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大阪精神医療人権センター 声明

2001年8月22日

 まえがき

 池田小学校児童殺傷事件が発生した直後から、メディアは精神障害者と犯罪の関係を取り上げ、単に加害者に精神科治療歴があったというだけで、早々と精神科医や法律関係の有識者のコメントを紹介し、「保安処分」や「特別精神病院」が必要であるという論調を先行させた。その後の報道は当初のセンセーショナリズムを少し軌道修正して、精神医糠と司法の関係に含まれる問題の全体をとらえなおすという視点からのシリーズ記事を企画掲載したりした。

 人権センターにも電話などによる反応が寄せられ、当事者からの多くの世間の視線を心配する不安の声とともに、反対に、精神障害者の人権擁護を主張することが、こうした事件の被害や被害者を軽視することであるといわんばかりの感情的な意見も聞かれた。今回の事件が精神障害者と犯罪という観点から考えるのにほんとうに妥当なケースであるのかどうかについては現時点ではいまだ留保が必要ではある。しかし、このような悲惨な事件を防ぐことと、精神障害者の人権を守ることが対立することではないことを明らかにするためにも、わたしたちの基本的な考え方を簡単にまとめておきたい。

1.「触法精神障害者」の再犯の問題について

  (「触法精神障害者」がどのような内容を指すのか、その範囲などについても曖昧な点が残るので、いわゆるという意味で括弧つきであるが、以下括弧は省略する)

 精神障害者の犯罪検挙率が一般の検挙率に比較して高いとはいえないことは、犯罪白書などから明らかにされている。しばしば悪質な「野放し」キャンペーンがはられるのに反してむしろ一般よりもはるかに犯罪を犯す率は低いのである。

 それでは、再犯の傾向についてはどうだろうか。一度犯罪を犯した精神障害者は一般罪者と比較して再犯を犯しやすいのだろうか。

 触法精神障害者の再犯についての調査は、東京医科歯科大学の山上皓氏らによる「触法精神障害者946例の11年間追跡調査」(1995)が、もっとも最近のかつ長期にわたる追跡調査のようであるから、このレボート(以後山上レポート)の示すデータから検討してみたい。

 調査の対象は1980年1年間に犯罪を犯した精神障害者で検察において不起訴処分を受けたり、裁判で刑の減免を受けた946例であり、その後11年間における再犯の内容について追跡したものである。

 それによると946例のうち11年間になんらかの再犯を犯したものは総数207例である。946例のうち殺人205例、放火139例について、異なった罪名を含む11年間における再犯は各々14例(6.8%)、13例(9.4%)であった。一方、比較対照のために一般犯罪者の再犯についても調査された。これによると、1980年において殺人および放火により有罪判決を受けた一般犯罪者の同じ11年間における再犯率は殺人28%、放火34.6%であり、いずれもほぼ4倍の割合をもって一般犯罪者の方が再犯率は高いことを示している。

 また不起訴処分ののちこれらの人はどのように処遇されていただろうか。

 前記1980年1年間に報告された触法精神障害者946例のうち、精神分裂病と診断され、殺人、放火、強盗、傷害、強姦、強制猥褻の6重罪について不起訴処分になったものは329例であった。このうち、釈放後入院したのは294例、そしてこのうち5年以内に退院した者は166例であった。すなわち残りの128例(43%)は5年を越えて入院を継続していることになる。

 この事情をさらに一般犯罪者と比較してみると、殺人犯で11年後も収容紳続していたものは一般犯罪者10名(5.6%)に対して触法精神障害者では48名(23%)、放火犯では一般犯罪者1名(0.5%)に対して触法精神障害者では32名(23%)である。この著しい差には驚かされる。

 以上のデータが示しているのは、繰り返される「野放しキャンペーン」とはうらはらに、触法精神障害者は、措置入院制度などを中心とする現行精神保健福祉法の枠内で想像以上に社会防衛的に処遇されているということである。しかしまた、この触法精神障害者に対する隔離がその再犯率を引き下げてきたということがいえるのかどうか。それは別の問題であり、現在はこれについてのデータはないといわねばならない。

