「触法心神喪失者等医療観察法案 絶対つくってはいけない理由!!」2003年2月9日 つぶせ! 予防拘禁法案全国集会より
弁護士 大杉光子第1 法案の概要
法案の対象者:殺人、放火、強盗、強姦・強制わいせつ、傷害にあたる行為をして、心神喪失・心神耗弱とされて不起訴処分となって裁判を受けないか、裁判で心神喪失による無罪判決または心神耗弱による刑の減軽を受けて刑務所に行かない人(2条3項)。
本法案は、これらの人に対して、裁判官1人と精神科医1人で構成される合議体が、再犯防止のために、「指定入院医療機関」への強制入院又は精神保健観察下の強制通院を課すものです。
(原案)「(入院をさせて)医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合」(42条1項)
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(修正案)「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、入院をさせてこの法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」- 一見、「この法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」という医療上の要件に変わったように見えるかもしれません。しかし、「医療を受けさせる」目的である「対象行為を行った際の精神障害を改善し、同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため」のうち、「精神障害を改善し」「社会に復帰すること」は通常の医療・入院の当然の目的のはずですから、意味があるのは「同様の行為を行うことなく」=「再犯防止」が付け加わっている点ということになります。
とすれば、やはり「再犯のおそれ」の有無を判断せざるを得ず、結局は「再犯のおそれ」要件は削除されていないのです。
(2)「再犯のおそれ」という将来の危険性に基づいて自由を奪うもの
刑罰は、過去に行った犯罪に対する責任として科せられるものです。将来、犯罪にあたる行為を行う「かも」しれないというだけで、自由を奪うことが許されていいのでしょうか。(3)「再犯のおそれ」は誰にも判定できない
人間の将来の行動を100%予測することなど、絶対に誰にもできません。欧米の研究成果をふまえても、「再犯のおそれ」があると判断された人のうち実際には再犯しない人が8割にも上るというのです(「再犯予測について(日本精神神経学会精神医療と法に関する委員会報告)」)。これほど不確実な根拠で人を拘禁することは許されません。(4)裁判官による「おそれ」判断の偏り
現在の刑事司法の中で、裁判官は勾留決定や保釈決定の際に「逃亡のおそれ」や「罪障隠滅のおそれ」を判断しています。しかし、その判断は、「独身で無職だから逃亡のおそれがある」といった程度のものです。「再犯のおそれ」を同じ調子で判断したら、「ない」と言えることはないでしょう。2 法案による処遇〜「社会復帰」のまやかし
(1)修正案における「社会復帰」の強調
修正案においては、「精神保健観察官」を「社会復帰調整官」に名称変更したり(20条)、関係者の「社会復帰」への努力義務を加えたり(1条2項)、付則に「医療・福祉の水準向上」を加えたりして、「社会復帰」を強調していますが、これらは裏付けのない言葉だけのお飾りにすぎません。(2)通院期間は上限5年だが(44条)、入院期間は上限なし
入院期間は6ヶ月ごとに更新する(49条2項)と言うのですが、「再犯のおそれ」がなくなるまで一生出られない可能性もあります。
現状でも、33万人の精神科入院患者のうち半分以上の17万人が外から鍵のかかる閉鎖病棟におり、受け入れ体制がないために退院できない「社会的入院」が7万人とも10万人とも言われています。このようは現状で、しかも「精神障害者」「重大犯罪を犯した」という二重のレッテルを貼られた人について「社会復帰」と言っても説得力がありません。それができるなら、今の入院患者を退院させ、地域で生活できるようにできるはずです。(3)強制隔離による「人生被害」を生むもの
ハンセン病熊本地裁判決は、強制隔離は単なる居住・移転の自由を制約するだけではなく、「ある者は、学業の中断を余儀なくされ、ある者は、職を失い、あるいは思い描いていた職業に就く機会を奪われ、ある者は、結婚し、家庭を築き、子供を産み育てる機会を失い、あるいは家族との触れ合いの中で人生を送ることを著しく制限される。人として当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性が大きく損なわれる」という「人生被害」をもたらすものであるとしました。
この法案は、新たな「人生被害」を生むものになります。(4)特別施設への強制入院(43条1項)
「犯罪にあたる行為をしたか否か」「心神喪失・心神耗弱と判断されて刑務所に行ったか否か」の区別による特別な治療法はありません。154国会で出された「メモ」は人格障害者を想定したものと思われますが、「人格障害者は本法案の対象外」と答弁するなど矛盾しています。(5)精神保健観察下の強制通院
これは、保護観察所という「犯罪予防」を目的とする機関が関与して、「一定の住所に居住する」などの義務に違反すれば再入院させられる(107条、59条2項)という恫喝によって通院を強制されるという制度です。それは「本人のための医療」とは言えません。(6)強制医療の問題
この法案により入通院している人に対して、精神科医や「社会復帰調整官」は「再犯のおそれ」があるか否かを常に観察し、必要に応じて報告して、裁判所に審判の申立をする材料を用意しなければなりません。そのような相手に対して、正直に症状を告白することなど、怖くてできないのではないでしょうか。そこには治療者と患者の信頼関係は成り立ち得ません。3 精神障害者差別であり、差別・偏見をさらに作出・助長するもの
(1)「精神障害者は危険」という根拠はない
刑法犯検挙人員中、精神障害者とその疑いのある者の割合は0.64%(2002年犯罪白書)。精神障害者の人口比は1.7%と言われるので、精神障害者の犯罪率は低いということになります。
