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精神科医療懇話会声明(第3弾)- 修正版 -

_特別立法に関連した諸試案の批判・評価と懇話会提案_

 

平成13年9月18日

精神科医療懇話会

目次

   声明要旨                       p.2

A.諸試案の検討 p.3

B.精神科医療懇話会の提案 p.9

付 諸試案の一覧表 p.12

 

=========== 精神科医療懇話会============

                     連絡先 京都大学医学部付属病院精神科

                     高木俊介 吉岡隆一

       fax (075)751-3246

(共同提案者)

磯村大(堀ノ内病院)大下顕(京都博愛会病院)岡潔(旭労災病院精神神経科)太田順一郎(岡山大学精神科)岡崎伸郎(仙台市精神保健福祉総合センター)瀬川義弘(関西青少年サナトリウム)高木俊介(京都大学精神科)塚本千秋(岡山大学保健管理センター)中島直(横浜刑務所医務部)浜垣誠司(京都大学精神科)望月清隆(積善会曽我病院)森俊夫(京都府立洛南病院)吉岡隆一(京都大学精神科)

 

 

 

 


 

 

 

声明要旨

   <司法のものは司法に、医療のものは医療に>

1.声明の目的と位置

 私達精神科医療懇話会は、緊急声明(6/27)および精神神経学会理事会に対する声明(7/20)で自らの見地を明らかにしてきた。この見地をふまえて、現在公表されている諸試案の評価と批判を行った。政府は来春の国会上程を目指してこの秋に政府案をとりまとめようとしている。この声明は、政府案と各種試案(提案)を批判的に検討し、加えて私たちからの若干の提案を行った。今回の提案における私達の基本的な立場は、「司法のものは司法に、医療のものは医療に」ということである。この立場から、精神科医療と司法の関係についてのあるべき方向性に対する共通の認識と実践に資することを目的としている。

 

2.全体の構成

最初に諸試案の骨子を項目ごとに整理し一覧表を作成した(p.12)。次に諸試案の内容を「共通構造」と「差異」に分けて可能な限り客観的に分析を加えている(p.3~6)。その上で、過去2回の声明で明らかにした視点を基に諸試案に対する評価と批判を行い(p.6~8)、最後に私達の提案を含んだ見解を明らかにした(p9~10)。

 

3.解決すべき問題は何か(最大の問題は「入り口問題」にある)

 現在最も意識されるべき問題は、精神科医療の守備範囲が不適切となっていること、再犯の予測は困難でその予防は限定的にしか行い得ないこと、そして司法がなすべきであるにもかかわらず怠っている問題が存在していることである。懇話会の提案は、この根本問題の発生源である「入り口」問題の解決を現行の法体系の中で可能にする方法を検討したものである。加えて特別立法が射程に入れていない矯正施設内での医療の改善に関する提案を含んでいる。

 私達の見解の対極に位置するのは、「出口問題」に中心があり、本来重要な「入り口問題」には手をつけない試案である。政府案がその典型である。しかし、医療の側からの提案である日精協案も同質の構造を持つ。医療に対する司法の介入を一層拡大して医療の守備範囲をより不適切なものとすることになり、医療にとっては最悪の選択である。

 

 

 

 


 

 

 

A. さまざまな試案の検討

池田小事件以後、政府、与党、精神医療関係団体、日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会、法医療関係者などから、犯罪にあたる行為を犯した精神障害者を対象にした法的・制度的改革に関するさまざまな提言がなされている。ここではそれらを概観・批評し、問題の所在を明らかにする。

I 諸試案の一覧

各提言から以下の諸点を抽出し、一覧表とした(p.12)。

_ 誰に

_ どの処遇下において

_ 誰が

_ 何を審査し

_ 何を決定するのか

_ 通院治療のあり方など

_ 薬物依存者・人格障害者に対する観点

_ 簡易鑑定への観点

各提言の発表時点・公表媒体などあわせて示す。

なお日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会の試案(8/1付)は同委員会内部でなお議論が進められており、変更される見込みが強い。8/1付けの案から修正されて採択される見込みの案(以下小委員会修正案)を懇話会は9月11日入手している。修正案における変更点のうちめぼしいものは、「措置入院審査会」への法律実務家としての検察官、弁護士の参加による事件情報の検討である。

 

