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平成11年度厚生科学研究受補助金(障害保健福祉総合研究事業)
精神科医療における行動制限の最小化に関する研究
−精神障害者の行動制限と人権確保のあり方−
主任研究者
浅井邦彦(千葉・浅井病院)
研究協力者
五十嵐良雄(埼玉・秩父中央病院)
久保田 巌(千葉・八千代病院)
昆 啓之(千葉・千葉県精神科医療センター)
澤 温(大阪・さわ病院)
関 健(長野・城西病院)
野木 渡(大阪・浜寺病院)
八田耕太郎(東京・都立墨東病院)
益子 茂(東京・都立多摩総合精神保健福祉センター)
松岡 浩(東京・日本精神病院協会顧問弁護士)はじめに
本研究は、平成11年度〜12年度厚生科学研究(障害保健福祉総合研究事業)「精神科医療における行動制限の最小化に関する研究−精神障害者の行動制限と人権の確保のあり方−」(主任研究者:浅井邦彦)の平成11年度研究分の報告書です。
わが国の精神科医療は、精神障害者の人権確保と社会復帰の促進を目的として昭和63年に精神衛生法から精神保健法に改正されたのに伴い、精神科病床を有する全国の病院では患者の人権に対して細心の配慮を行うようになって来ました。
ところが、平成10年に国立犀潟病院において違法な隔離および身体拘束の長期間の実施と死亡事故等か発覚しく全国の国立精神療養所における隔離・拘束に関する実施調査が行なわれ、いくつかの問題点が指摘されました。こうしたことを契機に、精神障害者の人権擁護の観点から、これらの行動制限に対する最小化の努力と、その明確な指針が緊急に求められるに至りました。
本研究班では、精神科病床を有する全国の病院(1,548病院)を対象に、アンケート調査(病院調査(A)、病棟調査(B)、行動制限を受けている患者調査(C))を実施しました。隔離および身体拘束に関する全国規模の実態調査は初めてであり、大変貴重なデータが得られました。データをコンピュータに入力・クロス集計をし、検討を行ないました。
第1章で、「全国の入院施設を持つ精神科医療機関に対する行動制限の実態に関するアンケート調査」の結果の概要を示しましたが、わが国の精神科病院における行動制限の実状を明らかにすることが出来ました。
第2章ではアンケートの結果の検討に基いて「精神科医療における行動制限の最小化に関する指針」を、討論を重ねた結果として作成しました。
なお、アンケート用紙のとりまとめ等は主として五十嵐良雄氏か、第2章指針(ガイドライン)の作成は八田耕太郎氏か中心となって行ないました。アンケートに御協力いただきました全国の病院の方々には心から感謝しています。また、研究協力者の多大の御協力に深謝いたします。
本報告書を参考にして、精神科医療の臨床現場で精神障害者の人権尊重の立場から、行動制限を必要最小限に行なうために活用していただければ幸いです。
なお、2年目の平成12年度研究では、「病院内審査機関」を研究協力者の病院に設置し、試行を行なって「指針」を作成する予定です。
平成12年4月
主任研究者 浅井邦彦
目 次
はじめに………………………………………………………………………………………… 3
第1章 「全国の入院施設を持つ精神科医療機関に対する行動制限の実態に関するアンケート調査」の結果の概要…
…………………………………………………………………… 7
1.アンケート調査の対象………………………………………………………………… 9
2.病院・病棟の違いによる行動制限の実態…………………………………………… 9
3.疾患による行動制限の違い……………………………………………………………10
4.行動制限の中断と継続の内容…………………………………………………………11
5.行動制限にかかわる医療関係者の意見………………………………………………12
第2章 精神科医療における行動制限の最小化に関する指針……………………………31
はじめに………………………………………………………………………………33
1.医療行為としての隔離および身体拘束の定義………………………………………35
2.隔離および身体拘束の目的と対象患者………………………………………………35
3.隔離および身体拘束を実施する際の最小化への留意点……………………………39
4.病院内審査機関の設置…………………………………………………………………45
付録………………………………………………………………………………………46
参考文献…………………………………………………………………………………49
第3章 アンケート用紙………………………………………………………………………51
1.「精神障害者の行動制限と人権確保のあり方」に関するアンケート調査のお願い… 53
2.病院調査票(A)………………………………………………………………………55
3.病棟調査票(B)………………………………………………………………………57
4.個人調査票(C)………………………………………………………………………61
第1章
「全国の入院施設を持つ精神科医療機関に対する行動制限の実態に関するアンケート調査」の結果の概要
1.アンケート調査の対象
1)アンケートの調査内容
行動制限を最小化するために現状での行動制限の実態を把握することがまず必要であった。また、精神科医療機関で働く職員の行動制限に関する意見を聴取し、最小化のためのヒントを得ることも重要であると考えた。本研究班ではこのようなことを目的としてアンケート調査を企画し、全国の入院施設を持つ精神科医療機関を対象とした行動制限の実態に関する調査を平成11年6月30日現在で行った。調査用紙は病院に関する情報を得るための病院票、病棟からの情報を得るための病棟票、調査当日に行動制限を施行していた患者本人の情報を得るための患者票の3種類の調査用紙を用意した。
それぞれの調査票を回収した後、結果をコンピュータに入力し集計を行った。なお、今回の結果に関しては本来単数回答である欄の重複回答や無回答は集計の操作からは除外した。
2)調査の対象と回収率(表1)
調査を行った対象病院の数を病院区分に分けて表1に示す。調査用紙を全国の1,548病院に送付し1,090病院から回答を得た。回答率としては全体では70.4%であったが、病院区分別では公的病院および国立病院・国立療養所が8割を超える高い回収率を示しており、本調査に対して高い関心を寄せていたと思われる。
一方、総合病院は57.1%と病院区分の中で最も低い回収率を示したが、アンケート調査用紙を病院長または精神科長宛てに送付したので、精神科部門の科長まで届かなかった可能性があり、このため低い回収率にとどまった可能性が指摘できる。
2.病院・病棟の以外による行動制限の実態
1)病院区分毎の行動制限数
病院区分毎の病床数および行動制限数を表2に示す。回答を得た1,090病院の病床数合計は246,616床であり、その病床の中での行動制限数は合計10,055人(対病床比率は4.l%)であった。病院区分毎に行動制限数を対病床比率でみると、公立病院あ7.6%と最も高い比率を示し、次いで国立病院・国立療養所の6.0%、総合病院の4.6%、民間病院(日精協所属)3.8%であった。このことは行動制限を行わなければならない精神疾患患者が公的病院により多く集まっていることを示すものであると考えられる。
2)病院基準別の行動制限数
病棟の基準としてはさまざまな区分の仕方があるか、本調査では病棟機能と配置される職員数に着目して、病棟毎の調査に各々の病棟の診療報酬上の位置付けを質問項目として入れた。表3で示すように精神科病棟は診療報酬上では包括病棟と出来高病棟に大きく分けられ、それにしたがって集計を試みた。包括病棟は精神科急性期病棟、精神療養病棟および老人性痴呆疾患治療・療養病棟の3つに大別できる。また、出来高病棟は新看護基準と基本看護による体系の2本立てであるので、両体系を統一して表現するために看護職員配置によって集計した。
