全国精労協Home > 資料庫 > 声明一覧 > 精神科医療懇話会010720
関連→池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧
- 2001年6月24日 大阪児童殺傷事件に関連して、重大犯罪を犯した精神障害者対策に関する見解
- 2001年6月25日 「大阪児童殺傷事件」に関する理事会見解
- 2001年6月24日 精神医療と法に関する委員会
- 2001年6月27日 池田小学校事件および特別立法に対する緊急声明
日本精神神経学会理事会御中
平成13年7月20日
精神科医療懇話会
連絡先 京都大学医学部付属病院精神科
高木俊介 吉岡隆一
fax 075−751−3246
shun-t@mbox.kyoto-inet.or.jp
大阪児童殺傷事件に関連して特別立法の動きが報じられる中、日本精神神経学会(以下「学会」)がどのような方向性を提示するのか、会員として重大な関心を持ちながら平成13年6月25日付の「理事会見解」を拝読しました。この「理事会見解」は、緊急見解の性格を帯びたものと理解しており、今後これを発展させた見解が作られるものと推察します。いずれにせよ、今後提示される新たな見解の骨格は、この「理事会見解」に示されていると理解しました。
私たちは、6月27日付「池田小学校事件および特別立法に対する緊急声明」の中で精神科医療懇話会としての問題意識を明らかにしました。その後の事態の推移を踏まえ、学会理事会にいくつかの点について回答を求めると同時に再び私たちの見解を明らかにします。
第1章 学会理事会への要請
池田小事件以後、政府与党からは触法行為を犯した精神障害者の再犯防止を目的としての特別立法の方向が打ち出されている。その力点は触法行為を犯した精神障害者の入退院とそのフォローアップに司法を関与させることに置かれている。また、それと連動して関係団体からの意見表明や関係団体への意見聴取が相次いでいる。それらの動きの一環として、学会理事会は声明を発表した。また6月29日の精神科七者懇談会(以下「七者懇」)において、学会も同意した形で七者懇声明が発表されている。我々は、この間の学会理事会の動向に率直に危惧を表明する。その理由は端的に、医療の守備範囲であるものをこえて、再犯防止という刑事政策に関して学会が不用意に発言し、起訴便宜主義とその元での起訴前簡易鑑定・措置入院の関係など問題の多い司法・医療の現状を各界に検討させる機会をもてないまま、新施策への是非検討や対案作成をすることで、結局は医療が刑事政策の肩代わりを自ら引き受ける役を担ってしまうおそれがあるからである。
特に以下の点については、学会理事会は自分達の立場を学会員に対して明確にする必要があると考える。
@保安処分はまさしく司法が一定の(入退所についての)役割を果たす構想であった。学会は、理念的に医療は保安と異なる事、および再犯予測は不可能である事を明言し、保安処分に反対してきた。その議論を踏まえて出されたはずの理事会声明は重大事件を起こした精神障害者の退院または出所後のアフターケアについて、「司法が一定の役割を果たすべき」と述べている。とすればこの理事会声明に言う司法の「一定の役割」は具体的にはどういう役割を指しているのか、学会員に明示する義務がある。
A学会理事会声明と七者懇声明の内容を検討すると、前者が退院または出所後のアフターケアに限定された司法関与を提言するのに対して後者は入退院の評価および退院後の医療継続まで拡大した司法関与の検討を提言している。学会理事会声明が言うように現在も起訴前手続きの中で検察官から医療にゆだねられる時に問題があるのであるから、入院に関する司法関与はその実態の検討と改善(司法側の態度も含めての)にたたないと整合性がない。さらに、普通に考えれば七者懇という団体での合意は構成団体それぞれの主張を踏み越えたものにはならないはずである。この内容面での拡大の根拠および学会の渉外関係の経緯を明らかにされるべきである。
この2点に対しては回答を求める。
さらに今後の学会運営に関して、広く刑事司法と医療の現状の問題点を明らかにする見地から、何らかの形で、プライバシーに留意しつつ実際の事例について学会員の意見を公募する期間を設け情報収集に当たることを提案する。特に情報収集に際しては、理事会の先の見解で触れられたように、起訴前段階での問題に焦点を当てる事が重要であると思われる。理事会はその上で意見を取りまとめてはどうであろうか。
