文章中の図表は割愛しております。key word 医療法改正,アメリカ,マネージドケア,病床機能区分,インフォームドコンセント
日精協誌第20巻・第2号 2001年2月
精神科病院の病床機能分化の必要性
五十嵐良雄 埼玉 秩父中央病院理事長・院長
はじめに
〜アメリカの精神科医療をみて〜
20世紀最後の12月に外資製薬メーカー主催の精神病院経営カンファレンスがアメリカで開催され,日本の民間精神科病院の理事長,院長,副院長80名以上が参加した。2日間のカンファレンスに続き全米の7カ所の大学病院精神科に分散し,その医療内容を視察するというものであった。参加者にとってはアメりカの精神科医療を肌で感じることができ,大変に有意義なセミナーであった。いずれ詳細なレポートとしてまとめられることになっているが,セミナーに参加した個人的な印象を以下にまとめてみる。
(1) アメリカの病床削減は脱施設化という名目の元に行われたが,脱施設化を実行した背景の一つには経済的理由があり,また,90年代には医療費削減の手法としてマネージドケアが導入され,これらが現在のアメリカの医療に大きな影響を与えている。その結果,現在の精神科病床は圧倒的に不足しており,精神科入院患者の平均在院日数は8日程度だが,患者の立場からみると少なくともその4倍程度は必要であると思われた。
(2) 精神科病院の1日あたりの入院費は最低で550ドル,大学病院で平均で800ドルを超える高額なものである。病院では多くの職員を配置し,個室あるいは4人室の病室で,また,隔離室を使用した場合には州の法律によって1名の職員が24時間体制で監視を行う医療サービスが提供されているが,日本と比較し高額な医療費であってこそ実現できる高度な内容の医療サービスであると感じられた。
(3)州立病院の司法精神医学部門を見学したが,処遇の厳重さのグレードを病棟ごとにつけており,重大犯罪を犯した精神障害者を収容するグレードの高い病棟はきわめて厳重な病棟の構造をもち,出入りのチェックも厳格で,多くの職員でのケアが実施されていた。処遇も司法が決定するが,日本の措置入院制度はやはり脆弱なものと映った。
(4) 脱施設化によって増大した退院患者を地域でサポートするシステムはさまざまなものが用意されているが,大学病院でも先端的な生物学的研究や臨床薬理学的研究と同時に,薬物治療とリハビリテーションの併用や地域との連携を治療体系の中に取り入れていた。日本の大学からみるとやや奇異な印象を受けたが,マネージドケアの影響が大学病院にも及んでいると理解できた。
アメリカの医療が制度として理想的であるとは誰も評価しない。しかし,国の歴史や民族の違いなどが日本とは大きく違い,制度の単なる成功・失敗を語ることは不毛である。学ぶべきは,アメリカの矛盾を日本の将来にどのように生かしていくかである。
第4次医療法改正と今後の精神科医療の内容
昨年12月に明らかになった第4次医療法改正の内容は,今後の日本の医療の方向を予測するうえで重要なものであり,まず注目されることは結核・精神・感染症病床を除いた従来の「その他の病床」を「療養病床」および「一般病床」に区分したことである。「療養病床」の人員配置および構造設備基準は,診療報酬上(すなわち健康保険上)で療養型病床群として位置づけられているものに沿い,現実に行われていることを医療法であらためて位置づけ直したといえる。一方,精神科病床は今回の医療法改正論議のはじめから病床区分を行わないことを前提として論議されたことから,診療報酬上で位置づけられている「精神療養病棟1および2」,「老人性痴呆疾患治療および療養病棟」は医療法には位置づけられず,後に述べる看護基準上での問題が生じた。ただし,これを検討した「精神病床の設備構造等の基準に関する専門委員会」報告書では"精神病床の機能分化や長期入院患者の療養のあり方を含め,21世紀の精神医療の方向性について,別途,検討を開始し,人員配置に関する経過措置の期間とされている医療法施行後5年の間に一定の方向を示す"とされ,病床(病棟)機能分化への将来的な方向性が明示されたものと理解できる。