II 諸試案の内容

1.諸提案の共通構造

諸提案を見る限り、どれも共通して、措置入院制度の改革案ないしは特別な措置入院の新設案であり、強制的通院あるいは行状観察のための施策がそれにカップリングされたものである。現行措置入院制度の改革にせよ特別な措置入院制度の新設にせよ、入退院決定に司法の関与を行うという点が、すべての試案に共通している。犯罪を犯した精神障害者の「入れもの」と「出口」の構想が、これらの提案の中心点である。日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会(8/1付け)案が入退院に司法関与させない点で異なっていたが、その後の小委員会修正案では検事や弁護士を「事件情報の検討などを考慮するため」の関与を認める方向にある。

だが、むしろ重大な問題は、諸提案が共通して言及していない、あるいは見落としている点、つまり私たちの言う「入り口問題」にこそある。吉川試案第2案を除くすべての提案には、この点が欠落している。すなわち、責任能力ないし訴訟能力を判断する機会だけが保障されていて、医療側に治療必要性・治療可能性を判断する機会は保障されていないという、構造的欠陥である。諸提案には医療者側からの提案が多く含まれていることを考えれば、これは驚くべき致命的見落としと言って良い。

2. 諸提案の差違

1)「入り口」場面、あるいは法的判断と医療判断の順序・医療判断の独自性

前節で述べたとおり、医療判断の機会の確保および医療判断と法的判断との関係への言及は、ほぼすべての提案に欠落しているのであるが、吉川試案第2案だけがこの点を明確にして、まず治療必要性を医療側が明確に判断するべきこと、及びその後に責任能力判断を裁判所に報告、と述べている。

吉川試案第2案の対極にあるのが、与党PT(6/26)、吉川試案第1案、政府指針案(7/25)日弁連刑事法制問題委員会精神医療問題小委員会案(8/1)日精協(8/2)、である。これらはいずれも、不起訴ないし無罪になった場合、或いは検察官の申し立て等の手段を通じて、司法判断を先行させており、かつ医療判断(治療必要性)には言及していない。

中間的な立場、すなわち医療判断には直接言及していないがおそらく暗々裏に想定していると読みとれる立場が、金子試案、全自病緊急声明である。両者は医療を提供しつつ責任能力を判断する、としているから、医療判断はどこかで行われていなければならないはずなのであるが、その位置づけおよび法的判断との時間的順序関係、さらには、医療から司法へ返すという逆のルートがありうるのかという点について、吉川試案第2案ほどには明言していない。この両者はいずれも起訴前簡易鑑定の再検討・縮小、あるいは廃止をあわせて打ち出しているので、責任能力判定の法的判断過程を厳密化することで、実質的には医療判断の存在を相対的に大きくしようとしているようにも見える。もっともそれが医療判断について明確にしないことの代替になりうるかは、また別問題である。

2)起訴前法的判断の位置づけ

刑事手続き上、起訴前段階での責任能力ないし訴訟能力の判断が必要になる。諸提案の内、現行制度(起訴前簡易鑑定をふくむ)の改革を主張するものは、与党PT(6/26)の仮入院導入、吉川試案第2案、金子試案の鑑定入院導入・起訴前簡易鑑定廃止、全自病緊急声明、日弁連案の重大事案における起訴前簡易鑑定廃止論、自民党PT(8/3)である。現行制度の改革に言及していないものは二つある。

改革の主張は自民党PTを除き、鑑定のための何らかの入院の新設ないしは起訴前簡易鑑定の縮小廃止、或いはその両者に絞られている。自民党PTでは、検討事項としてであるが、重大事件の場合は全例起訴となっており、起訴便宜主義に修正を持ち込むものであり、実行されれば重大な変更となる。

一方、注目すべき事に、政府指針案や政府案には起訴前法的判断の変更に言及したものはない。

3)第三者機関の形態

全自病緊急声明は第三者機関に言及していない。それ以外の案は第三者機関に言及しており、その内、日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)のみが司法の関与を否定した措置入院審査会の新設である。