 以上からすると、精神医療が医療の範囲を逸脱して社会防衛を優先させた結果、(触法)精神障害者の人権を抑圧しているケースが多数あると疑う根拠がある。事件が起きるとしばしば精神障害者の早すぎる退院、早すぎる措置解除があたかも事件の背景であるかのように広言されてきた。しかし山上レポートなどの調査の事実は逆に精神科医が社会を気にした過度の保安的配慮に傾きがちであることを推測させる。

2.簡易鑑定の問題

 現行刑法・刑事訴訟法の基本的なルールである責任能力についての39条の規定と、検察官の起訴便宜主義の規定によって、精神障害のために心神喪失あるいは心神耗弱と判断された被疑者あるいは被告人のうち90%前後は、検察官の判断で不起訴あるいは起訴猶予になっている。検察官の判断の根拠はいわゆる簡易鑑定である。しかし、この簡易鑑定の実態についての資料が公表されないので、それがどのように行われているのかについての疑問が多いとされている。

 簡易鑑定は犯行時の責任能力と、鑑定時点での精神状態の両方について鑑定を依頼されるのがふつうであるが、そのどちらについて検察官が判断したのかも明らかにはされない。つまり犯行時の責任能力を問題にしたのか、訴訟遂行能力を問題にしたのかが明らかではないことについても疑問が提出されている。

 被疑者が犯行を否認している場合に不起訴処分とされ、犯行の事実についての争いの場が奪われ、引き続いて検察官通報から措置鑑定の結果入院になることについて、被疑者の権利が保障されていないという批判がある。犯行なくして「犯行時」はないのだから、犯行事実の確認なしに精神鑑定をすすめてよいのかという批判がある。

 起訴前鑑定は任意捜査の一環であるから「診断承諾書」がとられるというが、果たして真に自由意思にもとづく承諾であるのかどうかについても疑問がある。

 簡易鑑定のあり方について実態がよくわからないため、検察に客観的裁定基準があるのかどうか、かなり検察官の恣意的裁断によることが多いのではないかといわれている。

 山上レポートは精神分裂病の殺人119例、傷害96例(198O)について、精神鑑定の実施状況と、裁定の結果を調査している。これによると、全215例のうち、裁判の正式鑑定は裁判、検察あわせて59例にすぎず,簡易鑑定66例あり,さらに鑑定なしで不起訴処分となったものが90例あったとして、法の適正な運用がなされていないのではないかと批判している。そして、鑑定すら行われず検察官が不起訴と判断した根拠が、一片の診断書であったり、電話による事情聴取であったりすることさえあるという。(山上皓:「我が国における現状と問題:法と精神医療1998-12号)

 こうした事情であるならば、起訴便宜主義による不起訴あるいは起訴猶予は必ずしも披疑者の利益につながるとはいえない。法廷で争う権利を奪われ、犯界者の「汚名」を着せられ、かつ前述のような長期入院によって事実上の不定期刑状態におかれている場合も皆無とはいえない。

 犯行を争うという被疑者の権利、あるいは鑑定されて意思無能力とされることを拒否する権利を保障するためには、鑑定につての拒否権を明確にする必要があるのではないか。

 すくなくとも、鑑定についてその利害得失が充分説明された上での同意であることが明確に記録されなければならないだろう。

 とくに重罪については、簡易鑑定ではなく正式の精神鑑定を裁判所の認定のもとに行い慎重に判断すべきである。

 責任無能力の判定は、一方で被疑者としての法的利益を守り、また精神障害者として治療につなげ、医療を優先して健康を回復する権利を保障するが、他方では市民として犯行内容事実の認定について自らを弁護し、自らの考えを述べる機会を否定し、犯罪者である精神障害者として精神病院での隔離と差別のもとに追いやるという結果をきたさないとも限らないのである。