中小病院では病棟単位で病床機能を区分することはなかなか困難であることから,病床機能という言葉が上述の報告書でも使用されているが,本論では病床の集合単位としての病棟に着目し,その機能について論ずることとする。日精協会員病院において病棟の機能を特化させている割合は,診療報酬上での包括払い病棟の選択を調べることによってその実態の一部が明らかとなる。平成12年12月19日現在での日精協会員病院の包括払い病棟を機能別に集計した結果を表1に示す、その中から病棟機能別の病棟比率を図1に,また,病床比率を図2に図示した。これは日精協会員全病院からの100%の回答を得た名簿作成のための調査を集計したものであり,信頼性はきわめて高いものである。結果として,病棟ないし病床でみても概ね4分の1がほぼ病棟機能を特化させていることがわかる。しかしこれは診療報酬上での包括払い病棟にのみ着目した結果であり,残り4分の3の出来高払い病棟がどのような機能を持っているのかが実は重要である。2年に1回行われる日精協総合調査では病棟機能に着目した調査を行っており,平成10年の調査結果では図3に示すように出来高払い病棟である一般精神病棟の機能としては(同一病棟について複数の選択を認めているが),「急性期病棟」が約25%,「慢性期病棟」が約40%,「老人病棟」が13%,「その他」が約30%であった。この結果を先の名簿調査の集計にあてはめると表2(次頁)に示すように,日精協全会員病院の5,221病棟,病床では約30万床のうち,「急性期病床」は診療報酬上での精神科急性期治療病棟を含めて6万床(全病床の約20%),「慢性期病床」は診療報酬上での精神療養病棟を含めて15万床(全病床の約50%),「老人病床」は診療報酬上での老人性痴呆疾患専門病棟を含めて4.5万床(全病床の約15%),「その他」は3.5万床(全病床の約12%)と試算できる。
アメリカでのセミナーの2日目に分裂感情障害で最近も入院を経験した患者が病気の経験と薬物療法の重要さについて講演した。その質疑応答でわれわれの仲間が「入院は1週間だということであったが,あなたは本当はどの位入院していたかったのか?」という質問をしたところ,彼女は即座に「4週間」と答えた。その場にいたわれわれ聴衆は,彼女の答えに十分うなずける手応えを感じた。"1週間の入院では短い"という彼女の実感がわれわれにもよく伝わったのであった。その後,私はノース・キャロライナ州立大学病院を視察したが,そこでの入院期間は平均8日であると知り,また,その入院費が1日あたり最低550ドル,平均で800ドルと聞いて8日の意味を理解したのである。つまり入院費が高額なので長い間は入院できない(マネージドケア下では入院させない)のである。現在,日本の人口は126百万人(1997年)で,アメリカの人口は248百万人(1990年)で日本の約2倍である。一方,精神科病床数は日本が36万床(1992年)であるのに対してアメリカは27万床(1992年)と日本がアメリカの1.3倍多い。表2で示したように日本の病床のうち「急性期病床」は全精神科病床の20%と考えられるので日本の「急性期病床」は7.2万床と試算され,人口万対では5.7床/万人となる。一方,アメリカの州立および郡立精神科病院(急性期病床もあるが多くは慢性長期患者を扱う)を除いた精神科病床をすべて「急性期病床」とみなすと16万床となり,人口万対では6.5床/万人と日本とほぼ同レベルとなる。もし,アメリカの平均入院日数の8日があまりにも短くセミナーで演者が述べたように4週間の入院日数を確保するとなると,現在の約4倍の人口万対病床数が必要である。しかも,入院費用が最低の1日550ドルとし,日本の1日平均精神科医療費を仮に150ドルとしても,医療経済的に日本とアメリカの急性期入院治療を比較すると,日本は4分の1の人口万対病床数で,1日あたりの医療費用も4分の1で済ませていることから,アメリカの何と16倍も効率よく精神科急性期医療を行っていることになる。
精神科医療における職員数とその費用
精神科領域では特例とされていた入院患者数に対する医師数および看護婦数の基準をどのように定めるかが,今回の医療法改正の最大の焦点であった。結果的には医師数は大学病院・総合病院では入院患者16人に1人,単科精神科病院では入院患者48人に1人となり,医師数は現状と変わらない結果となった。多くの民間病院においては精神科医数が不足していることから,現状に即して考えて妥当な判断であるといえる。しかし現実には精神保健指定医の業務が増え,さまざまな診断書や意見書も増え,また,社会復帰施設や生活支援センターなどの地域での精神科医の役割も今後一層重くなり,現在より多くの精神科医が必要であるとの認識は民間病院も持っていると思われる。