司法関与を唱える諸案は更に、現行精神医療審査会の拡充の方向を取るもの(与党PT6/26、吉川試案第1案、政府指針案7/25の一部、)、現行精神医療審査会とは別枠での司法関与の形態を取るものに(吉川試案第2案、金子試案、政府指針案7/25の一部、日精協8/2、政府案8/2、自民党PT8/3、坂口厚労相8/7)分かれる。第三者機関として、司法精神医療審査会(金子試案)、司法精神医療裁判所(日精協)、司法精神医療審判所(坂口厚労相)などの名があげられ、政府サイドからは当初家裁(7/25)、のち地裁10ヶ所程度(8/7)との情報が発表されている。

日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)は、措置入院に関しては措置審査会を新設することとし、司法関与を否定している。しかしその後の同委員会は、審査会メンバーに裁判官は入れないものの検察官、弁護士を「事件情報の検討などを考慮する上で」「構成員に加える」方向に向かっている。裁判官の参加は「措置入退院決定に対する不服審査との関係があるなど、適切ではない」とされている。

4)第三者機関での審査内容

第三者機関の形態に関する華々しい議論と比べると、そこでの審査内容についての言及が乏しいことが共通している。

家庭環境や事件の重大性(与党PT6/26)、事件情報、行刑記録、治療記録、検査官の意見陳述(日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1))などが、審査の際に依拠する資料として上げられているのだが、では資料に基づいて何を審査しているのか、が見えてこない。

金子試案では、危険性は予測できない(から保安処分は破綻した)と述べ、他の諸提案も保安処分の復活を正面から掲げているのではないから、危険性の審査ではないのだろう、と推測が許される程度である。

これまでの私たちの声明で明らかにしてきたように、再犯の可能性の予測は司法にも医療にもできないのである。では、この審査機関に加わった司法官は何を審査するのであろうか?

5)第三者機関の決定事項

審査内容の曖昧さのもかかわらず、入退院という決定事項についてはすべての提案において明らかに一致している。それに附属して強制的な通院まで打ち出すものもある。次項参照。

6)通院命令ないし通院援助

与党PT6/26、吉川試案第2案、日精協、政府指針案、坂口厚労相などは明確に強制通院制度を打ち出している。これらは通院命令を第三者機関に実質的に判断させて、保護観察官に実行の一部を担わせている。日弁連刑事法制委員会精神医療小問題委員会(8/1)案では、仮退院制度を利用し、措置入院から措置入院審査会の判断を経て仮退院、主治医の申し出を受けて仮退院の取り消し・措置入院への逆戻りを措置審査委員会が決定する。金子試案は、司法精神医療審査会で通院の必要を判断した上で、精神保健福祉センターを事務局とする第三者機関としての受診援助委員会で地域医療プログラムを作り、受診援助チームに実行させることになっている。同チームに保護監察官は位置づけられてはいない。

7)薬物関連・人格障害の位置づけ

保岡元法相が「単なる薬物依存者」「精神病質」「人格障害」を刑の対象として明言、全自病緊急声明は「精神病状態にない人格障害と薬物依存を非自発入院の対象から除外」とはっきりした意見を述べている。日弁連刑事法制問題委員会精神医療小問題委員会案(8/1)にも一部言及はある。

他の案には特別の言及がない。

8)施設整備等

吉川試案第2案が国公立病院内に高密度精神医療ユニット、金子試案が各都道府県に司法精神医療ユニット、全自病緊急声明が自治体立病院を中心とする適切な医療供給体制、日精協が国立病院に司法精神病棟、自民党PT(8/3)が専門医療施設の設置形態検討、坂口厚労相が特別の精神病棟に触れている。吉川試案第2案は厚労省所管で保険医療とは別の公費負担にまで踏み込んだ提言となっている。

 

 


 

III 諸試案の評価と批判

政府は来春の国会上程を目指してこの秋に政府案を取りまとめるという。そうした動きに対して、前章で検討したようにさまざまな団体・個人がその見解を公表してきた。私達精神科医療懇話会(以下懇話会)も、緊急声明(6/27)(以下声明1)および精神神経学会理事会見解に対する声明(7/20)(以下声明2)で、自らの見地を明らかにしてきた。事態はまさに切迫しているのであり、諸試案に対する評価と批判が急務である。

概観的に言えば懇話会が既に危惧したとおり、「刑事政策的観点からは触法行為を犯した精神障害者に対する入り口を極力医療化し『受け皿』になりうる施設を探すことと『出口』における手続き的な司法関与という方向性に向かっていく必然性」(声明2)をトレースする方向で諸試案の多くがまとめられてきている。

