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オックスフォード精神医学2000年版翻訳その2

2002年6月6日

高木俊介(精神科医療懇話会

オックスフォード精神医学2000年版の「犯罪予測の章」の訳を続けます。
今回は、p.2069 「統計的アプローチと臨床的アプローチ」の節です。
この著者はなかなかに皮肉屋で、教科書だというのに主張丸出しのようです。
(もっとも英米の教科書はたいていそうですが)
ここでも「統計的可能性の問題」と「その個人への適応の問題」が鋭く区別されています。
ですから、これを根拠に「予測による拘禁の合理性」を導き出すことはできません。
むしろ、確率でしかない予測を個人に適応する時の倫理性を問題にしているとみるほうが正しいでしょう。


p.2069 「統計的アプローチと臨床的アプローチ」の節(訳)

 かつては危険性(dangerousness)を予測することは、せいぜい特定の個人における将来の攻撃性を予言する要因を見いだそうとする方法にかかわるような経験を伝える臨床的行為にすぎなかった。

 しかし、90年代になると、そのような臨床家の危険予測の正確さを立証しようとする伝統的研究に替わって、リスク(risk)に対する統計的方法を確立しようとする研究が現れた。リスク評価においては、統計的方法に基づいて、将来の攻撃性の可能性と諸要因との間の関連を経験科学的に確立させようとしてきた。最悪の場合、臨床的方法は偏見の焼き直しにすぎない。同様に悪質な統計的研究は、質問紙などの道具をを用いて、その点数にだけ基づいて個人のリスクレベルを定める程度のことをしている。


 統計的方法に懐疑的な研究者は、この方法は諸個人に応用することが難しいか不可能であるような人口集団に基づいた研究から得られた統計的推論に基づいていると批判している。このような批判は、統計的方法は可能性について研究しているのであって、危険性の有無やその性質を同定するものではないという点を見落としている。


 例えば、統合失調症(schizophrenia)では一般人口に比べて攻撃的になることが3,4倍高いからといって、ある特定の統合失調症の人が普通より攻撃的であるということにはならない。統合失調症に罹ると、暴力的行為を行う可能性が高くなると言えるだけなのである。重大な暴力犯罪で有罪宣告を受けた者には、3〜5倍の率で統合失調症が見いだされるという研究があるが、だからといって統合失調症患者が暴力犯罪人であるのではなく、暴力犯罪者の中にはより多く統合失調症もみられやすいということである。もっと有意義な統計的データが得られれば、個々のケースの可能性予測に対する限界はより狭まるだろう。諸個人が確率にあてはまらないということで、このアプローチが無益であるということにはならない。暴力の可能性を予測する統計的方法は、まさに証拠に基づいた医学の一具体例である。


 現在収監されている犯罪者の将来の犯行の可能性を予測について、統計的方法を使用した信頼できる文献がある。暴力行為累犯者の予測因子は、囚人と精神科患者では本質的に同じであると主張されている。同等であるというこの主張のおかげで、囚人人口に使用されてきた研究・評価ツール(instruments)が、精神科的異常のある囚人だけでなく精神科患者一般に使用できる道が開かれた。精神障害者のリスク評価に現在使用されているツールには、Psychopathy Check List-Revised, Violence Risk Appraisal Guide(VRAG), Historical/Clinical/Risk-20 がある。これらの提案者は確信と熱意に欠けるところがない。Hareは、Psychopathy Check List-Rで評価された精神病質者は、犯罪司法システムの中で、暴力と累犯の評価と特に強い関連をもった一つの重要な臨床的まとまりをもっていると主張している。さらにこのリストの修正版である短縮版は、精神障害者も含めた一般市民や法廷での使用に適するとされている。


 「このリストは信頼性と妥当性があり、・・・非常に短時間の訓練で施行と採点ができる」と付け加えられている。QuinseyらVRAGについて次のように書いている。「これには信頼性も妥当性もある。さらに臨床的直感が暴力累犯者の正確な予測に役立つという未だにある古い主張を衰退させるだろう」


 それがしばしば評価者の個人的な経験や偏見を反映しているだけに過ぎないことがあるにしても、ここまで愚弄されたからには、臨床的な方法も、その経験を統計的証拠を含んだ文献から得られる知識と統合しなければならない。実際、Chiswickは、臨床的判断は今でも我々のもっとも良質な評価道具であると主張する。機能分析のような方法は、臨床判断をシステム化しようとしている。パターンを認識する臨床家の能力を無視することは、統計的証拠を無視するのと同じくらい愚かなことである。以下に試みるのは、両者の方法の配分を明確化する試みである。