行動制限は隔離、身体拘束、隔離拘束に区分して集計したが、ここではそれらの合計数に着目して説明する。包括病棟は病棟数は少ないものの、機能との関連がある程度推測できる。すなわち、精神科急性期病棟は調査した4,030病棟のうちわずか120病棟を占めているにすぎなかったが、その病床数6,337床での行動制限数は414人であり、対病床比率として6.6%と比較的高い数値を示した。老人性痴呆疾患治療・療養病棟における行動制限の対病床比率は7.6%と、これも比較的高い率であった。一方、出来高病棟においては看護基準の2.5対1で行動制限の対病床比率が9.9%と最も高い水準を示し、一方、その他看護が2.8%と最も低い値であり、看護基準が高いほど行動制限の割合が高いことが観察された。これらの結果から、病棟機能では急性期精神科医療を行う病棟や痴呆の専門病棟では行動制限の割合が高く、また、看護基準では配置数が多いほど行動制限の率が高いことは、それらの病棟の入院患者は行動制限を行わなければならないほど重症であることを意味するものと推測され、病棟の機能や厚い看護職員配置の病棟はより重症な患者が入院し、より多くの行動制限を行わざるをえない現実があることを示していると考えられた。
3.疾患のよる行動制限の違い
1)「痴呆性疾患」と「分裂病・その他の精神疾患」(以下「その他の疾患」という)における行動制限をうけている患者数の比較
隔離、身体拘束および隔離・拘束の3種類の行動制限でもっとも大きな違いをみせたのは疾患による違いである。
表4に示すように疾患を「痴呆性疾患」と「その他の疾患」に2分すると、隔離においては「痴呆性疾患」はきわめて少数であるのに対し「その他の疾患」が圧倒的な多数を占め、身体拘束では「痴呆性疾患」と「その他の疾患」がほぼ同数であるという違いを示した。したがって、「痴呆性疾患」は約9割が身体拘束であり、「その他の疾患」は3割が身体拘束で7割近くが隔離てあった、ともいえる。また、「その他の疾患」の中で最も多くを占めたのは精神分裂病であった(表4)。
2)「痴呆性疾患」と「その他の疾患」における行動制限の理由の比較
上で述べた疾患による行動制限の違いを生ずるのは、それぞれの行動制限の理由の違いによる。図1−1〜6に示すように、隔離の理由として「痴呆性疾患」(図1−1)はその他の理由が2割程度であったのに対し、「その他の疾患」(図1・2)では9割が精神症状を理由としており、大きな違いがある。また、身体拘束では「痴呆性疾患」(図1−3)の6割以上が安全確保をその理由としており、精神症状と医療行為は各々2割程度としていたのに対し、「その他の疾患」(図1−4)では精神症状と安全確保がそれぞれ4割程度、医療行為遂行が2割程度を占めていたことをみれば、疾患により行動制限の理由もかなり異なっていることがわかる。
疾患による行動制限の違いをまとめると、「痴呆性疾患」は隔離は少なく身体拘束が多く、その目的は安全確保のための行動制限が多い。一方、「その他の疾患」は隔離70%と身体拘束30%であり、その理由は精神症状と安全確保であるといえる。また、医療行為遂行のための身体拘束は疾患に拘わらず2割程度を占めていた。
3)疾患による身休拘束の内容の違い
隔離は個室や隔離室への隔離と理解できるが、身体拘束は行われる場所はさまざまである。図2−1に「痴呆性疾患」の身体拘束の場所、図2−2に「その他の疾患」の身体拘束の場所を示すが、もっとも大きな違いは車椅子での身体拘束が「痴呆性疾患」(図2−1)では4割を占めていたことと、「その他の疾患」(図2−2)では個室や一般病棟での身体拘束が7割を超えていたことである。このことはそれぞれの疾患の違いか、身体拘束の行われる場所の違いにあわられた結果であると考えられる。
4.行動制限の中断と継続の内容
1)「痴呆性疾患」と「その他の疾患」における行動制限を中断している割合
行動制限と一口にいっても行動制限を持続的に施行している場合と、行動制限を1日の中で中断し限られた時問で中断を行っている場合がある。ここでは行動制限を中断の側からみた結果を示す。
図3−1〜3に示すように「痴呆性疾患」では7割以上、「その他の疾患」でも6割以上において1日のうちで行動制限を中断していることがわかる。行動制限の中断は、行動制限を最小化するひとつの大きな方策と考えられるが、現状でも多くの症例で行動制限の中断が行われていることが判明した。したがって、行動制限の最小化に向けての今後の課題は、このような行動制限の中断を更に拡大していく方策を立てる必要があると考えられる。
2)「痴呆性疾患」と「その他の疾患」における行動制限を持続している患者数
一方、行動制限を中断せず持続的に行っている数を、行動制限別に行動制限の内容とその期間をクロス集計した結果を表5、図4に示す。とりわけ1ケ月以上の長期間にわたって行動制限をうけている症例は、例えば痴呆性疾患の隔離では22例、同身体拘束では250例、また、その他の疾患では隔離が607例、身体拘束が261例というように集計されているが、このような長期かつ持続的に行動制限を行っている多くの症例は疾患として重度で長期間の行動制限を余儀なくされている結果と思われる。しかしながら、このような長期に行動制限を行っている症例について、その行動制限の必要性の確認や出来うるならば行動制限を中断するような方策の検討などを行う機会を作ることが重要であると考えられる。
行動制限を1カ月以上行っている患者数(1000床あたり)を入院期間別に示したのが図5であるが、痴呆性疾患以外の精神疾患では、隔離1カ月以上持続患者は、入院6カ月以上で最も多く、国立病院・療養所、公立病院、民間病院(日精協所属)の順となっている。身体拘束1カ月以上持続患者は、公立病院の6カ月以上の入院者に特に多い。痴呆性疾患では、身体拘束1カ月以上持続患者は民間病院(6カ月以上入院者)、公立病院(3カ月以内入院者)で多くみられた(図6)。(但し、いずれも実数は民間病院で多い)
3)身体拘束の理由と方法
身体拘束とは、医療的な配慮がなされた拘束用具により体幹や四肢の一部あるいは全部を種々の程度に拘束する行動制限とされている。
身体拘束に関する調査結果(表6)では、布製の抑制帯が51.4%と最も多く、マグネット式の抑制帯が34.6%、抑制衣は4.1%であった。行動制限の最小化という視点および安全性、確実性からは、マグネット式の拘束用具の使用が推奨される。また、これは着脱が容易で、身体拘束を段階的に解除することを容易にし、患者の苦痛を緩和することも可能である。
身体拘束の理由では、車椅子からの転落防止など安全確保の目的が5割近く、点滴などの医療行為遂行のためが2割強と両者で7割を占め、精神症状による拘束は3割であった。
5.行動制限にかかわる医療関係者の意見
1)行動制限の必要性についての意見
本調査では、病棟調査票において行動制限にかかわる意見を3つの視点から設問し、同意できるものを選択していただき、回答者の職種別に集計した。まず、行動制限の必要性に関する設問の結果を図7に示す。これには4つの質問を用意したが、最も多く賛同が得られた意見は「患者の状態によっては、他の患者の安全を守るためにも行動制限か必要である」という意見であり、どの職種でも8割を超えて選択されていた。行動制限を実施しようとする場合に、入院環境の中では他の患者への安全の影響が最も考慮されることの一つであることは、一般的感覚としても十分理解か得られることと思う。
次いで多く選択されていた設問は「向精神薬による過鎮静状態よりも隔離や身体拘束の方が安全性の点で望ましい場合もある」であるが、選択の率は職種によって差かみられた。すなわち、管理者・医師では7割を超えて選択され、総婦長・婦長やソーシャルワーカーなどては5割程度であった。この乖離は薬物治療に直接関与し行動制限の方法を選択しなけれはならない職種である管理者・医師と、それ以外の職種の考え方の相違と考えられる。さまざまな理由で行動制限を施行せねばならない局面で、向精神薬の過鎮静等のリスクを医師はよく承知しており、薬物による安全のリスクが高い場合は身体的な行動制限を選択することは、患者の生命の安全を選択しての結果であるというのは手前勝手な解釈であろうか?