 1. 最大の問題=「入り口」問題、あるいは法的判断と医療判断の関係について

諸試案は、「不十分なあるいは偏った簡易鑑定などの手段を通じあるいはそれすら省略しながら、治療歴その他から直ちに、司法の検討をまともに経ないでまたその結果も知らされぬまま、精神科医療にゆだねられる例が多い」(声明1)という現状の問題点に対して答えになっていないものが多い。

 現在最も意識されるべき問題は、懇話会が繰り返し指摘してきたとおり、精神科医療の守備範囲が不適切となっていること、再犯の予測は困難でその予防は限定的にしか行い得ないこと、そして司法がなすべきであるにもかかわらず怠っている問題が存在していることである。われわれがこの「入り口」問題にこだわってきたのは、この根本問題の発生源だからである。医療者側からの提案を含む諸提案の多くにおいて治療必要性・治療可能性を判断する場についての言及がないのは、この根本問題に対する認識が欠如していることによるものと考えざるを得ない。

この入り口問題の現状に手をつけないことで一貫しているのは、政府サイドから流れてきている指針案や政府案である。これらは司法関与の仕組みを備えた新たな入院命令や通院命令を模索しているようである。入院にいたる道筋は現行のそれ、すなわち検察官による不起訴あるいは裁判における無罪の言い渡しという、法的処理を済ませた後で医療へつなげ、しかも医療から司法ルートへは戻すことができないとの道筋を踏襲したものである。現在すでに、本来医療が引き受けるべきではない対象を引き受けている現実があるときに、この道筋はそっくり残したままで新たな入院や通院命令といった司法が関与した医療処遇への道が拡大することは、精神科医療が不当に担わされている範囲を益々広げ、現状の問題点をますます拡大することにしかならない。さらには、拡大された欠陥がもたらす現場の混乱に対処することを迫られるのはまたしても医療の側であり、司法関与はこの欠陥を固定し正当化する方向に働く。この欠陥は、政府案のみならず、日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)も、奇妙なことに日精協案も共有する。ほんらい刑事手続きで扱われるべき事例を精神科医療に押しつけている司法の責任を一切問わない姿勢では事態は改善しないのである。

「入り口を司法が決定して医療に担わせる」危険に対して、事件捜査の一定の進展を促進し、簡易鑑定の縮小廃止・起訴前鑑定の精密化(法的裁定のあとで医療が引き受けの大枠は現行を踏襲)という方法がまず考えられる。全自病緊急声明、金子試案、日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)がそれである。これは次の3点で問題がある。第一に、医療的な観点からすれば、治療の緊急な必要性があるケースが含まれるので、簡易鑑定廃止は直ちに妥当とは言いがたい。金子試案は24条通報も廃止としているので、なおさらである。(日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)は「裁判所は勾留判断において被疑者・被告人が精神障害に罹患しているとのうたがいがあるときは、勾留場所において・・医療の援助を受けられるように手配しなければならない。検察官、弁護人は・・裁判所に対し、精神医療の援助を求めることができること」などを提言しており一定の配慮が見られる。)第二にタイムラグ問題。不起訴を決定したときの身柄の釈放は逮捕拘留できる日数に関する刑事訴訟法の規定で決まっている。その日数の範囲内であれば、不起訴決定前の段階で通報を出し、必要な手続きを終了することが可能かもしれない。しかし、裁判の場合は無罪判決を出したらその日に釈放しなければならない。身柄を拘束したまま入院につなげることは不可能になる。従って、「鑑定入院」の後、検察による不起訴や裁判所による無罪判決となった場合は都道府県知事宛に通報が出され、その後に知事の諮問機関である第三者機関に諮り、その答申を受けて当該患者の入退院を決定するという方法はこのタイムラグを克服できない。第三に、簡易鑑定廃止は現実的には、金子試案のいうように自治体レベルでの鑑定入院を引き受ける病床の確保なくしては数的財政的に困難となる。ちなみに、これが政府サイドから、簡易鑑定縮小廃止の提言が見られない実質的な理由かもしれない。自民党PTが重大事件全例起訴の検討を示唆するのは、鑑定のための入院の体制整備を出来るだけ避けつつ「裁判を受ける権利」の保障や国民の応報感情を満足させるための手段として発想されているのかも知れぬとの推測も成り立つ。

