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京都精神病院労働組合協議会(京都精労協)の学習会講師、高木俊介さん講演の原稿より

「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇に関する法律案(仮称)」の正体を知る
〜新法は、医療現場にどんな影響をもたらすのか〜

     講師:高木 俊介氏  京大病院精神科医師(精神科医療懇話会)
     日時:2002.2.21 (木) 18:45〜20:30
     主催:京都精労協
     場所:ラボール京都


2002年3月3日

ソフトな保安処分としての特別立法批判

高木 俊介

●はじめに

 昨年6月に大阪池田小学校で起こった児童殺傷事件(以下、池田小事件)は、「触法行為をした精神障害者」の処遇についての議論を呼び起こした。この議論は、精神障害者に対する保安処分の導入をめぐるこの30年間の議論の延長上にあるもののように見える。しかし、最初に断っておかなくてはならないのは、保安処分はあくまで刑法改正という枠組みのなかでの議論であったのに対して、今回は医療に司法的要素を持ち込みながら、実質上は医療主導によるソフトな保安処分が創設されようとしているのである。「健常者」には人権上問題が多いとして導入されなかった保安処分の思想が、精神障害者に対してはなんら疑問なく適用されるとしたら、それは精神障害者に対する差別を背景とした制度創設に他ならないであろう。

● I .背景となる精神科医療の歴史

★I‐1)精神障害者差別と精神科医療

 精神障害者の触法行為が起こるたびに、今回のような議論が繰り返しあらわれてきた。つまり「危険な精神障害者を隔離しろ」という議論である。この議論は、精神障害者は犯罪を犯しやすい危険をもっているということと、犯罪の危険性の予測によって隔離することができるというふたつの誤った前提に基づいている。このふたつの誤りは、精神障害と犯罪に対する無知と偏見のために正されることがない。
 この根強い偏見には、精神科医療の歴史にひそむ暗部がかかわっている。世界的・歴史的な大状況をみると、精神障害者に対する認知というのは、つねに社会的逸脱者の処遇にかかわってきた。たとえばフーコーがヨーロッパについて明らかにしたように、浮浪者、犯罪者、貧者など種々雑多な逸脱の烙印を押された人々が隔離され収容されている中から、次第に精神障害と認知される者が分離されてきた。精神障害者は、当初から逸脱者として社会によってラベリングされた人々の中から見いだされてきたのである。
 以来、精神科医療は病人として自ら助けを求める者を対象とするのではなくて、社会によって指弾され抛擲された者を受け入れる器となってきたという暗部を抱えているのである。それに対して確立されつつあった精神医学は、少なくともその医学的良心に忠実な部分では、自ら扱うべき疾患を医学の権威をもって選別してそれのみを対象とする努力を重ねてきた。しかし、そのような純粋化の闘いは、この社会と人間が宿命的にもつほの暗い暗渠を前に常に敗北を強いられてきた。

★I‐2)わが国の精神科医療の歴史

 わが国の精神科医療に目を向けると、このような大状況の焼き直しの歴史が近代以降のごく短い間に展開されたことがわかる。つまり、わが国の精神科医療は、戦後の経済の回復から高度成長に入る60年代前後に、一挙に精神障害者の隔離収容をほぼ達成するという形で近代化された。医療機関の施設基準を定める医療法の特例として、精神科の医師や看護職員数を他科の3分の1でよいとしたのが1958年であり、これによって隔離収容型の精神病院が乱立することになった。この時の医療法特例は、今も生きている。70年代になると、この精神病院の粗製乱造のために数々の病院不祥事が起こり、それに対して精神神経学会を中心として精神科医療の改革運動が始まった。法務省の刑法改正草案で保安処分が提起されたのも、1974年であった。
 1984年に発覚した病院内でのリンチ殺人事件である宇都宮病院事件をきっかけとして、わが国の精神科医療に対して国際的な批判が起こり、1987年に精神保健法(現精神保健福祉法)が成立する。それまで恣意的に医師の判断で強制的収容を精神保健指定医という資格によって制限し、精神病院への入院を法的な手続きが優先されるものとしたこの法の成立は、精神科医療という制度を根底から変えるものであった。患者の人権擁護と医療の確保という点ではこの法律は我が国の精神科医療にとって画期的なものであるが、同時にそれは精神科医療に対する国家介入の強化でもあった。
 しかし、これをきっかけとしてわが国の精神科医療は急速に近代を抜ける。つまり、医療としての純化を指向するのである。このような80年代の大変革を経て、90年代は精神科医療にとって平穏で順調な10年であったといえる。医療環境の開放化と人権擁護は法的に保障されたものとして、その土台のうえに、治療、社会復帰へと向けた様々な手だてが蓄えられてきた。
 この流れの中で奇しくも新世紀の初頭に起こったのが、今回の池田小事件である。この事件を契機に、一見蜜月のように見えていた国家と精神科医療の間の溝が露呈しつつある。そこには双方が前四半世紀の間に積み残してきた課題と、精神障害者を排除してきた圧力を持ち続ける市民社会の暗部が見えてくる。次には、今回の事件をめぐるミクロな状況をみておこう。この状況が何を意味しているかということは、この大状況、中状況の中においてみなければわからない。