「職員が患者の暴力に遭った場合、良質な職員確保が難しくなるために行動制限が必要」という考え方には管理者・医師は4割程度が賛同を示したが、総婦長・婦長やソーシャルワーカーなどの賛同は予想より低い率であった。また、「隔離より身体拘束の方が行動制限の方法としては人道的かつ拘束的でない場合もある」という意見は、外国で割合聞かれるものであり設問に取り入れたが選択された率はどの職種でも低く、最も高かった管理者・医師においても2割を超えなかったことから日本では受け入れられない考え方であることか判明した。
2)行動制限の判断に関する考え方
行動制限の判断は重要な論点のひとつであり、この調査では4項目の意見についての賛否を求めた。図8に示すように、いずれの職種もが同程度の賛同を示した設問は、「直接の医療行為を安全に実施するためには、指定医以外の医療者の指示で行えるようにする必要がある」という考え方である。いずれの職種でも5割〜6割ときわめて高率とはいえないまでも職種に拘わらず均一に選択されていたことは、共通の認識ないし必要度が存在するものといえよう。
特に管理者・医師が多く選択していた考え方としては次の2つの設問がある。ひとつは「治療計画に位置付けられた行動制限は、その都度指定医の指示や告知は必要としない」というものであり、管理者・医師は7割が選択していたが総婦長・婦長は5割、他は3〜4割であった。もう一つの意見は「身体拘束では頻回な医師の観察が必要とされているが、看護職員などの頻回な観察があればよい」というもので、管理者・医師は6割弱が選択したものの、その他の職種は3割程度であった。やはりここでは指定医や医師へのこれらの人権の確保にための業務の集中がすすむ中で、なかなか精神科医とりわけ指定医が増えない現実に対しての反応とも理解できる。
「行動制限の解除については医師に報告することを条件で、看護の判断に委ねてもよい」とする考え方は本研究班で慎重に討論し一定の結論に達した結果であるが、その賛同は予想より低くいずれの職種でも3割を超えなかった。
行動制限の解除は最小化という角度から見れば前向きな判断であるが、一方で解除したことによる結果責任も伴うという意味では、医師以外には責任を持たせにくいと判断をされた可能性も大きい。
3)行動制限の最小化に関する意見
行動制限の最小化に関する意見は本研究の核心部分であるか、図9に示す2つの質問項目に限定した。「診療録などへの記載を含めた、行動制限を行うためのガイドラインが必要である」という意見に対しては、総婦長・婦長およびソーシャルワーカーなどは6割を超えて、また、管理者・医師でも5割を超えて選択していたことから現場での要望か強いものと思われる。
「落下防止などの安全確保のため、車椅子などに拘束する場合には身体拘束に含めない」との考え方に関しては総婦長・婦長、管理者・医師、ソーシャルワーカーなどいずれも5割前後と予想に反して少ない回答であった。
第2章 精神科医療における行動制限の最小化に関する指針
はじめに
わが国の精神科医療は、精神障害者の人権確保と社会復帰の促進を大きな目的として昭和63年に精神衛生法が精神保健法へ改正されたのに伴い、患者の人権に対して細心の配慮を施すようになってきた。ところが平成10年に国立犀潟病院において違法な隔離および身体拘束の長期間の実施が発覚したのを契機に、人権擁護の観点からこれらの行動制限に対する最小化の努力とその明確な指針が緊急に求められるに至った。しかし社会一般の人々にとって、いわゆる心の病と行動制限の必要性とはにわかに結びつかないと思われる。そこでこの指針では、まずその点についての説明を十分に加えることで、行動制限の最小化の必要性とその限界についての理解を深めたいと思う。
精神疾患は心の病と言われる。心とは脳の機能であるから、心の病とは脳の機能障害ということになる。脳が機能障害に陥ると、脳の重要な機能である思考・感情・意欲・意識などに多かれ少なかれ異常をきたして幻覚・妄想などに行動が左右される状態になることもあるため、判断能力は種々の程度に低下する。社会生活や日常生活を維持できないほど判断能力が低下した状態では、自己の病気の質や程度を自分自身で正確に推し量ることはできない。このように判断能力が低下した状態が、他の生物と同様に生来備わっている攻撃性(岩本1998,前田1998)と密接に関連した場合、不測の事態か起こりうる。例えば攻撃性が外に向けば器物や他人への暴力となり、攻撃性が内に向けば自傷・自殺企図につながる。攻撃性の強弱は、精神疾患の有無にかかわらずある程度遺伝的に規定され(Schneider et al 1992)、学習により変更・修飾される(Lagerspetz & Lagerspetz1971)個人のもつ特性(Doudet et al 1995,Hatta et al 1999)
である。したがって必ずしもすべての患者が強い攻撃性を示すわけではないが、そのような状態に対処する術がなければ、精神科病院あるいは精神科病棟は本来の治療機能を発揮できない(Fisher 1994)。隔離および身体拘束の専門的技術は、患者が強い攻撃性を示す状態においても医療者が患者に接近して迅速かつ十分な治療や看護を施すことを可能にする。
抗精神病薬が治療法として確立される以前には、隔離および身体拘束は頻繁に行われていた。しかし近年の薬物療法の発達により、身体的に健康で抗精神病薬に対する治療反応性の良好な患者には隔離および身体拘束の必要頻度は減じている。それでもなお、病初期の自分を制御できない時期(Kullgren et al 1996)、攻撃性の極めて高い患者(Salib et al 1998)、身体合併症のため十分に薬物を投与できない場合、あるいは薬物に対する治療反応性が低い場合(Kasper et al 1997)などには隔離および身体拘束を必要とする頻度が高くなる。したがって入院治療における隔離および身体拘束の意義は今後も小さくない。
しかし同時に、これらの行動制限を最小化する努力も人権に対する配慮という観点から極めて重要である。精神科医療の現場は、必要最小限の行動制限を実施することと患者の人権に対する配慮との間のジレンマに常に悩んできた。このため、隔離および身体拘束の意味、医療的位置付け、適応などの明確な指針を共有することが緊急に必要である。本指針を作成するにあたって、平成11年6月30日時点でわか国に存立するすべての精神科病院および精神科病棟1,548施設に質問票を送付して1,090施設(70.4%)から回答を得た。その結果、隔離および身体拘束を少なくする最も効果的な方法として現場の医療者の間で共通して認識されている項目が6つあった。まず、医師および看護者の増員である。その結果、他害や迷惑行為など対人関係を理由に行動制限を行う頻度を減らすことかできる。2つ目は、精神科病棟の改築などにより居住性の良い個室を増やすことである。そのような個室を使用すれば、格子のある保護室を使用しなくても、被害関係付けにつながる外界からの刺激を遮断して患者本人の苦痛を緩和するといった目的(Gutheil 1978,Schwab & Lahmeyer 1979,Tardiff 1999)は達成できる場合が少なくない。