問題の本質は、本来位相の違う法的判断と医療判断が、時間的にも実態的にも前者が優先されているところにある。「入り口問題」に関し、吉川試案第2案は、医療判断の先行性と独自性を明確にしており、最も原則的な対案を出している。但し上記の第三の問題は残存している。われわれの対案については後述する。

 

2 第三者機関に関して

多くの試案が司法官が関与する第三者機関を提言している。しかし、_章で見たとおり、何を審査するために司法官が関与しているのか、入退院決定や通院命令決定という医療的処置に司法官がどう関与するのかが、いずれの試案でも曖昧である。そもそも医療以外の判断を医療側に負わせるのは不適当ということが、第3者機関・司法関与論の消極的な根拠であったから、積極的に司法関与の内容を明らかにするのは法律家の任務であろうが、法律家提言の試案においても内容は不明確である。

 医療判断に非医療者である司法官が参加することは法律判断を医療者が行う事と同じく奇妙である。

入院命令や通院命令が決定される時に、審査会で意見の一致を見なければどうするのか、

またそれら命令を解除する際の根拠や決定方法も明らかではない。

諸試案では、審査会の作り方に、現行の精神医療審査会の拡充方式、あるいは別組織、関係する裁判所は家裁か地裁かといった違いがあるが、上記の問題の前ではそれらも些細な違いでしかない。

現行の精神医療審査会の拡充方式に対しては、別組織案提案者から、当事者のセーフガードという現審査会の目的に背馳するものだと言う批判があるが、このような批判が成り立つということは、諸試案の考える司法関与は当事者にとって侵襲的なものになることは各提案者にとって前提なのであろうか。とすれば、司法関与は「出口」を狭めるための手段、つまり退院を阻むものとして発想されているのではないのか、という疑惑はぬぐいきれない。司法という、医療の外の観点から「出口」を狭めることは、それがその対象者を医療の枠内に止め置くことにつながる以上、上述した根本問題、すなわち医療の守備範囲の不適切性は、さらに拡大することとなる。ちなみにそれを正直に意識したのが、吉川試案第2案で、裁判所による入院命令よりも精神医療審査会による退院決定権を強いものとする、精神医療審査会を全国統一・独立性を高めるなどの手当てを行うものとなっている。しかし、現在でさえその活動に大きな地域差があり機能が不十分な精神医療審査会に、さらに重責を与えてこの文言どおりの活動が保障されると考えるのはあまりに楽観的に過ぎよう。

日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会案(8/1)は医療職と保健所職員で構成する措置入院審査会を新設して措置要否、解除、仮退院・ケア付き通院の取り消し(措置入院への逆戻り)などを判断することとしている。その後の修正案では検察官や弁護士が「事件情報の検討などを考慮する上で」構成員となるとされ、裁判官の関与は否定され(措置入院決定への不服申し立てを審理する立場にあるから、というのが修正案における裁判官関与否定の理由)、保健所職員ははずされた。両案での構成のぶれは、結局審査会の決定事項が医療判断決定であるのに、それに医療職以外の職種を入れる根底的な矛盾から来ていると考える。かろうじて裁判官関与が否定されるのは、不服申し立てという法的側面からに過ぎず、この審査会の内実を検討したからではない。弁護士が入るのか検察官が入るのかで措置入院審査会の審査は大きく変わりうるとわれわれには思われるのだがどちらでもいいかのような修正案の文言もやはり根底的な矛盾から来るのではないか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 B. 精神科医療懇話会の提案

懇話会声明1、2で何度も繰り返し主張してきたように、再犯を含めた犯罪の防止は刑事政策の課題であって、医療の課題ではない。医療者が問題を取り上げるからには、医療の観点にまず依拠しなければならない。しかし司法と医療の関連する領域があること、そのそれぞれに問題点があること、その上で両者に改善されるべき問題があることは事実であり私達が認識しているところであるから、私達もある程度の提案を含んだ見解を述べることにする。その際、これらの提案は現行の法体系の中で可能なことも明らかにする。現行法で可能な事を検討する作業は立法を考えるなら尚更当然のことであるが、必ずしも諸試案にその点の解明が十分でないように思われるからである。