●II.池田小事件をめぐる対応の経緯

 池田小事件が起こったのは昨年(2001年)6月8日のことであった。容疑者はすぐに逮捕され、直後には精神科措置入院歴が確認されている。この日のうちにすでにメディアでは、いくつかの病名までがあやふやなまま流され、精神障害者による犯罪であることが自明であるような雰囲気がつくられた。これを受けて、翌日には小泉首相が「精神的に問題のある人が逮捕されてもまた社会に戻って、ああいうひどい事件をおこすことがかなり出てきている」と発言し、迅速に制度見直しを指示している。(それにしても一国の首相が、根拠に乏しい差別的発言をしたのであるから、それをきっかけに始まった今回の法制度見直し議論は、それだけでも白紙に戻してよいようなものだが。)
 政府の対応は早く、11日には「犯罪を犯した精神障害者問題対策本部」が置かれた。翌日には、与党3党の政策責任者会談がもたれている。この迅速さの背景には、すでに今年に入ってから、法務省と厚生労働省の間でこの問題に関する合同検討会が開かれていたという経緯がある。すなわち、すでに行政の中では、「触法精神障害者」の処遇をめぐって問題があり検討を要することが明らかとなっていた中で起きた事件だったのである。しかし、この事件を契機として、この問題を時間をかけて慎重に討議し問題点を洗い直そうという動きは、一刻も早く具体的施策を提示するという流れに飲み込まれてしまう。与党3党の会談では、犯罪を犯して入院中の患者の退院の仕方にばかり焦点があり、すなわち結果的にはいかに退院をしにくい制度を作るかという方向の話に終始した。
 この時の経緯は、新聞の報道から司法関係者の言動をみる限り、当初の首相の指示にもかかわらず、司法の側にむしろ保安処分問題の浮上を警戒する動きがあったといえる。そして、はじめからこのような問題を医療の責任として解決することを求める動きがあったようだ。この背景には、刑法改正の中で保安処分が提起された当時は、精神障害者に対する隔離収容が進みつつあった勢いを借りて精神障害者対策を社会保安政策の目玉として提示できたものが、今現在国際的批判をあびつつある我が国の司法制度にさらに精神障害者を「迎え入れる」ことへの躊躇が司法の側にあったのではないか。
 6月中には政府試案として、「司法精神医療審判所」(仮称)の設置が浮上し、重大事件でありながら精神障害を理由に不起訴になった者に対して、司法がかかわって入退院を決めるという制度が提案された。しかし、厚労、法務両省の間で責任所在の押し付け合いとなり、与党プロジェクトチーム(与党PT)の結論とはならなかった。結局8月になって与党PTは、心神喪失、心神耗弱者に対する刑法上の措置について検討すること、重大事件に関与した者についてはすべて起訴することも考慮するなどの課題を示した。
 ところが、政府与党がこのように迷走している時に、日本精神病院協会(日精協)が、「司法精神医療裁判所」(仮称)設立を盛り込んだ新制度案を独自に提出した。これは、犯罪を犯した精神障害者に対しては、この裁判所が入退院の決定を行い、治療に対する審査もするというものであり、我が国の民間精神病院のほとんどを組織に束ねている精神科医療の実践を代表している団体が、自ら医療の中に司法の監視を引き入れようとするものであった。
 このため、日精協も参加している精神科医療に関連した各種7団体の連合体であり、我が国では唯一精神科医療全体を代表できる規模の団体である「精神科七者懇談会」(七者懇)は、与党PTの動きに対して有効な動きのできないまま、日精協を除く六団体で、新たな法制度導入に慎重を求める声明が出された。その声明は、司法精神鑑定の改善、矯正施設における適正な精神科医療の確保を求めている。
 こうしてこの問題に対しては、精神科医療の側がまったく足並みがそろわないということになったのであるが、その対立の中にまともな話し合いの道もつけられないうちに、政府は新たな法案を今通常国会に上程することを明らかにし、2002年4月14日「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子」(以下、政府案)を発表した。
 これらの流れをみると、かつての保安処分議論とちがって、実際に犯罪にあたる行為を行ってしまった精神障害者に対して、人権の保障をしながらどのように治療を提供していくのかという、非常に実務的、プラクティカルな論点が争われているように見える。しかしこの背後には、医療主導のいわばソフトな保安処分施設を作って、問題のほとんどを医療の側に解決させようとする目論見が透けて見えている。以下はこの点について明らかにしながら、今回の政府案の問題点を検討するものである。

