精神科医のからみた再犯予測の論点
2002.6.6 吉岡隆一
まず、資料としてアメリカの代表的精神医学教科書カプランサドック編「comprehensive textbook of psychiatry」の紹介を載せます。同書2000年度版ですがその54章1のうちに暴力的な患者という節がありますが、その抄訳です。
当事者の皆さんは不愉快だと思いますが、少し口をはさみたいと思いますが、暴力的な健常者も患者もいて当たり前の社会という前提でお読みください。Violent Patients(抄訳)
暴力的なあるいは潜在的に暴力的な患者を治療する精神科医は、攻撃的な外来患者の管理の失敗や暴力的な患者の退院について訴訟されるかもしれない。精神科医は患者の攻撃的な傾向について知っているのに理由があれば、また公衆を守るために何らかのことができたならば、社会防衛の失敗に関して訴訟されうる。画期となったタラソフ事件でカリフォルニア高裁は精神医療専門家が同定可能な、危険にさらされている第3者を外来患者からの切迫した重大な危害から 守る義務があると判示した。それ以来法廷と立法者はどんどん精神科医を潜在的に暴力的な患者の将来の行動(危険性)を予言せねばならないというfictional standard虚構の基準 に縛り付けてきた。研究は一貫して精神科医は信頼できる正確さを持って将来の暴力を予言できないことを示してきた。
・ ・(中略)・・
タラソフ義務は始まりは外来場面に適用された。しかしながら精神患者の危害から個人と社会を守る法的義務は暴力的な患者の退院に際しても起きる。警告義務の領分は暴力的な患者を退院させない義務よりも狭い。危険にさらされた第3者に警告し守るのに失敗した事例では、暴力は重大で切迫しており、被害者は普通同定可能で見通せた。暴力的な患者を退院させない義務はより広範囲な領分をもつ、というのはこれらの患者はしばしば人々やグループに特定された脅しを表現しないしこうして一般公衆に危険となるから。退院事例では、法廷は直ぐに同定可能な被害者の場合を以上に治療者の義務を拡張してきた。不注意な退院を訴えた医療過誤の訴訟数は外来でのタラソフ義務の訴訟の少なくとも5、6倍である。
・ ・(中略)・・
外来でも入院でも精神科医は患者の潜在的な暴力のリスクを合理的に評価できれば標準的なケアを満たせるだろう、その評価は臨床的介入の選択肢を示すだろう。たとえば、過去の暴力歴は未来の暴力を警告する。暴力のリスク評価の精神医学的文献に専門的基準が記述されている。しかしながら個人の暴力的行動の予言のためのケアの基準は存在しない。精神科医は暴力のリスクを頻繁に評価しリスク評価を意味ある臨床的岐路(病室や病棟変更、権利の増大、病棟外出の許可、退院)で更新すべきである。暴力の評価は「今ここで」の決定である。暴力の蓋然性リスク評価は直近の短時間(例えば24−48時間)を超えると累進的に正確でなくなる。(progressively less accurate)。リスクベネフィット評価が行われ記録されるべきである・・以上が本文です。
さて高木医師の紹介する英国精神医学教科書をあわせて読めば、これらの記述がおかれている状況がわかってくると思います。
まず第一に気をつけるべきなのは、精神科医がリスク評価や再犯予測を強いられているそれ自体に両者が批判をしているということです。
彼らはいずれも再犯予測を含む予言の可能性に批判的なのですが、法がそれを強いているので叙述をしている、というスタンスを失っていません。アメリカ人は率直に「危険性予測の満足できる文献はない」というのですし、英国人は「臨床家は臨床的にリスクを評価する姿勢は持たねばならない」が「予言を精神科医がするには倫理的実際的制限がある」と側面から法の無理強いに抵抗しているということです。
次にでは再犯や暴力、危険性の予測そのものの時間的見通しですがアメリカ人は抄訳に触れたように数日とはっきり述べています。英国人は危険性因子の同定に関して、人口学的データ(性、年齢など)に精神医学固有の因子+環境的要因などが危険性関連の模式図であるむねを叙述していて、一杯因子を数え上げきったみたいですがこれは逆にいえば力動的モデルに近づいており、要するに長時間予測モデルより短期的予測モデルを志向することを側面からはっきりさせようという記述の工夫です。
英国人はもうすこし頑強に法の無理強いと長期予測に頑強に抵抗します。予測の実際に関する節で、精神医学固有の問題は暴力に関連する度合いはその他因子(例えば病前の反社会的行動)にくらべて意義が薄い、とか、暴力行為の実行は環境的引き金の上にたっていることを書き付けます。その意味は、精神医療は、精神医学的な問題(例えば精神医学的症状)のマネージメントに責任があるが、統計学的方法があげるそれ以外の再犯に実際には大きく関係する因子にまで責任は持たないといっているわけです。さらに累犯者には精神医学的症状よりもともとの反社会的行動傾向がはるかに関係するのだと言います。
