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朝日新聞特集 「心神喪失者の処遇法案」内容と焦点

<2002年3月16日朝日新聞>

「心神喪失者の処遇法案」内容と焦点 

再犯のおそれどう判断

 15日の閣議で、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」が決定された。「再犯のおそれ」の有無を基準に、裁判官と精神科医が入院や通院を命じ、保護観察所がケアに関与するという、これまでにない制度の導入をめざす。手続きの流れや精神医療の現状、今後の国会審議の焦点をまとめた。

新制度の流れ

●目的
 法案はその目的を、心神喪失等の状態で他人に害を及ほす重大な行為をした人に対し、「継続的かつ適切な治療と、その確保のために必要な観察・指導を行うことによって、病状の改善、同様の行為の再発防止、社会復帰の促進を図る、と定めている。
 74年に法制審議会がまとめた改正刑法草案は、「保安上必要があると認められるとき」に患者を施設に収容できるとしていた。これが厳しい批判を浴びて国会提出に至らなかったことを踏まえ、今回は患者の治療と社会復帰を前面に打ち出した作りとなっている。
●対象
 「重大な他害行為」とは、殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ(いずれも未遂を含む)、傷害致死、傷害(軽微なものを除く)を指す。
 これらの行為をした当時、▽心神喪失あるいは心神耗弱で刑事責任能力が問えないとして、検察官が不起訴処分とした人▽心神喪失により裁判で無罪が確定した人▽心神耗弱により裁判で刑を軽くされ、執行猶予などで実際に刑に服することがなかった人−−が新制度の対象となる。政府は不起訴事件などの統計から、その数は年間300〜400人と試算する。
●判断機関
 対象者の処遇を判断するのは全国の地方裁判所に置かれる合議体で、裁判官1人と新設される精神保健審判員1人で構成する。
 同審判員は、厚生労働相から最高裁に提出された学識経験をもつ精神科医の名簿の中から、事件ごとに地裁が任命。評議のときに意見を述べる義務を負う。裁判官でない者が判断権をもって裁判に参加する、日本では初めての制度となる。
●申し立て
 検察官は、継続的は治療をしなくても精神障害による再犯のおそれが明らかにないと認める場合を除き、審判を申し立てなけれはならない。
 現行の措置入院制度では、責任能力がないとして不起訴処分となったが、措置入院の要件である「自傷他害のおそれ」はないとの理由で、治療が施されないケースがある。これに対する批判を踏まえ、原則として審判を開く仕組みにした。
●審判
 申し立てを受けた裁判所はまず、対象者に鑑定のための入院を命じる。その後、決定が出るまでの間、対象者は在院しなければならない。期間は2ヵ月までで1カ月の延長が認められる。
 審判には対象者、付添人(弁護士)、検察官が出席。裁判所が必要性を認めれば、精神保健福祉士らの専門家(精神保健参与員)も関与する。裁判所の許可により、被害者や家族も傍聴できる。
●決定
 裁判所はまず@対象者が本当に殺人などにあたる行為をしたかA心神喪失・耗弱者であるか、の2点を判断し、当てはまらない場合は申し立てを却下する。@の判断は裁判官が担当する。
 合議体は▽入院▽通院▽入・通院の必要なしのいずれかの決定をする。判断基準は「医療を行わなければ心神喪失または心神耗弱の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれ」の有無で、裁判官と精神保健審判員の意見が一致しなければならない。
●入・通院
 入院決定の場合は、厚労相指定の医療機関に入院する。期間に定めはない。医療機関は、入院しなくても再犯のおそれがないと判断したら、裁判所に退院許可の申し立てをする。継続する場合は裁判所がその必要性を6ヵ月ごとに決定する。
 通院決定の場合、期間は3年間で、2年以内の延長が可能とされた。保護観察所が対象者の生活環境の調整や観察・指導にあたる。専門知識をもつ精神保健観察官が中心的役割を果たす。保護観察所長は通院期間の延長や再入院の必要性があると判断したら、地裁に申し立てる。継続、延長、再入院の決定に、鑑定は必ずしも必要ではない。
●警察の介入
 審判や決められた治療に対象者が従わなかった場合、裁判所は警察に「必要な援助」を求めることができる。
●対象者の権利など
 対象者は弁護士を付添人に選任でき、いない場合は裁判所が必ず付けなければならない。審判で対象者や付添人は、意見陳述をしたり資料を提出したりできる。ただし、証拠調べは裁判所が職権で行うとされており、証人申請などは権利としては認められていない。
 入・通院などの決定に不服があれば高裁に抗告できる。抗告権は検察官「保護観察所、入院医療機関にも付与される。