●III.問題の所在と議論の前提とすべき事実

★III‐1)池田事件の特殊性

 では、どこが問題なのであろうか。もちろん、まず言っておかなくてはならないことは、今回の池田小事件がきっかけで上記のような議論が始まったわけであるが、今回のような特殊な事例から精神科医療と司法の問題全般を論じるのはそもそも間違っているということである。
 この事件は幾重もの意味で特殊である。まず、一律に精神障害者の犯罪問題と言われているが、この事件の容疑者が、その後の議論の対象になっている意味での精神障害者かどうかに疑問がある。もし彼の精神障害が人格障害であるならば、通常は人格障害の場合は有責であるから、今回の議論はそもそも必要のないものであることになる。しかも、彼は精神障害者を騙っている可能性すらあるのである。これが第2の特殊性である。3点目に、彼が今回の事件以前にも触法行為を行っていたという意味で、再犯の事例であることである。精神障害者が法に触れる行為を行う場合、多くは初犯の問題であることを銘記する必要がある。
 このような特殊性ゆえに、本来ならばこの事件はその全容が明らかにされてはじめて一般化が許されるものであるはずである。しかし、今回の立法化の動きは、この特殊性を無視しており、ためにする一般化としか考えられないのである。今回の事件の衝撃がたとえどんなに大きかったものとはいえ、特殊な一事件に過ぎない事例から、万人のものである法制度の創設を導き出すことはできないはずである。

★III‐2)精神障害者と犯罪

 このような短絡の背景には、小泉首相の最初のコメントにあらわに示されているように、精神障害者は犯罪を犯しやすいという無知、偏見がある。実際には、最近ようやくマスコミでも取りあげられるようになったように、犯罪を犯した者のうち精神障害者が占める割合は非常に低い。平成10年の犯罪白書では、業務上過失死傷および重過失致死傷を除く刑法犯検挙人員約32万のうち、精神障害者の占める割合は0.2%(約600人)に過ぎない。(資料1)
 この資料を挙げた際に、必ずある反論として、殺人・放火という重大犯罪について取り出した場合の精神障害者が占める割合の高さを指摘するものがある。それは確かにそうであるが、今回の政府案上問題なのはそのような精神障害者が犯罪を繰り返すものであるかどうかである。これについては後述するが、殺人と放火については、@その実質的内容が拡大自殺などの近親者を巻き込むものが多いこと、A病的酩酊によるものや自宅への放火であること、という特殊な内容であり、さらに、このような行為を行った者で以前に同様な行為歴がある者は6.6%にすぎず、初犯が84%(平成13年度犯罪白書)であるという事実を挙げておこう。

資料1)
刑法犯検挙人員に占める精神障害者の実数(平成10年、
業務上過失死傷および重過失致死傷を除く刑法犯検挙人員、犯罪白書より)

総 数

精神障害者

精神障害の疑いのある者

32万4,263

634(0.2%)

1,378(0.4%)

★III‐3)精神障害者は免責されるという誤解

 また、しばしば「精神障害者は犯罪を犯しても無罪ないし減刑になる」とされ、精神障害者があたかも優遇されているかのような世間の誤解がある。この誤解から、精神障害者にとって風当たりの厳しい世間の応報感情が生じている。
 しかし、これは事実とは異なる。ここ数年間の統計をみると、裁判で心神喪失となり無罪になっている例は年間0〜3例に過ぎない。心神耗弱となり減刑されている例は1年に50〜90例程度である(資料2)。それに対して、精神障害者は受刑者全体の約1%を占めており、受刑者として新しく拘禁される年間2万人余のうち、800名余を精神障害者が占めている(資料3)。つまり、かなりの精神障害者が一般人と同様の刑事手続きを受けて受刑しており、その大部分は減刑もされていないのである。

