2002年4月27日
「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」への反対声明〜わたしたちの仕事は安心してかかれる精神医療の提供であり、治安のための隔離ではない〜 全国精神医療労働組合協議会
代表 山本真一私たち全国精労協は精神医療と福祉に従事する労働組合の協議体として1990年の結成以来、労働者の生活と権利を守る取り組みと同時に、精神障害者の人権の保護と適切な医療を受ける権利を守る為、活動を続けてきた。
精神医療は、現在我が国の医療の中で、最も患者さんの人権保障が立ち遅れている領域である。私たちは精神医療労働者として安心してかかれる精神医療、誇りをもって働ける精神医療の実現をめざし、過去12年、13回に渡り厚生労働省と交渉を重ね、改善のために尽力してきた。
私たちは、現在国会に上程されている精神障害者に対する特別立法は、精神障害者への差別と偏見をあおり、不当な隔離を強化し、精神医療の充実に逆行するものとして、反対の意思を表明し廃案とすることを求める。1.将来の危険性を理由にした予防拘禁制度
この法案の目的は「心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれ」つまり精神障害による「再犯のおそれ」に対する「医療及び観察」処分である。その内容は治療や社会復帰の促進に反するものである。
刑罰は過去になされた犯罪行為に対して科せられものである。ところが、新法の目的は「再犯の防止」であり、精神障害者にのみおそれによって処分するのは差別である。これは予防拘禁であり、保安処分制度といわざるをえない。
自民党プロジェクトチーム案でも述べられているとおり精神障害者の再犯率は一般犯罪者より著しく低い。特別に精神障害者だけ再犯の危険性を取りあげる根拠はない。2.再犯予測は不可能である
本法案が成立する根拠は、再犯予測が間違いなく科学的に判定可能であることが前提となる。しかし精神神経学会などの声明で、精神科医は、現在の病状に伴う切迫した危険以上の再犯予測などはできないことが明らかにされている。
現在の措置入院における「自傷他害のおそれ」の判定はあくまで、現病状における本人の「医療と保護」を行うものであり、将来にわたり社会を犯罪から守るための「再犯予測」の判断とは質的に違う。まして半年後の再犯予測などに医療者が責任が持つことなどは不可能である。逆に再犯の可能性が全くないとの判断も困難であるので、「おそれ」のもとに無期限の不当な長期拘禁が行われる危険が極めて大きい。100%の科学的な根拠のない「再犯のおそれ」を理由に、隔離することは保安処分である。
3月19日に反対署名を提出した精神障害者団体の「本当に再犯の予測は科学的に可能と考えているのか」の質問に、法案作成を担当した松本義幸精神保健福祉課長は「一定の範囲では予測は可能だが、過去に重大犯罪を起こしたことのない対象者の場合は難しいとの専門家の指摘もある」と、初犯などの判定は難しいことを認めた。重大な犯罪をおこしたとされる精神障害者の大多数は初犯である。法案の成立する根拠は極めて希薄である。そんないい加減な内容で、人を刑罰よりも長期に拘禁する事は許されない。
3.特別病棟の専門性とは隔離と拘束
精神疾患において違法行為をしたかどうかということで治療内容は変わるわけではない。それでも法案では指定入院医療機関つまり専門病棟に入院させるとある。手厚い人員配置というならすべての病棟に本来保障されるべきものである。違いがあるとすれば、隔離と管理を厳重にして、外に出さないということしか考えられない。つまり隔離と拘束を強めることになる。外部との接触と断つことは全く治療的ではなく、回復は一層困難となる。人は生活地域での治療を保証されるべきである。都道府県に1つ程度の病棟では、家族面会もままならない。「専門病棟帰り」のレッテルが貼られ、退院のためのケースワークも困難を極めることが予測される。法案の第1章(目的)にある「社会復帰の促進」は名目に過ぎない。4.保護観察制度は治療関係を破壊する
たとえ退院できても、指定通院医療機関と保護観察所へ通所が命じられる。「再犯のおそれ」とは病状再燃のこととなる。患者さんは病状の変調を医師や保護監察官に訴えれば再燃とされて再入院させられかねない。本来、治療関係は一番つらいことや秘密でも話すことができるという信頼関係の上に成り立つ。しかし本当のことを話せば、いつ出られるか分からない特別病棟に再入院させられる可能性があれば、信頼を前提とした治療関係の成立は困難となる。5.司法が改善すべきは検察の起訴便宜主義と簡易鑑定制度、司法施設内の医療の保障