第2章 我々の見解(要旨)
1 学術団体としての学会の役割について
1-1) 議論の準拠枠を提示すべきである
「再犯のない安全な社会」をキーワードにするのであれば、精神障害者による再犯だけではなく、同時に健常者の再犯の問題が取り上げられなければ、著しく公正さを欠く。精神障害者だけを特別に扱うという議論の設定では、「再犯のない安全な社会」というテーマに対する有効な解決策にはならないことを社会に対し明らかにし、当事者も含め議論が可能となるような枠組みを提示することが学会の役割である。
1-2) 七者懇の中での役割分担について
七者懇を構成している団体は、その特徴によって一定の役割分担がある。学会は実務団体ではなく学術団体であり、学会内での議論を通じて構築してきた見解との論理的整合性を検討しながら、問題を議論するための理論的指針を提示することがその役割となる。問題を広く司法の側に、そして社会の側に投げ返していく役割を担えるのは学会をおいてない。
1-3) 学会の役割は何か
再犯予防という医療とは直結しないテーマによって動機づけられた議論は、刑事政策的観点を医療化する方向に向かう必然性がある。直接の交渉相手として選ばれるのは、受け皿になり得る実務団体であり学会ではない。学会の役割は、実務団体の動向が結果として彼らの精神医療全般改善への志向性と矛盾する方向に誘導される可能性をも考慮しておくことである。
1-4) 司法は無謬という神話に固執する限り入り口問題の改革は困難
入退院判断における司法関与は、再犯予防という視点から、入り口を医療化して拡大し出口を狭める誘惑にかられる。入り口問題については起訴便宜主義に立つ検察の問題が大きく、司法関与で入り口問題は一層拡大する危険がある。学会は、「受け皿問題」や「出口問題」に関する議論に比し「入り口問題」こそが優先されなければならないことを明らかにしなければならない。司法が抱えている問題に対する精神科医療側からの批判が圧倒的に不足している。
2 「再犯防止」は精神科医療の役割か
理事会見解の前文には「重大事件を起こした精神障害者の再犯防止に関して、以下の見解を表明します」と記され、「再犯予防を精神科医療の役割として引き受ける」ことを暗黙の前提としている。学会が「再犯防止」について語るのであれば、以下の問題に対する見解を明らかにしなければならない。
2-1) 再犯防止は直接的には医療の役割ではない
2-2) 医療には再犯は予測できない
2-3) 再犯防止における医療の有効性について
3 入退院時の司法関与について
理事会見解では、2カ所で司法関与について触れている。保安処分論争の歴史との関連も含め司法関与を肯定するに至った思考過程と論拠を明らかにするのでなければ、学会としての連続性が保たれない。我々は、医療は将来の再犯の予測とその予防を目的としておらず、医療に可能なことではないことを明らかにした。さらに、以下の問題を指摘する。
3-1) 司法関係者は精神科医療に対して無理解である
3-2) 司法関係者が関与することで、より有効な再犯予防は期待できない
3-3) 司法関係者の関与によって医療者が責任を軽減されると考えるのは幻想である
=========== 精神科医療懇話会============
(共同提案者)
磯村大(堀ノ内病院)岡潔(旭労災病院)大下顕(博愛会病院)高木俊介(京大精神科)塚本千秋(岡山大学保健管理センター)中島直(横浜刑務所医務部)望月清隆(積善会曽我病院)森俊夫(京都府立洛南病院)横田泉(済生会泉尾病院)吉岡隆一(京大精神科)
第2章 我々の見解(本文)
1 学術団体としての学会の役割について
1-1) 議論の準拠枠を提示すべきである
まず我々は、政府の議論が、触法行為を犯した精神障害者の再犯防止を目的にしながら、刑法改正でも精神保健福祉法の改正でもなく、特別立法の枠組みで進行していることに注意しなければならない。再犯防止問題を第一とするなら医療を対象とした精神保健福祉法の守備範囲を超えた問題であって本来刑事政策の問題であるのに、刑法改正という手続きを踏まずに処理しようとしているのが特徴である。これはかつての刑法改正に対する反対運動の轍を踏まぬようにという意図によるものであろう。特別立法の形をとることで、刑事司法および精神科医療全体に現存する問題点を見据えその一環としての今回の事件が提起した問題を検討することが一層困難にされている。学術団体である本学会は、刑事司法および精神科医療全体に存在する多くの問題の中でこそ、再犯防止がどう位置付けられるのかを提起する責務がある。実際、種々の精神科医療の現場に携わる会員を有し、措置入院者の鑑定や治療に携わり、また精神鑑定や矯正施設における治療にも携わるという形で刑事司法にも関わり、犯罪被害者の精神医学的ケアにも力を注いでいる本学会こそ、この問題を幅広い観点から整理し、必要な議論を提起することができる。