刑事処分と精神医療をめぐる現状「精神障害者」4割が起訴

 検察庁の統計によると、00年までの5年間で心神喪失などにより不起訴(起訴猶予を含む)になったのは3157人、起訴されたが裁判で無罪あるいは刑を軽減されたのは383人だった。
 両者を合わせた3540人の中で、今回の処遇制度が対象とする殺人、放火、強姦などの重大犯罪にあたる行為をしたのは2037人になる。
 うち殺人の702人について見ると、▽過去10年にさかのぼって重大犯罪の前科・前歴がある人は6%▽事件を起こした当時の治療状況は「治療中」と「治療なし」がほぼ半々▽措置入院の経験がある人は7%▽事件後の処遇では71%が措置入院、12%が懲役などの実刑−−となっている。
 検察庁の事件処理をめぐっては、「安易な鑑定で安易に不起訴としている」との批判がある。これに対し法務省は、00年に重大事件を起こした後、鑑定(簡易鑑定を含む)で精神障害者と診断された756人のうち、4割以上が起訴されている点をあげ、「批判は当たらない」としている。

入院300日超、医者も少なく

 日本の精神医療は、病床数の多さと入院日数の長さが際立っていると批判されて久しいが、この10年をみても状態はほとんど変わっていない。
 経済協力開発機構(OECD)加盟10カ国の精神病床数を人ロ1千人あたりで比べた90年の統計によると、最も多い日本が2.9床(全体で35万床)。英国が1.5床、フランスと旧西ドイツが1.3床で、最も少ない米国は0.4床だ。
 60年代以降、各国が「病院中心の医療から地域福祉へ」のスローガンの下、病床数を減らしてきたのに対し、日本の病床数は戦後一貫して増加してきた。精神病院の多くが国公立の欧米諸国と違い、日本では約8割を民間病院が占める。このため、政策転換ができないまま今日に至っている。
 この「隔離・収容」を中心とした精神医療政策が長期入院を生む。厚生労働省によると、欧米の平均入院日数は半月から長くても3ヵ月程度であるのに対し、日本は300日を超えている。
 一般医療との格差も目立つ。100病床あたりの医師数は、一般病床が11.3人であるのに対し精神病床は2.9人。看護者数は一般46.9人に対し、精神28.5人でしかない。背景には「精神病院は一般病院よりも医師や看護師の数が少なくてもよい」とした58年の厚生事務次官通知(いわゆる「精神科特例」)がある。この特例自体は昨年廃止されたものの、格差は残っている。

「措置入院」運用に地域差

 刑事責任を問えずに不起訴や無罪になった精神障害者への手当てとして「措置入院」がある。精神保健福祉法に基づく強制入院のひとつで、新しい処遇制度が導入された後も、この仕組みは存続する。
 人権侵害を招きかねないだけに、法改正のたぴに手続きの厳格化が図られてきた。現在では、都道府県の職員の立ち会いの下、2人以上の精神保健指定医が一致して「入院させなければ自分自身を傷つけるか、他人に害を及ぼすおそれがある(自傷他害のおそれ)」と診察した場合にのみ、入院が認められる。
 措置入院の患者を受け入れている病院は、6カ月ごとに患者の症状などを都道府県知事に報告する必要があり、自傷他害のおそれがなくなった場合は、直ちに退院させなければならない、と定められている。
 しかし実際には、都道府県ごとに運用面で大きな格差がある。精神病院の全入院患者に対する措置入院患者の割合(措置率)は、最も高い滋賀県が3.2%、最低の香川県が0.2%で、実に10倍以上の差がある。また20年以上入院している長期入院患者の割合は、山口県で69%に達する。一方、千葉県、京都府、大阪市などは0%だ。
 「自傷他害のおそれ」の有無の医学的判断になぜこれほど違いが出るのか。厚労省は「格差は認識しているが理由は検証できていない」と話す。


鑑定困難医師ら反発も

判定の基準は

 裁判所の処遇決定の基礎となるのが鑑定だ。法案によると、裁判所から鑑定を命じられた医師は「継続的な医療を行わなければ、精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」を判定しなければならない。日本精神神経学会などは「精神科医にそうした任務は担えない」と反発する。
 犯行当時の精神状態の評価は通常の刑事裁判でも大きな争点になり、鑑定医によって結論が分かれる場合が少なくない。近い将来の「自傷他害のおそれ」を判断する措置入院の診察にもばらつきがあると指摘される。まして数カ月、数年先の「再犯のおそれ」をどうやって判定するのか。
 制度の根幹が、実は大きな揺らぎの中にある。

