「重大犯罪を犯した精神障害者」問題を巡つて


重大な犯罪を犯した精神障害者の治療のあり方に関するWG委員長   岡江 晃

全自病協雑誌第40巻第4号

1.はじめに


 「重大犯罪を犯した精神障害者」問題とは,すなわち刑事司法と精神医療の境界線
上に存在し,どのようなン則のもとに刑事法と精神医療に関する法的整備を行い,そ
れに従ってどのような施設を設置し運営していくのかということにつきる。


 しかし,ある意味で全く異質といえる刑事司法と情神医療とに重なり合っているが
故に、これまで制更変更の動きはあったもののその都度その都度頓挫し続けてきた。
60年代はじめから80年代半ばにかけて法務省は刑法を改正し「保安処分」制度を導入
しようとした。単純化すれば保安処分とは,.罪に対して罰という考え方でなく,罪
を犯した精神障害者という人間に対して治療処分という不定期刑を科すことである。


「保安処分」制度は,刑法学者や日本弁護士連合会等の消極論ないし反対,日本精神
神経学会等の反対により頓挫した。この過程で日本弁護士連合会は精神医療の抜本的
改善により問題を解決するという提案をしたこともあった。さらに,80年代末から90
年代はじめにかげて厚生省より「重症措置患者専門治療病棟」構想が出されたが,保
安処分推進の側からは不十分性が指摘され、精神医療の側にも同構想を受け入れる機
運は生まれず、これも頓挫した。


 今回の動きはこれまでとは多少異なった様相を示している。大きな時代背景として
,戦後日本を支えてきたあらゆる祉会の仕組みが破綻しつつあることは誰の目からも
明らかとなり,経済大国日本の先行きや,安全日本の神話崩壊・治安悪化の不安が拡
がっている。多数の人々が少年犯罪を含めて動機の理解しがたい犯罪が目立つと感じ
るようになり,犯罪被害者の権利意識も高まりつつある。こういうなかで,いろいろな
動きが始まった。

2.「重大犯罪を犯した精神障害者」問題に関する最近の動き


 今回の大きなきっかけは,99年5月精神保健福祉法改正の成立過程でこの問題に焦点
があてられたことである。厚生大臣は「犯罪を繰り返す精神障害者に対する犯罪予防
の観点から……保安処分問題として,刑法体系にかかわる重要な問題として議論がな
されてまいりました……人権上の問題その他意見が非常に多うございまして,これは
実現を見るに至っておりません。こうした精神障害者につきましては,他の精神障害
者と異なる処遇が必要であるという御意見もあることは承知いたしておりますが,し
かし一方,刑法体系との関係を含めて,今後幅広い観点から議論が必要であると考
え……検討を続けていきたい」などと答弁した。衆議院・参議院では「重大な犯罪を
犯した精神障害者の処遇の在り方については,幅広い観点から検討を早急に進めるこ
と」という付帯決議がなされた。


 そして01年1月には法務省・厚生省の合同検討会が発足した。主意書には「精神障
害者の犯罪は,最近,特に増加しているわけではないが,殺人,放火といった重大犯罪
に及ぶ例もまれではない……このような精神障害に起因する犯罪の被害者を可能な限
り減らし,また,重大な犯罪を犯した精神障害者が精神障害に起因する犯罪を繰り返
さないようにするための対策を検討することが必要である……重大な犯罪行為をした
精神障害者の処遇の決定および処遇のシステムの在り方など触法精神障害者の処遇の
在り方などを巡って様々な角度から協議・検討する場を設ける場を……」としてい
る。


 精神医療の分野においては,日本精神神経学会では触法精神障害者に関するシンポ
ジウムがもたれるようになり,他の様々な研究会や全国自治体協議会精神病院特別部
会を含むいくつかの団体でもテーマとして取り上げられたり,検討がなされるように
なった。


 なかでも活発に提言等を続けているのは私立精神病院の集まりである日本精神病院
協会である。同協会は法改正に向け,重大犯罪を犯した触法精神障害者は検察官通報
などに基づく「特別措置入院」とし,原則として国・都道府県立病院及び特別に厚生
省が指定した病院に入院させることなどの意見書を提出した。同協会会長は国会審議
の参考人として,触法精神障害者の対応は,厚生省,法務省,警察庁などで対策すべ
き等の意見を述べた。さらに法改正に向けての意見が受け入れられないならば,検察
官通報や矯正所長通報に基づく措置入院の受け入れボイコットの用意があるという声
明を大会において決議した。その後,同協会には,司法精神医療プロジェクトチーム
が設けられ,00年10月には提言も発表された。


 このように今回の動きは,過去の「保安処分」や「重症措置患者専門治療病棟」の
時よりもより幅広い分野で、現実的な議論がなされようとしている。少なくとも精神
医療の分野においては,日常臨床と関連する避けて通れない問題であるという共通認
識が出来つつあるように思われる。

3.刑事司法と精神医療の重なり合う領域における現在の問題


3−1 主に刑事司法の問題


 まず第一に,精神障害者の刑事責任能力についてである。84年最高裁判決以降,精
神分裂病者といえども重大犯罪を犯した場合には,幻覚妄想に支配され基づいた犯罪
以外では一定の責任能力を認める裁判例が多くなっている。