一方,一般科の看護職員基準が3対1と引き上げられたのに合わせ大学病院・総合病院の精神科では一般科と同様の3対1(ただし,平成15年9月までは現行どおりの4対1)となったが,単科精神科病院では4対1(ただし,平成18年3月までは現行の6対1で,それ以降当分の間は看護補助者を2割まで加えて4対1にすればよい,すな才ち実質5対1となる)と定められた。
アメリカの医療が高額な理由を考えると,人員配置の多さあるいは人件費の高さであろうと推測できる。しかし,報告5)によると精神科医の給与は平均12万ドル程度で日本と大きく異なるものではないことから,むしろ配置される職員数によるものであろうと考えられる。ちなみにハーバート大学の関連教育精神科病院であるマクリーン病防の職員数は100床あたりで精神科医が6.8人,看護職員が67人,その他臨床心理士,精神科ソーシャルワーカー,看護助手なども含めると150人の職員がいると報告5)されており,医師以外の職員の多いことがわかる。今後,日本の精神科病院においてもよりよい医療レベルの確保を目指せばマンパワーはさらに必要とされる。直接的な医療サービスを提供するための医師,看護職員やコメディカルスタッフばかりではなく,感染対策・事故対策・権利擁護などのリスクマネジメントのためのワーカーや事務系職員も必要になる。しかし精神科医をはじめとして看護職員は地域によってかなり偏在し,雇用がままならない地域もある。時代の変化に敏感な経営者や管理職員は豊富な人材の必要性をより強く感じているはずであり,決して求人の手をこまねいている結果ではない。医師や看護職員の不足は必要数に対して養成が追い`かないためであり,国家の責任において養成を促進するべきであることは言うまでもない。また,臨床心理士,ソーシャルワーカー,作業療法士などの養成は促進されているものの,病院ばかりではなく地域における精神保健福祉活動においても必要不可欠の人材であることから,民間病院での充足にはまだ程遠い。同時に職員の資質向上は根幹的課題であるが,現在の日本はまだ数の確保で精一杯の状態である。日精協の会合における日本医師会常任理事の発言では,今回の医療法改正はすでに述べたように決まったが,従来の診療報酬体系で位置づけられている精神療養病棟や老人性痴呆専門病棟など医療法での看護職員基準を満たさなくなる病棟では,診療報酬上で対応することになるだろう,という説明であった。例をあげれば,精神療養病棟1では看護基準は6対1であるがそれを認めつつ5対1や4対1の看護基準に対する診療報酬額を設定するということであろう。看護基準をあげれば報酬が手当される可能性はありそうではあるが,それではまったく不十分である。前述のように日本の精神科急性期医療はアメリカの16倍効率がよいと試算したが,これは人的に乏しいことを基盤としていることによって支えられている効率性であり,医療サービスの質は低く,リスクマネジメントもほとんど行えず,これからの医療を取り巻く状況の厳しさを考えるとわれわれはきわめて危機的な状況におかれていると考えなければならない。すなわち日本の精神科医療,とりわけ急性期医療においてより多くのマンパワーを配置すべきであり,そのための収益が保証される努力が求められる。
病棟の機能分化の方向性
国や制度が異なっても疾病の構造には直接影響はなく精神疾患にしても同様であろう,と考えるのはきわめて常識的である。日本の精神科病院に入院している長期在院患者は,どこの国にでも存在する(はずである)。ただ,国によって制度が異なるため,彼らのいる場所が異なるだけである。日本の精神科病床の数字のうえでの多さは,長期在院患者問題と同一であるという認識は常識であり,単なる人口万対病床数を国際比較することは意味をなさないことはすでに指摘した。アメリカにおいては彼らの多くはナーシングホーム,ボーディングホーム,ハーフウェイハウスなどの居住施設にいると思われる。成人すれば親から独立して生活するのが普通であり精神障害者も例外ではないということが生活上の常識であるアメリカでは,精神障害者を主に家族がみる日本と比較して多くの精神障害者のための居住施設が地域で必要とされる社会であろう。かなり病状の悪い障害者もこのような居住施設で生活している現実は,入院医療が短期入院で対応していることの後方施設として機能しているのと同時に,精神障害者に対するスティグマはアメリカ社会の中にも厳然と存在するのであろうが,居住施設を受け入れる素地は日本以上にあると考えるのが自然ではないだろうか。この点が日本とは大きく異なるように感じた。