また、再犯率については、11年間の追跡調査の結果として、殺人を行った精神障害者の再犯率は6.8%、殺人を行った精神障害者でない人の再犯率は28.0%という研究があります(「触法精神障害者946例の11年間追跡調査(第一報)」山上皓ら・犯罪学雑誌61巻5号)。
とすれば、精神障害者が特別に危険であるという根拠はないのです。(2)「精神障害者は無罪放免」の誤解
精神障害者は犯罪にあたる行為をしても刑罰を受けないと思われている面がありますが、それは正しくありません。
2000年の刑法犯の被疑者のうち、精神障害者の起訴率46%に対して、全体の起訴率は58%とされます(読売新聞2002年7月3日記事参照)。そして、2000年1年間で新たに刑務所に入った精神障害者は1,200人います。
このように、実際に多くの精神障害者が裁判を受けて刑務所に入っているのです。(3)法案による差別・偏見の助長
記(1)(2)の通り、精神障害者を特別に再犯予防の対象とすべき根拠はありません。
それにもかかわらず、ハンセン病熊本地裁判決は、「らい予防法」がハンセン病患者の特別に強制隔離することによって「ハンセン病患者は隔離されるべき危険な存在である」という誤った社会認識を作出・助長としたのと同じように、この法案も精神障害者のみを特別に再犯予防の対象として強制隔離するものであり、「精神障害者は危険な存在である」という誤った社会認識を作出・助長することになります。4 手続き上の問題
(1)憲法の要請する適正手続に違反している
いったん無罪判決を受けた人に対して同じ事実を根拠として事実上の刑罰を科すことは「二重の危険の禁止」(憲法39条前段)に違反し、執行猶予付きの有罪判決を受けた人に対しても「二重処罰の禁止」(憲法39条後段)に違反します。
また、法案施行前の事件にも適用される点(付則2条)は「遡及罰の禁止」(憲法39条前段)の趣旨に違反します。(2)刑事裁判と異なる簡易な手続しかない(職権主義的訴訟構造)
刑事裁判であれば、犯罪事実の認定についてはそれなりに厳格な手続が定められています。しかし、本法案の手続は、警察・検察の作った調書がそのまま裁判官に提出され、反対尋問の権利や証人申請の権利もありません。付添人弁護士をつけることはできますが、本人と付添人との立会人なしの打合せの権利(秘密交通権)や証拠書類をコピーする権利(記録謄写権)すらありません。本人にも付添人にも、争うための権利がほとんどありません。
これでは、裁判官は警察・検察の描いたストーリーを鵜呑みにしてしまう危険性が高く、事実関係を争うことは非常に困難です。(3)不服申立はほとんどできない
処遇決定に対する抗告制度はありますが、法令違反や重大な事実誤認、処分の著しい不当などに制限されています(64条2項)。鑑定入院命令に対する取消請求もありますが、「再犯のおそれがない」などの実体的な理由ではできないことになっています(72条2項)。
また、判断するのは高等裁判所の裁判官になるので、医療判断については元の決定を追認するしかないのではないかと思われます。(4)再審制度も補償制度もない
刑事裁判や少年審判手続には、後日、新たな証拠によって無実であることがわかれば再審の道があり得ます。また、結果として無実であった場合に、逮捕、勾留、観護措置などの拘束を受けたことに対して補償がなされます。
しかし、本法案にはそのような制度はありません。第3 法案の本質
法案の目的は、「病状の改善」と「同様の行為の再発防止」=再犯防止による「社会復帰の促進」であり(1条)、医療と関係しつつも再犯防止が主要な立法目的です。
それを実現するため、(1)重大な犯罪にあたる行為をしたが責任能力の問題により受刑しなかった者を対象とし(2条3項)、(2)処遇要件として「再犯のおそれ」を考慮し(42条1項等)、(3)その決定に精神科医のみならず裁判官を関与させ(11条1項)、(4)「指定入院医療機関」という一般病棟とは別の施設に強制入院させて医療を強制し(43条1項)、(5)保護観察所というまさに「犯罪の予防」を目的とする機関が通院を監督・強制すること(19条3項)になっており、これらによって対象者に事実上の刑罰に代わる制裁を加えるものとなっているのです。
この法案の構造は相互に密接に補完し合っており、その一部のみに手を加えたとしても法案の本質は変わりません。
人は、本来、社会の中で、人との関わりの中で生きていくものです。たとえ病気で入院することがあっても、それは一時的なものであって、社会に戻るためのものであるはずです。ところが、年単位で社会から隔離され、人との関わりを遮断することは、社会の中で生きるための術も居場所も意欲までをも奪い取ってしまうのです。どんな人についても「再犯のおそれ」が全くないなどと言うことはできないでしょうから、この法案の下での入院期間は必然的に長期に及ぶでしょう。このような法案は、廃案にするしかありません。
(参考)
・全国精神医療労働組合協議会のHP(法案、いろいろな団体の声明、関連新聞記事等々多数あります)
http://www.seirokyo.com/index.html
・京都弁護士会の法案Q&A
http://www.kyotoben.or.jp/siritai/houkoku/3.html
・精神障害者閉じ込め法案反対連絡会メーリングリスト(psy-love-net)
oio@k9.dion.ne.jp(伊賀興一弁護士)に申し込んでください。
「心身喪失者医療観察法案」 国会審議等 池田小学校事件および特別立法に関連する声明一覧 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案) 精神医療ニュースへ 全国精神医療労働組合協議会 事務局 : 〒604-8854 京都市中京区壬生仙念町30-2 ラボール京都4F 京都民間医労連気付 Tel/Fax: 075-811-5672 E-mail zenkoku@seirokyo.com
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