資料2)       
心神喪失・心神耗弱者数と不起訴、裁判との関係(犯罪白書より)

年次

総数

不起

(平成)

心神喪失

心神耗弱

心神喪失

心神耗弱

(起訴猶予)

(無罪)

(刑の減軽)

9

735

371

277

3

84

10

622

354

213

2

53

11

599

350

192

0

57

資料3)

(1)新しく収容された精神障害者数(犯罪白書より)

 

行刑施設/うち精神障害者

少年院/うち精神障害者

精神障害者計

1996年

22433/1146

4208/169

1315

1997年

22667/1007

4989/179

1186

1998年

23101/840

5388/209

1049


(2)受刑者総数に占める精神障害者の実数(犯罪白書より)

不起訴となった精神障害名別処分結果(平成6年〜10年の累計、犯罪白書より)

平成10年12月31日現在受刑者総数

43245人

うちM級(精神障害者)

      444人(1.0%)

★III‐4)起訴前鑑定の問題

 しかし、「精神障害者であれば無罪になる」ということは、言葉の意味をさして正確にとらなければ、一面事実を言っている。つまり、裁判で無実になる、ということは前述のように少ないが、検察官の段階で起訴されずに刑事手続きに乗せられない精神障害者の数は比較的多い。これは1年間に500人以上はおり、我が国における精神障害者への刑の免除は、実質上裁判官ではなく検察官によって行われているのである。(資料2)
 この背景には、起訴した事件が無罪になると起訴した検察官自身のマイナス評価となるという事実があり、このために裁判で責任能力に問題ありとされる可能性が少しでもあると起訴しないようにするという圧力が働く。この方向性を維持するために、起訴前の鑑定では検察官の意向にそった鑑定結果を出す精神科医ばかりが鑑定を行っているという現実もある。
 この点は先日毎日新聞の調査によって、その一端が明らかになった。例えば、東京地検では2000年度において年間327の簡易鑑定が行われており、うち161件が不起訴となっており、それに携わった医師はわずか6人である。同様に京都地検では113件の簡易鑑定を3人の医師がこなしており、それに要した延べ日数は69日となっている、つまり医師一人あたり年間20件の簡易鑑定を1件あたりおよそ半日で行っているのである。
 このようなずさんな鑑定によって不起訴となり、25条通報によって入院となる例の中には、本来の精神科医療からみるとそれ自体が強制入院治療の対象ではない薬物依存や人格障害の者が多く含まれている(資料4)。
 さらに、簡易鑑定すら行わずに不起訴としている例もあることを付け加えておかねばならない。殺人においても約1/3が簡易鑑定なしで不起訴とされている。

資料4)

不起訴となった精神障害名別処分結果(平成6年〜10年の累計、犯罪白書より)

不起訴 計

心神喪失

心神耗弱

総数

3402

1914

1488

精神分裂病

2157

1323

834

そううつ病

216

120

96

てんかん

51

30

21

アルコール中毒

250

126

124

覚せい剤中毒

166

71

95

知的障害

88

30

58

精神病質

36

8

28

その他の精神障害

438

206

232

★III‐5)司法判断先行とその一方向性の問題

 上述のように、通常は責任能力減免の対象となりにくい例でも不起訴ないし起訴猶予とされ、精神科に入院となることがある。さらに、犯行時には責任能力があっても逮捕時に精神状態が悪いために精神科に入院となるという場合がある。このような場合は、治療が一段落すれば通常の司法手続きに戻すのが当たり前と考えられようが、これも全く徹底されていない。多くのケースは検察官が勝手に起訴猶予ないし不起訴としてしまう。
 同じ事は、警察官通報の場合にもあてはまる。どちらの場合も、一旦司法から医療のほうに身柄が渡されると、その後に刑事責任能力が認められるということが明らかになったとしても、その事例を司法の側に逆送する法的根拠がないのである。
 この点の問題を抜きにして、司法と医療の間の問題、あるいはその協力の問題を論じるわけにはいかない。司法の行うべき事を医療が肩代わりしてきたがゆえに生じてきた問題の解決にはならないのである。