さて,日本の長期在院患者を解消するプロセスは,長期に入院している患者の病状の評価を行い,次にその病状に応じた処遇を決め,処遇に応じた受け皿を作ることであろう。かつてアメリカが巨大な州立精神病院の病床を閉鎖した結果,退院させられた患者がストリートピープル化したことは今回の視察先でも繰り返し語られた。このような無謀とも思える策を日本政府が取るとは考えられないが,入院を継続しなければならない病状の患者以外は,病院以外のどこか社会の中へ移動するか,あるいは現在入院している場所をそのままとしてその病床を医療施設からはずすことしか解決策はない。かつてわれわれが精神科施設検討部会で精神保健福祉施設6)を提案した際にはこのような理念の元で福祉型の居住施設を院外および院内に作るべきとした。その後,財源としてあくまで医療保険内で考えるという意見も受けて医療福祉型施設を提案し7),それが後に年齢制限が加えられて「老健版精神保健施設」として論議された時期もあった。このような経緯で生まれた福祉型居住施設と医療福祉型居住施設の比較7)を表3に示す。福祉型居住施設のうち独立型はすでに福祉ホームB型としてモテル事業化されている。表3でわかるように福祉型居住施設の併設型と医療福祉型施設の違いはつまるところ福祉財源によるか医療財源によるかの違いであるといえる。先に述べたように,障害者を家族の下でみていく日本の姿勢は東洋的であり,成人後には個人として独立していく西欧的なアメリカのありかたは文化の違いに思えてならない。地域の中に居住施設がなかなか増えない日本の現状も考慮すると,独立型施設を増やす努力を地道に行いながらも,併設型施設が主体となるのは東洋的選択ではないだろうか。
入院治療の必要のない病状であるにも拘わらず入院している患者では生活要素の支援が中心であることから福祉的な処遇をするべきであるが,彼らには同時に一定程度の医療,とくに薬物療法とリハビリテーション,も不可欠である。病床を福祉施設に転換していく選択は,医療費でまかなわれていた精神科病床を福祉的財源でまかなうことであり,それが可能であるかの判断は国の責任下で行うことである。ここで最も重要な点はそれまで支払われていた医療費を他の精神科病床へ廻しそれらの病床の機能の向上を図り,内容の充実した病棟の機能分化を進めることが行われなければ,この施策のメリットは国にも病院にも患者にもほとんどない点である。
同時に重要なテーマは,入院患者を長期在院化させない治療論の確立である。患者および家族に対する教育的リハビリテーションは再発再入院を防止するためには有力な方法となりうる。リハビリテーションの前提として病名告知を経て情報を共有化したうえでのインフォームドコンセントが必要であることはいうまでもない。そこでは場合によっては治療を受ける権利の選択も含めて治療を受ける主体を明確化し,デイケアを含めた地域におけるリハビリテーションと連携し社会や家庭への復帰を図ることである。すなわち個別的な治療や対応により再発とそれに引き続く再入院を防止することが,長期在院化を防ぐ唯一有効な方法であると考えられる。
病院間の役割分担
日本でも昨年11月に厚生省と法務省の間での検討会の立ち上げが公表されたが,(1)精神障害に起因する犯罪発生の予防,(2)重大犯罪を犯した精神障害者の処遇の決定と処遇システムのあり方,について検討を行うとされている。とくに2点目に関して,精神科病院は特別の病床群や病棟を設けることができないため,重大犯罪を犯して措置入院した患者の処遇は犯罪と無関係な患者と同様とせざるをえない状況にある。このように精神科病院で措置入院患者とその他の患者を同一の環境で処遇することは,病棟機能を分化させる際に大きな障害となっている。一方で,処遇の方法論を持たない精神科病院が彼らを早期に退院させ,退院後,同様の犯罪が繰り返される現実も指摘されている。このような観点からは「触法精神障害者」のための専門治療病棟の必要性は大きく,そのあり方の検討が早期に進み一定の方向性が示されることを望みたい。
はじめに述べたようにDorothea Dixノース・キャロライナ州立精神病院の司法精神病棟を見学した。この病院はアメリカの州立病院の中でも歴史が古く,広大な敷地にかつては4000床の病床があったが現在では430床の病院となっていた。司法精神病棟は2つのユニットに分かれ,合計72床で約9割が分裂病で占められ,約半数が殺人などの重大犯罪を犯した障害者であった。裁判で処遇が決定される前の評価のための入院もあり,そのための病床も25床用意されていた。病室はすべて施錠可能な個室であり日中はデイルームで過ごしていた、職員は31床のユニットで3交代制で12人,10人,8人のシフト体制を組みケアを行っていた。病状がよくなったら裁判が行われその後の処遇が決定されるが,在院期間は6ヵ月〜終生(現状での最長は17年)とのことであった。このような施設はかなり不足し刑務所内で治療を受けるケースが増加していると聞いた。