さて理事会見解は、前文において「重大事件を起こした精神障害者の再犯防止に関して、以下の見解を表明します」と記している。再犯予防を最初に持ち出すことに我々は大きな危惧をおぼえるが、その問題は後に述べる。ここでは理事会見解の前提にしたがって話を進める。“再犯のない安全な社会”をキーワードにするのであれば、当然、精神障害者による再犯だけではなく、同時に健常者の再犯の問題が取り上げられなければならない。なぜなら後者のほうが、実数としても比率としてもだんぜん多いからである。その上で精神障害者固有の問題が検討されるのでなければ、著しく公正さを欠く。
過去何度も繰り返されてきた精神障害者・精神科医療の特殊性を強調したような議論をここでもまた繰り返すことは、精神科医療改革の妨げとなり、「精神障害に対するアンチスティグマ(偏見除去)特別委員会」の活動を根本から揺るがすものである。今回の事件で、我々精神科医療従事者が受けた影響は大きいが、当事者である精神障害者のそれは、比較にならないほど深い。「なぜ精神障害者の再犯だけが問題にされるのか」と当事者・市民に問われたとき、学会は責任をもってこのような問題設定自体を否定しなければならない。
@精神障害者だけを特別に扱うという議論の設定では、「再犯のない安全な社会」というテーマに対する有効な解決策には到達し得ないことを社会に対し明らかにし、A精神障害と犯罪との関係について当事者も含め議論の可能な枠組みを提示し、B精神医療と刑事政策を同一視させない・しない理解を社会において作り出す議論の場を提起することが学会の第一の役割と我々は考える。
1-2) 七者懇の中での役割分担について
6月29日には七者懇による「重大な犯罪を犯した精神障害者に関する緊急声明」が出された。七者懇緊急声明内容への危惧は繰り返さないが、ここでは他団体との関連・差異における学会の役割について一言する。学会は精神科七者懇談会の構成員として独自の役割がある。たとえば、日本精神病院協会と全国自治体病院協議会は、それぞれの団体内部では、大枠において利害が一致する実務団体である。彼らは、精神科医療全体を射程に捉えつつ、刑事司法の問題点にも目を配りながら、独自の存立基盤と戦略に基づき発言していく役割がある。それに反して、学会は実務団体ではなく学術団体なのであるから、学会内での議論を通じて構築してきた見解との論理的整合性を検討しながら、提示された問題を議論するための理論的指針を提示することがその役割となる。その指針は、実務団体がそれぞれの戦略を検証する際の準拠枠となると同時に、当事者や精神科医療関係者以外の人々、すなわち刑法学者、司法実務者(裁判官、検察官)、弁護士、マスコミ、そして国民全てに語りかけうる性質を備えていなければならない。そしていま問われているのはまさに医療の問題を超えた刑事政策の問題であって、これを広く司法や市民に、そして社会の側に投げ返していく役割を担えるのは学会をおいてない。
1-3) 学会の役割は何か
99年法改正(精神保健福祉法)時の移送問題の経験はまだ記憶に新しい。専門委員会が作成した「中間報告」において精神科救急とセットで構想された移送問題が、法改正時には換骨奪胎されて移送だけが残された。移送問題の背景は多様であったが、少なくとも中間報告で追求された「他科と同様に精神科にも救急を」という構想は説得力を持つものであったが、最終的に当初の構想とはまったく異なるものとなっているのである。また、精神科特例を廃止する絶好の機会であった第4次医療法改正が、主として精神科医療内部の足並みの乱れのために不首尾に終わった顛末も忘れてはならない。法案作成段階では、利害関係や予算的制約、そして政治力学の中で、学会をはじめとした精神科医療関係者の主張は、削ぎ落とされ、つまみ食いされてしまう。今回もまた同じ轍を踏んでしまってはならない。
学会の役割は、政府試案という土俵にのった対案を提示していくことではない。政府は、精神科医療および刑事司法という自ら責任を持って改善を図らねばならないところをそのままにして、新たな制度によって対処しようとしている。学会はそれが小手先のごまかしであることをはっきりと指摘し、それにかえて本来なされるべき議論の先導者とならなければならない。