_.被疑者・被告人に精神障害が疑われる場合、治療必要性・治療適応性判断を、法的判断の終局決定に先行させること。

私達が指摘してきた「入り口問題」の解決、すなわち医療の守備範囲の明確化には、この方法が最も簡便で確実である。治療の形態として非自発的入院加療・自発的入院・通院加療のいずれが適当なのか、そもそも医療の関与が必要なのかどうか、それらを判断できるのは他でもない医療者である。治療必要性に関する判断は、責任能力についての意見よりも医師間の一致が得やすい。手段としては25条通報を行って判断の機会を作ればよい。その際、起訴前であっても司法からは事件の概要等の情報を開示すべきである。現在でも精神保健鑑定では措置非該当となった場合でも入院加療や通院加療の必要性が意見として付されているから、それに従って以後の加療形態を決定すればよい。医療的判断として非自発的入院が必要でない限り、拘置所での医療を行うことにすればよい。

現状では法的判断の終局決定から医療判断に移る実態があることから、25条通報の同一事案への反復などのいびつな運用、「精神病質」や薬物依存に対する不起訴処分・医療への流し込み、医療が引き受けるものでないもの(あるいは少なくとも強制的医療の適応ではないもの)の引き受けが起こっている。

しかしながらその欠陥は既に司法でも意識され始めているところであって、例えば覚せい剤事例などでは都道府県によって司法側の態度にばらつきはあるものの精神病状態を治療した上で、あらためて司法ルートに載せる運用もなされている。

精神病状態にない人格障害は非自発的入院の対象外であるのは医療の側にとってはすでに常識となっていることであるが、「精神病質」が不起訴にされたり措置入院にされたりしている混乱もなくはない。われわれの提案でその点の混乱も防ぎうる。

現行法では精神保健福祉法25条は不起訴、裁判の確定のみならず、その他特に必要があると認めたとき、にも通報を可能としているのであるから、精神障害の疑いある場合にこの条文から医療判断を求めることは不合理ではない。

 

_.起訴前簡易鑑定を精神保健鑑定に附属するスクリーニング鑑定へ吸収すること

起訴前簡易鑑定はその発足においては必ずしも責任能力の判断を求めるものではなかったようであるが、その後の実務では責任能力判断に重点がおかれるようになった。正式な起訴前鑑定と比べれば、鑑定留置を行わないことから時間的制限があることは自明であり、責任能力判断が本来は裁判官の決定する事項であること、また公判でも必ずしも責任能力判断についての医師の意見は一致しないことを考えれば、その縮小は当然である。ただしA-_-1で述べたように、また諸試案の検討でも触れたように切迫する治療の必要性がある事例を医療に結びつける場合に起訴前簡易鑑定が役立っている場合がある。つまり医療者の観点からすれば、法的判断が期待される起訴前簡易鑑定の有用性は、多くは切迫した治療必要性判断にあるのである。とすれば、起訴前簡易鑑定⇒法的終局判断⇒25条通報という現行の運用は無用であって、当初から25条通報がなされればよい。これは現行法下で可能である。起訴前簡易鑑定が今持たされている簡便な責任能力判断機能については、25条通報における精神保健鑑定の際にスクリーニング機能として明らかに責任能力(または訴訟能力)に疑義がある場合にはそれを同時に回答することで代替が可能であろう。もっとも事件の事実関係が不明確な場合や、精神障害と責任能力の関連が不明瞭な場合には、起訴前本鑑定を要することを明確に主張することが必要である。すなわち、精神保健鑑定の際、これまで行っていた判断事項に加え、「犯行時には明らかに責任能力あり」「犯行時には明らかに責任無能力」「責任能力はにわかには断定不能、本鑑定を要する」といった意見を加えればよいのである。責任能力についての断定ができず、しかも治療必要性から入院を要する事例については、入院加療を行い一段落した後に刑事手続きに戻し本鑑定を行えばよい。また、こうして精神保健鑑定に附属させたスクリーニングとしての簡便な責任能力・訴訟能力鑑定を行うことで、特定の鑑定者への簡易鑑定集中という弊害を除去し、司法鑑定の充実を用意する裾野を広く精神科医に醸成することが可能になる利点がある。

 