「犯罪をしても不起訴になって、精神障害者は責任を問われない」との市民感情や、不公平感があると、政府与党はいう。しかしその精神障害者はほとんどが措置入院になっている。措置入院者の平均入院期間は一般刑事犯の収容期間より長い。現行の措置入院制度自体がすでに保安処分の役割を持ってしまっている。
日本の検察官は99%以上という有罪率を誇っている。検察はそれを維持するために、精神障害が疑われるケースは、心神喪失で無罪との判決が出る事を避けるために、簡易鑑定を利用していると指摘されている。責任能力について、検察官の多くは懇意の鑑定医に依頼し、1時間足らずの問診や書類の検討だけで責任能力なしとされることが多いと伝えられている。池田小学校事件の被告のケースを見ても簡易鑑定の精度は信ぴょう性は薄い。その結果措置入院となり、刑罰より長い期間拘束されることも多い。重大事件であれば、正式な鑑定で責任能力が判定されるべきである。司法-検察の起訴便宜主義、簡易鑑定制度の運用こそ改善されるべきである。また留置場、拘置所、刑務所など司法管理下での医療は劣悪な状況にあり、その保障が必要である。6.この法案は精神障害者への差別と偏見を助長する
法が成立すれば、「精神障害者は危険な存在で隔離がふさわしい」との誤った風潮を助長するだろう。精神障害者への差別と偏見は根強く、安易なセンセーショナリズムによって、これを助長したマスコミは報道の役割をはき違えている。マスコミ報道が精神障害者の療養と地域生活にもたらした二次被害に対して、わたしたちは強く抗議する。
池田小学校事件後のマスコミ報道により大きな二次的被害が精神障害者と家族を襲った。地域で生活する精神障害者は病気であることが、犯罪予備軍であるかのようマスコミの論調に攻め立てられ、病状が不安定になった人は少なからずいた。友人や隣人との関係を失うのではとの不安の訴えが多く聞かれ、服薬の中断による再発、あるいは家族の過剰な不安などから入院するケースが増えた。東京の陽和病院では開放病棟に入院中の患者さんが、散歩中に小学校児童の通学の列に入ってしまったことで、PTAが過敏に反応し、学校長を通じて病院にその患者さんの外出禁止を迫ったケースもある。また、小学校や幼稚園に近づくと不安になると訴える患者さんも出てきており、地域生活への影響は深いと思われる。地域生活を支援する、援護寮や福祉工場の建設に住民反対運動が起きて計画がとん挫した地域もある。また大阪では、精神障害者と家族に対して、入院するか地域から出ていけとの悪質な署名運動が起きたケースまである。教育や地域などでの啓発活動が求められており、私たち全国精労協は厚生労働省にもその働きかけを要望している。こうした精神障害者への差別的な偏見を煽ることにつながりかねない法案の成立を、私たちは決して認めることはできない。7.政府・厚生労働省は精神医療の充実をはかれ
3月8日、世界保健機関(WHO)は日本の病院収容型の精神医療政策を批判し地域医療への転換を求める勧告を出した。日本の精神病床は人口比でも、絶対数でも世界最大と指摘され、世界の精神科ベッドの18%を占めていることが明らかとなった。日本だけ精神疾患が特殊な病状を呈しているとは考えられず、隔離収容と精神科特例に代表される精神医療福祉政策の誤りの結果であることは明らかである。OECD加盟30カ国比較のデータではほとんどの国で平均在院日数が数十日であるのに、日本だけが300日を超えている。人口の1.7%は精神障害者というポピュラーな疾患である。その約220万人のうち15%の33万人が入院してその多くは閉鎖病棟にいる。日本の精神医療政策は異常な状況にある。
入院者への人権侵害状況はひどいもので、精神保健福祉法制定後も大和川病院・朝倉病院・箕面ヶ丘病院事件など、人権侵害、虐待と不正請求は後を絶たない。また精神医療審査会は、都道府県での審査件数の格差が大きく充分機能していない。全国の閉鎖病棟で未だ公衆電話が設置されていないところが8.7%も残されている。ここでは人権擁護を求めること自体が困難である。そして任意入院者の半数が閉鎖病棟に入院させられている。社会的入院は3分の1に当たると言われる。戦後の医療従事者が不足していた時作られた医療法特例は、他科と比べて精神科の医療費を不当に低く抑えてきた。昨年の医療法改正でも精神科特例は残された。精神科病棟では医師は3分の1、看護婦は5分の3でいいとする基準である。全国精労協は厚生労働省に対してこれらの抜本的な改善を求め続けてきた。