再犯予防という医療とは直結しないテーマによって動機づけられた議論は、刑事政策の側からは触法行為を犯した精神障害者に対する入り口を極力医療化し「受け皿」になりうる施設を探すことと「出口」における手続き的な司法関与という方向に向かっていく必然性がある。政府から直接の交渉相手として選ばれるのは、受け皿になり得る実務団体であり、学会ではない。学会は、実務団体の動向が結果として彼らの精神医療全般改善への志向性と矛盾するかもしれない可能性さえ考慮しておくべきである。(これは実務団体の努力を軽侮する事を意味しない。)実務団体の性格上やむをえない選択がこと志に反することが充分この手の問題にはありうるのである。
1-4)司法は無謬という神話に固執する限り入り口問題の変革は困難
精神科医療の改革の困難性は、医療法特例廃止さえ達成できないことからあきらかである。しかし問題の所在は精神科医療従事者によって明らかに意識されている。それに反し司法の世界の改革の必要性は、精神医療との関係において検証される問題が数多いことは理事会声明も我々懇話会の先の声明も明らかにしたとおりであるにもかかわらず、充分意識されていない。入退院判断における司法関与は、刑事政策上、再犯予防という視点から、入り口を医療化してひろげる誘惑と出口を狭める誘惑にかられることになる。しかし、医療的観点からいえば、大切なのは「入り口問題」である。入り口問題は現行は起訴便宜主義に立つ検察の問題が大きく、したがって検察を中心とした司法の改革がなされない限り改善は望めない。司法関与で入り口問題はなおさら拡大する危険がある。学会は受け皿問題」や「出口問題」に関する議論に比して「入り口問題」こそが優先されなければならないことを明らかにしなければならない。司法側が抱えている問題に対する精神科医療側からの批判が圧倒的に不足している。後述するように、受け皿や出口について何らかの制度を作ることが、矛盾を精神科医療の側で抱えそれに関する司法の役割は限定的なものにとどめるとの現状を固定化しかねないことに我々は留意する必要がある。
2 「再犯防止」は精神科医療の役割か
理事会見解の前文には「重大事件を起こした精神障害者の再犯防止に関して、以下の見解を表明します」(下線は精神科医療懇話会)と記され、その後に3項目の具体的提案が続いている。すなわち見解は「再犯予防を精神科医療の役割として引き受ける」ことを前提に書かれている。従来の学会における議論は「精神科医療が再犯防止と関連するのはその結果によってであり、目的ではない」という文脈で語られてきた。あるいは法律家の言い方で言えば犯罪防止は精神科医療の反射的利益であるといってもいいであろう。これまでの議論と方向を異にするような今回の見解をまとめるにあたって、理事会内ではどのような議論がなされたのであろうか。ちなみに精神科七者懇談会の緊急声明では、再犯防止という文言は巧みに回避されている。学会が「再犯防止」について語るのであれば、以下の問題に関する見解を明らかにしなければならない。
2-1) 再犯防止は直接的には医療の役割ではない
学会の役割は、精神医学・精神科医療の専門家集団としての見解を明らかにすることである。依拠すべきは医学・医療的論理をおいてない。精神障害者の再犯だけが問題にされることの不公平さと精神科医療を特別視することの弊害、そして再犯予防という切り口からの議論設定は問題を矮小化させ有効な解決をもたらさないことは、前述した。「再犯防止」は医療用語ではなく刑事政策用語である。「再犯防止は医療の問題ではなく、刑事政策の問題である」とはっきり主張することで問題を広く司法の側に投げ返すことが必要であろう。
2-2) 医療には再犯は予測できない
それでもなお理事会が再犯防止が医療の目的であるというのならば、それが医療という方法で可能なものなのかどうかが問題となる。すなわち、「再犯予測」という医学的診断が可能なのかということと、再犯予防のための医学的治療というものがあるのかということである。治療については3)で触れることとし、ここでは再犯予測の問題について述べる。再犯予測の可能性については、未だ議論の過程であり、確実な再犯予測法は医療側はもとより刑事政策からも示されたとは聞かない。医療は病状の推移をある程度予測する技術を発展させてきているので、触法行為が病状の悪化の結果として起こる場合については、ある程度予測することが可能な場合もある。しかし、これはあくまでも病状悪化の予測という医療的な判断の従属物であり、再犯の直接的な予測ではない。実際には精神障害者による触法行為は病状の悪化に一致して行われるとは限らず、こうした場合の予測は不可能である。