すなわち患者本人を医療的に保護する目的での隔離の頻度を減らすことができる。3つ目は、病棟全体、病室、共用部分などを広くして閉塞感を改善させるといった環境効果で患者の攻撃性が緩和できる。このような環境効果は、欧米の臨床研究(Boe 1977,Dietz & Rada 1982,Rago et al 1978,Rogers et al 1980)において明らかにされている事柄である。しかしこれら3点はいずれも経済的裏付けを必要とするため、長期的な課題として検討していく必要がある。4点目は、行動制限の最小化を推し進めていく過程で、隔離および身体拘束をしなかったことで起きた事故、例えば自傷他害や転倒による骨折などについて、医療関係者に対する過剰な責任追及を行わないという社会的合意が構築される必要があるということである。そのような合意があれば、防衛的な隔離および身体拘束を減らすことが可能となるため、行動制限の最小化が促されることになる。5点目は、医療者が隔離および身体拘束の内容・方法・時間などについて再検討してその最小化のためにいっそうの努力をすること、6点目は、隔離および身体拘束に対する第三者を含めた審査機関を設置することである。これらの2点は、現状の精神科医療が置かれている厳しい経済状況下でも、短期的な医療者の努力で隔離および身体拘束の最小化の推進が期待できると思われる項目である。本指針はこの2点に主眼を置いて、現行の関係する法規およびWHOの最小規制の原則(1996)を考慮しながら、臨床的視点で現時点における最良のものとなるよう作成した。今後隔離および身体拘束の最小化への努力の過程で生じるであろう新たな課題に対しては、常に議論が継続される必要があり、その検討を通してこの指針の改訂がなされることになる。
これまで閉鎖的な傾向があった精神医療の一般情報について、これを機会に透明化され、社会一般の人々に精神科治療の持つ意義が深く理解されることを願っている。社会の理解を得ることは、患者やその家族、および精神医療に携わる者にとっても望ましいことであり、相互の良好な治療関係の構築に寄与することと思われる。
1.医療行為としての隔離および身体拘束の定義
1.隔離とは、保護室、個室、あるいは多床室に患者1名を入室させて施錠することによる行動の制限である。患者2名以上を入室させて施錠することは危険であるため行うべきではない。
2.身体拘束とは、医療的な配慮がなされた拘束用具により体幹や四肢の一部あるいは全部を種々の程度に拘束する行動の制限である。
1−1 隔離とは、保護室、個室、あるいは多床室に患者1名を入室させて施錠することによる行動の制限である。
患者2名以上を入室させて施錠することは危険であるため行うべきではない。
1−2 身体拘束とは、医療的な配慮がなされた拘束用具 注1)により体幹や四肢の一部あるいは全部を種々の程度に拘束する行動の制限てある。
注1)衣類および綿入り帯などによる身体拘束が最も一般的であるが、確実性・安全性のみならず行動制限の最小化という視点からはマグネット式の製品が推奨される。マグネット式の製品は身体各部位の可動域を調節できるため、患者の苦痛を可能な限り最小限に緩和することができる。さらに、着脱が容易であるため、1肢のみの拘束中断や時間限定の中断といったような身体拘束の部分的な中断を促すことができる。このようにマグネット式の拘束用具の使用は身体拘束を段階的に解除することを容易にするため、行動制限の最小化に繋がる。
2.隔離および身休拘束の目的と対象患者
2・1隔離の目的
■隔離の目的
1.刺激を遮断して静穏で保護的な環境を提供することにより症状を緩和すること
2.他害の危険を回避すること
3.自殺あるいは自傷の危険を回避すること
4.他の患者との人間関係が著しく損なわれないように保護すること
5.自傷他害に至るほど攻撃性は強くないが興奮性が顕著である患者を保護すること
6.身体合併症を有する患者の検査および治療を遂行すること
2−1−1 刺激を遮断して静穏で保護的な環境を提供することにより症状を緩和すること
他の患者の声や行動、あるいはテレビの音声や映像は、幻覚妄想に支配されている患者にとって妄想知覚としていっそう被害的に認知され、自己制御不能なほどの興奮性の亢進につながる。したがって刺激の少ない静穏な環境に移すことは、患者の興奮を最小限に留める効果があり、結果として過剰な鎮静剤の投与が回避される。幻覚妄想に支配されている患者にとって、このような環境効果とそれに付随する薬物療法上の危険性の最小化は、大きな利益であると考えられる。
2−1−2 他害の危険を回避すること
患者の攻撃性が亢進した場合、他の患者や医療者に暴力を振うことがあり、ときには殺傷に及ぶ。したがって攻撃性が亢進して暴力の危険性が高くなった患者あるいは暴力に及んでしまった患者は、鎮静剤の効果発現によって攻撃性が低下するまでの間、個室に移して待つ必要がある。このように危険を回避することは、被害者を作らないといった意味のみならず、攻撃性の亢進した患者が加害者とならないようにする点でも重要な意義がある。加害者となった場合、精神症状改善後に他害したことについて患者自身も深い苦悩を味わうことになるからである。
2−1−3 自殺あるいは自傷の危険を回避すること
病棟の外のみならず、病棟内でも自殺を完遂する患者は少なからず存在する。隔離は、室内を観察できるモニターカメラが設置されているなら、あるいは医療者が専従的に常時の観察を行いうる状況であれば、このような自殺防止に有効である。しかし観察モニターカメラがない場合、あるいは観察モニターカメラがあっても他の重篤な患者の看護を並行するため専従的観察が不可能な状況では、隔離のみで自殺の危険性を十分に回避できないこともある。その場合、後述の身体拘束が選択枝となりうる。
2−1−4 他の患者との人間関係が著しく損なわれないように保護すること
器物損壊、迷惑行為、不適切な言動は、他の患者の治療に悪影響を及ぼすのみならず、当該患者の人間関係を著しく損なうため精神症状の軽快後に患者自身が苦悩することになる。
2−1−5 自傷他害に至るほど攻撃性は強くないが興奮性が顕著である患者を保護すること
興奮性は多弁多動といった表面化した興奮性のみならず、内的不穏が顕著な場合や爆発性・衝動性を伴う場合などが含まれる。
2−1−6 身体合併症を有する患者の検査および治療を遂行すること
糖尿病を合併する患者が食事制限を守れない場合や水中毒の患者が飲水制限を守れない場合、精査や治療は不可能である。このように様々な身体疾患の検査および治療に患者が協力できない場合には、隔離は不可避である。
以上の目的に適合する状況の患者が隔離の対象となりうる。
その他、隔離を必要とする具体例を末尾の付録3に列挙する。これらは全国調査で抽出した代表的な例であり、他にも隔離以外に代替手段がない状況は臨床上発生しうる。ただしそれらは、先に列挙した隔離の目的のいずれかに該当すると思われる。いずれにも該当しないか隔離以外に代替手段が考えられないといった状況が発生した場合は、後述の病院内審査機関で慎重に検討されるべきである。それは本指針の改訂への示唆となりうる。臨床現場では机上の論議と異なり、想像を越えるできごとがときに発生する。その際、臨床現場の適切な医療行為を本指針か裏付けることができない場合は、本指針に対する増補あるいは改訂がなされるべきである。