人材は十分か

 対象者の入院治療を行う医療機関として、厚労省は10年間のうちに全国に30の国公立病院を指定する構想をもっている。同省幹部は「専門知識を身につけた医療スタッフを手厚く配置し、早期の社会復帰を実現する理想的な精神医療を実現する」と言う。しかし現場の医師は「治療が難しい措置入院患者を受け入れている国公立病院に、予算と人手を手厚く配分するだけで、医療の中身が大きく変わるわけではない」と冷ややかだ。
 ほかにも、通院命令を受けた患者を地域で支えるための福祉施設や精神保健福祉士(PSW)に優秀な人材を確保できるのか、病院−保健所−保護観察所の間の連携をどう図るのかなど、「人」を巡る課題は尽きない。

入院長期化の心配

 「対象者に必要な治療をする」という目的との整合性から、法案は入院期間の上限は設けていない。通院の場合の上限は5年だが、その間も保護観察所は入院・再入院の申し立てをすることができる。
 入・通院、入院継続、再入院の判断基準はいずれも「再犯のおそれ」の有無だが、再入院については、一定の住居に住むなどの決まりを守らなかっただけでも申し立ての対象となる。
 また、入院継続と再入院に際しては、精神科医による鑑定は必ずしも必要とされていない。日ごろその対象者の治療にあたっていない第三者の視点が入らないまま、入・通院が長期化する懸念が指摘されている。
 入院施設側が.「もはや治療することはない」と判断しているのに、裁判所が「再犯のおそれ」を認めた場合はどうか。法の趣旨を外れ、治安確保のために入院が続くことにもなりかねない。

保護観察所 機能するか

 批判が強い保安処分との違いを強調するため、法案は退院後のケアを担当する精神保健観察官制度の新設を打ち出した。しかし、これが狙い通りに機能するかどうかは不透明だ。全国50カ所の保護観察所に配置するには「200人程度は必要」(与党)との声があるが、行革の流れの中、新規の大量採用は簡単な話ではない。
 同観察官には精神障害者福祉に詳しい精神保健福祉士を起用することが想定されていた。だが、法案は「専門的知識に基づき、事務に従事する」と規定するにとどめ、資格を義務づけなかった。今いる保護観察官に精神福祉・保健の分野を学ばせて担当させるにしても、新年度予算案に研修などの予算措置はとられていない。

社会復帰できるのか

 法案が目標とする対象者の社会復帰は、退院後の生活の場を確保できるか否かにかかっている。だが、新たな処遇制度について患者団体などは「精神障害者であり犯罪にあたる行為をしたという二重のらく印を押されることになり、差別、偏見が強まる」と懸念する。
 現在でも精神科の入院者33万人のうち7万人が、帰る家がないことによる「社会的入院」とされる。新制度のもとでも地域での生活の見通しが立たなければ、この事態は変わらない。ケアにあたる人材の育成と社会復帰施設の整備。ソフト、ハード両面で課題は山積している。

過去に示された処遇案と今回との比較

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改正刑法草案(74年)

保安処分制度(法務省刑事局案)の骨子(81年)

今回の法案(02年)

対象者
精神障害により責任能力がないか著しく低く、禁固以上の刑にあたる行為をした者
(治療処分)。過度の飲酒または薬物使用の習癖により同上の行為をした者(禁絶処分)
精神の障害(過度の飲酒または薬物使用の習癖に基づく一時的な精神障害を含む)に
より、放火、殺人、傷害、強姦、強制わいせつ、強盗の罪にあたる行為をした者
心神喪失・耗弱の状態で殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害致死、傷害の
罪にあたる行為をし、不起訴処分になったか、無罪か執行猶予の裁判が確定した者

判断主体
刑事事件の審理をした裁判所 刑事事件の審理をした裁判所 裁判官と精神科医による地方裁判所の合議体

要件
将来の再犯のおそれと保安上の必要性 精神の障害による再犯のおそれ 精神障害による再犯のおそれ

処遇内容
法務省所管の保安施設に収容し、治療・看護のために必要な措置(治療処分)、飲酒ま
たは薬物使用の習癖を除くために必要な措置(禁絶処分)
治療施設に収容して、必要な治療、看護、または習癖を除去するための措置を施す
(施設に国立の精神病院を用いるかについて厚生省と検討中)
厚生労働省所管の指定医療機関に入・通院させ継続的で適切な治療を施す。通院中は
精神保健観察官が生活環境の調整や社会復帰の支援をする

処遇期間
治療処分は3年。2年ごとに2回まで更新可(重大事件は除く)。禁絶処分は1年。2回ま
で更新可
1年。必要がある場合は更新できるが、通して7年以内とする(重大事件は除く) 入院は期限を定めず、6ヵ月ごとに裁判所が継続許可。通院は3年。2年を超えない範囲で延長可


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