合であり、
「Chiswickは、臨床的判断は今でも我々のもっとも良質な評価ツールであると主張している。・・・パターンを認識する臨床家の能力を無視することは、統計的証拠を無視するのと同じくらい愚かなことである。」

 これに続いて、「暴力の可能性の評価とマネジメントのモデル」という節では、これまでの文献をあたって、種々の要因について網羅的かつ批判的に検討している。

 そのような検討を経た上で上述のような結論に至るのである。

 したがって、この章以外に、これに相反するような記述がOxford教科書にみられるのではない限り、政府・厚労省答弁はずさんな誤りに満ちたものと言えるであろう。

                              


参考※

オックスフォード精神医学教科書3)節「予測の実際」より

New Oxford Textbook of Psychiatry, 2000
p 2069


Can mental health professionals really be held responsible for failing to recognize in advance that a particular patient would commit a serious act of violence?

Underlying the homicide inquiries in the United Kingdom, and the litigation, particularly in the United States, is the assumption that they can be and will be.

With the benefit of hindsight, errors of judgement and derelictions of duty can appear glaringly obvious.

Would any responsible doctor discharge a patient 48h before he killed himself, let alone fail to admit a disturbed psychotic who was within hours of killing his mother?

Knowing for certain what has happened is of great assistance in reconstructing those factors which clearly indicated approaching danger.

Homicides are committed so rarely by the seriously mentally disordered that attempting to predict in advance who will kill will inevitably be accompanied by vast numbers of false accusations.

Furthermore, in reality we often trade off outcome variables, thus avoiding over ready resort to civil commitment may improve the chances of establishing a long-term therapeutic alliance, which in turn may reduce long-term risks, albeit at the price of tolerating a higher degree of risk in the short term.

Avoiding all probability of any patient committing a future act of violence would involve the use of widespread coercion and move mental health professionals into increasingly custodial and controlling roles.

後半部の対訳

 重症の精神障害者による殺人は非常にまれなので、将来誰が殺人を犯すかという予測しようとすることは必然的に多くの誤った予測による告発を生む。

 さらに実際、我々はしばしば結果のほうを重視する。そうして強制収容という安易な手段を避けることで、長い目で見た治療関係を確立する機会をふやそうとし、結果として長期的な危険性を減らすのである。短期的には、危険性が高くなるという代償を払っても。

 あらゆる患者の将来に暴力行為を犯す可能性の全てを摘みとろうとすることは広範囲に強制力を行使することにつながり、精神医療従事者をますます保護的かつ管理的な役割へと追い込むことになるであろう。


続きはこちら → オックスフォード精神医学2000年版翻訳その2・3  
高木俊介(精神科医療懇話会)2002年6月6日

参考:精神科医療懇話会声明第4弾


池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧

「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等

「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会

重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向

隔離新法」 国会上程反対 速報! 国会議事堂前抗議行動!

心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)(更新020324)


精神医療ニュースへ

全国精神医療労働組合協議会

事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2

ラボール京都4F 京都民間医労連気付

Tel/Fax: 075-811-5672

E-mail zenkoku@seirokyo.com

全国精労協ホームページ