2−2身休拘束の目的
■身体拘束の目的
1.以下に該当する場合の他害の危険を回避すること
(1) 突発した興奮や暴力的な行動が、脳器質性疾患に起因している可能性が否定できない場合
(2) 身体合併症を有する患者に身体への安全性を考慮して選択された薬物の種類あるいは量が鎮静に不十 分な場合
(3) 患者の体格や興奮の程度を考慮して、隔離のみでは医療者が患者に接近できないため迅速かつ十分な 医療行為を行うことが困難な場合
2.以下に該当する場合の自殺あるいは自傷の危険を回避すること
(1) 突発した興奮や暴力的な行動が、脳器質性疾患に起因している可能性が否定できない場合
(2) 身体合併症を有する患者に身体への安全性を考慮して選択された薬物の種類あるいは量が鎮静に不十 分な場合
(3) 患者の体格や興奮の程度を考慮して、隔離のみでは医療者が患者に接近できないため迅速かつ十分な 医療行為を行うことが困難な場合
3.せん妄など種々の意識障害の状態にある患者の危険な行動を防止すること
2−2−1以下に該当する場合の他害の危険を回避すること
2−1−2の隔離が適応される場合と異なる点は、身体管理の問題が付随するといった質の差、あるいは他害の危険性がいっそう切迫しているといった程度の差か挙げられる。1)突発した興奮や暴力的な行動が、脳器質性疾患に起因している可能性が否定できない場合
脳出血・脳腫瘍などの頭蓋内占拠性病変、脳炎などの中枢神経炎症牲疾患、代謝性脳症、あるいはその他の脳器質性疾患か潜在する場合には、薬物が予測できないほどの過剰な鎮静を招いて、吐物による窒息や誤嚥性肺炎を惹起することがある。また、薬物が意識水準を低下させたり、器質性疾患による脳波の徐波化を薬物惹起性と誤認させたりするなど、臨床像を混乱させる可能性かある。したがってこのような場合、隔離や薬物による鎮静のみを行うことは、十分な身体管理が不可能であるため身体拘束より危険である。
2)身体合併症を有する患者に身体への安全性を考慮して選択された薬物の種類あるいは量が鎮静に不十分な場合
呼吸器や循環器に重篤な合併症がある場合、鎮静のための薬物の大量投与は呼吸抑制、QT延長や重篤な不整脈などを惹起して致死的になることがある。また、肝機能や腎機能に重篤な障害がある場合、代謝や排泄の障害によって薬物は容易に中毒量に至る。このような場合、身体疾患への安全性か優先されるため、鎮静には不十分な量の薬物しか投与できないことがある。鎮静できないまま持続点滴や尿道カテーテル留置などの身体治療や身体管理を併行する際、患者自身によって点滴ルートや留置カテーテルが抜去されることは少なくない。これは大量の出血や尿道裂傷など深刻な事故に直結するため極めて危険である。したがって隔離のみでは対処できず、身体拘束は不可避である。薬物過敏症によって薬物を投与できない場合も同様である。
3)患者の体格や興奮の程度を考慮して、隔離のみでは医療者が患者に接近できないため迅速かつ十分な医療行為を行うことが困難な場合
次のような実例がこの項目の代表的なものである。極めて屈強な男性患者が保護室内で激しい精神運動興奮を呈したため、当直医師および夜勤看護者のみでは保護室に入室できず、応援の男性医師および男性看護者の到着を待った。男性医療者が総勢10名集まったところでマットレスを盾に保護室内に入り、医療者が次々に飛ばされながらもようやく鎮静のための注射をすることかでき、治療計画の立て直しを図ることができた。一部の医療機関以外は、緊急時であっても男性医療者を10名も揃えることは不可能である。
この他、精神科救急に警官によって搬送される症例は、身柄確保の際に警官6−8名を必要とすることが珍しくない。中には機動隊の出動も含めて30名程度の警官を要した場合もある。このような患者に対して数名の医療者で対応することは不可能と考えるのが常識的である。
医療者が十分に患者に接近できなければ治療・看護といった医療行為を遂行することはできない。しかも、迅速に医療が施されなければ、遅延する分だけ患者は激しい精神症状に苦悶することになる。迅速かつ十分な医療行為を通して自傷他害に及ぶような精神症状が改善されることは、患者にとって極めて有益である。
2−2−2 2−2−1の1)−3)に該当する場合の自殺あるいは自傷の危険を回避すること
同3)については、自殺や壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為などの防止のみならず、便を壁に塗りたくるあるいは便器内の水を飲むなどの著しい不潔行為が隔離後も続くような場合も含まれる。著しい不潔行為は、結果的には自傷的である。
2−1−3の隔離が適応される場合と異なる点は、身体管理の問題が付随するといった質の差、あるいは自傷・自殺の危険性がいっそう切迫しているといった程度の差が挙げられる。
2−2−3 せん妄など種々の意識障害の状態にある患者の危険な行動を防止すること
せん妄などの意識障害の状態では、行動の予測が困難であり、点滴を抜去したり他者に暴力を振うなどの危険な行動か突発的に発生する。これを防止する為に身体拘束を必要とする。
以上の目的に適合する状況の患者が身体拘束の対象となりうる。
その他、身体拘束を必要とする代表的な具体例を末尾の付録3に列挙する。臨床現場にはこの他様々な例がある。
3.隔離および身体拘束を実施する際の最小化への留意点
3−1 隔離を実施する際の手順と最小化への留意点
1)実施の判断 注2)
隔離の実施にあたっては、代替方法がないこと、および必要最小限となるように行なわれることが基本原則である。
精神保健福祉法(以下、法と略す)によって精神保健指定医(以下、指定医と略す)は隔離実施に関する専門的医療的判断が認められている。この判断には、著しい逸脱がない限り裁量性が認められる注3)。なお、12時間以内の隔離であれば指定医でない医師が判断してもよい。
2)実施
隔離の開始にあたって患者にその理由を説明する。安全上、可能な限り多数の医療者によって行うことが望ましい。また、家族に対しても隔離を行う理由を説明することが望ましい。
3)記録
以下の項目について、12時間以内であれば医師が、12時間を越える場合は指定医が診療録に記載する。付録4に例を示した。
a.隔離を行う場所
例えば保護室を使用したのか、個室を施錠したのか、あるいは多床室を一人用として施錠したのかを明示する。また、開放観察注4)をする場合はその内容についても記載する。
b.隔離を必要とした理由
症状、状態像、逸脱行動の内容、あるいは隔離をしない場合に予測される問題などを明示する。
c.隔離を開始した年月日および時刻