次に統計学的方法には、危険性の予測はあっても危険性の消失をしめす因子にかんする研究はありません。奇妙な事に危険な人々に対する入院を主とする治療の進展からなにを選んで危険性なしとするのかは、示された事がないのです。要するに入り口であぶなさに関係する因子を数え上げる事はしても、治療の効果を治療にそくして評価する研究は、長期・統計的予測には全くでてこないことに気付かされますが、英国人はこれにも触れています。
つぎに危険性ありとしうるグループに個人が参加している場合、差別をもたらさないようにする工夫が要ります。しかしこれが統計研究からは見えてこないのです。統計研究は、将来の暴力に関する因子をあげてますが因子は結果=暴力行為と因果関係で示されているわけではないのです。因果関係のないものをあえて例えば強制入院で「なおす」とは矛盾です。わたしは男性ですが、女性になれないと思いますが、それを理由に強制入院に甘んじろといわれたら、まず怒り次に「男なら危険というのは差別じゃないか」と抗議するでしょうね。性をたとえにしたのがわかりにくければ、ここに生活保護とか社会経済的階層ということばを入れてみてください。あるいは人種でもいいでしょう。
再論しましょう。坂口厚労相は、オックスフォードもアメリカの精神医学教科書も未読或いは誤読しています。再犯予測や危険性予測やリスク評価を精神医学に押し付けている英米の法と訴訟に対する精神科医の批判を原文に添って読み取らず、長期予測の専横に対して短期予測の復権を通じて精神医学を刑事政策ではなく精神医学=患者・治療者の営みとして確保しようとした叙述を読み取らず、統計的・長期予測が精神医学的症状からはなれた因子に多きく依存して予測成果をあげたことを読み取らず、あげられた臨床的な危険へのかかわりのモデルを詳細であるゆえに刑事政策的予言の可能を言いなすものと早合点した、喜劇的=悲劇的顛末が、先の厚労相答弁と触法法案だったのです。
【再犯予測に対する疑問】
再犯予測についておそろしいのは、予測因子としてあげられているもののうち、可変的なのは、(4)の治療状況と(5)の予測される将来の症状だけで、他は本来的に不変的因子だとうことです。ということは、再犯の危険因子が大きいとされた人は、いつまでたってもあまり危険因子の変化がなく、結果として指定入院機関から出にくいということになるるのではないでしょうか?
(対象者の鑑定)
第三十七条 2 「(1)精神障害の類型、(2)過去の病歴、(3)現在及び対象行為を行った当時の病状、(4)治療状況、(5)病状及び治療状況から予測される将来の症状、(6)対象行為の内容、 (7) 過去の他害行為の有無及び内容並びに(8)当該対象者の性格」を考慮する
【吉岡さんの見解】
まさに然りです。統計学的再犯予測と臨床的再犯予測という二つの方法があり前者が後者に対して優勢と言っていいと思えますが、前者の方法は結局はいろんな因子から再犯危険性を割り出そうというものです。
とくに再犯に関連するという定評があるのは、人口学的因子(性、年齢)社会学的因子(婚姻状態、社会経済階層)履歴因子(前科前歴)あたりで、特に履歴の割合が高く、実は精神医学的因子(症状や治療経過)はあまりパッとした関連がありません。
オックスフォード教科書でも履歴の寄与が高いので精神医学的変数の影響が少なくなることをちゃんと指摘しています。さらに履歴の関与率の高さをあげて、もしそうなら精神科医が再犯予測に役割を果たす事が疑問になるとまで言っています。大臣答弁は精神科医が再犯予測するのは当然だと教科書が言っているというのですが、ひどいデマでしょう。
もうひとつこの履歴の再犯要因中にしめる大きさは、あるいは池原さんには顔をしかめられるかも知れずまた国民には共感を一定得ると思いますが、責任能力判断における精神障害=喪失ないし心神耗弱という判断への批判ともなっています。犯罪が病との関連強く、病者の行動の自由を奪っていれば確かに喪失判断が妥当だと思うのですが、病気以前のところで犯罪に走りやすいかそうでないかが問題なのだとすれば、累犯傾向にある人に心神喪失・心神耗弱という検察判断が妥当といえなくなりましょう。
「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会 重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向 「隔離新法」 国会上程反対 速報! 国会議事堂前抗議行動! 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)(更新020324)
- 新法骨子関連 2002年2月14日
- ・自由民主党 触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム第11回会合 <議事次第>
- ・重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子
- ・精神障害者の保健・医療・福祉の総合計画(仮称)に盛り込むことを検討中の主な内容
- ・触法処遇制度(案)骨子【図】
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