★III‐6)刑事施設における医療の問題

 では、これらの精神障害者がすべて起訴され、司法の手続きに任されればよいのかというと、今の我が国の刑事施設の現状ではそう簡単に割り切れないものがある。多くの刑事施設における精神科医療の現状には惨憺たるものがあり、精神障害者のみならずすべての受刑者の健康権を剥奪している。
 受刑施設内には多くの病人がいるにもかかわらず、看護職員は不足しており、医師は事実上非常勤であることが多い。矯正施設の中の実態はほとんど明らかにされておらず、問題が起こったときもほとんどその内容を公にすることはない。法務省は「矯正施設内での医療は十分に行われている」と主張しているが、実際は非常勤である医師の数を常勤扱いして水増したものである。
 現在の政府案による治療施設は専門的治療を施すとされているが、現状での矯正施設内における専門的治療は、例えば依存症に対する教育ですら全般に不十分であり、出所に際しての医療的配慮がなく、出所のストレスや出所直後の飲酒により惹起されたフラッシュバックにより大きな触法行為を犯す例も少なくない。すなわち、現在のわが国には犯罪にあたる行為を行った精神障害者に対する専門的治療は存在していないのである。この現状の検討を抜きにして、新たな施設の創設を論じるべきではない。

(参考文献;中島直:いわゆる「触法精神障害者」問題は何処へゆくのか.岡崎伸郎編:メンタルヘルスは何処へゆくのか.批評社,2002.)

★III‐7)再犯の問題

 精神障害者の再犯を防止するということが今回の政府法案の眼目であるから、かつての保安処分論争につながる再犯防止の問題にふれねばならない。再犯一般については、あたかも精神障害者が特に犯しやすいような印象が世上流布されている。しかし事実は、犯罪白書によれば一般の刑務所出所者が5年以内に再入所する比率は、40%を超える非常に高い数値となっている。重大犯罪に限ってみても、精神障害者の再犯率は一般犯罪者の4分の1にすぎない(資料6)。
 すなわちわが国の刑事システムは再犯予防に関してまったくといっていいほど失敗しているのである。再犯率が高いことの一つの要因は、受刑者の出所後のアフターケアがきわめて貧困なために、生活の建て直しが困難なことにある。このためやむなく再犯に追い込まれる人々が多数存在するのであり、精神障害者の再犯もまたそのような枠組みの中で論じられる必要がある。再犯予防を課題にするならば、それは精神障害者に問題を帰せられるものでは決してなく、受刑者全体に対する刑事政策と矯正の責任である。
 それをあたかも精神障害者の再犯をなくすことが治安の強化につながるものであるかのようにとりあげるのは、犯罪全体に対する無知と精神障害者に対する偏見がないまぜになった結果である。

資料6)
(1)5年再入率の年次推移(犯罪白書より) 
出所年から5年間における再入率

出所事由

平成元年

2年

3年

4年

5年

総数

41.2

42.0

42.6

44.1

45.4

満期釈放

53.1

54.1

54.7

55.4

57.8

仮釈放

31.9

32.6

33.7

35.3

36.0

(2)殺人、放火における精神障害者と一般犯罪者の再犯率の比較

1980年から1991年までの再犯数の比較

 

総人員

再犯

再犯率

殺人 精神障害者

205

14

6.8%

殺人 一般犯罪者

180

51

28.0%

放火 精神障害者

139

13

9.4%

放火 一般犯罪者

185

64

34.6%

(山上皓ら:触法精神障害者946例の11年間追跡調査(第1報)−再犯事件487例の概要−。犯罪学雑誌、61-5,201,1995)

