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触法精神障害者の処遇に関する新法制定に関して(見解)


                2002年3月 全法務省労働組合

 全法務省労働組合は、昨年12月に「触法精神障害者の処遇に関する基本的態度」を発表し、この問題に対するその時点での考え方を示したところである。
 その要旨は以下のとおりである。

(触法精神障害者の処遇に関する基本的態度の要旨)


1:重大な犯罪行為を行った精神障害者(以下触法精神障害者)に対し、新規立法等を含む何らかの対策が必要であることは十分理解できる。その対策を法務省と厚生労働省が協力して行うべきであることは、事案の性質上も当然であると考える。

2:その対策の検討にあたっては、精神障害者医療の充実の観点から行うべきであり精神障害者を「犯罪予備群」視し、差別と偏見を助長する「保安処分」的な観点は極力排除すべきである。

3:触法精神障害者の処遇は、これまでにない全く新たな司法分野の創出である。したがってその処遇を実際的に担うべき機関は、新しい機関の創出でもって行うことがふさわしい。とりわけ、触法精神障害者の社会内での処遇は精神障害者医療関係者を中心に組織された機関が実施すべきであり、犯罪者の更生が主目的の保護観察所を処遇機関として位置づけることは、不適当であり強く反対する。

 なお、適切な処遇機関が創出され、その機関の要請に基づき、保護観察所が限定された場面で限定された役割を果たすことについて、否定するものではない。

 上記の考え方に沿って運動を積み上げてきているところであり、現在もこの基本的な態度に変更はないが、今般、政府与党は、「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子《以下骨子》」を発表し、本年3月には、この骨子に基づく法案を国会に提出する動きを示している。触法精神障害者の処遇に関しては、新規立法等を含む何らかの対策が必要であることは理解できるものの、今般の骨子の内容を見るとあまりにも問題が多いと言わざるを得ない。

 以下にその問題点を指摘しつつ現時点での全法務の見解を明らかにするものである。

1:処遇判定の裁判は、厳格な法手続が保証されたものになることが必要
 骨子では、不起訴処分とされた者に対し「対象行為を行ったこと及び心神喪失者等であることの判断は、合議体の裁判官が行う」としているが、この裁判は、非公開で対審構造をとらない少年審判に準じたものになる可能性が高く、犯罪事実や心神喪失状態の認定について、厳格な手続きの保証がなされておらず問題である。精神障害者であれば、厳格な手続きを省略してもよいとすることは、法の下に平等を定めた憲法に抵触するおそれが強い。

2:処遇判定を「再犯のおそれ」で行うことは、医療的観点より社会防衛的観点が重視され、実質的な保安処分や予防拘禁に道を開くおそれが強い
 骨子では、「入院させて医療を行わなければ心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合」に入院を、「継続的な医療を行わなければ心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合」に入院によらない医療を受けさせる決定をすることになっているが、要するに「再犯のおそれの有無」の判断によって処遇判定がなされるということを表現したものに他ならない。入院決定後の退院又は入院継続、精神保健観察の終了又は延長等の判定についても同様とされている。
 「再犯のおそれ」を処遇判定の要件としたとき、社会防衛上の観点を中心に判定せざるを得ず、医療的な観点とは無関係な入院や通院指導が行われる可能性が高い。
 しかも、科学的に確立された高精度な再犯予測がない中、「再犯のおそれの有無」の判断で処遇判定することは、常に不当収容や自由制限が行われる危険性がつきまとうことになり問題である。しかも、入院期間の上限はなく、無制限の強制入院が可能になっていることは、人権上も問題が大きいと言わざるを得ない。
 処遇の判定は、医療的な観点を中心として行うべきであり、その判断の基準は、精神保健福祉法における措置入院の要件である「自傷他害のおそれ」で行う以外にはないと考える。この基本的な判定基準にたって入院や通院の必要性を判定すべきである。

3:保護観察所を触法精神障害者処遇の中心的な機関とするべきではない
 (1)骨子では、保護観察所が触法精神障害者に対し「継続的な医療を受けさせるために必要な観察及び指導を行う」こととされているが、保護観察所は刑事政策を担う機関であり、精神医療に関する処遇機関としては不適当である。保護観察所の犯罪者処遇のノウハウを、触法精神障害者処遇に無理に適合させようとする、社会防衛的側面に偏重した考えから導き出されたものと言わざるを得ない。
 触法精神障害者の社会復帰を考える上で、社会内での処遇の中心を担うのは精神医療施設・関係者であるべきことは当然である。精神保健観察官を新設するならば、医療機関に置くべきであり、社会防衛的側面の強化を目的とする保護観察所に置くべきではない。