病院間の役割分担を具体的に考えれば,公的病院と私的病院の間の役割分担のあり方と捉えがちである。身体合併症は一般科を擁する総合病院に依頼することになるが,精神症状が活発な場合には精神科を持つ総合病院が必要とされる。民間精神科病院の中でも十分な職員や設備をそろえて合併症に対応しようという病院も少ないが存在する。上述した司法精神医学の専門病棟ができれば公的病院への設置が求められるだろうが,オランダのように国から委託を受け法人立病院が設置することも可能であろう。一方,国立病院,国立療養所は独立法人化し,また,自治体立病院は逼迫した地方財政のため経営の合理化を迫られている。このような状況のなかにあって精神科医療は常に採算性が悪いと評価されてきた。病院間の役割分担を進めるためにはこれらの領域での報酬を大幅に引き上げ運営可能な環境を整備すれば,公私を問わず病院間の役割分担は進んでいくと期待される。
医療が評価される時代
プロローグで述べたように,アメリカのマネージドケアは急速な勢いで膨張する医療費を抑制するための手段として導入された。これは訪問したノース・キャロライナ州立大学病院でも例外ではなく先端的な研究をしながらも,同時に地域精神医療福祉活動を行うスタッフを抱え,地域の中でのクラブ組織や就労を援助するNPO団体との連携を密接に持つ診療体制を作っていた。このような日本の大学病院の雰囲気とはいささか違うあり方には多少複雑な気持ちであった。マネージドケアの評価はさまざまあるが日本で医学教育を受けアメリカでの臨床経験を持つ李が冷徹な目でアメリカの医療を批判した本が最近出版された。多くの示唆に富む指摘があり,日本の医療の行く末を考える場合に大変に参考になる。また,最近マスコミによる大病院の医療過誤などの報道をみていると,医療を取り巻<状況の本質的な変化が進行しつつあるように感じるのは私だけだろうか。
李は医療過誤が発生することは必然であることから出発し,医療過誤に対する十分なリスクマネジメントが必要であることを説いたうえで,本質的に医療に求められているものは医療の透明性(トランスペアレンシー)と説明責任(アカウンタビリティー)という2原則であると結論している。現在,大学病院や大病院で医療過誤などが告発される事例が新聞紙上をにぎわしている。多くは医療の透明性と説明責任の欠如をもととした医療機関に対する不信が告発の引き金になっているとも理解できる。このような傾向はこれまでの医者患者関係の崩壊を意味しており,現在は大学病院や大病院にその矛先が向いているものの,近い将来には中小病院も同様の状況に見舞われるのであろう。
従来のような無垢な医師に対する信頼で医療行為が行えなくなってきている状況のなかでは,患者はわれわれの提供するサービスの利用者となり,また,提供されたサービスからみると彼らは消費者(コンシューマー)である。われわれが物を買うときには消費者となるわけだが,支払った対価に応じたものでなければクレームをつけるのと同じように,医療の消費者という立場からみれば提供された商品である医療の内容に問題があればクレームをつけるのは当然であるということになる。すなわち,結果(アウトカム)が評価の対象とされる時代となり,懸命に努力するプロセスは評価の対象とはならない。病院の職員から“患者様”と呼ばれてもこそばゆいだけであり,彼らが望むのは内容的に満足のいく医療サービスである。このように患者から利用者・当事者さらには消費者と意識が変化していったとき,いままでのような"患者は医者の言うことを聞いておればよい"という論理は危険でさえある。このような時代にあっては医療サービスを提供する側と提供される側での十分な説明とそれに基づく同意,すなわちインフォームドコンセント,が今後の医療には重要な位置を占め,費用をなるべく少なくするために入院期間や医療内容に介入,すなわち医師の裁量権に制限を加えるマネージドケアとは相反することであると李は指摘し,マネージドケアを痛烈に批判している。したがって,医師から患者家族への一方向的な説明はもはやこれからの時代では通用せず,インフォームドコンセントを基として医師患者関係を再構築していかなければならない,と指摘している。