★III‐8)再犯予測の問題

 過去保安処分問題が議論された際に論議されたことは、再犯予測の不可能性と予防拘禁の不当性であり、それこそがその創設を頓挫させたものであった。したがって再犯予測の問題は過去に決着がついているはずである。それが再浮上しているのは、今回の特別立法が医療の中の枠組みで語られるためである。つまり措置入院に際して医療の側が行う「自傷他害のおそれ」と、再犯予測が同一視されているためである。
 再犯予測による予防拘禁がもたらす危険性について確認しておこう。ごく単純なモデルを考えてみる。社会構成員の中で、1000人に1人が犯罪を行うとする。人口10万人でみれば、そのうち100人が「実は殺人を犯す人」で、残りの99,900人は「実は殺人を犯さない人」ということになる。仮に非常に正確なテストが開発され、95%の確率で犯罪を予測できるとする。人口10万人にこのテストを行うと、「実は殺人を犯す人」100人の95%にあたる95人がこのテストによって「殺人を犯す」とされ、「実は殺人を犯さない人」99,900人の5%にあたる4,995人が「殺人を犯す」とされることになる。「殺人を犯す」と認定された人を隔離するとすると、10万人のうち5,090人の人を隔離することとなるが、その何と98%以上にあたる人は実は隔離しなくても殺人を犯さないにもかかわらず隔離されることになる。
 再犯を繰り返す場合には、この予想率は高くなり実用に耐えるという反論が予想される。しかし、精神障害者の再犯率は一般より低く、かつ犯罪者の実数も小さいのであるから、一般犯罪者に比べて予想方法を見いだすことは経験科学上はかえって困難とならざるを得ない。それにもかかわらず一般犯罪者の再犯予測について研究するより先に、精神障害者ではあたかも再犯予測が可能であるかのごとく喧伝するのは、これもまた偏見・差別を助長するものでしかないだろう。
 次に、精神科医はすでに措置入院の決定に際して「自傷他害のおそれ」を予測しているではないかという反論に応えておこう。確かに精神科医は、病状に基づいてまさに行われんとしている問題行動については、予測し治療を加えている。しかし、病状に基づかない問題行動については、これを予測し予防することはなし得ない。仮に病状に基づく行為であっても、ある程度以上将来のことについては予測することができない。原則として、措置入院における「自傷他害のおそれ」は、現在そういうおそれがあるかどうかを絶えず検証するものであって、数ヶ月後・数年後のそうしたおそれを予測するものではない。さらに付け加えれば、精神科医の予想は間違っていることもあるが、これを担保するものは、治療の可能があるということなのである。今回の法案で意図されている司法の介入によっては、この点での当事者の利益が担保されない。

(参考文献;西山詮:精神保健法の鑑定と審査.新興医学出版社,)

★III-9)問題の総括

 以上のように、今回池田小事件に端を発してわき起こり、現在新たな法案の国会上程が予定されるまでに進展してきた、いわゆる「触法精神障害者」問題には、
1)特殊事例に端を発しながら、精神科医療と司法の現状をふまえない議論
2)いびつな起訴前責任能力判断
3)再犯予測不可能性の無視
4)刑事政策一般の不成功
という大きな問題点がある。
 これらの問題点を解決するには、「触法精神障害者」の認知から処遇にいたる現状の徹底的な調査をふまえた上での、「医療を受ける権利と刑事手続きの適切な均衡」を追求することが必要である。またこのような道は、特別立法や特殊施設の早急な創設を必要とせず、現行法制の枠内での運用改善によって十分に得られるものと考えられる。

(参考文献;吉岡隆一,他:医療判断と法律判断‐「触法精神障害者」問題への基礎的視座.精神科治療学 17(4),2002.印刷中)

●IV.特別立法批判

 これまでに述べた視点を踏まえれば、今回の政府案(「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子」;以下「政府案」)の問題点を指摘するには、もはや多言を要しないであろう。

★IV‐1)対象行為および対象者

 まずはその対象であるが、政府案では対象行為を殺人、放火、強盗、傷害、わいせつ行為としているが、これらの行為が事実であることの認定に対して地方裁判所の裁判官を含む合議体が行うことになっている。その際この「事実の取り調べ」と「証人尋問」を行うのは裁判官とされており、このような職権主義的な構造からは刑事裁判に類似した認定を適切に行うための適正手続きが保証されていない。
 対象者に対しては検察庁が不起訴処分とした者、あるいは起訴された後には裁判所が責任能力に問題を認めた者としているが、前者について、そのいびつな運用が明らかになってきた起訴前鑑定の問題、および鑑定中の医療保障の問題がまったく考慮されていない。つまり新たに地裁に設けられる合議体の形式上では医療が保証されているかのごとくであるが、実際にはこれまで問題であった司法から医療への一方向性という問題は解決していないのである。したがって、新たに創設される「指定入院医療機関」は、従来の精神科医療が抱えてきた問題をそのまま受け継ぐにすぎないのである。
 また、政府案は、数の上でも検察庁による不起訴よりも多く、現実に現場の問題となることが多い警察段階での通報による鑑定入院が引き起こしてきた問題は解決されない。そのために、従来の精神科医療現場が抱えてきた問題の解決にはなっていない。
 