 (2)また、保護観察所長が行う通院期間の延長と通院の終了の申し立ては、保護観察所が刑事司法の執行機関であることから、社会防衛的な観点を重視したものにならざるを得ず,医療の確保とは無関係に該当者の自由を制限し続けるおそれがあり問題である。通院の確保のための枠組みは、別途検討が必要であるが、骨子の枠組みにおいてさえ、通院期間延長及び通院終了の申し立ては、医療機関の管理者から医療の必要性の判断に基づいて行うべきであろう。


 (3)保護観察制度は、その多くを地域や民間篤志家の協力・援助によって支えられているが、触法精神障害者の処遇を行うことによって、保護観察対象者の更生に理解を示し援助をしてきた人物や団体が距離を置いたり、保護観察の一方の主体である保護司の確保も困難性が増すことが予想され、更生保護行政そのものが歪められていくおそれがある。


 (4)保護観察業務に当たる保護観察官は、全国で約600人程度であり、現状の保護観察対象者の指導で精一杯の状態になっている。しかも、近年の保護観察事件は複雑困難化しているとともに、新たに被害者対応業務も課せられる等、その労働密度は極限にまで達している。保護観察は、処遇の多くの部分を保護司に頼ることでようやく維持されているのが実情である。このように、現行の保護観察所の組織・人的基盤は極端に脆弱であり、触法精神障害者の処遇ができる状況・体制にはない。

4 取り調べ段階からの治療の確保を
 精神障害者が犯罪行為を行い逮捕されると、検事が不起訴にするまでの間、強制的に治療環境から引き離され、病状を悪化させる者が多いことは、多くの医療従事者から指摘されているとおりである。取り調べ段階からの治療の確保の措置が求められているが、この点への対応について骨子は何も触れていない。反対に骨子では、不起訴後に処遇決定の裁判を行うこととされたため、裁判に要する期間だけ治療環境への復帰が先延ばしになるという問題が生じている。心神喪失等の理由で無罪判決を受ける者も治療環境への復帰は遅れることとなり同様の問題が生じる。
 骨子は、該当者の触法行為に対する司法的措置を優先させ、治療の確保についての観点を軽視していると言わざるを得ない。

5 触法精神障害者処遇法案は、広範な国民的合意を取り付けたものに
 触法精神障害者の処遇のあり方をどのように決めるかについては、精神障害者をとりまく現実の社会環境に照らした冷静かつ慎重な議論こそが求められている。しかし、現在、政府与党が行っているのはこれとは全く逆の動きであり、池田小学校事件というセンセーショナルな事件をきっかけに「国民の応報感情の高まり」に依拠して政治問題化させ、広く国民各層の議論を経ることなく、見切り発車的に法案作成に突っ走ろうとしている。
 その内容についても、精神障害者を巡る精神医療体制の充実の観点を欠き、社会防衛的側面だけが強調されたものと言わざるを得ない。このことは、「精神障害者は危険な存在」だとする誤った社会の偏見を助長する方向にしか働かない。しかも、隔離による再犯は防止できたとしても、初発の犯罪の抑止効果となり得ないことは明白である。初犯の防止は地域精神医療体制の充実以外になく、その方向は隔離政策ではなく開放政策であるからである。
 政府与党の法案作成の動きに対し、精神医療関係諸団体、精神障害者やその家族、法曹関係者等から様々な批判や提言が行われている。とりわけ、日弁連は、「実質的には応報や保安という目的のために、医療の装いを用いて精神障害者を強制的に隔離収容しようとするものであり、新たな保安処分の創設の動きと言うべきもの」と厳しい批判を展開している。
 政府は、これらの国民の声を真摯に受け止め、拙速な法案制定を行わず真に具体的効果のある触法精神障害者の処遇のあり方を検討すべきである。


池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧

重大犯障害者の処遇法案〜与党・政府の動向

「重大な犯罪行為をした精神障害者」問題 法務省・厚生労働省合同検討会

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