彼らの高い要求内容に答えるために医療機関には技術と対人サービス内容に関しての品質の管理が求められ,当然そのコストも嵩む。同時に,健保財政の悪化のモメントも加わって行政的な指導に名をかりた医療機関に対する国家的マネージドケアが恐ろしい勢いで病院を襲う可能性があることも覚悟しておかなければならない。それに対しては医療行為を行った根拠を明示すること(エビデンス)が厳しく求められ,診療行為の意味と結果の解釈に基づく報酬の支払いという原則の徹底化が図られるだろう。近い将来,医療行為の発生の源においてデータを入力することを目的とした電子カルテが,病院運営に必須な道具となる時代が来るのではないだろうか,と私は考えている。
おわりに
数年前のことだが,ある人に"ヒト,モノ,カネの次は何だ"となぞなぞのような質問をされたとき,私には解答が浮かばなかった。その答えは"情報"であった。解答を聞いてもその当時はあまりピンとはこなかったが,今はよくわかる。私も今では情報端末をもち,それでメールを受け取ったり,送ったり,予定や連絡先を管理している。インターネットの便利さは調べたいことが容易にわかるということであるが,情報ばかり集めてもその中から本当に必要な情報を選び出すのに時間がかかり,集めた情報を適切に選択しなくては良質な情報は得られない。電子メールは伝えたいことを迅速にしかもどのような範囲でも自分の意思どおりに伝達でき,ホームページを作れば不特定多数の人に情報が開示できる。これは,よい情報も悪い情報も広く早く伝わることを意味し,悪意をこめた情報が世界中に瞬時にばら撒かれる可能性も十分にある。うっかりするとわれわれが情報に振り回されることになるだろう。
明らかに日本とは異なる医療の現場をアメリカで目のあたりにし多くの印象が残ったが,いよいよ21世紀となり今後は大変な状況がいろいろと起こりそうだという不吉な予感ばかりが先行する。とりわけ,安上がりな精神科医療はそろそろやめにして良質な医療を提供するとともに十分なリスクマネジメントをしておかないと,精神科医療の根底がゆらぐ事態が来るように感じる。患者は消費者として行動し,これまでとは異なった関係性が医療にも持ち込まれるだろう。クレームや裁判に対する単なる対応ではなく,何があっても十分に説明できることと,病院が社会に開かれた存在となっていないと病院の存立すら危うくなるのではないだろうか。このような医療の供給体制を本質的に変えるためにも病床(病棟)機能分化は必須である。このことを感じ取った病院では病棟の機能分化をすでに行い,リスクマネジメントに手をつけはじめている。民間精神科病院をどの方向へ導いていくのかは日精協が大きな責任を負っており,今こそその指導力を発揮しなければならない歴史的変換点に立っている。これを実現するためには財政的支援も必要であるが,われわれは単に自らや関係する職員のための資金を求めているだけではなく,われわれがかかわる全ての精神障害者のために良質な内容のサービスを提供するためのコストを要求しているのであることを強調し,関係当局を含めた社会一般にもっと理解を求めなければならない。
文献
1)平成10年日本精神病院協会総合調査報告,日本精神病院協会,1998.
2)日本統計年鑑総理府統計局,1999.
3)Demographic Year Book,United Nations,1997.
4)新貝憲利,澤温,山角駿,徳永雄一郎,溝口明範,五十嵐良雄,河崎建人,森村安史,伊藤弘人,湖海正尋,三野善央,新福尚隆:海外諸国の精神科医療に関する国際比較.日精協誌16(8):696-747,1997.
5)伊藤弘人,新貝憲利:アメリカの精神科医療,世界の精神科医療,浅井邦彦・新福尚隆編,ヘルス出版,2001(印刷中)
6)五十嵐良雄:精神保健福祉施設(案)−精神科福祉施設論の必要性をめぐって−,日精協誌14(5):472−485,1995.
7)浅井邦彦,五十嵐良雄,植田清一郎,小渡敬,河崎建人,長尾卓夫,渡部康:新たな社会復帰施設を目指して−平成8年度厚生科学研究『精神病院における長期在院患者への対策』報告,日精協誌16(7):658-666,1997.
8)五十嵐良雄,関口隆一:オランダの精神科医療,世界の精神科医療,浅井邦彦・新福尚隆編ヘルス出版,2001(印刷中)
9)李啓充:アメリカ医療の光と影,医学書院,2000.医療法関連目次
全国精労協Home へ