重大な犯罪行為をした精神障害者の処遇問題で、政府は特別立法を作ることで対処しようとしている。しかし精神医療の根本的な問題を解決せずに、一部の法に触れた精神障害者を更に隔離することで済ませようとすれば、精神医療全体の抜本的な改革は更に遅れることにもつながる。8.安心してかかれる精神科医療の実現、福祉の充実こそ必要
重大な犯罪を起こすにまでいたった精神障害者の多くは初犯である。精神疾患への正しい知識は市民の普及しておらず、地域での相談窓口や対応は充分でない。精神的な変調が進行していても、本人や家族はどう対処していいか分からない。医療の必要性を感じても、精神病院は人権侵害事件や不祥事がたえず、暗いイメージが強く、症状が軽いうちに精神医療にかかることがためらわれることも多い。発病初期に適切な医療にかかることができず、病状が進行し学校や職場、地域から孤立して追いつめられ、周囲との関係で事態が深刻になってから、家族や警察に保護されて精神科に入院することも多い。こうした場合重症になってから強制入院になることが多く、病状からの被害感、孤立感だけでなく、精神医療との出会いは本人の傷を深め治療や看護は受け入れにくくなる。 しかしその人達は薬物療法、精神療法や看護、心理、作業療法、社会的援助を始めとする適切な医療と福祉を受ければ、症状の軽減など治療効果が期待できる。
精神疾患を持った人が受けられる24時間の相談窓口や救急体制、気軽に安心してかかれる精神医療と福祉サポートこそが必要である。結果的にそうした医療と福祉の充実が不幸な事件にいたることを少なくさせるともいえる。また再発予防についても同様である。
地域精神医療福祉の充実ではなく、差別的な精神科特例や隔離収容主義といった本来解決すべき精神医療の問題を改めようとせず、「触法精神障害者の処遇」だけを検討する日本政府、厚生労働省・法務省の姿勢は根本的に誤っている。 日本政府はハンセン病患者への差別的な隔離政策の誤りから学ぶべきである。9.精神医療は精神障害者のためにあり、治安のためにあるのではない
池田小事件後、小泉首相の刑法の見直しを指示する発言により、精神障害者や医療、司法関係者の広範な議論を待たず、重大事件を起こした精神障害者への特別立法新設へ急展開した。精神障害者と犯罪に関する実態は見過ごされ、応報感情ばかりが煽り立てられた。特別立法の背景は、司法と精神医療への正しい事実認識を欠いた、差別的な偏見と感情によっている。精神保健福祉法に伴う大臣告示は「隔離は医療又は保護を図る上でやむを得ずなされるものであって、制裁や懲罰あるいは見せしめ」であってはいけないと戒めている。本法案は精神保健福祉法の趣旨にも反している。また法案の精神障害者の権利擁護のための手続きは極めて不備なものである。
私たち精神医療労働者の仕事は、精神障害者の治療と苦痛の緩和、社会生活への援助であって、社会防衛のために隔離することではない。私たち全国精労協は精神医療労働者の誇りにかけて、この法案に反対し、廃案とすることを求める。
以上
池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会 重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向 「隔離新法」 国会上程反対 速報! 国会議事堂前抗議行動! 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)(更新020324)
- 新法骨子関連 2002年2月14日
- ・自由民主党 触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム第11回会合 <議事次第>
- ・重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子
- ・精神障害者の保健・医療・福祉の総合計画(仮称)に盛り込むことを検討中の主な内容
- ・触法処遇制度(案)骨子【図】
精神医療ニュースへ 全国精神医療労働組合協議会 事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2 ラボール京都4F 京都民間医労連気付 Tel/Fax: 075-811-5672 E-mail mailto:zenkoku@seirokyo.com
全国精労協ホームページ