隔離開始の年月日および時刻を診療録に明示する。さらに、隔離が漫然と行われないために、あらかじめ隔離に関する治療計画の見直し限度となる日時を明示することが望ましい注5)。隔離に関する治療計画の見直し限度となる標準的期間は施設毎に設定されてよいが注6)、可能な限り短くするべきである。倫理的および法的な配慮と臨床的な現実性を考慮して、7日ないし8日間程度という標準設定の二例が挙げられる。また、その期間,内であっても隔離か不要になれば速やかに解除するべきである。逆にその期間を過きても隔離の継続が必要と見込まれる際は、見直し限度となる日時の前に再度隔離開始の年月日および時刻、見直し限度となる日時を付録4のような書式に従って明示し、指示を更新する。
d.隔離の必要性を判断した医師の氏名
4)観察
精神科病棟においては、患者の精神状態、睡眠状態、および他の患者や医療者との人間関係などの観察を一般医療よりきめ細かく行っている。隔離を行っている間は、そのような精神科病棟の通常の観察よりも重点的な観察を頻回に行わなければならない。この場合の観察は、通常の臨床的観察に加えて、隔離の継続あるいは解除の検討を行う際に必要な情報を収集する姿勢が重要である。例えば攻撃性、衝動性、拒絶あるいは非協調性、現実検討能力、約束を遵守できるかといった事柄などに対する観察は、判断能力の回復の有無を検討する際に参考になる。このような重点的な観察は、看護者などが少なくとも2時間毎に行うのが一つの目安である注7)。会話を通じた直接的観察あるいは会話を通さない客観的観察が必要に応じて選択されてよい。観察結果は主に看護記録に記載されるか、経時的看護記録方法を採用していない医療機関では特別な工夫が必要となる。
5)評価
医師は原則として少なくとも毎日1回診察を行い、所見を診療録に記載する。記載の内容は単に病状のみでなく、隔離の継続の必要性、解除の可能性、あるいは開放観察への制限緩和の可能性を検討した結果について触れることが望ましい。このような隔離継続に関する評価を常に意識する姿勢は、隔離期間を必要最小限にとどめるために重要である。
6)解除 注8)
隔離解除の判断は、人権の制限とは逆の行為であることおよび隔離が不要になった場合に遅滞なく隔離か解除されるべきであることから、指定医でなくても可能である。ただし、隔離を解除することによって患者自身および他の患者か被る不利益などについても、予め十分な検討がなされるべきである。解除の日時および時刻は診療録に記載する。
注2)実施の判断は、米国では通常看護者によって行われる。医師は、看護者によって実施された隔離および身体拘束の妥当性を可能な限り迅速に検討してその継続の指示を行う(Tardiff 1992)。これに対してわが国では、実施の判断が医師、12時間を越える場合あるいは身体拘束の判断は指定医に限定されている。このことは、わか国では現時点で既に厳格な法制度によって患者の人権が守られていることを意味する。
注3)米国では1982年に最高裁において、自傷他害を防止するための行動制限は、専門的標準を基本的に逸脱しない限り、厳格な制度より医師の専門性に基づく臨床的判断に従うといった医師の裁量を支持する判断か示されてい
る(Tardiff 1999)。
注4)開放観察とは、行動制限開始時に比べて症状は改善されてきたが行動制限を解除するほどの安定には至っていないと判断される患者に対して、指定医の治療計画に基づき1日のうち一定の時間隔離を中断して症状を観察することをいう。具体的には、患者に説明の上、隔離中断の時間施錠を解除して患者の意思により病棟内の共有空間と往来可能にすること、あるいは共有空問で過ごさせることをいう。このように隔離の完全な解除に先立って病状を慎重に観察しながら段階的に隔離の程度を緩和していく開放観察は、その安全性を考慮して実行が可能な場合には推奨される方法であり、隔離期間を最小化するために有効である。
米国においてもこのような隔離の解除に向けての段階的な開放観察は当然のこととされ、開放観察中に患者が自己制御を欠く行動や治療への非協力的態度が認められた場合、制限の強い段階に戻すという指針が示されている(Tardiff 1999)。
注5)隔離および身体拘束の時間的な見直し限度設定の必要性について
隔離および身体拘束の実施にあたって恣意性が働くとすれば、それは隔離および身体拘束を開始するか否かという判断においてではなく、その継続期間においてであると考えられている(Soloff & Turner 1981)。その根拠として、医療者の経験年数と隔離および身体拘束の施行頻度との間に相関は認められず、隔離および身体拘束の開始についての意見が医療者の間で高い割合で一致するといった研究成果か挙げられる(Schwab & Lahmeyer 1979)。
注6)米国では、米国精神医学会による隔離および身体拘束の基本的な指針(American Psychiatric Association 1985)に加えて、各医療機関がその病棟機能・医療者の状況・入院患者の疾患種別などに応じて隔離および身体拘束に関する治療計画の見直し限度となる期間や観察間隔などの詳細を示した独自の指針をもっている(Tardiff 1999)。
注7)米国精神医学会の隔離および身体拘束の指針を作成したTardiff(1999)によれば、看護者による窓越しの観察は少なくとも15分毎、直接入室しての観察は少なくとも2時間毎といった目安が示されている。ただし危険性が高い場合、入室には適切な人数が揃わなければならないことも示されている。また、看護者による1対1の常時の観察は、ときに患者にとって強い精神的侵襲をきたすことおよび他の患者への注意が減じることから、慎重に行われる必要があることか示されている。
注8)洗面、入浴、掃除などのために施錠された個室から暫時退室することは、隔離解除とみなさない。これは隔離中の患者および部屋の衛生に対する配慮である。食事、排泄、面会、喫煙などのための暫時の退室も、隔離を少しても快適にするための患者への配慮であり、隔離解除とはみなさない。検査のための暫時の退室も隔離解除とはみなさない。また、注2に示した開放観察中の保護室からの一定時間の退室も指定医の治療計画に基づく行動制限の中断であって、隔離解除ではない。したがって、これらの状況における暫時の退室後の再入室にあたっては、あらためて指定医の診察を要するものではない。
3−2身体拘束を実施する際の手順と最小化への留意点
1)実施の判断
身体的拘束にあたっては、代替方法かないこと、および必要最小限であることが基本原則である。法によって指定医は身体拘束実施に関する専門的な医療的判断が認められている。この判断は、著しい逸脱がない限り裁量性が認められる。
2)実施
身体拘束の開始にあたって患者にその理由を説明する。安全上、可能な限り多数注9)の医療者によって行うことが望ましい。また、家族に対しても身体拘束を行う理由を説明することが望ましい。
3)記録
以下の項目について、指定医が診療録に記載する。付録4に例を示した。
a.身体拘束方法
体幹、四肢、体幹および四肢のいずれであるか拘束部位を明示する。四肢のうち一部のみの拘束を行う 場合などにもその部位を明示する。
b.身体拘束を必要とした理由症状、状態像、逸脱行動の内容、あるいは身体拘束をしない場合に予測さ れる問題などを明示する。
c.身体拘束を開始した年月日および時刻