★IV‐2)裁判官関与の問題

 地裁におかれる合議体は、裁判官1名、精神科医1名とされている。この場合、裁判所が鑑定を命じる医師とは、この合議体の医師を指すのかそれ以外の医師を指すのか、骨子の文言からは読みとれないが、どちらにせよ措置入院の際の鑑定が精神科医2名の意見の一致を要することに比べると、より医療的判断の比重が小さくなっている。
 したがって、地方裁判所における処遇判断には医療以外の要素が大きくなることが危惧される。つまり裁判官には医療判断は行えないから、鑑定をした1名の精神科医の医療判断は、合議体による裁判官の判断を交えた医療判断と突き合わされて最終判断が行われるという構造になるのである。ここで裁判官が行うべき医療判断以外の判断要素は、当然「社会的危険性」を含むものとならざるを得ないであろう。

★IV‐3)再犯予測の問題

 地裁での審判において、精神科医は、対象者について「心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」について鑑定を命じられることになっている。これはまさに「再犯予測」を行うということでしかなく、その不可能性については前章で論じたものである。
 これは、指定医療機関への入院の際のみならず、入院継続、退院に際して常につきまとう問題である。

★IV‐4)指定医療機関の問題

 「犯罪にあたる行為を行った精神障害者」に対する特異的な専門的治療は、現在のところ存在しない。だとすれば指定医療機関が行うことは、専門的治療ではあり得ず、あるとすれば専門的処遇のみである。そして犯罪を行った者に対する専門的処遇は、前章にみたように現在の刑事政策システムの中では不成功に終わっているのであるから、このような医療機関の処遇が不成功に終わること、すなわち刑事政策上は許されないはずの長期の拘禁になってしまう危険性が大きい。

★IV‐5)「観察および指導」の問題

 指定入院医療機関を退院した後、あるいは指定通院医療機関での治療中は、対象者は保護観察所の観察下におかれることになる。ここには新たに「精神保健観察官」がおかれるが、保護観察所は法務省管轄機関であり、医療・福祉の援助を目的とする精神保健福祉士が、どのような方向性と専門性をもってこの任にあたるのかが明確にされていない。
 このことは、もしこのような制度が未だ貧困で一般精神障害者の福利に結びつく地域活動ができていない現状の中では、精神保健福祉士の役割の中で治安維持の任務が相対的に大きくなることにつながり、ひいては地域医療の保安化につながるものとなる危険をはらんでいる。
 
★IV‐6)権利保障の問題

 政府案においても、審判の際の付き添い弁護人は認められているが、各種の不服申し立てについては、高裁への抗告が認められているのみである。ここでも医療を中心としているような外観のもとに、その実際は刑事政策であるという二重性が潜んでいる。
 医療であるならば、少なくとも精神保健福祉法に保証されている第三者機関での審査を行うべきであろう。

●おわりに

 以上のように、政府案はその性格を外見上医療におきながら、その実態は不完全な刑法施設であるという二重性を持っている。すなわち医療機関としての専門性を欠いている上に、刑事施設としての実効性と人権保障が不完全である。新法の性格を一言でいえば、医療の中に裏から密輸入された保安処分である。
 さらにいえばこの案は、たとえば日精協が求める一般精神科病院の底上げにもつながっていない。「入り口問題」である警察官通報や起訴前鑑定の問題が無視されているからである。さらに、ほとんど底上げが認められないままにきている精神保健関係予算にくらべ、このような新法と施設にのみ緊急の予算がふるまわれる現実は、今後も医療の側が期待を裏切られ続けるであろうことを予感させるのである。


関連

精神科医療懇話会声明(第3弾)

〜特別立法に関連した諸試案の批判・評価と懇話会提案〜 2001年9月18日 精神科医療懇話会

精神科医療懇話会

2001年7月20日 平成13年6月25日「大阪児童殺傷事件」に関する理事会見解に対する声明 − 批判的検討と対話 −

精神科医療懇話会

2001年6月27日 池田小学校事件および特別立法に対する緊急声明
新法骨子関連 2002年2月14日
・自由民主党 触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム第11回会合 <議事次第>
・重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子
・精神障害者の保健・医療・福祉の総合計画(仮称)に盛り込むことを検討中の主な内容
触法処遇制度(案)骨子【図】(他へのリンク)


池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧

「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会

重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向

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2002/07/10 06:01:27;51460;f6876db868v;RETR;ok;/htdocs/archive/folder1/shokuhou/seimei/020221takagi.html