_.医療が緊急に必要な場合には勾留執行停止を活用すること

医療判断を先行することで、治療が緊急に必要な場合にすみやかに対応することができる。そうした場合には、当然措置入院を含む非自発的入院を必要とする場合があるだろうが、その場合には一旦勾留停止が望ましい。現行法では刑事訴訟法95条は勾留の執行停止を定め、裁判官が職権でこれを行うとし、病気治療のための入院、両親配偶者等の重病または死亡などで運用されているからこれも可能である。非自発的入院医療はその進展にしたがって裁判官に報告を行い、勾留停止が解ければ刑事手続きが再開されうる。そのことで医療を受ける権利と「裁判を受ける機会」の適正なバランスが保たれうる。

また、現在訴訟能力の鑑定は実務上責任能力の鑑定に比して少ない。治療の必要性判断は責任能力と比較すれば訴訟能力とより関連するものと考えられ、その点も被疑者・被告人の人権の保障に役立ちうるであろう。

以上の_.__.の諸点は「入り口問題」の解決のために大きく役立つだろう事を確信する。

 

_.矯正施設における医療を充実させること

諸試案でも触れたものがある(政府案では言及されていない)が、矯正施設(留置場、拘置所、刑務所等)の医療の充実が必要である。そのうちには、医療刑務所の拡充、刑の執行停止・病院への移送(これは検察官の権限による)の運用を含む必要がある。現行法では、病院への移送は監獄法43条で、刑の執行停止は刑事訴訟法482条で、それらを可能とする。

医療刑務所で終身の収容を続けられている事例が相当にあって、その拡充はその点からも重要である。

受刑者で精神障害のあるものには、しばしば独居処遇がとられたり、仮釈放がなかったりする現状がある。また、薬物依存症等に対する治療・教育も不十分である。これらが精神医療へのマイナスのインセンティブとして働く。ひいては釈放後の精神医療への忌避を生みうる。これは治療中断の実質を検討する時に考慮されるべきことである。

一般受刑者の作業賃金の低額さなども、精神障害受刑者にはより大きな釈放後の生活の不安定さとして影響していることであろう。これらの実態改善も急務である。

 

 

おわりに

 「司法のものは司法に、医療のものは医療に」という視点を、対象においても判断者においても原則とすること、これが懇話会の基本的立場である。そして、医療判断には緊急を要する場合があるのだから、司法判断を保留して医療判断が可能な形としなければならない。それは現行の25条通報を用いれば可能である。両者の守備範囲とするべき領域を曖昧にしたまま、現行制度の欠陥や新制度の必要性を主張する議論があるが、それには十分な根拠がない。現行法はかなりいろいろな事態に対応できるようにできており、まず問題とされるべきなのはその運用である。現行法の範囲内で可能な改善を構想し、新規立法の矛盾を問うことに懇話会提案の特徴がある。

 私達は、これを医療と司法の間の対話を促す第一歩にするべく、法律家を入れた議論の場をもった。その際、私達の提案に対し、刑法学者の中山研一氏からは「25条解釈も含めて、医療判断を先行させることを司法の側に納得させる手だて・道筋を、どのように準備していくのか」という課題が提示され、また日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会の伊賀興一委員長からは、同様の課題提示に加え「入退院を裁判官が決定することの危険性」を弁護活動の経験も踏まえてご指摘頂いた。日頃検察官との接点はあっても裁判官と接触する機会が乏しい精神科医療従事者にとって、裁判官関与によって起こりうる問題を再認識する貴重な機会となった。

 私達は、批判的検証という方法で様々な団体・個人との対話を目的として懇話会声明を作成した。私達の意図を正確に理解して頂いた中山研一氏、伊賀興一氏に深く感謝するとともに、医療関係者・法律家・当事者等が共に議論できる基盤を形成することの必要性を痛感している。その際、医療関係者に求められる役割は、まずは医療的観点から問題を整理することに徹することであろう。上記のように懇話会の基本的立場を再度強調すること、および私達がこの医療関係者の役割を担っていく意志を強く持っていることを宣言しておくことが、中山研一氏の提起した問題への回答にもなっていると考える。


諸試案一覧表

誰に どの処遇下において 誰が 何を審査し 何を決定し 通院治療のあり方など 薬物人格障害に対する観点 簡易鑑定への観点 その他

与党PT

朝日6/26

重大犯罪を犯した精神障害者が不起訴・無罪となった場合

仮入院(新設)