※(著者は、dangerousness と risk を使い分けていますが、それについて説明している冒頭の章をまだ読んでませんのでよくわかりませんでした)


【特別立法】オックスフォード精神医学2000年版翻訳その3

Oxfordの再犯予測の章、結論部を翻訳しました。
「ビューティフル・マインド」まで出てきちゃいましたよ。

結論は、
「我々はこのような予測や予防機能を遂行する我々の能力に対して謙虚でなくてはならない」
でした。

全体からみる限り、この著者は、EBMにも懐疑的です。というより、現在のEBMのあり方に批判的で、中庸的な人ですね。

さて、こうなると、政府答弁や精労協交渉での官僚答弁は、まったくの嘘ということになりますね。

チロリンスカヤ村(?)の報告書もあやしいものですね。
ドン・ガバチョみたいな村長さんになっちゃたのかな〜

法案に科学的根拠から賛成しておられる方、ここにもおられると思います。
別の根拠を示すか、カロリンスカの報告書を提示していただくか、してください。

(私は社会の仕組みに科学的根拠がないといけないとは思いません。社会構築主義の立場です。しかし、今回政府や一部の司法精神医学者が科学的根拠があると言って大衆にアピールしようとしているので、論戦しているだけです。ですから、この法案に科学的根拠がなくても賛成する立場があるのはわかります。そしてそうであれば、それに対しては正しく論戦に応じます)



結論

 リスク評価とそのマネージメントを患者(今様に言えばクライアント)とのかかわりの中での重要事項とするようにという圧力が、精神保健の専門家に対して高まってきている。リスク評価の分野では、主要な研究課題の枠組みと得られたデータの分析は、統計学的なリスクと予測得点をつけるための標準化された質問票の作成にますます集まっている。リスク評価の技術は、専門家と精神障害者の関係の主要な手段のひとつになるかもしれない。もしそうなったら、患者とその疾患や障害が我々にとってどのようなものに見えてくるかということが、根本的に変わってしまうだろう。リスクに技術が焦点化すれば、いつのまにか、患者から個人的社会的コンテキストが奪われ、患者とその病気が計測可能なリスクのかたまりとしてとらえられることになる。


 技術とは、効率と管理に関するものであり、支配にかかわるものである。そして技術的操作の対象とはまさしくそのようなもの、つまり対象物なのである。リスク評価に対する技術的アプローチが臨床行為に優先する程度に応じて、たとえそのことでいくらかの利益はあろうと、臨床家が患者のことをを潜在的な危険物のように見てしまうような視点の再編が引き起こされるという代償を払わねばならないだろう。精神医学の実践や理論が、臨床家と唯一の悩める個人の個々それぞれのかかわりから、標準化された最適な実践の世界へと大きく変化しているが、リスク評価はそれに一役買っている。ツールは診断を目的としており、診断はどの治療システムが用いられるべきかを決める。そして、リスク評価は、我々の専門的責任の対象に対する、あるいはそれによるダメージを防ぐことを我々に可能にしている。命令された手続きの効率的、効果的で適正に評価された遂行は、規範的なものだけでなくて倫理的なものも決定するのである。


 この章はノーベル賞受賞者の言葉の引用ではじめったので、もうひとりの受賞者の物語でしめくくろう。ノーベル賞受賞者であるジョン・ナッシュの統合失調症の物語がNasserによって書かれているが、それを読むと、病気と病者の人間性や生活、さらに天才との間の複雑な相互作用がわかる。Nashは重篤な精神疾患に罹っており、そのために強制治療を受け、時には危険人物とみなされていた。彼は最終的には安定した寛解状態となって、数学者としての活動を再開することができた。彼は継続的に医療を受けたのでもないし、他の精神保健の援助を受けたわけでもない。このことのどこがリスク評価やマネージメントに関係しているのか?すべてである。個別の事例における統合失調症のひとつであるような病気の結果については、まったく予想し難いままなのだ。我々精神保健の専門家は、自分たちが行う将来の予測に基づいて働かなければならない。我々は、我々の行うリスク評価やリスクマネージメント戦略ができるだけ効果的であるように心砕かなくてはならない。しかし結局、我々はこのような予測や予防機能を遂行する我々の能力に対して謙虚でなくてはならない。そして、何が本当に、Nash や患者たちを狂気やさらには危険性から解放するのかということに対する探求心を失ってはならない。



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