このような不確実な「予測」すなわち予断により、さしあたりの病状の悪化も再犯の可能性も想定できない者をただ社会防衛の観点から拘禁することは、医療からは正当化されえないまさに治療なき拘禁である。
2-3) 再犯防止における医療の有効性について
理事会見解では「アフターケアのあり方を検討すべきである」という項目の中で適切な受診援助、すなわち治療の継続性および生活支援について触れている。しかしこの見解は、「法務省・厚生省の合同検討会発足について」という文書に示された内容を上回るものではない。この文書では「精神症状に起因する重大犯罪は予防可能な犯罪の一つである」とし、個別精神障害者の再犯に焦点をあてることを「特別予防」の観点から説明している。このような考え方が一面的であることは我々がすでに明らかにしてきた。学会理事会が法務省・厚生省見解の立場に立つのであれば、その根拠を明らかにしなければならない。
我が国においては、触法行為に至った精神障害者に限らず、一般の精神病者、一般の犯罪者に対しても、生活基盤の保障が不充分である。精神病者の退院にはまだまだ家族の献身の占める割合が大きいことは周知であり、生活基盤の不安定さのために再発を余儀なくされることが多いこともまた医療従事者の常識である。一般の犯罪者も多くは何らの保障も与えられずに出所となり、作業賞与金は微々たる額であるためにとりあえずの食・住が確保できないために再犯に至るケースも少なくない。こうした点の改善こそ急務である。
3 入退院時の司法関与について
理事会見解において司法関与について触れているのは2カ所ある。一つは「1の2」アフターケアのあり方を検討すべきである」という項の中で「重大事件を起こした精神障害者の退院または出所後のアフターケアについては、司法が一定の役割を果たすべき」とし、適切な受診援助を目的とした「第三者機関としての審査機関の設置」を提言している。そして二つめは、「3.精神障害者に対する偏見除去の推進」の項の中で、「今回の事件を機に、重大事件を起こした精神障害者に対する司法措置が検討されている」とした上で、「それは重大事件を起こした場合に限られるべきである」と主張し、重大事件を起こした精神障害者に対する司法措置(司法関与)については消極的に肯定している。一方、精神科七者懇談会の緊急声明においても司法関与に触れており、今後の課題の一つとして「重大な犯罪を犯した精神障害者の入院・退院の評価および退院後の医療継続に司法が関わる新たな制度について、実証的な検討を開始すること」(下線は精神科医療懇話会)と記述している。七者懇は理事会見解と異なって司法関与局面を明確に拡大しながら、その実施に至る道筋において理事会見解より慎重な表現をとっている。
学会の役割は、与党試案を含め政府サイドから出された提案を追認したり、あいまいな限定的肯定を与えることではない。入院・退院時および退院後(出所後)の司法関与については、我が国においては経験のない制度であり、緊迫した議論が展開された保安処分問題とも深い関連をもつ領域の問題である。とりわけ退院時における司法関与は、退院判断に医療以外の要因、つまり保安的要因を含み込ませることを意味する。これはとりもなおさず、医療施設の中に保安的要素をもちこむことを法定化することである。理事会見解は、この司法関与を無前提に肯定しているが、保安処分論争の歴史との関連も含め司法関与を肯定するに至った思考過程と論拠を明らかにするのでなければ、学会としての連続性が保たれない。我々は、医療は将来の再犯の予測とその予防を目的としておらず、医療に可能なことではないということを明らかにした。さらにこれに加え、ここで以下の問題を指摘しておく。
3-1) 司法関係者は精神科医療に対して無理解である
