全国精労協Home>資料庫 > 八尋弁護士

[特集ワイド]精神障害者事件、隔離医療に問題
…ハンセン病訴訟弁護団代表に聞く

<毎日新聞2001年7月10日


◇精神障害者の重大事件、隔離医療に問題点−−八尋光秀さんに聞く

 大阪・池田市の学校乱入殺傷事件を機に、精神障害者の犯罪をめぐる議論がわき起こっている。しかし、事件の重大さが注目されるあまり、精神障害者の人権がないがしろにされる危険性をはらむ。5月のハンセン病国家賠償訴訟の熊本地裁判決で原告弁護団代表を務め、精神医療問題にも詳しい福岡県弁護士会の八尋光秀弁護士(46)は「精神障害者の隔離医療は社会の偏見を助長し、生きづらくする点でハンセン病と通じる。隔離は患者を追い詰め、逆に罪を誘発している」と語り、隔離医療の全廃を訴える。【精神医療取材班】

 ――隔離医療の問題点は。

 ◆強制隔離政策は一見、「精神障害者」の治療を進める切り札のような顔をしているが、隔離政策が長期にわたるほど差別や偏見が社会にまん延し、人々に理由のない恐怖を与える。差別される側も、自分が社会から排除される存在だと思いこみ、委縮し、不安定な状況に置かれる。「精神障害者」には、もともと人間関係をうまく結びにくい人が多い。強制隔離でさらに生きづらくなり、閉鎖病棟に入れられることで社会におろした弱い「根」さえ引きちぎられてしまう。

 ――強制的な入院は、具体的にどんな影響があるのか。

 ◆社会から「嫌なもの」というレッテルを張られた特別の施設に連れて行かれることになると、「精神障害者」は、そんな所に行きたくないから病状を隠し、我慢してしまう。心の状態はどんどん悪くなる。

 ――ハンセン病政策と共通する気もする。

 ◆ハンセン病の患者にはもともとの生きづらさはない。だが、強制隔離の重さが社会に不合理な恐怖を植え付けた。自分から出られない場所に連れて行かれ、終生隔離によって、本来持っていた社会性を完膚なきまでに奪われた。ハンセン病の問題は強制隔離の全廃で解決に向かっているが、元患者が受けた被害は、今になっては容易に回復できない。

 ――福岡県には精神障害者の当番弁護士制度がある。

 ◆「精神障害者」の退院請求などの相談に無料で応じている。すべての入院患者は、秘密に弁護士と連絡を取る権利が法律で認められている。しかし、その受け皿がなかったので、93年に全国に先駆けスタートさせた。

 ――実際に病院へ行ってどんな印象を持ったか。

 ◆外から鍵の掛かった重いドアを開け、閉鎖病棟の中に入ると鳥肌が立つ。患者たちは私に「誰だ」という目を向けた後、「出してくれるのか」と期待の視線を注ぐ。着替える時のプライバシーがないほど病室は狭く、たばこの煙も立ち込め、環境は極めて悪い。こんな中で心の回復ができないと思った。

 ――どんなケースを担当したのか。

 ◆50回ぐらい行った。98年1月、40代の男性から電話を受け、2日後に出張相談に行った。入退院歴があり、働いている時に精神状態を崩し、ある民家に友達が来ると思い込んで侵入する事件を起こした。現行犯逮捕され、措置入院となった。面会で話を聞くと、不安定な状態は多少残っていたが、これぐらいなら大丈夫だと思い、1月中旬に退院請求し、3月25日に退院できた。退院請求しなかったら、半年か1年は措置入院していたはず。その中で彼が壊されるものはすごく大きかっただろう。

 ――ほかには。

 ◆事実上、二重三重のペナルティーを受ける例は多い。ある男性は91年に窃盗事件で懲役2年の刑を受けた。2年後に出所する時の診察で、精神病を疑われ措置入院になった。社会の空気を吸うことなく、そのまま閉鎖病棟に送られ8年になる。

 彼は40代半ばから50代の半ばまで10年間、自由を奪われてきた。刑事処分を受ける前は、簡単に人から借金してしまうことはあったが、ブルドーザーのような特殊機械を運転して自活できていた時期もある。人生の大切な時期に長期間隔離されると、社会性はなかなか取り戻せない。彼は私に「一度は結婚したかったですよ」と言った。