身体拘束開始の年月日および時刻を診療録に明示する。さらに、身体拘束が漫然と行われないために、あらかじめ身体拘束に関する治療計画の見直し限度となる日時を明示することが望ましい注5)。身体拘束に関する治療計画の見直し限度となる標準的期間は施設毎に設定されてよいが注6)、可能な限り短くするべきである。倫理的および法的な配慮と臨床的な現実性を考慮して、7日ないし8日間程度という標準設定の一例が挙げられる。また、その期間内であっても身体拘束が不要になれば速やかに解除するべきである。逆にその期間を過ぎても身体拘束の継続が必要と見込まれる際は、見直し限度となる日時の前に再度身体拘束開始の年月日および時刻、見直し限度となる日時を付録4のような書式に従って明示し、指示を更新する。
d.身体拘束の必要性を判断した指定医の氏名
4)観察
観察に関する要点は3−1の4)隔離の観察の項と同様であるが、さらに、拘束部位の阻血などにも留意した綿密な観察が必要である。このような重点的な観察は法では常時行われるべきとされている。実際の観察は、看護者などが少なくとも2時間毎に行うのが一つの目安である。観察結果は主に看護記録に記載されるが、経時的看護記録方法を採用していない医療機関では特別な工夫が必要である。
5)評価
医師は毎日1回以上可能な限り頻回の診察を行い、所見を診療録に記載する。記載の内容は単に病状のみでなく、身体拘束の継続の必要性、解除の可能性、あるいは部分的な身体拘束解除といった制限緩和の可能性を検討した結果について触れることが望ましい。このような身体拘束継続に関する評価を常に意識する姿勢は、身体拘束期間を必要最小限にとどめるために重要である。
6)解除 注10)
身体拘束解除の判断は、人権の制限とは逆の行為であることおよび身体拘束が不要になった場合に遅滞なく解除されるべきであることから、指定医でなくても可能である。ただし、身体拘束を解除することによって患者自身および他の患者が被る不利益などについても、予め十分な検討がなされるべきである。また、身体拘束の全面的な解除に先立って病状を慎重に観察しながら部分的に拘束を解除していく方法は、その安全性を考慮して実行か可能な場合には推奨される方法であり、身体拘束の期間を最小化するために有効である。解除の日時および時刻は診療録に記載する。
注9)Mamual of Psychiatric Emergencies第3版(Hyman & Tesar 1994)によれば、拘束は多数のスタッフ、理想的には5人以上ですることが望ましいとされている。しかしわが国の精神科病棟の現状を考えると、特に夜間などはそれだけの人数を揃えることは容易ではない。Mamual of Psychiatric Emergenciesにはその他に、患者の四肢を1人1肢ずつ確保してもう1人は頭部を保護する役割を担うといった具体的な計画に則って行うこと、患者への接近はなるべく患者の注意をそらしながら行うこと、鎮静剤は患者が抵抗する際に徒手的な拘束の完了と同時に注射できるよう予め準備すること、快適性と安全性を確認するため頻回に確認が必要なこと、神経の牽引や圧搾による損傷を惹起しないように四肢を捻転させないことが重要であること、拘束理由を冷静に患者に説明すること、適切な数の医療者が揃わない限り決して拘束を解除してはならないこと、身体拘束が必要であったにもかかわらず医師の心情的理由から拘束をしない場合に患者および医療者にとって恐ろしい結果を招きうることなどが記されている。
注10)洗面、入浴、寝具交換などのために暫時身体拘束を中断することは、身体拘束中の患者および部屋の衛生に対する配慮であるため、身体拘束の解除とはみなさない。食事、排泄、面会、喫煙などのための暫時の身体拘束の中断も、身体拘束を少しでも快適にするための患者への配慮であり、身体拘束の解除とはみなさない。検査のための暫時の身体拘束の中断も身体拘束の解除とはみなさない注11)。したがって、このような身体拘束の一時的な中断の後の再拘束にあたっては、あらためて指定医の診察を要するものではない。
注11)米国における指針では、これらの行為などのために身体拘束を暫時中断することは「拘束用具をはずす(remove)」と表現され、解除(release)とは概念上明確に区別されている(Tardiff 1999)。
3−3緊急事態発生時の対応
突発的な自傷他害行為が発生した際に、医師が他の緊急を要する患者に対応中などの理由で現場に急行できない状況にあるときは、看護者は速やかに他の指定医あるいは医師に連絡して指示を受ける必要がある。しかし、連絡する時間もないほどの緊迫した状況にあるときは、やむを得ず看護者によって暫定的な行動制限がなされることもありうる。わが国の法律においては、緊急避難は違法とはされない。ただし緊急避難であっても、その開始後可及的速やかに指定医あるいは医師に連絡して指示を受ける必要がある注12)。また、暫定的な行動制限が真に緊急避難に該当したか審査を受ける必要があるため、その状況についての記録を残しておかなければならない注13)。
注12)注2でも触れた通り、米国では通常看護者によって隔離および身体拘束が開始され、医師によってその妥当性の評価および継続の指示が行われる。この場合、医師の診察は看護者による隔離および身体拘束の開始後1時間以内が好ましいというおおよその基準を米国精神医学会は推奨している。しかし、各医療機関によって事情が異なるため、その時間は各医療機関の裁量の範囲内であることも明示されている(Tardiff 1999)。
注13)欧米においてもこのような緊急事態では、倫理的および法的に柔軟な対応か許されている。むしろ他の患者の安全に対する倫理的責任をも負っているという考え方に基づいて、法的義務が認められることもある。緊急事態における隔離および身体拘束の開始について医療者の間に意見か大きく異なることは臨床上ないが、その正当性に関する細心の事後評価が重要なことであると考えられている(Roth 1987)。
4.病院内審査機関の設置
個々の症例に対する隔離および身体拘束の適応の妥当性ならびに実施期間の妥当性などについて、各々の病棟で定期的に検討される必要がある。さらに、副院長などを委員長(病院管理者を除く)とする審査機関を病院内に設置して、隔離および身体拘束が1ケ月を越える場合はその必要性と妥当性について検討する。隔離および身体拘束が1ケ月以内であっても、必要に応じて審査機関により同様の検討を行う。審査機関は、将来的には可能な限り病院外の有識者注14)を委員に加えることが望ましい。この際、任命された病院外委員は、自らが当該患者を治療、看護、あるいは介護する立場を想定して隔離および身体拘束の妥当性に対する判断を行うものとする。
注14)有識者としては、この機関の中立性や透明性を確保するために、例えば新薬治験審査委員会(GCP)における病院外委員のように地域内の民間人などの中立的立場にある人々が望ましい。任期は2年とし、守秘義務を負う。
付録1.継続して検討されるべき課題