精神医療審査会(PSW、福祉関係者、裁判官を加えて)

家庭環境、事件の重大性

入院処分

通院処分

医師、PSW、保護監察官の援助

(-)

(-)

保岡興治元法相6/11

重大犯罪を犯したもの

単なる薬物依存者や「精神病質」「人格障害」は刑の対象

吉川試案第2案(第5回法務厚労省合同検討会7/18)

被疑者被告人に精神障害が疑われた場合

治療と精神鑑定のために病院移送

1)治療必要性を第一に判断2)その後責任能力判断3)結果を裁判所に報告

裁判所命令

(司法精神医療諮問機関に諮問)

諮問機関構成(精神科医、法律実務家、PSW、有識者 )

諮問機関の裁判所への助言内容1)入院通院の必要性

2)入院者の退院の決定

出廷可能な時点で裁判所による処遇決定

通院命令・・・

外来医師、訪問看護士、PSW、保護監察官から裁判所への病状報告、必要に応じて再入院命令、警察の協力

国公立病院敷地内に地域ニーズに応じた病床数の地域高密度精神医療ユニット(厚生労働省管轄、保健医療費と別枠の公費)

吉川試案第一案(同上)

重大犯罪を行った精神障害者

精神医療審査会

入退院決定

地域精神医療支援プログラム、仮退院、PSW、保護監察官の関与

金子試案

7/19

被疑者・被告人のうち精神障害のため刑事責任能力及び訴訟能力に疑義を生じている事例について

高密度な精神医療ユニットにおいて精神鑑定入院

鑑定の後不起訴や無罪判決となった場合知事への通報

司法精神医療審査会

構成・・・

裁判官、弁護士、

精神保健指定医、PSW

有識者、市民

病状報告

治療状況

精神症状

入退院の可否、妥当な入院期間、入院場所

新たな措置入院の入退院

知事の諮問機関「受診援助委員会」によるプログラム策定、受診援助チーム(指定医、看護婦、保健婦、PSW)による報告

簡易鑑定の廃止

精神保健福祉法の23,

24条の廃止

各都道府県に司法精神医療ユニット

政府指針案

読売7/25

殺人などの重大六犯罪を起こして不起訴や無罪になった場合

家庭裁判所もしくは新たな行政委員会組織(裁判官、精神科医、精神保健福祉士を加える。弁護士、検察官の意見を取り入れるかは未定)

措置入退院

社会復帰

在宅通院

訪問看護

全国自治体病院協議会緊急声明6/29

医療を提供しつつ掲示責任能力を評価する制度を新設

精神病状態にない人格障害と薬物依存を非自発入院の対象から除外

実態の調査、鑑定の質の保証措置

刑事責任能力がないと判断された精神障害者に自治体立病院を中心とする適切な医療供給体制を整備

日弁連刑事法制委員会精神医療問題小委員会(8/1)

25,26条通報後

措置入院審査会

構成(医師2、看護、PSW、保健所職員)

審査会全員の一致で

事件情報、行刑記録、治療記録、検査官の意見陳述

措置の要否

退院後ケアの勧告

仮退院制度の活用による通院確保(ケア付き通院制度)

重大事件の起訴前簡易鑑定廃止

薬物中毒専門病院の整備、社会治療処分の失敗を踏まえる

日精協

8/2(毎日8/2

共同8/3)

検察官の申立

司法精神医療裁判所(各都道府県)

精神科医、学識経験者も審議に加わる

強制入院と退院

退院後一定期間を保護観察、通院の義務づけ

国立病院に司法精神病棟

政府案

8/2朝日

6大罪種

地方裁判所

専門家の判断か助言か未定

入退院

自民党PT

8/3共同

8/3時事

心神喪失のみを理由に不起訴起訴猶予したケースは全例起訴検討

司法的判断を反映させるための第3者機関検討

専門医療施設の設置形態検討

坂口厚労相

8/7共同

8/7朝日

司法精神医療審判所(9-10地裁に併設)

裁判官、医療関係者、精神保健福祉関係者

入退院、通院、入院先

特別の精神病棟


池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧

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2002/07/10 06:01:35;51460;f6876db868v;RETR;ok;/htdocs/archive/folder1/shokuhou/seimei/konwakai_3.html