 ◇法廷で罪と向き合う機会を

 ――長期間の強制入院が事件につながったとみられるケースはあるのか。

 ◆97年8月、福岡県で若者が駐在所の警察官を殺傷した。91年から6年半、事件を起こす直前の29歳まで、シンナー吸引と問題行動で措置入院させられた。彼は刑事弁護を担当した私に「入院させられた時、絶望的な気分になった」と漏らした。「人間失格」というダメージを受け、周りからも「精神病院に入ったら人生終わりだ」と言われてきた。入院中、医師は彼を1日に1分も診ていない。「退院したい」と訴えてもかなわない。絶望感は深まり、さらに追い詰められ、仮退院直後の事件につながったと私は見ている。

 ――こうした事件があると世間は「病気が原因」という。

 ◆経験上、心の病気だけで事件は起きないと実感している。「精神障害者の犯罪」という見方ではなく、犯罪をした人の中に「精神障害者」がいて、その人がなぜ犯罪に駆りたてられたのかを冷静に分析しなければ、この問題は解明できない。

 強制隔離によって彼らの社会性の芽が摘まれ、人間関係を築く能力を奪われる。心の安定を欠き、社会に出た時には社会や人との対立の構図でしか自分を見られない。事件の背景には、むしろこうした隔離医療の弊害があると思う。

 ――具体的にはどう変えればいいのか。

 ◆強制隔離を全廃することに尽きる。一般医療の中に精神科を統合する。精神医療の原則を、入院も含めて「任意」にすべきだ。重大犯罪を起こした精神障害者を入院させる新たな施設をつくるなどもってのほかだ。

 ――罪を犯した精神障害者が不起訴になる場合が多い。

 ◆刑事司法の中で、一般のルールに従い、検察官の裁量で起訴するかどうかを決める起訴便宜主義を安易に多用してはいけない。責任能力の有無は基本的に法廷で判断し、その前の段階で処理しない方がいい。裁判を受ける権利は確保すべきで、外国人のために通訳がいるようにそれぞれの「精神障害」に合った刑事的な手続き上の援助が必要だ。例えば、主治医が本人の要望を受けて、法廷で「彼が言っていることはこういうこと」と代弁したり、裁判を受けられる状態でなければ、治療のため中断を求めることを認めることだ。

 彼らは裁判を受けないことで、自分が起こした事件の関係者と直接対面し、犯罪と向き合う機会さえない。その機会があれば、自分の誤りに気づいて社会性を回復する出発点になる。裁判を経たうえで、責任能力がないと判断されれば、無罪にするべきだ。

 ――重大犯罪を起こした精神障害者の入退院を判断するため、裁判官を含めた新しい機関をつくる国の動きがある。

 ◆現在は、医師や法律家、有識者でつくる精神医療審査会があるが、強制隔離医療を続けている以上、審査会の充実は不可欠だ。人権が守られているか中立公平で迅速に判断できる組織にしなければならない。そして隔離されている患者からの「退院したい」という要請にきちんと応えるシステムが必要だ。全廃に向けた過渡期として、強制隔離をやむを得ずに行うのなら、セットで考えなければならない。

 しかし今の精神医療審査会は機能していない。法律家委員のほとんどが、病院に行って本人の話を直接聞いていない。患者が置かれた状況も見ない。閉鎖病棟の実態も知らない。それで判断している。何もしていないのと一緒だ。裁判官を含めた新たな機関をつくるといっても、形だけで公平は保てない。病院経営者である医療委員が審査会全体の過半数を占め、医療側の意見が通りやすいのも問題だ。

 ――大阪・池田の事件では、容疑者が事件を起こす前に本気でかかわろうとした人がいなかったように思う。

 ◆人間には個別性があって、ビール1杯で泥酔する人もいれば、酒を5合飲んで平気な人もいる。心の耐性にはもっとばらつきがある。いろんな手立てが社会の中で準備されていなければならない。だがそんな体制はない。これだけ精神的な病気への治療や援助の需要があるのに、戦後の精神医療は基本的な役割を果たさず、閉じ込めることが主流だった。中高年の自殺が止めどもなく広がっているのも、精神医療の貧しさの表れだ。


 福岡県出身。84年に弁護士登録。91年から2年間、日本弁護士連合会人権擁護委員、同刑法改正対策委員を務めた。精神医療やハンセン病問題のほか、医療事故訴訟、えん罪事件に取り組む。


関連リンク

「対等・平等な社会制度の確立」2001年9月20日


イベント情報

イベント情報 過去記事分


精神医療ニュース

労働情報のページ

全国精神医療労働組合協議会

事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2

ラボール京都4F 京都民間医労連気付

Tel/Fax: 075-811-5672

E-mail zenkoku@seirokyo.com

全国精労協ホームページへ