WHOの精神保健医療に関する基本10原則の中で身体拘束の継続時間は4時間が上限と明記されている。しかし、欧来と異なりわか国では、アルコールや薬物による急性中毒あるいは離脱症候群としてのせん妄も精神科で治療が行われること、触法患者も非触法患者と同じ病棟で治療が行われること、向精神薬を投与できないような身体合併症の患者も精神病床て治療が行われることなどの特有な事情がある。このような状況において時間制限を設ければ、その時間内に行動制限を収めるように過剰な鎮静を招くほどの量の薬物を投与することになりかねず、危険である。また、身体合併症患者に対する持続点滴などが不可能になる。したがって我か国の現状では、身体拘束の継続時間を4時間以内と規定することはかえって適切な医療の提供を阻害するおそれがあるため避けるべきである。ただし、今後わが国の精神医療事情が変化すれば検討されるべき課題である。
付録2.別途確認すべき課題
次に述べる(1)〜Gの行為は、まず避けるように努力するべきである。しかし行わざるをえない場合、指定医にしか要否の判断が許されないという見解には異論が多い。いずれも精神科医療に特有な問題を内包していない注15)ことから、指定医の診察を要する隔離および身体拘束とみなす必要はないという意見が現場の医療者のほぽ共通する認識である。
(1)車椅子移動の際の転落防止を目的とした安全ベルトによる固定
身体的理由により歩行不能あるいはそれに準じる患者は、車椅子に乗ることでかえって行動範囲を拡大することができる。この際に転落防止を目的に行う安全ベルトによる固定は、患者が応じるならば乗り物や遊具の座席ベルトと
同質である。しかし、患者が安全べルトの装着を嫌がるのであれば、患者の意思に反するわけであるから身体拘束と異ならないといった考え方もある。ただし、精神科以外の診療科あるいは施設でも看護判断によってしばしば行われる行為であるため、医療全体の整合性を考慮すると、このような行為に指定医の判断を要すると規定することに矛盾が生じる。したがって、転落防止を目的とした安全ベルトによる固定は、指定医の判断が必要な身体拘束とは異なり、行動制限とみなす必要はないと考えられる。
(2)身体疾患に対する治療行為としての点滴中の固定
1989年(平成元年)の日精協雑誌(第8巻第1号p61)の精神保健法(現精神保健福祉法)Q&Aコーナーにおいてこのような固定は身体拘束に該当しないと明記され、平成3年の指定医研修会(京都)においても厚生省から同様の答弁がなされている。@と同様に、精神科以外の診療科あるいは施設でも看護判断によってしばしば行われる行為であるため、医療全体の整合性を考慮すると、このような行為に指定医の判断を要すると規定することに矛盾が生じる。身体疾患に対する点滴中の固定は、広義には身体疾患に対する治療行為に包含される。これに対して、その指示が医師あるいは看護者でなく指定医でなければならないと限定する積極的・本質的理由は見あたらない。
ただし、点滴内容に向精神薬が含まれる場合、あるいは拒食などの精神病症状に関連する理由による点滴の場合は、短時間の固定であっても精神症状に対する治療行為が包含されることから、身体拘束とみなすのが妥当と考えられる。
(3)感染症拡散を防止するための施錠
痴呆性疾患の患者がMRSA、疥癬などの感染症に罹患した場合、当該患者は他への感染拡散の恐れのある疾患に罹患したことや、感染の拡散を防止する必要があること、そのために非感染者と接触してはいけないことなどを理解できない。一方、非感染者も同様にこれらのことを理解できない。このため当該患者と感染者との接触が遮断できるように個室あるいは多床室の出入口をやむを得ず施錠することがある。この場合の施錠は感染症に対する認識が持てない痴呆性疾患患者への感染症対策という特殊な事情によるものであるため、指定医の判断が必要な隔離とは本質的に異なる。したがって、指定医の判断を要する行動制限とみなす必要はないと考えられる。
注15)付録2に示す@ABのような場合には、“高度な精神医学上の判断が不要”な事項と思われ、この行動制限は“看護上の判断として精神保健福祉法の埒外において行いうる”という解釈がある(本ノ元1999)。これに対して、夜間せん妄など“高度な精神医学上の判断が必要”と思われる事例では、行動制限を行うときに指定医の判断が必要と考えられている。
付録3.隔離および身体拘束の具体例
隔離および身体拘束を必要とする代表的な例を列挙した。臨床現場には、この他に様々な例がある。
a.暴力を振う患者、自殺企図する患者、衝動性の高い患者、薬剤抵抗性の難治例に行動制限は必要不可欠である。
b.火災報知機を押して回る患者、盗癖の著しい患者、すぐ脱衣する患者、便をこねるなど不潔な行為をする患者、食堂のやかんや食器などを衝動的にひっくり返す患者などには、1対1での対応ができるほどの医療者がいない限り、他の患者への迷惑を防止する目的で個室施錠せざるをえない。
c.患者の興奮状態を他の患者に見られると、その患者か回復してから他の患者からそのことで何か言われた時に本人が辛い思いをする。そのようなことを避けて保護する目的で行動制限が必要になることかある。
d.水中毒の患者では、飲水量を制限する目的で行動制限が必要に応じて行われなければ、極度の電解質異常から意識障害、けいれんなどを惹起して急性腎不全、急性心不全などの生命的危険が生じる場合がある。
e.糖尿病のためカロリー制限されている患者が看護者の目を盗んで他の患者のおやつを便所で盗食して誤嚥・窒息することがあり、個室施錠せざるをえない場合がある。
f.QT延長症候群や重篤な身体合併症、高齢などの理由から薬剤を十分に使用できない場合、行動制限なしに治療を行うことは不可能である。
g.噛み付きなどの他害や抜爪、抜毛などの自傷行為が頻繁である場合、身体拘束せざるを得ない。過剰な薬剤による鎮静より、身体拘束の方が解除したときの行動が円滑なため安全なこともある。
h.高齢者の場合、向精神薬による錐体外路症状などの副作用が出現しやすいため、転倒による骨折や頭部外傷、嚥下障害による誤嚥性肺炎の危険性が高い。したがって、身体拘束の方が安全な場合がある。
付録4.隔離および身体拘束を開始する際、あるいは隔離および身体拘束に関する治療計画の見直しの結果それらを継続する際の記録の例
下記は当指針を満たす書式の例であり、これ以外に各医療機関で様々な書式がありうる。
該当する項目を選択し、必要事項を記入する。
a.隔離(保護室,個室,多床室)
開放観察(無し,有り:具体的指示 )
身体拘束(体幹,四肢,四肢の一部分:具体的な部位 )
時間限定性(無し,有り:夜間のみなどの場合の具体的時間 )
b.理由:不穏,暴力,自殺あるいは自傷,迷惑行為,身体合併症,せん妄
(詳細: )
c.期間: 月 日:〜 月 日:まで
d.指定医,医師:署名
隔離および身体拘束の必要がなくなった場合、当初指定した期間に拘わらず速やかに解除しなければならない。また、隔離の「開放観察なし」あるいは身体拘束の「時間限定性なし」の指示から「開放観察あり」あるいは「時間限定性あり」の指示に移行するなど指示を変更する際には、あらためて指示を出し直し、期間を指定する必要がある。
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