触法行為を犯した精神障害者が精神科医療に入るときの問題については、6月27日付の「緊急声明」の中で明らかにした。おおよそ検察官は、起訴前において、不十分あるいは偏った簡易鑑定などの手段を通じ、あるいはそれすら省略して、単に精神科治療歴があることなどから、司法の検討をまともに経ることなく、精神科医療に矛盾を押しつけていた。今回の池田小事件でもマスコミ取材の中で措置入院を以前申請したのは起訴しても措置入院にするより拘束期間が短いからだった由を言明している。ここではあからさまに刑事政策の肩代わりを措置入院が押し付けられているのである。簡易鑑定の内容が批判されることも多く、精神科医の側が反省しなければならない点があることも事実である。しかし、問題ある鑑定を行う鑑定医であることを知りつつ、他の鑑定医でなく同じ鑑定医に鑑定を依頼し続ける検察官の責任も同時に問われるべきである。
さらには起訴前司法の検討の結果が精神科医療の側に知らされることはなく、医療の側から適正な刑事手続きを求めてもそれを無視し続けてきたのが検察官の実態である。また、精神病期の精神分裂病にも責任無能力を認めない裁判官の存在や、刑事施設における精神科医療の貧困な状況も考えられなくてはならない。総じて司法関係者が精神障害者・精神科医療に対して理解があると考えるのはあまりにも楽観的な考えである。
理事会見解を離れても、七者懇声明や漏れ聞く政府案・与党案はいずれも入り口・出口を問わず司法関係者の関与を打ち出している。なるほど、医療者のカバーできない問題を司法関係者が判断するかのようである。しかし、司法関係者の理解が極めて貧困である現状については問題にされてもいない。あえて激しい言葉を用いるならば、無理解な人々を判断主体に加えるのは現場に現在以上の混乱が持ち込まれるだけである。
こうした形態で司法関係者を精神科医療に関係させることが、司法関係者の精神科医療に対する理解の改善につながるという考えもあるかもしれない。しかし我々はこの考えには賛成できない。持ち込まれた混乱に対応しなければならないことになるのは結局我々医療の側である。司法の側に反省の契機は存在しない。手続き面における形式的な形での司法関係者の関与を許してしまうことは、司法自らが果たすべき役割を果たしていないことによって生じた混乱を彼らの目には見えぬ形でより複雑にしながらもっぱら医療関係者の手にゆだねてしまうこととなり、彼らを免責することになるばかりである。
責任能力には問題がないが、逮捕ないし保護時に精神症状が激しく、治療のために精神科医療の側に身柄が連れて来られることがある。治療が必要であればこれに対応するのは精神科医療の任務であるが、治療が終わり刑事手続きが開始されるのが適切と考えられる例にも検察や警察がそれを拒否することが多い。現状の問題に充分な内省を伴わないままの曖昧な司法関与の導入は、こうした事態をより悪化させ固定化する可能性が非常に高い。
3-2) 司法関係者が関与することで、より有効な再犯予防は期待できない
司法関係者による再犯予測および予防の手段は明らかにされていない。一般犯罪者の再犯率は高く、むしろ精神障害を有する者の再犯率よりも高い。仮釈放者が認められた者にも高い再犯率が認められる。再犯予防は精神科医療ではなくむしろ刑事政策の課題であり、司法関係者にその責があると考えられるが、司法関係者は再犯予防の力を持っていないのである。司法関係者の関与によって再犯予防が可能になることはない。再犯予防のためにただ拘禁しておく、といった考えが持ち込まれる可能性があるが、医療に携わる側としては許容できるものではないことは言うまでもない。
3-3) 司法関係者の関与によって医療者が責任を軽減されると考えるのは幻想である
医療従事者は医療に関し責任を持つべきであるし、失策行為があれば責任が問われるのは当然である。それは退院の際に司法関係者の関与の有無に無関係である。保安処分制度を有するドイツでも患者の他害行為に対し医師の刑事責任が問われることでも明らかなように、司法が関与するシステムができれば医師の責任が軽くなるわけではない。
以上、理事会見解を私たちなりに検討を加えた結果を記しました。一部細かな字句に拘泥している印象を与える部分があるかもしれませんが、それは本意ではありません。私たちは極めて重大な事態に直面していることを認識しています。だからこそ議論の切り口を誤って将来に禍根を残すようなことは全力で回避しなければなりません。今こそ、精神科医療従事者は役割分担をしながら、精神科医療従事者以外にも伝わる言葉で社会一般の人々に語りかけていかなければなりません。こうした文書を理事会宛てに提出するのも、私たちなりの役割を担おうとした結果です。
非礼があればご寛容下さい。実りある討論を期待しております。
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