 3.特別病棟新設と、「審判所」構想について

 政府は、池田小学校事件を踏まえ、「何もしないでよいということにはならない」という小泉首相の指示に従って、「特別病棟」新設を前提とし、医療・福祉関係者に加えて裁判官が参加する「審判所」構想を打ち出した。

 司法のありかたにたいする検討を抜きにして、精神医療を現在以上に治安隔離政策に従属させようとする本末転倒の政策である。

 再犯を想定したこうした政策は客観的な判断基準を踏まえた議論になるのだろうか。

 精神障害者の再犯については、先に述べたようにむしろ一般より少なく、また仮に再犯を予防することを考えるにしても、再犯を科学的に予測することも困難であるといわれている。

 吉川和男氏(東京医科歯科大学、1995,犯罪学雑誌)は精神分裂病の殺人例について分析し、1980年の分裂病殺人犯111名を、11年間の追跡に従って単発型と反復型に分類し、性別、被害者、アルコール、入院歴、妄想などのいくつかの変数をもちいて、両者を区別し、再犯の可能性を予測しうるか否かを検討している。結論的には82%の確率で予測しうるが、過剰予測(あやまり)を排除しえず、実用にはなお難があるとしている。

 審判所は、裁判官に代表される社会防衛の要請から、精神医学的予測に基づくことなく、特別病根に処遇するという、差別の上に差別を重ねるような結論を出すだけになる危険性が大きい。

 

 4.精神医療の改革と地域福祉の充実こそが必要である

 再犯についてはむしろ少ないとすれば、問題はむしろ初犯の予防かもしれない。なぜ精神障害者が犯罪に追い込まれるのだろうか。それを考えると、結局は地域における精神医療体制の充実と、患者の生活を多面的にサボー卜する福祉の充実を図ることがもっとも肝腎であるということになる。前記山上レポートの分析でも、再犯151例についての再犯時点での社会生活状況を調査すすると、職業、住居、家族などの生活条件の面で大きなハンディを負っていることが明らかである。つまり社会的条件が再犯を左右する大きな要素であることがこの調査からも証明されているのである。こうした精神保健福祉の充実にブレーキをかけているのは地域住民の差別意識であり、一部の学者の無責任な言説はこうした差別を結果的に扇動してきたのである。

 管理の強化が必要であるという議論の一つとして、退院後の通院の確保のために、「措置通院制度」のような強制的通院を制度化しようとする考えがある。

 精神科においても治療についてのインフォームド・コンセントの充実が必要であるといわれる今日、通院を法的に強制することにどれほどの実効性があるのだろうか。患者と治療側との間に基本的な信頼関係が成立しなければスタートすることも継続することもできない通院治療はこうした強制によっては維持されないだろう。入院を背後にちらつかせながらの治療強制の仕組みは、意図とは逆に、早晩形骸化したものになることは、明らかである。

患者と家族が安心して早期に相談し受診できることが大切であり、困難なケースについては十分な時間とマンパワーをかけることが求められる。それは、地域のおける医療保健サービスの供給の問題でもあり、同様に精神科病院における医糠体勢の課題でもある。特別な病院や、特別の病棟を新設するよりも、精神医療におけるマンパワーの差別を撤廃し、一般科と変わらぬ医師・看護の配備を回復することが先決である。

こうした基本的なことにほとんど手を着けず旧態のままに放置し、単に収容の長期化のみを精神病院に期待することが、精神障害者は特別な存在とする差別を助長し、この差別意識が社会復帰を妨げ、こうした社会的な不利が、精神障害者を時に不幸な事件に追いやるという悪循環を断たねばならない。


関連資料

山本深雪事務局長(NPO大阪精神医療人権センター)

2001年6月28日 池田小学校事件をきっかけに
精神障害者の犯罪をどのように考えるべきか 安心してかかれる精神医療の確立こそ急務
2001年9月  里見和夫 弁護士 (出典:雑誌「部落解放」491号

精神保健福祉法の「改正」を検証する 「移送制度」の中味と問題点



池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧

「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会

重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向

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