 ところが一方では,小犯罪を繰り返す例,家庭内での重大な犯罪の例,過去に治療
歴にある例などでは,“安易に精神医療に送られている”と臨床精神科医は感じてい
る。起訴するかどうかは検察官の裁量にまかされていること(起訴便宜主義)から,検
察敗訴になる裁判はしないという現実がある。そして“安易な不起訴処分”の根拠に
なっているのが,精神科医による起訴前簡易鑑定である。年間約数百件以上の起訴前
簡易鑑定がなされているが,数十分から一時間程度の診察で簡単な鑑定書が書かれる
ことが大半である。検察官が不起訴処分とし,検察官通報(年間約1000件。起訴前簡
易鑑定すら行われない例も多数にのぼる)を知事・政令指定都市市長におこない年間
約500件が措置入院となる。措置入院を引き受ける側の臨床精神科医は,一部の例に
おいて,幻覚妄想に基づいた犯罪ではないのに何故起訴されないのかと強い疑問を持
つこともある。あるいは殺人などの重大犯罪において,数ケ月をかけた起訴前嘱託鑑
定を経たうえで責任能カはないとされたとしても,検察官から正式に不起訴の理由が
通知されるわけでもなく,ましてや裁判官による少なくとも犯罪行為はあったという
認定もなく,措置入院になってしまう。讀罪まで臨床精神科医に押しつけられている
といっても過言ではない。


 さらにいえば精神科臨床では法的にも精神障害者の自己決定権を尊重する方向にあ
る。とすれば不起訴ということは,“裁判を受ける権利を奪う”という批判すら成り
立つ。


 第二に,精神障害者の訴訟能力である。逮捕時に精神病状態の陥っている覚せい剤
事犯者については,精神科入院治療により精神病状態が改善した後に再逮捕し起訴す
ることがかなり広く行われており,臨床精神科医としても納得できる。しかし覚せい
剤以外の精神障害者ではどのような重大犯罪を犯そうとも,起訴前に精神病状態に対
する精神科入院治療を行い訴訟能力が回復してから司法手続きを再開することはな
い。刑事司法か精神医療かの二者択一しかないことも制度上の大きな問題と思われ
る。


 また,拘置所や刑務所・医療刑務所での精神医療が不十分という批判もある。しか
し現行法を変えない限り,起訴前あるいは裁判中の未決の精神障害者に対して,拘置所
で本人の意に反した強制的な薬物療法を行える根拠はない。そして医療刑務所は実刑
確定後に送られるのであり,未決の精神障害者の精神科治療の場ではない。


 以上のように精神障害者の犯罪を巡って,主に刑事司法の側により解決を図らなけ
れぱならない問題がある。

3−2主に精神医療の問題


 まず第一に,“精神医療の貧困さ”である。昨年の医療法改正でも相当議論になっ
たにもかかわらず,精神病院の精神科医師数などの特例は撤廃されず他科の三分の一
に据え置かれた。そして公私を問わずどの精神病院でも,暴力や攻撃性が強く,薬物
療法に難治性であり,やむを得ず長期の隔離を要するいわゆる「処遇困難患者」を抱
えている。その大多数は過去に重大犯罪を犯していないし,措置入院であるとは限ら
ない。入院中であるので院内で重大犯罪を犯しても,殆どが刑事司法の対象とすらな
らない。マンパワーと施設の充実がきわめて切実な問題である。


 第二に,各自治体立精神病院は公的病院の役割ということから,重大犯罪を犯した精
神障書者の措置入院,私立精神病院での「処遇困難患者」の転入院を引き受けざるを
得なくなっている。特に大都市圏の自治体立精神病院では,他の県に比してはるかに
多くこれらの精神障害者を引き受け入院させている。


 確かに日本精神病院協会が言うように,全国の措置入院の約80%が私立精神病院に
在院しているのは間違いない。しかし京都府を例にとれば,府立洛南病院は全体の約
5%弱の病床であるのに,新規措置入院患者の30%から40%を入院させている。どの都道
府県でも似たような状況であろう。各自治体立精神病院は、それぞれ同規模の私立精
神病院に比較して,精神科医はせいぜい10%から20%程度多いに過ぎないのに,数倍、
時には10倍以上の措置入院患者を引き受けている。


 第三に,各大学精神科は,重大犯罪を犯した精神障害者の司法精神鑑定は引き受ける
が,臨床経険は極めて乏しく,長期的治療に関与する意欲も殆どない。


 以上のように精神医療の内部には争少のずれがあるが,重大犯罪を犯した精神障害
者に対する刑事司法に問題があり,精神医療にも限界があるという大枠の認識では一
致していると思われる。

4.おわりに


 おそらく時代背景から,刑事司法も精神医療も共に現状を続けることは許されない
であろう。すでに「保安処分」制度を持つ先進諸国においても,この問題は決して解
決されとはいえず、絶えず保安処分や精神医療の仕組みの手直しがなされているほど
困難な問題である。我が国においても法的あるいは施設面での何らかの新たな施策が
なされなければならないであろう。そして全国自治体病院協議会精神病院特別部会と
しても,何らかの提言をまとめる必要に迫られているといえよう。
(京都府立洛南病院副院長)


法務省・厚生労働省合同検討会

関連資料

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